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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
二章 星喰いの魔女
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31/35

知らないはずの場所

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で5年前に拾われた記憶を失った少女。

黒灰色の髪と赤い瞳を持つ。


エルナと共に魔女の森を目指す。


エルナ

調査隊の魔術師。

真面目で冷静に見えるが、内には強い感情を抱えている。

失った仲間を取り戻す方法を探している。


行商人

自称悪魔の素性不明の行商人。

二人を導くが、何が目的なのかは分からない。

「何かが近付いて来てる」


行商人がそう言った直後だった。


魔術院の奥で地面の下を巨大な何かが通り抜けるような轟音が鳴り響いた。


リリメリアが足元を見る。


石畳の隙間から青白い光が滲み出していた。


一本。


二本。


細い線は廊下を走り、壁へ上がる。


天井。


扉。


柱。


それまでただの傷に見えていた溝が次々と光を帯びていく。


「動くな!」


ルカが叫んだ。


その瞬間。


壁が動いた。


重い石の擦れる音。


「リリ!」


エルナが手を伸ばす。


リリメリアも手を伸ばした。


二人の間へ石壁が滑り込んだ。


「エルナ!」


壁を叩く。


返事はない。


「エルナ!」


もう一度。


何も聞こえなかった。


振り返る。


行商人もいない。


ルカも。


白い猫も。


先程まで続いていた廊下まで消えていた。


代わりに、見覚えのない細い通路が伸びている。


リリメリアは黒い剣を抜いた。


「リコ?」


声が響く。


「ルカ?」


返事はない。


静かだった。


遠くで何かが石を引き摺る音だけが聞こえる。


ずる。


一度。


そして止まる。


リリメリアは剣を握り直した。


壁が動いただけ。


皆は何処かにいる。


分かっている。


それでも胸の奥が落ち着かない。


誰もいない廊下。


返ってこない声。


それが嫌だった。


「……エルナ」


もう一度呼ぶ。


「聞こえないと思うよ」


すぐ横から声がした。


リリメリアが振り向く。


白い女が壁際に立っている。


銀色の長い髪。


水色の瞳。


白い服。


「ベル」


思ったより大きな声が出た。


ベルが僅かに首を傾げる。


「何?」


「いた」


「いるけど」


当たり前のように答える。


リリメリアはほっと息をついた。


「安心した」


「そう」


それだけだった。


「怖かった?」


「うん」


「そう」


また同じ返事。


リリメリアはベルを見る。


「ベルは怖くない?」


「何が?」


「一人になるの」


ベルは少し考えた。


「別に」


「寂しくない?」


「一人だった時間の方が長かった気がするから」


悲しそうには見えなかった。


ただ事実を話している。


「行かないの?」


ベルが聞く。


「行く」


リリメリアは歩き始め、ベルも隣を進む。


足音は一人分しかなかった。


暫くすると壁に埋め込まれた硝子の箱が光った。


青白い明かり。


次の物も。


リリメリアが近付く度、順番に灯っていく。


「これ、まだ動くんだ」


「魔術灯だからね」


「知ってるの?」


「知ってるよ」


返事は早かった。


「珍しくないの?」


「別に」


ベルが天井を見る。


「人が近付いた時だけ点ければ魔力も無駄にならないし」


「今はこういうの無いよ」


「じゃあ夜どうするの?」


「火を付ける」


「毎回?」


「うん」


ベルが少しだけ眉を寄せた。


「面倒だね」


「エルナがやってくれる」


「エルナが便利なだけでしょ」


壁には無数の細い線が走っている。


照明から照明へ。


扉へ。


床へ。


その更に奥へ。


「これも?」


「魔力導路」


ベルが指を向ける。


「大きな施設なら、何処かに魔力を溜めておく場所がある。そこから各棟へ流すの」


「何に使うの?」


「照明とか、結界とか、研究設備とか。水を出したり、室温を変えたり」


「水も出るの?」


ベルがリリメリアを見る。


「出るでしょ」


「今は出ない」


「……不便になったんだね」


本気で言っている。


リリメリアには、それが少しおかしかった。


廊下の先に大きな部屋があった。


中には机が何十個も並んでいる。


前方には黒い板。


複雑な白い線が途中まで残されていた。


床には朽ちた紙。


折れた筆記具。


割れた小瓶。


壁際には細い杖が何本も並んでいる。


「教室」


ベルが呟いた。


「まだ何も聞いてないよ」


「聞くと思ったから」


「何の教室?」


ベルは黒い板に視線を向ける。


「基礎術式かな」


「読めるの?」


「うん」


リリメリアには一文字も分からない。


エルナでも、古い文字は全部読める訳ではなかった。


「ベル」


「何?」


「何で読めるの?」


「知ってるから」


「魔術院のことも知ってる」


「うん」


「魔術灯も」


「うん」


リリメリアはベルを見る。


「ベルは帝国があった頃からいるの?」


ベルが口を閉じる。


少しだけ間があった。


「そうみたい」


「そうみたい?」


「時代のことは分かる」


ベルは机の間を進む。


「帝国があったことも。魔術院も。町がどうだったかも。何を使って暮らしてたかも」


「じゃあベルもそこにいた?」


「それは分からない」


「何で?」


「知らない」


いつもの答えだった。


ただ今までより奇妙に聞こえた。


世界のことは覚えている。


自分のことだけ分からない。


リリメリアも机の間を歩いた。


一番奥。


壁際の棚が崩れている。


その下に、薄い金属板が何枚か落ちていた。


文字が刻まれている。


「ベル、これ読める?」


ベルが覗き込む。


「読める」


「何て?」


「白災指定に関する帝国中央告示」


リリメリアの手が止まる。


「白災?」


「うん」


金属板の表面には細かな文字が並んでいた。


所々傷で読めなくなっている。


ベルが目で追う。


「各地で発生している白化現象、生命活動の停止、白色粉塵の発生及び未知生物による襲撃について、同一原因による一連の災害と認定する」


少し間を置く。


「以後、これらを総称して白災とする」


リリメリアは金属板を見る。


「白災って、最初からそう呼ばれてたんじゃないんだ」


「名前なんて大体後から付くよ」


ベルは素っ気なく答えた。


「最初は何が起きてるか分からなかったんだと思う」


「ベルは知ってた?」


「白災は知ってる」


「その時のこと」


ベルが一瞬黙る。


「世の中で何が起きたかなら」


「怖かった?」


「知らない」


またそこだけ抜けた。


リリメリアは何も言わず、次の金属板を拾った。


こちらには中央に大きな帝国印が刻まれている。


ベルが読む。


「戦時体制移行布告」


声が少し小さくなった。


「白災を自然災害として扱う段階は終了した」


リリメリアがベルを見る。


ベルは続ける。


「各地で確認された未知存在を敵性存在と認定。これらによる襲撃を、帝国のみならず人類の存続に関わる戦争とする」


「人類の存続……」


「大袈裟じゃなかったよ」


ベルが思い返すように言った。


リリメリアは顔を上げる。


「覚えてる?」


「それくらいは」


「どんな感じだった?」


ベルは少し考える。


「都市が一つ消えても、次の日には話題にも登らなかった」


淡々とした声。


「昨日まで安全だった所が、今日も安全とは限らなかった」


「ベルもそこにいた?」


「それは知らない」


ベルは同じ調子で答えた。


リリメリアは三枚目を拾う。


角が大きく欠けている。


「これは?」


ベルが読む。


「魔術院と国家錬成局の共同研究開始に関する通達」


「国家錬成局」


リリメリアはその名を覚えていた。


旧文明を調べる中で何度か聞いた組織。


ライネルクの近くにも歪曲観測所があった。


「何を一緒に研究したの?」


「天使」


「天使?」


「うん」


ベルは残された文章を読む。


「天使に対する既存魔術の有効性、肉体構造、再生原理及び恒久的な無力化手段の確立を目的として、魔術院及び国家錬成局は共同研究体制へ移行する」


「恒久的な無力化って?」


「殺す方法」


ベルは端的に言った。


「普通に殺せなかったから」


リリメリアはライネルクの天使を思い出した。


何度壊しても戻った白い身体。


「身体を壊しても?」


「戻る」


「燃やしても?」


「戻る」


「全部?」


「それで終わるなら、こんなことになってないよ」


ベルは何でもないように言った。


リリメリアは金属板を見る。


「じゃあ、どうやって倒したの?」


ベルは答えなかった。


「ベル?」


「そこは分からない」


「知らないの?」


「知識として抜けてるのか、私に関係してるから抜けてるのかも分からない」


ベル自身も少し不機嫌そうだった。


「変だね」


「知ってる」


更に奥。


崩れた棚の下から、紙を挟んだ金属枠が出てきた。


紙は半分以上失われている。


上部の文字だけが残っていた。


ベルが読む。


「対天使討伐隊、設立」


リリメリアは顔を上げる。


「討伐隊?」


「天使と戦うための組織」


「ベルは知ってる?」


「知ってるよ」


「どんな人達?」


ベルが懐かしむように目を細める。


「色んな人」


「強い人?」


「強い人もいた」


「他は?」


「魔術師。兵士。錬成局の技術者。傭兵」


少し考える。


「天使と戦って、生き残った人」


リリメリアは紙を見る。


「生き残った人を集めたの?」


「最初から天使の倒し方を知ってる人なんていなかったから」


ベルは壁へ寄り掛かる。


「戦って、失敗して、生き残った人が次に伝えた。それを繰り返してた」


「ベルも?」


まただった。


ベルの表情が止まる。


「……分からない」


「討伐隊は知ってるのに?」


「知ってる」


「そこに誰がいたかも?」


「有名な人なら、名前くらいは」


「ベルの知ってる人は?」


ベルは黙った。


「分からない」


リリメリアはベルを見る。


「本当に変」


「だから知ってるって」


ベルが少し嫌そうな顔をした。


リリメリアは金属板を元の場所へ置いた。


「ベルのこと、もっと知りたい」


ベルが見る。


「何で?」


「一緒にいるから」


「理由になってない」


「私にはなる」


ベルは暫く黙っていた。


「質問多いし」


「うん」


「しつこいし」


「うん」


「分からないって言ってもまた聞くし」


「だって、後で思い出すかもしれない」


ベルは呆れたように溜息をついた。


「面倒」


「嫌?」


「嫌ならいなくなってる」


リリメリアは少し笑った。


「じゃあ嫌じゃない」


「そうは言ってない」


「でもいる」


ベルは答えなかった。


教室の奥にはもう一つ扉があった。


開ける。


その先は巨大な吹き抜けになっていた。


リリメリアは思わず足を止める。


何階あるのか分からない。


上を見ても、天井は暗闇の中。


中央には巨大な柱。


表面を幾千もの術式が覆っている。


青白い魔力が下から上へ流れ、途中から枝分かれして壁や床、別の棟へ伸びていた。


魔術院全体へ血を送る血管のようだった。


「これが魔力を送ってる?」


「中央導路」


ベルが答える。


「この規模なら他にもあるはず」


「これで一つ?」


「そうだけど」


ベルにとっては普通らしい。


リリメリアは暫く見上げた。


八百年前。


この建物には明かりが灯っていた。


水が流れ。


研究道具が動き。


沢山の人がここを歩いていた。


そしてある日。


白災という名前が生まれた。


戦争になった。


魔術院と国家錬成局が手を組んだ。


天使を殺すための人達が集められた。


ベルはそれを知っている。


「ベル」


「何?」


「ここに来たことある?」


ベルの返事が止まった。


吹き抜けの向こう。


上へ続く大階段。


その先を見つめている。


「……分からない」


リリメリアもそちらを見る。


「でも何かある?」


長い沈黙。


「知ってる気がする」


「魔術院だから?」


「違う」


ベルははっきり言った。


「ここは」


水色の瞳が細くなる。


「私が知ってる気がする」


その時。


階段の上。


暗闇の向こうから。


どん。


重い音が響いた。


一度。


少し間を置いて。


もう一度。


リリメリアは黒い剣を握る。


「行ってみる」


「危ないかもよ」


「うん」


「戻った方が良いんじゃない?」


「戻る道分かる?」


「分からない」


「じゃあ行く」


「勇敢だね」


リリメリアは階段へ足を掛けた。


少し進んでから振り返る。


ベルはまだ立っている。


「ベル」


「何?」


「来て」


「私、戦えないよ」


「知ってる」


「役に立たないかも」


「それでも」


リリメリアは少し考えた。


「一人より良い」


ベルは黙る。


暫くして。


「変な子」


そう言いながら階段へ歩いてくる。


今度は、リリメリアが追い付くまで先へ進まなかった。


二人で並んで。


暗い階段を上り始めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


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感想もいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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