二人で戦う
【主な登場人物】
リリメリア
旧帝都で5年前に拾われた記憶を失った少女。
黒灰色の髪と赤い瞳を持つ。
エルナと共に魔女の森を目指す。
エルナ
調査隊の魔術師。
真面目で冷静に見えるが、内には強い感情を抱えている。
失った仲間を取り戻す方法を探している。
行商人
自称悪魔の素性不明の行商人。
二人を導くが、何が目的なのかは分からない。
魔女の森へ向かう街道を歩き始めて、半日程が経った。
丘を一つ越えたあたりで、小さな村が見えた。
木の柵に囲まれた畑と、煙の上がる家々。
街道脇には荷車が停まり、畑では何人かの村人が土を耕している。
昨日まで歩いていた廃墟や僻地とは違い、ここには普通に人が暮らしていた。
「少し休んでいこっか」
行商人が提案する。
「水も欲しいし」
三人が村へ入ると、入口近くにいた男がこちらを見た。
最初は旅人を見るだけの顔だった。
けれどエルナの杖と、リリメリアが背負った黒い剣を見ると、慌てたように近付いてくる。
「旅の方ですか?」
「はい」
エルナが答える。
「もしかして、魔物と戦えますか?」
男の声は少し切羽詰まっていた。
話を聞けば、数日前から村の家畜が襲われているらしい。
夜になると北の林から獣型の魔物が現れる。
確認出来ているだけで八体。
村人にも怪我人が出ていた。
王都へ知らせの帰灯鳥を送ったが、騎士が来るまでにはまだ掛かるという。
「八体かあ」
行商人がリリメリアとエルナを見る。
「丁度良いね」
「何がですか」
「練習」
エルナが眉を寄せた。
「森に入る前に、二人で連携する練習してみたら?」
「あなたは?」
「見てるよ」
「何故ですか」
「アタシが全部倒したら練習にならないでしょ」
行商人はにこにこしている。
「アタシが練習相手でも良いけど、二人が何しても多分当たらないよ」
エルナの眉間に皺が寄る。
「随分な自信ですね」
「事実だし」
リリメリアは二人を見比べる。
「連携って?」
「相手が何をしようとしてるのか考えながら戦うこと」
行商人はリリメリアを見る。
「リリちゃん、剣は使えるけど敵を見ると一人で追っかけちゃうでしょ」
次にエルナを見る。
「エルナちゃんはリリちゃんを守ろうとして、全部自分で何とかしようとするし」
「……何故分かるのですか」
「見てたから」
エルナは一度口を開きかけたが反論が思い付かなかったのか僅かに眉を寄せたまま口を閉じる。
「まあ、やれば分かるよお」
行商人だけが楽しそうだった。
日が傾き始めた頃。
三人は村の北にある畑へ向かった。
柵の向こうには林が続いている。
村人達には家から出ないよう伝えてあった。
白い猫は近くの柵へ飛び乗り、こちらを見ている。
行商人は少し離れた木の下に座った。
武器は持っていない。
いつものように手ぶらだった。
「本当に手を出さないつもりですか」
エルナが聞く。
「危なくなったら助けるよ」
「信用出来ません」
「昨日より酷くなってない?」
林から枝の折れる音がした。
エルナが杖を構える。
リリメリアも黒い剣を抜いた。
狼に似た魔物が一体、林から姿を現す。
背中には黒い棘が並び、口の端から長い牙が伸びていた。
二体。
三体。
やがて八体が畑へ広がる。
「来ます」
エルナが言った。
一体が地面を蹴った。
リリメリアは前へ出る。
飛び掛かってきた魔物の牙を剣で逸らし、そのまま肩へ刃を入れた。
魔物が倒れる。
すぐに二体目へ向かう。
「リリ、待って!」
エルナの声が聞こえた。
けれど魔物は目の前にいる。
剣を振ろうとした瞬間、横から別の一体が飛び込んできた。
リリメリアは慌てて身を引く。
魔物の爪が服を掠める。
その間に、二体がエルナへ向かっていた。
エルナが杖を振る。
炎が走り、一体を吹き飛ばす。
もう一体が炎を避ける。
「エルナ!」
リリメリアが戻ろうとする。
「来ないでください!」
「でも」
「あなたがいると撃てません!」
杖の先には光が集まっている。
けれどリリメリアが射線に入ったせいで放てない。
横から魔物が飛び掛かる。
その額へ、小石が当たった。
僅かに軌道が逸れる。
リリメリアは転がるように避けた。
「今ので一回死んだねえ」
木の下から行商人の声がする。
「死んでないよ」
「アタシが石投げなかったら怪我してたでしょ」
「戦っている最中に話しかけないでください!」
エルナが怒鳴る。
「エルナちゃんも二回死んでるよ」
「何故ですか!」
「リリちゃんばっかり見てるから」
エルナが振り返る。
背後から迫っていた魔物へ、もう一つ小石が飛んだ。
「今ので三回」
「……腹が立ちますね」
残りは六体。
リリメリアとエルナは背中を合わせる。
「どうする?」
「私が足を止めます」
「さっきもそれだったよ」
エルナが言葉に詰まる。
行商人が頬杖をついた。
「リリちゃん、倒すことばっかり考えなくて良いよ」
「じゃあどうするの?」
「エルナちゃんが倒しやすい所に連れてけば良い」
「連れてく?」
「追い掛けてくるでしょ」
六体の魔物が、二人の周囲を円を描くように動き始めた。
互いに距離を取りながら、少しずつ輪を狭めてくる。
その中から一体が急に速度を上げた。
リリメリアは一歩前へ出る。
剣を振らず、飛び掛かってきた牙を横へ避けた。
魔物がすかさず追ってくる。
「右です!」
エルナの声。
リリメリアは右へ走った。
魔物も方向を変える。
「そのまま!」
光が地面を走った。
魔物の前脚が弾かれ、身体が崩れる。
リリメリアがそこへ剣を振り下ろす。
一体。
すぐに二体が左右から迫る。
「リリ、伏せて!」
今度は迷わなかった。
身体を低くする。
頭上を炎が駆け抜けた。
一瞬、夕暮れの色が焼き払われる。
背後にいた二体が炎に包まれた。
「今です!」
リリメリアは立ち上がる。
炎から逃れた一体へ剣を叩き込んだ。
残った魔物がエルナの背後へ回る。
「エルナ、後ろ!」
エルナは振り返らない。
杖だけを後ろへ向けた。
地面から氷が伸び、魔物の前脚を絡め取る。
リリメリアが走った。
黒い剣が最後の魔物を斬り倒す。
それまで畑を満たしていた唸り声が、糸を断ち切られたように消えた。
夕暮れだけが何事もなかったように地面へ長い影を落としていた。
リリメリアは息を整えながらエルナを見る。
「今の、二人で倒した」
「ええ」
エルナも肩で息をしている。
それでも表情は少し緩んでいた。
「最後は良かったと思います」
「本当?」
「次も同じように出来れば、ですが」
リリメリアは少し嬉しそうに頷いた。
行商人が立ち上がる。
「まあまあかな」
「何点?」
「六十点」
「低い」
「最初に三回くらい死んでたし」
「私は死んでいません」
エルナが言う。
「そういうことにしとこっか」
その時だった。
地鳴りと共に地面が揺れた。
村の方から悲鳴が上がる。
林の奥で、大きな木が一本倒れた。
続いて二本。
三本。
枝を押し退け、巨大な頭が現れる。
黒褐色の鱗。
二本の角。
太い四肢が木々を踏み潰していく。
森の木と同じくらいの高さはある。
「竜種……」
エルナの声が僅かに震えた。
杖を握る手に力が入る。
竜型の魔物。
現代では最も弱い種類であっても、王都の騎士団一部隊で対処する。
比較的魔術の才能に恵まれたエルナでも、正面から倒せる相手ではない。
視界を奪う。
足を止める。
その僅かな時間に逃げる。
それが最善だった。
「リリ、私の後ろへ」
エルナは杖を両手で構えた。
「私が目を眩ませます。その間に村とは反対へ――」
「逃げなくて良いよ」
行商人が二人の前を通る。
「二人とも疲れたでしょ」
「何を言っているのですか」
「交代」
行商人の足元の影が揺れた。
水面のように形を崩し、その中から黒い柄がせり上がる。
行商人はそれを掴み、一本の黒い刀を引き抜いた。
「待ってください」
エルナが行商人の背へ声を投げる。
「いくらあなたでも、竜種を一人で相手にするのは――」
「大丈夫だよ」
行商人は振り返りもしない。
「そこで見てて」
竜が咆哮する。
巨大な前脚が振り下ろされた。
行商人は正面から走る。
爪が地面へ落ちる寸前、刀を斜めに当てた。
甲高い音。
火花が散る。
刃を滑らせ、爪の軌道を逸らす。
行商人はそのまま竜の腕へ飛び乗った。
鱗の上を走る。
竜が首を振り、牙を剥く。
刀が一閃する。
頬の鱗が裂け、黒い血が飛んだ。
怒った竜が身体を大きく振る。
行商人の身体が空へ投げ出された。
「リコ!」
リリメリアが叫ぶ。
行商人は空中で身体を捻った。
その顔には笑みが浮かんでいる。
竜の頭上。
空間が歪んだ。
景色の一部だけを指で捻ったように、夕空が不自然に曲がっていく。
歪みの中心から、黒い切っ先が現れた。
続いて刃。
十メートル程はある巨大な大剣が、竜の真上へゆっくりと姿を現した。
何かが支えている様子はない。
ただそこに浮かんでいる。
行商人が刀を振る。
黒い斬撃が竜の顔面を走った。
竜が怯み、巨大な頭が僅かに下がる。
「そこ動かないでねえ」
歪みが消えた。
支えを失った大剣が落ちる。
ただ、その重さに任せて。
轟音。
刃が竜の頭を貫いた。
地面まで突き刺さり、衝撃が畑を揺らす。
竜の巨体が一度だけ大きく痙攣した。
それきり動かなくなった。
行商人が地面へ降り立つ。
手にしていた刀を離す。
刀は落ちることなく、そのまま足元の影へ沈んで消えた。
竜を貫いた大剣も輪郭を失い、黒い塵となって風へ溶けていく。
行商人は振り返った。
そして悪戯が成功した子供のように、にかっと笑う。
「見た?」
「アタシのかっこいいところ」
リリメリアは何度も頷いた。
「見た」
「どうだった?」
「すごくかっこよかった」
「でしょお?」
行商人は嬉しそうに笑った。
リリメリアはエルナを見る。
「エルナちゃんも見た?」
「……見ていました」
「かっこよかった?」
「実力は認めます」
「かっこよかった?」
「しつこいです」
村へ戻ると、家の中に隠れていた村人達が次々と外へ出てきた。
畑の向こうに倒れた竜を見て、誰もが暫く言葉を失っていた。
やがて村長が三人の前まで来ると、何度も頭を下げた。
その夜は、村に一軒だけある小さな宿へ無料で泊めてもらえることになった。
温かい食事。
湯。
翌朝のための水と保存食まで用意された。
夕食の席でも、リリメリアは何度か行商人を見る。
「リコ」
「何?」
「かっこよかった」
「まだ言ってくれるの?」
「うん」
「もっと言って良いよお」
「調子に乗らないでください」
エルナが横から言った。
翌朝。
村人達に見送られ、三人は再び街道へ出た。
村長によれば、魔女の森へ続く道はもう遠くない。
ただ、森へ入った者は何故か長く留まれないという。
真っ直ぐ歩いていたはずなのに、気付けば入口へ戻っている。
何度入っても同じだった。
そのため、今では村の者も近付かないらしい。
昼前。
遠くに黒い森が見えた。
木々が密集し、そこだけ昼の光を拒むように暗い。
行商人が足を止める。
「昨日の魔物くらいなら、二人でも何とかなると思う」
「次もやる?」
リリメリアが聞く。
「出来そうならね」
リリメリアは森を見る。
「リコがいれば大丈夫?」
行商人は少しだけ黙った。
それから、いつものように笑った。
「森ではアタシが助けられないこともあるからね」
黒い森は静かだった。
風は街道の草を揺らしているのに、その奥だけが時間から切り離されたように動かなかった。
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