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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
二章 星喰いの魔女
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旅の荷物

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で5年前に拾われた記憶を失った少女。

黒灰色の髪と赤い瞳を持つ。


エルナと共に魔女の森を目指す。


エルナ

調査隊の魔術師。

真面目で冷静に見えるが、内には強い感情を抱えている。

失った仲間を取り戻す方法を探している。


行商人

自称悪魔の素性不明の行商人。

二人を導くが、何が目的なのかは分からない。

村を発ってから、三日が経った。


街道は緩やかな丘陵へ入り、両側には白い粉を被った草原が広がっていた。


風が吹く度に草が伏せる。


葉に積もっていた白い粉が舞い上がり、薄い煙のように道を横切っていった。


先頭を歩くのは行商人だった。


黒い外套を羽織り、大きな荷物を背負っている。


長い黒髪は二つに結ばれ、胸元へ垂れていた。


荷物の中では瓶や木箱が触れ合い、歩く度に乾いた音を立てている。


リリメリアは少し離れて、その背中を追っていた。


すぐ後ろにはエルナがいる。


杖が地面を突く音が、一定の間隔で聞こえていた。


行商人は二人を助けた。


町から連れ出し、エルナの傷を治す薬も与えた。


彼女がいなければ、二人とも第六天使に殺されていただろう。


それでもエルナは、行商人の傍へ近付こうとはしなかった。


休む時も、必ず姿が見える位置へ座る。


眠る時は杖を手の届く場所へ置いている。


リリメリアにも、それは分かっていた。


エルナは行商人を警戒している。


行商人も気付いているはずだった。


けれど何も言わない。


時折振り返り、エルナと目が合うと、いつものようにニヤニヤするだけだった。


楽しそうにも見える。


嘲っているようにも見える。


何を考えているのかは分からなかった。


白い猫は三人の間を歩いている。


リリメリアの隣にいることが多い。


白い毛は道に積もる粉よりも明るく、青い瞳だけが淡い空の下でもはっきりと色を残していた。


首には鈴のついた黒い首輪が巻かれている。


しかしその鈴が鳴っているのは見た事がない。


リリメリアが頭を撫でると、猫は少しだけ目を細めた。


「随分と懐かれたねえ」


行商人が前を向いたまま言った。


リリメリアは手を止めた。


「見てないのに」


「気配で分かるよ」


「便利ですね」


エルナの声は冷たい。


行商人が肩越しに振り返る。


口元には、やはり笑みがあった。


「悪魔だからねえ」


「信じた訳ではありません」


「信じなくても良いよ」


「では何故、何度も口にするのです」


「本当のことだから」


行商人は前へ向き直った。


「悪魔が行商人を名乗る理由は何です」


「人の中に混じりやすいからかな」


「人を騙すためですか」


「商人なら、知らない土地にいても不自然じゃないでしょ?」


エルナは答えなかった。


杖を握る手に、僅かに力が入る。


リリメリアは行商人の背中を見た。


悪魔。


本当にそうなのかもしれない。


そう思う時がある。


笑っているのに、優しくは見えない。


声は明るいのに、聞いていると落ち着かない。


ライネルクでは死体を見ても表情を変えなかった。


調査隊の皆が死んだと知った時も。


リリメリアが泣いていても、悲しんでいるようには見えなかった。


酷いことも言われた。


もう皆は戻らない。


探しても無駄だと。


それでも置いてはいかなかった。


町から出る時はエルナを背負い、リリメリアにも歩ける速さで進んだ。


薬も食べ物も分けてくれたが何故なのかは教えない。


聞いても笑うだけだった。


怖い。


けれど悪い人ではないのかもしれない。


リリメリアはまだ、どちらとも決められなかった。


街道は暫く真っ直ぐ続いた。


周囲には家も畑もない。


遠くに低い林が見えるだけで、人の姿は何処にもなかった。


白い空の向こうに陽は隠れている。


朝からどれ程歩いたのか、分かりにくい。


エルナの杖が地面を突く間隔が、少しずつ短くなっていた。


リリメリアは振り返る。


「痛い?」


「大丈夫です」


「朝より遅い」


「少し疲れただけです」


「休む?」


エルナは道の先を見る。


行商人との距離が少し開いていた。


「もう少し進みましょう」


「無理しなくて良いよお」


行商人が足を止めた。


エルナの表情が硬くなる。


「聞いていたのですか」


「後ろで話してるんだから聞こえるよ」


「勝手に話へ入らないでください」


「一緒に旅してるのに?」


「一時的に同行しているだけです」


「同じことじゃない?」


「違います」


行商人はエルナを見る。


細められた目の奥で、金色の瞳が笑っていた。


やがて肩を竦める。


「エルナちゃんは怖いねえ」


「その呼び方もやめてください」


「嫌?」


「馴れ馴れしいと言っています」


「じゃあエルナ様?」


「余計に不愉快です」


「難しいなあ」


困ったように言いながら、行商人は笑っていた。


謝るつもりはなさそうだった。


エルナはそれ以上相手にせず、リリメリアへ顔を向ける。


「リリも疲れているでしょう。休みましょう」


街道の脇に大きな岩があった。


その陰ならば風を避けられそうだった。


エルナがそちらへ歩こうとする。


だが行商人は動かなかった。


背負った荷物の紐を掴み、道の中央に立っている。


先程までの笑みは消えていた。


「どうしました」


エルナが尋ねる。


「重い」


「は?」


「荷物」


行商人は背中の荷物を少し持ち上げた。


瓶がぶつかり、がちゃりと音を立てる。


「重くなった」


「荷物が勝手に重くなる訳がないでしょう」


「でも昨日より重い気がする」


「あなたが疲れたのではありませんか」


「私が?」


行商人は自分の腕を見る。


「悪魔なのに?」


「知りません」


エルナは冷たく答えた。


行商人は荷物を道へ下ろした。


瓶や箱がぶつかり合い、中で何かが転がった。


紐を解く。


袋の口を開き、中から布に包まれた小瓶を取り出した。


青い液体が入っている。


陽に透かすように眺めた後、道の脇へ投げた。


瓶は草の中へ落ち、白い粉を跳ね上げる。


「何をしているのです」


「軽くしてる」


次に取り出したのは革袋だった。


口から乾いた薬草が覗いている。


行商人は匂いを嗅ぎ、それも投げた。


「待ちなさい」


エルナが杖を突き、近付く。


行商人は気にせず、荷物の中から次の物を取り出した。


小さな木箱。


磨かれた石。


用途の分からない金属片。


赤い粉の入った瓶。


どれも一度眺めただけで、草むらへ放り込んでいく。


「商品ではないのですか」


「商品だよ」


「では何故捨てるのです」


「重いから」


「売れば良いでしょう」


「売る相手がいない」


「次の町まで持って行きなさい」


「重いんだよねえ」


行商人は笑った。


惜しむ様子はない。


大切な物を捨てているようにも見えなかった。


まるで最初から、自分の物ではなかったかのようだった。


リリメリアは草の中へ落ちた古い本を拾った。


茶色い表紙に、角の生えた獣が描かれている。


頁を開くと、見たことのない文字が並んでいた。


紙の端は黄ばんでいる。


何枚かは途中から破れていた。


「これは?」


行商人は本を見る。


「それも要らないかな」


「本なのに?」


「読めないでしょ?」


「読めない」


「じゃあ捨てて良いよ」


リリメリアは表紙へ触れた。


誰かが書いた物だ。


何処かで誰かが読んでいた物でもある。


「嫌?」


行商人が尋ねる。


リリメリアは少し迷い、頷いた。


行商人は笑った。


「じゃあ持っておこうか」


本を受け取り、荷物の底へ戻す。


エルナがその様子を見ていた。


「基準が分かりませんね」


「捨てても良い物は捨てる。リリちゃんが嫌なら捨てない」


「だから、その基準が分からないと言っています」


行商人は荷物の底から黒い粒の入った瓶を取り出した。


軽く振る。


粒同士が擦れ、さらさらと音を立てた。


「物に大した意味なんてないよ」


瓶を草むらへ投げる。


「持ってる人が、勝手に意味を付けてるだけだからねえ」


「随分と薄情な考え方ですね」


「そう?」


「人から受け取った物も、同じように捨てるのですか」


「物ならね」


「記憶も?」


行商人の手が止まった。


ほんの僅かな間だった。


すぐに口元へ笑みが戻る。


「記憶は物じゃないでしょ」


「あなたにとっては、同じなのかと思いました」


「エルナちゃん、私のこと嫌いだねえ」


「信用していないだけです」


「それは嫌いより酷いかも」


行商人は楽しそうに笑った。


エルナは笑わなかった。


行商人は荷物の紐を結び直した。


中身は半分程に減っている。


背負い直し、道端へ捨てた物を一度だけ見た。


「軽くなった」


「必要な物まで捨てていなければ良いのですが」


「必要になったら、また探すよ」


行商人は再び歩き始めた。


捨てた物を振り返らない。


リリメリアは暫くその背中を見ていた。


行商人の言葉が何を意味するのかは分からなかった。


ただ、その背中が少しだけ遠く見えた。


昼を過ぎた頃。


街道は二つに分かれていた。


片方は北へ。


もう片方は東へ伸びている。


分かれ道には古い道標が立っていた。


木の表面は白く乾き、文字の半分が削れている。


行商人が道標の前へ立つ。


エルナが残った文字を指でなぞった。


「北は旧街道。東は村名だと思いますが、肝心な部分が欠けています」


「どっち?」


「分かりません」


行商人は二つの道を見比べる。


「困ったねえ」


口ではそう言いながら、笑っていた。


エルナが眉を寄せる。


「何が可笑しいのです」


「別に」


その時。


北の道の向こうに、小さな人影が見えた。


一人だった。


茶色い外套を着て、肩へ荷物を掛けている。


白い街道の上を、こちらへ向かって歩いていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


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次回もよろしくお願いいたします。

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