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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
二章 星喰いの魔女
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救援信号

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で5年前に拾われた記憶を失った少女。

黒灰色の髪と赤い瞳を持つ。


エルナと共に魔女の森を目指す。


エルナ

調査隊の魔術師。

真面目で冷静に見えるが、内には強い感情を抱えている。

失った仲間を取り戻す方法を探している。


行商人

自称悪魔の素性不明の行商人。

二人を導くが、何が目的なのかは分からない。

リリメリアが登る階段は途中で折れ曲がっていた。


下を見ても、先程までいた吹き抜けはもう見えない。


青白い魔力だけが暗闇の底から伸び、中央の柱を上へ流れている。


どん。


また音がした。


今度は足元からだ。


石の階段が僅かに震える。


「近くなった?」


ベルに尋ねる。


「多分」


「何の音だと思う?」


「分からない」


「ベルも?」


「何でも知ってる訳じゃないよ」


「でも、ここは知ってる気がするんでしょ」


ベルの歩みが少し遅くなった。


「気がするだけ」


「どんな感じ?」


「前にも、こうして登ったような」


銀色の髪が揺れる。


「でも誰と何をしに来たのかも分からない」


リリメリアはベルの隣へ並んだ。


「一人だった?」


「それも分からない」


「じゃあ一緒かも」


「何が?」


「私も昔のこと分からない」


ベルが横を見る。


「そうなのかもね」


「嫌?」


「嫌ではないかな」


少しだけ声が柔らかくなった。


階段の終わり。


広い踊り場へ出た。


正面には黒い扉がある。


高さはリリメリアの身長の三倍程。


表面を幾つもの円と線が覆い、その中央には掌の形をした窪みが残っている。


「開くかな」


リリメリアが手を伸ばす。


「待って」


ベルが言った。


手が止まる。


「危ない?」


「そこじゃない」


ベルが扉の右下を指差す。


石壁の一部。


小さな金属板が埋め込まれている。


「先にそっち」


リリメリアは金属板へ近付いた。


表面には三つの円。


触れてみる。


何も起きない。


「どうするの?」


「上から順番」


一番上。


次に中央。


最後に下。


指で触れる度、円が青く光った。


扉の術式が動き出す。


重い音を立て、左右へ開いていく。


「やっぱり知ってる」


「知識としてはね」


ベルは扉の向こうを見る。


「来たことがあるかは分からない」


部屋の中は円形だった。


壁に沿って机が並び、その上へ薄い金属板が何十枚も立てられている。


中央には魔術院を縮めたような模型。


幾つもの棟。


塔。


渡り廊下。


先程まで歩いていた中央棟もある。


模型の内部を青白い線が走っていた。


殆どは消えている。


残っている光は中央へ集まっていた。


「何の部屋?」


「多分、管制室かな」


リリメリアは模型を覗き込む。


「今も動いてる」


「一部だけね」


模型の外側。


北に位置する塔が赤く明滅している。


魔術院へ入る前に見た北側の塔は、半分以上が崩れていた。


けれど模型の中ではまだ屋根も壁も残っている。


その周囲に読めない文字が浮かんでいた。


「これ、今の魔術院じゃない?」


「今じゃない」


ベルが近付く。


文字の最上部を目で追う。


「記録再生って書いてある」


「昔の?」


「そうみたい」


模型が映しているのは、魔術院が崩れる前の姿だった。


八百年前。


白災の時代に起きた何か。


ベルが浮かんだ文字を読む。


「第四位天使、北棟上空に侵入」


リリメリアは赤い光をまじまじと見る。


「第四位天使」


その言葉は知らなかった。


「第六位と違うの?」


「違うよ」


「どっちが強い?」


「第四位」


ベルはすぐに答えた。


「天使は数字が小さい程、上になる」


「じゃあ一番強いのは第一位?」


「そういうことになるね」


ベルは壁の記録へ視線を戻した。


リリメリアは赤く光る北棟を見る。


「第六位でも簡単に町がなくなった」


隊長。


シエナ。


アリア。


ミラ。


ロイ。


思い浮かんだ顔を頭の中から追い出すことが出来なかった。


胸の奥が苦しくなる。


「第四位は、もっと強い?」


「うん」


「どれくらい?」


ベルは少し考えた。


「第六位が町単位なら、第四位はその町を守るために集めた軍も結界も一瞬で壊す」


「一体で?」


「一体で」


リリメリアはもう一度、赤い文字を見る。


ライネルクでは何人いても止められなかった。


騎士団も。


調査隊も。


逃げることしか出来なかった。


あれよりも強い物が、ここへ来た。


「階位って、誰が決めたの?」


「天使が名乗った」


「自分で?」


「第六位なら六体。第四位なら四体。少なくとも最初はね」


リリメリアはベルを見た。


「第六位が六体?」


「うん」


すぐには次の言葉が出なかった。


町を一つ壊した天使。


隊長達を奪った天使。


あれと同じ階位の物が六体。


その上に第五位。


第四位。


更に第三位と第二位と第一位。


頭の中で数えようとして、途中で嫌になった。


「そんなにいたの?」


「いた」


「それと帝国は戦ってた?」


「うん」


「勝てたの?」


ベルは模型の周囲に並ぶ小さな印を指差した。


階位ごとに幾つもの円が並んでいる。


その内の幾つかは黒い線で潰されていた。


「これ」


「何?」


「討伐済みの印だと思う」


「倒したんだ」


「この記録が正しければね」


ベルの指が別の文字へ移る。


模型の横には潰された印ごとに、短い記録が残っている。


『帝国都市防衛軍 共同交戦』


『国家錬成局 対核兵装投入』


『対天使討伐隊 討伐確認』


第五位。


第六位。


第七位。


黒く潰された印は一つではなかった。


「帝国も負け続けてた訳じゃないみたい」


ベルが文字を読み進める。


「みんなで戦った?」


「そう書いてある」


模型の表示が切り替わる。


今度は天使の討伐記録ではない。


各地で行われた防衛戦の記録だった。


『第六位個体 南方第三都市へ侵入』


『第一都市結界 消失』


『魔術院所属術者三名 第二結界を現地再構築』


『広域消失攻撃 二度防御成功』


リリメリアは文字を見上げる。


「これ、すごいの?」


「今の基準から考えればかなりね」


ベルが横に浮かんだ数値を追う。


「例えばこの結界、現代の魔術師が維持するような出力じゃない」


「三人だから?」


「三人でもおかしい」


次の記録。


『第七位個体二体 西部防衛線にて確認』


『魔術院第三術式隊 十二名』


『対象分断完了』


『第七位一体 行動停止』


その下。


十二人の名前と、それぞれが使用した術式が残されていた。


結界。


空間固定。


迎撃。


索敵。


魔力供給。


負傷者の防護。


一人の名前の横に、四つも五つも術式が並んでいる。


「こんなに一緒に使えるの?」


「使ってたみたいだね」


更に記録を開く。


『北部第二都市』


『魔術院所属術者一名 防衛軍第六大隊へ編入』


『第九位相当四体 討伐』


『防衛線維持』


一人。


その文字を見て、リリメリアは首を傾げる。


「一人で四体?」


「そう書いてある」


「強い人だったんだ」


「多分、今の基準ならかなり」


ベルは記録の端に残る術式構成を読む。


「……かなりどころじゃないかも」


「どれくらい?」


ベルは少し考える。


「エルナが弱い訳じゃないよ」


「うん」


「でもこの魔術院で、こういう記録に名前が残ってる人と今のエルナが正面から戦ったら」


ベルは素直に続けた。


「多分勝てない」


リリメリアは目を瞬く。


エルナは魔術に詳しい。


村の魔物なら何体いても止められた。


この魔術院へ来てからも、八百年前の術式を見ただけで少しずつ仕組みを読み解いていた。


「エルナでも?」


「相手によるけどね」


ベルは一人の術者の記録を示す。


「この辺の人なら厳しいと思う」


「八百年前の人はみんなこんなに強いの?」


「それは違う」


ベルは周囲を見回した。


「ここが魔術院だから」


「強い人が集まってた?」


「多分。帝国でも魔術の中心だったんじゃないかな」


それなら納得出来る。


ここにいた全員が、八百年前の普通の人間だった訳ではない。


魔術を学ぶ者が集まり。


その中でも優れた者が残り。


天使との戦争が始まってからは、実際に戦える者達が更に鍛えられた。


それでも。


現代で一流と呼ばれる魔術師が簡単には敵わない程だった。


「建物だけじゃないんだ」


「何が?」


「昔の方がすごいの」


リリメリアは壊れた管制室を見る。


「魔術も、これを作った人も、使ってた人も」


「そうみたいだね」


八百年間。


誰も手入れをしていない。


壁は割れ。


塔は崩れ。


導路の大半は死んでいる。


それでも扉は動き。


記録は残り。


魔術院全体へ未だに魔力を流している。


今の人間がこれを作れるのか。


リリメリアには分からない。


けれど。


調査隊が旧文明の小さな装置一つを見つけただけで、何日も掛けて調べていたことを思い出す。


多分。


無理なのだと思った。


「それでも天使に負けたんだ」


リリメリアが呟く。


ベルは何も言わなかった。


その下には失われた都市名が並んでいた。


一つ。


二つ。


指で追うことを諦める程に。


「町を幾つも失って、何度も失敗して、それでも一体ずつ減らした」


「全部は倒せなかった?」


「そうみたいだね」


壊れた管制室。


止まった模型。


八百年後も残る魔物。


勝った戦いもあった。


現代の人間より遥かに進んだ技術があった。


現代の魔術師より強い者も何人もいた。


それでも最後には帝国がなくなった。


リリメリアは黒く潰された印を見る。


そこには倒した者の名前も。


死んだ者の数も書かれていない。


ただ一つ減ったことだけが残っていた。


ベルが模型へ手を伸ばす。


白い指は光をすり抜けた。


「第一位から第七位までが天使」


「第八位は?」


「人が後から付けた名前」


「天使じゃないの?」


「強い魔物。天使と区別するために、第八位相当とか第九位相当って呼んでた」


「相当」


「本物じゃないってこと」


「でも強い?」


「普通の魔物よりはずっと」


リリメリアは覚えるように頷いた。


第一位から第七位。


数字が小さい程強い。


第八と第九は天使ではない。


壁際。


一枚だけ光の残っている金属板がある。


近付くと文字が下から上へ流れていた。


ベルも隣へ来る。


「何て書いてある?」


「第四位が来た時の記録」


文字が止まる。


一行目。


『第一外周結界 消失』


次。


『北棟との接続 断絶』


その下。


『負傷者を中央棟及び地下区画へ移送』


短い記録が続く。


何処かの棟が落ちる。


結界が壊れる。


避難路が塞がる。


残っている魔術師を集める。


どれも短い。


感情は何も書かれていない。


けれど数字だけが少しずつ減っていた。


稼働棟。


結界。


避難可能区画。


生存確認数。


「逃げなかったの?」


「逃げようとはしてたと思う」


ベルが答える。


「でも全員は無理だった」


記録が更新される。


『帝国北部都市防衛軍 救援要請送信』


『対天使討伐隊 緊急出動要請送信』


『国家錬成局 支援要請送信』


三つの文字の横に黄色い光が灯る。


その下。


別の一行だけが赤く表示された。


『最優先救援信号 送信』


『指定術者 リコリシア』


リリメリアは顔を上げる。


「リコリシア」


森で行商人が叫んでいた名前。


あの直後、何処からともなく飛んできた魔術が行商人の腕を吹き飛ばした。


「魔女の名前だよね」


「同じだね」


リリメリアは八百年前という言葉を思い出す。


この記録にあるリコリシア。


今も森にいるリコリシア。


同じ人間なら八百年前から生きていることになる。


「同じ人?」


「分からない」


「人って、そんなに長く生きる?」


「普通は生きない」


「じゃあ違う人?」


「名前を継いでる可能性もある」


「魔女だから長生きしてるかもしれない」


「それもあるかもね」


どちらなのかは分からない。


けれど偶然同じ名前だとは思えなかった。


「ベルはリコリシアを知ってる?」


ベルは記録を見たまま暫く考えた。


「名前は知ってる気がする」


「どんな人?」


「分からない」


「顔も?」


「出てこない」


ベルは赤く表示された文字へ視線を戻す。


「でも軍や討伐隊より先に来てほしかったみたい」


「一人なのに?」


「一人だからだと思う」


「どういうこと?」


「軍は集まるまで時間が掛かる。討伐隊も何処にいたか分からない」


ベルは最優先という文字を見る。


「それに」


先程まで見ていた戦闘記録へ目を向ける。


「これだけ強い魔術師が何人もいる場所で、それでも最優先に名前が出るくらいだから」


「もっと強い?」


「多分」


軍。


対天使討伐隊。


国家錬成局。


そして、現代の魔術師では太刀打ち出来ない程の術者達。


それらよりも早く。


たった一人の魔術師を求めていた。


「この人なら一人で来られる。そして来れば第四位相手でも勝機があると思われてた」


行商人の腕を遠くから一撃で吹き飛ばした魔術。


あれでも、ほんの警告だった。


「強いのは知ってる」


「会ったの?」


「会ってない」


「じゃあ何で?」


「リコの腕を遠くから飛ばした」


ベルがリリメリアを見る。


「何したの、その人」


「大声で悪口言った」


「なら仕方ないかも」


「ベルもそう思う?」


「少し」


記録は更に続く。


『最優先救援信号 送信完了』


『中央指揮権限 エステラ・ヴァルネへ移行』


「誰?」


「知らない」


ベルは続く記録を読む。


「でも中央指揮権限を渡されてるなら、ここに残っていた中で一番立場が上だったか」


少し間を置く。


「一番強かった人だと思う」


「この人が指示したの?」


「記録を見る限りは」


次の文字が浮かぶ。


『東棟放棄』


『生徒及び負傷者を地下へ』


『第四結界魔力を避難経路へ転用』


『全院共鳴式 起動準備』


リリメリアは最後の言葉を見る。


「全院共鳴式って?」


「沢山の魔術師を繋ぐ術式」


「繋ぐ?」


「一人ずつ別の魔術を使うより、皆の魔力と術式を一ヶ所へ集めた方が大きな魔術を使える」


「真ん中にいる人が全部使うの?」


「使うというより、纏める」


ベルは模型の中央棟を見る。


「皆で一つの魔術を作る。その中心に全体を動かす人がいる」


「エステラ?」


「多分」


文字が一度消えた。


少し間を置いて、新しい一行が浮かぶ。


『救援到着まで中央棟を維持』


更に下。


『指定術者到着まで防衛継続』


「間に合ったのかな」


リリメリアが呟く。


ベルは崩れた壁へ目を向ける。


「今じゃ魔術院はこんな状態で、魔物までうろついてる」


「うん」


「少なくとも、何もなかったとは思えないね」


どん。


部屋の下から音が響いた。


中央の模型が大きく揺れる。


青白い光が全て消えた。


暗闇。


すぐに赤い文字が一行だけ浮かぶ。


先程までの記録とは違う。


文字の横に現在を示す白い印が点滅している。


『外部敵性反応 検知』


二行目。


『全院共鳴式 再起動』


リリメリアが模型へ近付く。


「今の?」


「うん」


文字がもう一度変わる。


『回収開始』


部屋の外。


階段の下から何かを引き摺る音が聞こえた。


ずる。


一つ。


その後ろ。


また一つ。


ずる。


ずる。


音が増えていく。


リリメリアは黒い剣を抜いた。


管制室の扉から外を見る。


階段の下。


暗闇の奥を人影が横切った。


三本の腕。


左右で長さの違う脚。


先程皆で拘束した魔物とは別の個体。


こちらへは来ない。


階段の下を通り過ぎ、更に中央棟の奥へ向かっている。


もう一体。


四足の影。


次は天井を這う細長い物。


全て同じ方向だった。


「ベル」


「うん」


「何か集めてる」


ベルは中央の模型を見る。


消えたはずの光が一本ずつ戻り始めている。


何処からか中央へ。


細い線が集まっていく。


「違うかも」


「何が?」


ベルは暫く模型の中央を見つめた。


黒い影のような物がゆっくりと脈打っている。


どん。


「集めてるんじゃなくて」


階段の下から響く無数の足音が。


一つの大きな音へ重なり始めた。


「戻してるのかもしれない」

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

感想もいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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