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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
二章 星喰いの魔女
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29/35

山猫

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で5年前に拾われた記憶を失った少女。

黒灰色の髪と赤い瞳を持つ。


エルナと共に魔女の森を目指す。


エルナ

調査隊の魔術師。

真面目で冷静に見えるが、内には強い感情を抱えている。

失った仲間を取り戻す方法を探している。


行商人

自称悪魔の素性不明の行商人。

二人を導くが、何が目的なのかは分からない。

「止まれ」


頭上から落ちてきた声に、三人は足を止めた。


エルナは杖を構えたまま木々を見上げる。


何処にいるのか分からない。


声は近かった。


けれど枝葉が重なり、人の姿は見えなかった。


「姿を見せなさい」


「先に杖を下ろせ」


「出来ません」


間を置かず返す。


行商人がにやにや笑った。


「エルナちゃん今日ずっと怖いねえ」


「黙っていてください」


枝が揺れたその瞬間、一人の少年が木の上から降りてきた。


落ちたというより、音もなく地面へ着いた。


リリメリアより頭一つ程高い。


短い茶色の髪。


髪の間から、先の尖った獣の耳が伸びている。


腰の後ろでは、茶と黒の縞模様が入った長い尾が揺れていた。


山猫の獣人。


服は動きやすそうな布と革を重ねただけの簡素な物だった。


腰に短い刃を二本。


弓を持っている。


少年は三人を順番に見る。


最後に行商人へ目を止めた。


「お前ら、何しに来た」


「人を探してる」


リリメリアが答えた。


少年の視線が移る。


赤い瞳を少し長く見たが、何も言わなかった。


「誰だ」


「兎の耳の子」


少年の耳が僅かに動く。


「茶色い髪で、これくらい」


リリメリアは自分より少し高い位置へ手を置く。


「外で薬草を採ってた」


「……ミミルルか」


初めて聞く名前だった。


「ミミルル?」


「そいつの名前だ」


「帰れた?」


少年は少しだけ眉を寄せた。


「帰ってる」


リリメリアの肩から力が抜ける。


「良かった」


「良くねえよ」


少年は吐き捨てるように言った。


「あいつ、一人で外まで出やがって」


声は怒っている。


けれど、リリメリアにはミミルルへ怒っているようには聞こえなかった。


「怪我は?」


「耳が少し痛そうだった」


「……誰にやられた」


「男の人が三人」


少年の尾が大きく一度揺れた。


「どんな奴らだ」


「もう逃げました」


エルナが答える。


「私達が追い払っています」


少年がエルナを見る。


「お前らが?」


「ええ」


「人間なのに?」


エルナの表情が僅かに変わった。


リリメリアも少年を見る。


少年は皮肉を言ったようには見えなかった。


ただ事実を確認しただけの顔だった。


「獣人だから助けない、という事はありません」


「ふうん」


少年はそれ以上何も言わなかった。


行商人が横から顔を出す。


「良いことしたでしょお?」


少年は行商人を見る。


「お前は?」


「見てた」


「何もしてねえのかよ」


「二人で十分だったし」


「役立たず」


「酷くない?」


行商人は笑っている。


エルナは笑わなかった。


少年は改めて三人を見る。


「ミミルルは帰った。もう用はないだろ」


森の入口らしき方向を顎で示す。


「帰れ」


「帰り道が分かりません」


エルナが言った。


「知らねえよ」


「この森の術式で同じ場所を歩かされています」


「だったら森が帰れって言ってんだよ」


あまりにも即答だった。


行商人が吹き出す。


「正解」


エルナの視線が冷たくなる。


「あなたは黙っていてください」


少年の目が行商人へ向く。


「お前、何で知ってる」


「来たことあるから」


「ここに?」


「昔ねえ」


少年は露骨に怪しむ顔をした。


その視線が行商人の左腕へ落ちる。


再生したばかりの腕はまだ僅かに震えていた。


顔色も戻っていない。


「それ、どうした」


「ちょっと魔女に怒られちゃって」


少年の耳がぴくりと動く。


「……あの人に会ったのか」


「会ってないよ。遠くから腕飛ばされただけ」


「何した」


「挨拶?」


「絶対違うだろ」


「八百年引きこもってる怒りんぼって言ったくらい」


少年は暫く行商人を見た。


それから深くため息を吐く。


「自業自得じゃねえか」


「みんな冷たいなあ」


「あと」


少年の目が細くなる。


「人喰いの魔女とか言ってただろ」


行商人は目を瞬く。


「聞いてたの?」


「森ででかい声出せば聞こえる」


「人食べないの?」


リリメリアが尋ねる。


「食う訳ねえだろ」


少年は即答した。


「面倒くさがって人と話さねえだけだ」


「人喰いじゃないんだ」


「誰から聞いた」


リリメリアが行商人を見る。


少年も見る。


行商人はにこにこしている。


「風評被害だねえ」


「お前が広めてんだろ」


少年は頭を掻いた。


どうやら行商人を嫌い始めたらしい。


エルナは少年を見る。


「あの魔女と一緒に暮らしているのですか」


「何で答えなきゃいけねえんだ」


「先程、知っている素振りでした」


少年の眉が動く。


「……細けえな」


エルナは否定しなかった。


少年は面倒そうに顔を逸らす。


その時。


森の奥から轟音が響いた。


地鳴りに似ているが足元は揺れない。


もっと遠く。


石と石が擦れるような音。


少年の表情が変わった。


さっきまで垂れていた尾が持ち上がる。


「またか」


「何の音?」


リリメリアが尋ねる。


少年は答えなかった。


森の奥を睨んでいる。


もう一度。


今度は少し長い。


鳥が一斉に木々から飛び立った。


「お前らここにいろ」


「何処へ行くの?」


「関係ねえ」


歩き出そうとする。


行商人が木へ背を預けたまま口を開いた。


「魔術院跡?」


少年の足が止まった。


振り返る。


先程よりも明らかに強い警戒が浮かんでいた。


「何で知ってる」


「音の方向」


「それだけじゃ分からねえだろ」


「アタシには分かるんだよねえ」


少年が弓を行商人に向ける。


エルナも反射的に杖を構える。


「待ってください」


「こいつ何者だ」


「それは私も知りたいところです」


「仲間じゃねえのかよ」


「一時的に同行しているだけです」


「エルナちゃん、まだそれ言うんだ」


「黙ってください」


少年は嫌な物を見る顔をした。


「面倒くせえ奴らだな」


三度目の音が響いた。


少年は舌打ちする。


「時間ねえ」


そのまま森の奥へ向かおうとする。


「待って」


リリメリアが呼び止めた。


少年が振り返る。


「私達も行く」


「来んな」


「魔術院跡とは旧文明のものですか?」


今度はエルナだった。


その声に先程までとは違う好奇心が混じっている。


「多分な。昔からある」


エルナの表情が変わった。


「中に記録は残っていますか」


「知らねえ」


「書庫は?」


「知らねえって言ってんだろ」


「私達は旧文明について調べています」


「だから?」


「探している物があるのです」


少年は露骨に嫌そうな顔をした。


「勝手に探せ」


「道が分かりません」


「帰れ」


「帰り道も分かりません」


少年が黙った。


行商人が横で笑い始める。


「詰んだねえ」


「お前が一番うるせえ」


リリメリアは少年を見る。


「手伝えるよ」


「何を」


「さっきの音、困ってるんでしょ?」


少年の耳が僅かに伏せる。


答えない。


「リリ」


エルナが小さく呼ぶ。


けれど止めなかった。


リリメリアは続ける。


「私、剣使える」


「見れば分かる」


「エルナは魔法が上手い」


「リリ」


今度は少し恥ずかしそうな声だった。


「リコはすごく強い」


少年が行商人を見る。


行商人は木へ身体を預けたまま片手を振った。


「今日はちょっと弱いけどねえ」


「使えねえじゃねえか」


「酷いなあ」


少年は暫く黙っていた。


「ミミルルを助けたのは本当なんだな」


「うん」


「嘘じゃない?」


「嘘じゃないよ」


「そうか」


少年はリリメリアの顔を見る。


次にエルナ。


最後に行商人。


何かを確かめるように鼻を鳴らした。


「……分かった」


「連れてってくれる?」


「道だけだ」


「ミミルルを助けた分。それで終わり」


「ありがとう」


「礼はいらねえ」


歩き出す。


数歩進んでから、思い出したように振り返った。


「あと俺の前歩くな」


「何で?」


「罠がある」


リリメリアは足元を見る。


普通の土と草しか見えない。


「見えないよ」


「だから言ってんだろ」


少年は先へ進む。


白い猫がその横へ並んだ。


少年が猫を見る。


猫も少年を見る。


暫く見つめ合った後、何故か白い猫は少年の前を歩き始めた。


「おい」


猫は止まらない。


「そっちは違う」


猫が方向を変える。


「……分かってんのか?」


リリメリアは少し笑った。


「その子、道分かるみたい」


「じゃあ俺いらねえだろ」


「帰り道は分からないよ」


「面倒くせえ」


少年はそう言いながら、猫の後ろを歩いた。


その足音はほとんど聞こえなかった。


リリメリア達も続く。


暫く進むと、森の景色が少しずつ変わっていった。


苔に埋もれた石が増える。


最初は一つ。


次は二つ。


やがて地面の下から、割れた石畳が覗き始めた。


木の幹には、人の手で彫られたような線が残っている。


行商人がそれを見て、僅かに目を細めた。


「変わってないねえ」


少年が振り返る。


「やっぱり知ってんじゃねえか」


「昔来たって言ったでしょ?」


「昔っていつだ」


「昔は昔」


「胡散臭え」


「よく言われる」


エルナは二人の会話を聞きながら何も言わなかった。


ただ杖を握る手は緩めていない。


木々の向こう。


黒い影が見え始めた。


最初は岩壁かと思った。


近付くにつれ、それが巨大な建物だと分かる。


幾つもの塔。


崩れた屋根。


木々に飲み込まれた石造りの渡り廊下。


その一部は森の木よりも高く伸びていた。


八百年前から残る、旧魔術院。


エルナが息を呑む。


リリメリアも足を止めた。


建物の上階。


窓だった穴の向こうを、何かが横切った。


人のように見えた。


けれど、その影には腕が三本あった。


少年が短剣を抜く。


「さっきから中の連中が騒いでる」


「だから見に来た」


魔術院の奥から。


また、石を引き摺るような音が響いた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


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感想もいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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