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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
二章 星喰いの魔女
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20/35

回収対象

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で5年前に拾われた記憶を失った少女。

黒灰色の髪と赤い瞳を持つ。


エルナと共に魔女の森を目指す。


エルナ

調査隊の魔術師。

真面目で冷静に見えるが、内には強い感情を抱えている。

失った仲間を取り戻す方法を探している。


行商人

自称悪魔の素性不明の行商人。

二人を導くが、何が目的なのかは分からない。

王都へ戻ったのは、白災観測所を発ってから二日後の夕刻だった。


城壁の向こうへ沈みかけた光が、王都の屋根を薄く照らしている。


シェリアは馬車の窓から街並みを眺めた。


行き交う人の数は、王都を出た時と変わらない。


商人は店先へ品を並べ、貴族の馬車は大通りを塞ぎ、聖還教の鐘が夕刻を告げている。


ライネルクが滅びても、王都は何一つ変わらずに動いていた。


「御屋敷へ向かいますか」


向かいに座るセバスが尋ねる。


「王立図書院へ」


「二日間の御移動で、お疲れかと存じますが」


「馬車に座っていただけです」


シェリアは外套の内側へ触れる。


白災観測所から持ち帰った閲覧申請の写し。


王立救命研究院の管理番号。


それがある限り、屋敷で眠る気にはなれなかった。


「承知いたしました」


セバスはそれ以上止めなかった。


王立図書院へ到着した頃には、既に正面の大扉が閉じられていた。


夜番の司書がローディエル家の紋章を確認し、慌てて内側から鍵を開ける。


「侯爵閣下。このような時間に」


「調べ物があります」


「担当官を呼び戻しましょうか」


「必要ありません」


シェリアは立ち止まらずに答えた。


「通常貸出簿、官営機関への移管簿、王命指定資料の変更記録。それから王立救命研究院の年報を十年分、総監室へ」


「ただちに」


司書は頭を下げ、廊下の奥へ走っていった。


閉館後の図書院は、昼間よりも広く感じる。


人の声が消え、魔術灯の白い光だけが、長い廊下と高い書架を照らしていた。


奥では資料運搬用の昇降機が低い音を立てている。


巨大な建物そのものが、眠りながら呼吸しているようだった。


シェリアは総監室へ入る。


机に着くと、すぐに観測所から持ち帰った申請書を広げた。


申請元。


王立白災観測所。


申請者。


副所長代理。


要求資料。


旧帝国南部導水路。


祈祷痕。


天使性反応。


用紙の下部には、消しきれなかった王立救命研究院の管理番号が残っている。


「旦那様」


セバスが手袋を外しながら言った。


「先に何か召し上がってはいかがでしょう」


「必要ありません」


「昨日の朝から、まともな御食事を取られておりません」


「コーヒーを」


「食事を、と申し上げました」


「セバス」


「焼き菓子を添えます」


返事を待たず、夜番の司書へ指示を出す。


幼い頃から変わらない。


命令に従っているようで、自分が正しいと思ったことは勝手に付け足す。


シェリアはそれを咎めなかった。


今まで咎める必要がなかったからだ。


やがて管理簿が運ばれてくる。


厚い革張りの貸出簿。


官営機関への資料移管簿。


資料の廃棄目録。


王命によって分類が変更された文献の一覧。


シェリアは白災観測所の申請番号を貸出簿から探した。


すぐに見つかる。


旧帝国南部導水路構造記録。


祈祷痕の堆積及び命素停滞。


天使性反応初期観測例。


申請先は、確かに王立白災観測所。


印章も一致している。


だが、返却欄には何も書かれていなかった。


返却されていないのなら、未返却資料の一覧に残る。


しかし、そこにもない。


官営機関の間で移管された可能性を考え、移管簿を開く。


該当番号は見つからない。


廃棄記録にもない。


それでも現在の蔵書数からは、その三点が差し引かれている。


資料が消えた。


だが、消えたことを示す記録すら残していない。


シェリアは別の貸出番号を追った。


王立救命研究院へ貸し出された資料。


魂流導管。


肉体器の保存。


人格と魔力紋の結合。


魔物化した生物における生命維持。


返却欄は空白。


未返却にもない。


移管先もない。


同じだった。


さらに三年前。


五年前。


七年前。


記録の空白は、何年にも渡って続いている。


「消したのではありませんわね」


シェリアが呟く。


コーヒーと焼き菓子を運んできたセバスが、机の横へ立つ。


「何がでございましょう」


「消したのなら、貸出記録も消すはずです」


シェリアは複数の管理簿を並べた。


「けれど最初の記録だけを残し、その後の移動を消している」


「不慣れな者の仕事でしょうか」


「いいえ」


頁を指で辿る。


「何処へ移ったかを隠す必要はあっても、最初から存在しなかったことにする必要はないと考えている」


「見つけられても構わないと」


「見つけた者を、どうとでも出来るのでしょう」


言葉にすると、白災観測所所長の忠告が蘇る。


近付きすぎれば、観測する側も現象の一部になる。


シェリアは焼き菓子を一つ口へ入れた。


味はほとんど分からなかった。


王立救命研究院の年報を開く。


研究院は、王国内で最も多くの人命を救ってきた機関だった。


戦争で手足を失った兵士の義肢。


損傷した内臓の再生。


魔力欠損症の治療。


疫病患者を隔離する結界。


幼児の死亡率を下げる薬。


その実績を疑う余地はない。


研究院がなければ死んでいた者は、確かに多い。


だからこそ、王家からの予算も厚い。


貴族院で研究費の増額が問題になる度、救われた者の数が示される。


人命を数字に変えれば、反対する者は口を閉ざす。


シェリアは頁をめくる。


治療。


再生。


保存。


次第に項目の意味が変わっていく。


臓器の維持。


肉体器の交換。


人格情報の固定。


魂流の定着。


魔物化個体の生命活動調査。


「魔物化」


ライネルクの報告書には、魔物へ変わった住民が記されていた。


シェリアは年報に添付された研究計画一覧を開く。


表向きは廃止された項目。


白災影響下における長命性の発現。


魔物化後の老化停止。


肉体損壊時の再生能力。


高濃度命素環境下における人格残存率。


目的欄には、ただ一言。


救命技術への転用。


「人を救うために、魔物を調べる」


不自然ではない。


病に耐える生物を薬へ利用することはある。


毒を持つ植物から、別の毒を治す薬を作ることもある。


だがライネルクでは、魔物化の兆候が観測されていた。


観測所は報告している。


それでも住民は避難させられなかった。


研究院は、観測所が異常を捉えるより前に関連資料を求めていた。


シェリアは官営機関の通達記録を調べるよう、司書へ命じた。


一時間程して、南方地域に関する古い通達が運ばれてくる。


騎士団。


聖還教。


領主評議会。


王城危機管理室。


一枚ずつ確かめる。


その中に、王立救命研究院から騎士団へ出された依頼書があった。


発行日は、ライネルク壊滅の六日前。


異常魔力の影響を受けた住民について。


死亡確認を急がず、生命活動が認められる個体を優先して拘束すること。


白化。


体表結晶。


眼球増加。


理性喪失。


再生反応。


該当する個体は、王立救命研究院の輸送班へ引き渡すこと。


「回収」


シェリアは小さく呟く。


避難ではない。


治療でもない。


異常が起きた後、生き残った者を回収する準備をしていた。


第六位天使が現れることまで把握していたとは限らない。


もし知っていたのなら、研究院の輸送班まで壊滅させるような状況を放置する理由がない。


彼らが予測していたのは、住民の一部が魔物化する程度の異常。


それを利用し、不老や再生の研究対象を得ようとした。


だから避難勧告を止めた。


住民が町からいなくなれば、研究対象が生まれない。


しかし実際に現れたのは、第六位天使だった。


研究院が予測した異常を遥かに越え、町も騎士団も調査隊も呑み込んだ。


「愚かですわね」


研究院へ向けた言葉か。


自分へ向けた言葉か。


分からなかった。


シエナは、その中にいた。


研究対象を得るために残された町で、魔物に食われた。


シェリアは依頼書を握り締める。


紙が歪む。


「旦那様」


セバスが静かに呼ぶ。


「大丈夫です」


「御顔色が」


「大丈夫だと言っています」


声が少し強くなった。


セバスは何も言わず、一歩下がる。


シェリアは深く息を吸った。


感情で紙を破れば、記録が一つ消える。


それでは王城と同じだった。


皺を伸ばし、机へ戻す。


「この依頼書を出した責任者は」


司書が名簿を調べる。


「王立救命研究院、第二器体研究室となっております」


「責任者の名前は」


「記載がありません」


「研究室の所在地は」


「本院地下区画とだけ」


「地下の何階です」


「図面上には存在いたしません」


王立図書院には、王城及び官営施設の建築図面も保管されている。


防衛上の理由から一部は封印されているが、図書院総監ならば存在の有無は把握できる。


存在しない地下区画。


消えた資料。


回収される魔物化住民。


王が求める延命。


点が一つずつ、同じ方向へ並び始めている。


「王命指定以前の目録を確認します」


シェリアは立ち上がった。


総監室の奥。


現在は使用されていない旧管理書庫へ続く扉を見る。


王命によって書物の分類が変えられる以前の記録。


現在の目録から消された資料。


救命研究院の前身に当たる施設。


そこなら残っている可能性がある。


「旦那様」


セバスが呼び止める。


「今夜はここまでになさっては」


「珍しいですわね」


シェリアは振り返った。


「貴方がわたくしの仕事を止めるなんて」


「二日間の長旅の直後でございます」


「今眠れば、その間に記録が消えます」


「王立図書院でございます。容易に手を入れられる場所では」


「既に入れられています」


セバスは口を閉じた。


シェリアは旧管理書庫の扉へ近付く。


「鍵を」


本来、その鍵はローディエル家当主が屋敷で保管している。


持ってくるには時間がかかる。


そう思っていた。


だがセバスは、懐から小さな箱を取り出した。


中には、黒ずんだ銀色の鍵が収められている。


シェリアは箱とセバスを見比べた。


「何故、持っていますの」


「白災観測所からお戻りになれば、必要になるかと存じました」


「随分と気が利きますこと」


「長く御仕えしておりますので」


いつもと同じ穏やかな顔だった。


幼い頃から、シェリアが何を求めるかを先回りしてきた男。


シエナが夜の書庫へ忍び込んだ時も。


父が亡くなり、若くして当主となった時も。


何も言わず必要な物を用意していた。


シェリアは鍵を受け取る。


「ここから先は、わたくし一人で入ります」


「承知いたしました」


「明朝までに戻らなければ、誰も中へ入れないこと」


「王城から命令が届いた場合は」


「わたくしの許可がない限り、何も渡してはなりません」


「承知いたしました」


シェリアは鍵を差し込んだ。


扉の内側で、幾つもの歯車が動く。


古い封印術式が薄く光り、長く閉ざされていた書庫が開いた。


冷たい空気が流れ出す。


埃。


紙。


乾いた魔力の匂い。


シェリアは暗い書庫へ足を踏み入れる。


背後でセバスが頭を下げた。


「御無理はなさらないよう」


「誰に言っているのです」


「ローディエル家の旦那様に」


「でしたら、命令に従いなさい」


「勿論でございます」


扉が音を立てて閉じた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

感想もいただけると励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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