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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
二章 星喰いの魔女
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23/35

殺人鬼

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で5年前に拾われた記憶を失った少女。

黒灰色の髪と赤い瞳を持つ。


エルナと共に魔女の森を目指す。


エルナ

調査隊の魔術師。

真面目で冷静に見えるが、内には強い感情を抱えている。

失った仲間を取り戻す方法を探している。


行商人

自称悪魔の素性不明の行商人。

二人を導くが、何が目的なのかは分からない。

北の道から来た旅人は、分かれ道の手前で足を止めた。


茶色い外套を羽織った男だった。


年は三十を少し過ぎた程に見える。


肩には革の鞄を掛け、腰には短い剣を下げていた。


髪や外套には白い粉が積もっている。


随分と長く歩いて来たらしい。


男は道標の前に立つ三人を見ると、僅かに目を細めた。


「旅人か」


「行商人だよお」


行商人が笑って手を振った。


「この二人はアタシの売り物」


「売り物なんかじゃありません!」


エルナがすぐに否定する。


「私も」


リリメリアも続けた。


男は行商人と二人を見比べたが、それ以上は聞かなかった。


「東へ向かうつもりか?」


「そのつもりなんだけど、道が読めなくてねえ」


行商人は削れた道標を軽く叩く。


「この先に村はある?」


「ああ」


男は東へ続く道を指差した。


「暫く進むと古い遺跡が見える。その横を抜ければ村だ」


「どれくらい?」


「ここからなら三時間も掛からない」


「宿は?」


「一軒ある」


行商人が嬉しそうに笑った。


「良かったあ。今日も野宿かと思ったよ」


「日が落ちる前には着けるだろう」


男はそう言って、北から来た道を一度振り返った。


「ただ、この辺りは道が分かりにくい。遺跡までは俺も同じ方向だ。途中まで案内してやる」


「親切だねえ」


「お互い様だ」


男は先に東の道へ入った。


行商人がその後を追う。


リリメリアは隣を歩く白い猫を抱き上げた。


猫は抵抗せず、腕の中で丸くなる。


その後ろからエルナの杖が地面を突く音が聞こえた。


四人は街道を進んだ。


道は丘陵を下り、低い林の中へ続いている。


枝の間から落ちた白い粉が、地面を薄く覆っていた。


人の足跡は殆ど残っていない。


旅人の男は歩き慣れているらしく、迷う様子もなく先へ進んでいく。


行商人はそのすぐ後ろを歩いていた。


「お兄さん、名前は?」


「トマだ」


「私はリコ。こっちはリリちゃんとエルナちゃん」


「勝手に紹介しないでください」


「名前くらい良いでしょ?」


「あなたが呼ぶと不愉快なのです」


「エルナちゃんは気難しいねえ」


行商人はニヤニヤしている。


トマが肩越しに振り返った。


「仲が悪いのか」


「良くはありません」


エルナが答えた。


「私は仲良くしたいんだけどね」


「そのようには見えません」


「じゃあ、どうすれば良い?」


「黙って歩いてください」


「それは寂しいなあ」


行商人は口ではそう言いながら、少しも残念そうには見えなかった。


トマが小さく笑う。


その声を聞いたエルナは、僅かに眉を寄せた。


暫く進むと林が途切れた。


先には低い丘があり、その上に石造りの建物が見えた。


建物の半分は崩れている。


屋根も大きく落ち、残った壁から黒い梁が突き出していた。


周囲には背の高い石柱が何本も立っている。


どれも途中で折れ、白い粉を被っていた。


「見えて来たな」


トマが言った。


「あれが遺跡?」


リリメリアが尋ねる。


「ああ。昔は礼拝所だったらしい」


「何の?」


「知らん」


道は遺跡の前を横切っていた。


石畳だったらしい地面は割れ、その隙間から白い草が伸びている。


遺跡の正面には大きな扉があった形跡が残っていた。


今は片側の壁ごと崩れ、中が見えている。


奥は薄暗いが天井の一部は残っていた。


雨や風を避けるだけなら使えそうだった。


「ここを抜ければ村だ」


トマは遺跡の脇を指差した。


細い道が丘の向こうへ伸びている。


「真っ直ぐ進め。次の分かれ道は左だ」


「案内ありがとう」


行商人が笑う。


トマは頷いた。


「俺はここで休んでから北へ戻る」


「戻るの?」


「ああ」


「大変だねえ」


「慣れている」


トマは遺跡へ向かおうとした。


行商人はその背中を見ていた。


いつものように笑っている。


リリメリアは猫を抱いたまま、東へ続く道を見た。


あと三時間。


日が落ちる前には着けるらしい。


今夜は屋根の下で眠れる。


そう思った時だ。


行商人が影から刀を取り出す。


「リコ?」


リリメリアが呼ぶ。


次の瞬間。


行商人の刀がトマの背中へ突き刺さる。


肉を裂く鈍い音がした。


刀はそのまま胸を貫き、外套の前から飛び出した。


トマの身体が止まる。


何が起きたのか分からないように、自分の胸を見下ろした。


黒い刃から血が落ちる。


一滴。


二滴。


割れた石畳の上へ、赤い染みが広がった。


「……何を」


トマの口から掠れた声が漏れる。


行商人は笑っていた。


トマは顔から石畳へ落ち、動かなくなる。


血が外套の下から流れ出した。


「リコ!」


リリメリアは思わず叫んだ。


腕の中で猫が身を捩り、地面へ飛び降りる。


杖が強く地面を打った。


エルナが行商人と倒れた男の間へ入る。


杖の先が行商人へ向けられていた。


「何をしているのですか!」


行商人は刀を見た。


刃についた血を軽く振り落とす。


「見てたでしょ?」


「何故殺したのかと聞いています!」


エルナの声が遺跡の壁へ響いた。


行商人は答えない。


口元にはまだ笑みが残っている。


「この方は私達を案内してくれたのですよ」


「そうだねえ」


「何の罪もない人間を、背後から」


エルナの杖の周囲へ淡い光が集まり始めた。


白い粉が風もないのに舞い上がる。


「助けていただいた恩はあります」


声は震えていた。


怒りのためだった。


「ですが、これを見過ごすつもりはありません」


「エルナ」


リリメリアはエルナの服を掴もうとした。


けれど手が動かなかった。


倒れた旅人から目を離せない。


さっきまで話していた。


名前も聞いた。


村への道も教えてくれた。


それなのに行商人は何の前触れもなく殺した。


リリメリアの胸が苦しくなる。


怖い。


けれど悪い人ではないのかもしれない。


少し前まで、そう思っていた。


間違っていたのかもしれない。


「リコ」


もう一度呼ぶ。


行商人がリリメリアへ笑顔を向ける。


「何?」


「どうして?」


「どうしてだと思う?」


「答えなさい!」


エルナが怒鳴る。


杖の先から光が溢れた。


行商人はそれを見ても動かなかった。


「危ないなあ」


「杖を向けられる理由が分からないとでも?」


「エルナちゃんの癇癪かな」


「この人殺し...!」


行商人は刀を肩へ載せた。


エルナの表情が歪む。


光が一層強くなった。


その時。石畳の上で音がした。


湿った布を捻るような音だった。


リリメリアは倒れたトマを見る。


外套の下で、何かが動いていた。


最初は息をしているのかと思った。


けれど違う。


背中が大きく膨らんでいる。


肩の位置がずれ、片腕が不自然な方向へ折れ曲がった。


骨が折れる音はしなかった。


腕そのものが、柔らかい物のように曲がっていた。


「……エルナ」


リリメリアが呟く。


エルナも異変に気付いた。


杖を行商人へ向けたまま、倒れた男を見る。


トマの身体が震える。


外套の背中が裂けた。


中から黒い物が覗く。


血に濡れた肉ではない。


硬い殻に覆われた細長い脚だった。


一本。


二本。


裂け目を押し広げ、次々と外へ伸びていく。


男の身体が持ち上がった。


人間の両腕と両脚は萎み、外套の中へ沈んでいく。


代わりに黒い脚が地面へ広がった。


腹が割れる。


中から灰色の胴が押し出された。


表面には人間の顔に似た小さな突起が幾つも並んでいる。


どれも口を開いていた。


声は出ない。


トマだった顔は、胴の先に貼り付いたまま残っていた。


目は開いている。


口元だけが大きく裂け、歯のような白い棘が並んでいた。


魔物は脚を一度だけ震わせた。


けれど立ち上がることはなかった。


行商人に貫かれた場所から黒い液体が流れ出し、やがて動かなくなる。


遺跡の前には、もう旅人の死体はなかった。


巨大な虫のような魔物が転がっているだけだった。


エルナの杖を包んでいた光が消える。


リリメリアは声を出せなかった。


行商人が二人を見る。


ニヤニヤしていた。


「ほら」


刀の先でコツコツと魔物の殻を軽く叩く。


「”人”殺しではないかもねえ」


エルナは行商人と魔物の死体を交互に見る。


「……何故、先に言わなかったのです」


「言ったら面白くないでしょ?」


「面白いかどうかの話ではありません!」


「エルナちゃん、凄く怒ってたね」


「当然です!」


「アタシを殺すつもりだった?」


行商人が笑いながら尋ねる。


エルナは答えなかった。


杖を握る指が震えている。


行商人は気にした様子もなく、刀を影の中に戻した。


「どうして魔物だって分かったの?」


リリメリアが聞く。


行商人は魔物の死体を見下ろす。


「さあ?」


「教えて」


「リリちゃんにはまだ早いかなあ」


「何が?」


「色々、かね」


行商人はいつものように笑うだけだった。


エルナが魔物へ近付き、杖の先で外套を捲る。


人間らしい服の下には、黒い殻と灰色の肉が詰まっていた。


剣も鞄も身体の一部へ溶け込んでいる。


最初から道具ではなかったらしい。


「擬態する魔物ですか」


「多分ね」


「多分?」


「名前までは知らないよ」


「それで迷いなく殺したのですか」


「間違ってたら謝ってたよ」


エルナが顔を上げる。


「死体にですか」


「そりゃあね」


行商人は不思議そうに首を傾げた。


エルナは何も言わなかった。


言葉を失ったようにも見えた。


リリメリアは魔物の顔を見る。


少し前まで人間に見えていた顔。


けれど今は、何処にも人間らしさを感じなかった。


それでも胸の鼓動は収まらない。


魔物だったから良い。


そう簡単には思えなかった。


行商人が何も言わず人を殺したように見えた瞬間。


あの恐ろしさはまだ残っている。


行商人は遺跡を見上げた。


崩れた壁。


半分残った屋根。


奥には風を避けられそうな場所もある。


「まあ、丁度良いか」


「何がです」


エルナが警戒しつつ尋ねる。


「折角変な遺跡に着いたんだし」


行商人は両手を広げた。


「今日は野宿を回避出来そうだね」


そう言って、何事もなかったように遺跡の中へ歩いていく。


エルナはその背中を睨んでいた。


リリメリアもすぐには動けなかった。


白い猫だけが先に歩き出す。


鳴らない鈴を揺らしながら、暗い遺跡の中へ入っていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


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次回もよろしくお願いいたします。

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