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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
一章 帰る場所のない少女
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12/20

隊長

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で見つかった記憶のない少女。調査隊と旅をしながら、言葉や感情や剣の扱いを少しずつ覚えていく。


隊長

調査隊を率いる男。大柄で声も大きく頼りになる。

リリメリアを発見物ではなく、保護すべき人として扱う。


アリア

調査隊の副隊長。口数は少ないが、周囲をよく見ている。

元近衛という経歴を持つが、王宮との関係にはどこか冷えたものがある。


ロイ

槍を使う調査隊員。

よく喋り、よく笑い、重くなりがちな場の空気を和ませる。


エルナ

金色の髪の魔術師。

真面目で手順やルールを重んじる。魔術や歴史に詳しい。


シエナ

調査隊の記録係。旧帝国語や古い記録を読み解く。


ミラ

調査隊の料理係。食事や包帯や日々の暮らしを支える人。

第十一話 隊長


隊長は、石畳の上で目を覚ました。


最初に聞こえたのは、建物の崩れる音だ。


次に木が焼ける音や柱が折れる音。


そして遠くで誰かが叫ぶ音。


空は煙と灰と、羽根のような白い粉で濁っている。


隊長は一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。


ゆっくりと記憶を手繰り寄せる。


第六位天使。


喉を掴まれた感触と足元から昇る白い光。


身体の内側が、別の物に組み替えられていく感覚。


そして、アリアの剣。


いや。


アリアが握っていたのは、自分の剣だった。


隊長は斬られたはずの腹に手を当てた。


アリアは、自分ごと第六位天使を斬ったはずだった。


胴を裂かれた感触も覚えている。


服は裂けている。


血もついている。

だが、腹には傷がなかった。


喉に手をやる。


首は動く。


腕に目をやると、白い結晶もない。


魔物へ変わりかけていたはずの身体は、人間の形をしていた。


「……何が」


掠れていたが、自分の声だった。


隊長は身体を起こした。


足元がふらつく。


全身が鉛のように重い。


それでも動けた。


広場には、まだ炎を含んだ瓦礫が積もっていた。


焼けた梁の下から、白い魔物だったものの腕が突き出ている。


王宮騎士団の鎧は砕け、誰のものか分からない血と煤にまみれて石畳に沈んでいた。


足を踏み出すたび、砕けた石と白い粉が靴の下でざり、と鳴る。


だが、第六位天使の姿はなかった。


アリアの姿もない。


「アリア」


呼んでも、返事はない。


足元に剣が落ちていた。


自分の剣だ。


柄には乾きかけた血がついている。


刃には、自分のものではない魔力がかすかに残っていた。


細く、冷たく、迷いのない魔力。


アリアのものだ。


隊長はおもむろに剣を拾った。


何が起きたのかは分からない。


何故生きているのかも分からない。


だが、合流すると約束した。


南の鐘で合流すると。


ならば行かなければならない。


隊長は焼けた広場を抜け、南へ走る。


町の南端にある鐘は、まだ鳴っていない。


本来なら、危機を知らせるための鐘だ。


石台の上で黒く煤けた鐘だけが風に揺れている。


その下にいるのは、リリメリアとエルナとロイだ。


町は燃えている。


炎の赤と煙の黒と、白い粉が混ざって、昼の空を濁らせていた。


リリメリアは、記録帳を抱えていた。


シエナの血がついた記録帳。


そして、黒い剣。


どちらも重かった。


エルナは何度も町の中心を見ていた。


隊長とアリアが残った方を。


崩れた宿の方を。


ロイは槍を持ったまま、二人の少し前に立っていた。


南へ抜ける道と、燃える町へ戻る道の間。


魔物が来ればすぐ動ける場所。


けれど、いつものような軽快さはなかった。


「シエナさんは」


エルナが不安そうに言った。


言い切る前に声が止まる。


リリメリアは記録帳を抱え直した。


「託された」


「何を、言っていましたか」


「記録は、残すためにあるって」


エルナの指が震え杖を握る手に力が入る。


「そうですか」


それだけ言って、エルナは口を閉じた。


リリメリアは言葉を選びながら続けた。


「ミラは」


言葉が出てこない。


白い光。


背中を押した手。


行って、という声。


その後のことは分からない。


見えなかった。


「分からない」


リリメリアは呟いた。


「私を押した。それから、見えなくなった」


エルナは目を伏せる。


ロイは口を開かなかった。


いつもなら、何かを言う。


大丈夫だとか。アイツはしぶといとか。


戻ったら怒られるぞとか。


そういう言葉を、ロイはいつも見つけられた。


しかし今は、言葉が見つからないようだった。


沈黙が落ちる。


ロイが霞むような声で切り出した。


「こういう時にする話じゃないんだけどさ」


エルナが顔を上げる。


リリメリアもロイを見た。


「昔話していいか」


「昔話?」


「ああ。俺とミラと隊長の話」


隊長。


その言葉で、エルナの肩が少しだけ動いた。


ロイは気づいていた。


気づいていて、気づかないふりをした。


「俺たち三人、国境の村にいてさ。まあ、よくある村だよ。魔物が出る。兵が足りない。若いやつは剣を持てって言われる。そんな場所」


ロイは槍の柄を握り直した。


「隊長はその頃から変な奴だった」


「変?」


「変だろ。普通は強いやつは騎士になるか、傭兵になるか、領主に取り立てられるかだ。なのにあいつは壊れた遺跡を調べるとか言い出した」


エルナがかすかに目を伏せる。


「魔物を倒すだけじゃ駄目だって言ってた。何で増えるのか。どこから来るのか。昔のものが何を残してるのか。そういうのを知らなきゃ、ずっと同じままだって」


ロイは小さく笑った。


笑おうとして、半分だけ失敗したような声だった。


「俺は正直、何言ってんだこいつって思った。槍持って魔物突いてりゃいいだろって」


「ミラは?」


リリメリアが聞いた。


ロイの目が少しだけ揺れた。


「ミラは隊長の話を最後まで聞いてた。聞いた上で、飯はどうするんだって言った」


「飯」


「そう。飯」


ロイは少しだけ口元を上げた。


「調査するにも、魔物倒すにも、逃げるにも、まず飯がいる。腹が減ったら人はまともな判断ができない。あたしはそっちの面倒を見るって、ミラは言ってた」


リリメリアは記録帳を抱えたまま、黙って聞いていた。


「それで、俺が槍を持った。隊長が道を決めた。ミラが飯を作った。最初は調査隊なんて立派な名前じゃなかった。ただの三人組だ」


ロイは町の中心を見た。


炎の向こうに、何かを探すように。


「それがいつの間にかにぎやかになったもんだ。エルナが来て、アリアが来て、シエナが来て、リリが来た」


エルナの唇が震えた。


ロイは続ける。


「隊長はいつもそうだ。何も考えず拾う。拾って負う。重いだろって言っても、まあ何とかなるって顔をする」


「隊長らしいです」


エルナが呟いた。


「らしいだろ」


ロイは槍の石突を、こつ、と石畳に当てた。


それから、笑顔というには少し硬い顔で頷いた。


「それで大体俺たちが怒る。ミラが飯の量を増やす。アリアが無茶だと言う。シエナが記録に残す。エルナが治療する」


「私は?」


リリメリアが聞いた。


ロイはリリメリアを見る。


「リリは、見てる」


「見てる?」


「そう。見てる。分からないことも、分からないまま見てる。隊長はそれが大事だって言ってた」


リリメリアは記録帳を見る。


血で汚れた革表紙。


ロイは軽く肩をすくめた。


「だからな。あいつは戻るよ」


エルナがロイに視線を向ける。


リリメリアも見る。


ロイは無理に笑った。


「昔からそうだ。話が長い。戻りも遅い。飯の時間にも遅れる。でも、だいたい戻る」


「だいたいですか」


エルナが言った。


「こういう時は、絶対って言うものでは」


「絶対って言うと、隊長が怒るんだよ。根拠のない断言は危険だって」


「言いそうです」


「だろ」


ロイはほんの少しだけ笑った。


「だから、だいたい戻る」


その時だった。


「飯の時間に遅れる、は余計だ」


聞き覚えのある声がした。


ロイとエルナが振り返る。


リリメリアは、記録帳を抱えたまま顔を上げた。


焼けた道の向こうから、隊長が歩いてきていた。


服は裂け、血と煤で汚れている。


顔にも傷がある。


足取りは重い。


けれど、剣を持って立っていた。


少し困った顔でこちらを見ている。


「隊長」


エルナの声が震えた。


ロイは一瞬だけ何も言えなかった。


それから、顔を歪めるように笑った。


「遅いんだよ」


「合流すると言った」


隊長は言った。


「時間までは指定していない」


「そういうところが腹立つんだよ」


ロイの声は怒っているようで、泣きそうにも聞こえた。


エルナは一歩踏み出した。


「隊長、傷は」


「動ける」


「そういう意味ではありません」


「分かっている」


隊長は少しだけ息を整えた。


「後で見ろ。今は町を出る」


リリメリアは隊長ジッとを見ていた。


「隊長」


「リリ」


隊長はリリメリアに力強く言う。


「よく生き残った」


リリメリアの腕の中にある記録帳を見る。


それから、何かを言おうとして、言えなかった。


シエナのこと。


ミラのこと。


アリアのこと。


言わなければならないことはいくらでもある。


けれど、今言えば誰かが止まる。


だから隊長は言わなかった。


「行くぞ。ここから脱出する」


その言葉を言い終える前に、隊長の頭の奥で音がした。


ざり。


ノイズが走り、視界が歪む。


目の前のロイの輪郭がぶれた。


リリメリアの赤い瞳が遠くなる。


エルナの声が、水の底から聞こえた。


隊長が瞬きをすると、広場が戻ってきた。


さっきまで天使と戦っていた場所だった。


焼け残った梁が白い粉をかぶり、倒れた騎士の鎧が炎の照り返しだけを鈍く返している。


瓦礫の隙間には、まだ熱が残っていた。


その中心に、自分の身体が横たわっていた。


腹は、アリアの剣で裂かれたままだった。


腕には白い筋が根のように浮き、首には第六位天使の指の跡が残っている。


それは死体のようで、まだ壊れきっていない道具のようでもあった。


それを、第六位天使が覗き込んでいた。


片腕はなく、左目は再生が終わりかけている。


裂けた身体は、周囲に漂う白い粉を吸い寄せながら、少しずつ人の形へ繋がっていた。


天使は笑っていた。


「壊すだけでは、少し足りませんね」


白い指が、隊長の裂けた腹に触れる。


傷が塞がり白い結晶が沈んでいく。


人の形へ戻されていく。


治療ではない。


壊れた道具を、次に壊すために直している。


そんな手つきだった。


「皆さん、よく頑張りました」


第六位天使は、誰にともなく言った。


「記録係は食べられた。料理係は食べる側になった。副隊長は隊長を斬った。隊長はまだ生きている」


白い指が、隊長の胸の奥へ沈む。


「では、より悲劇的な結末を」


その声が、ひどく楽しそうだった。


ざり。


景色が戻る。


鐘の影が石畳に落ちている。


焼けた町の熱が頬を撫で、白い粉が風に流れていた。


その向こうに、ロイがいた。


エルナとリリメリアがいた。


隊長は、そこに立っていた。


目の前にロイがいる。


ロイが何かを言おうとしていた。


唇が動いているのに、声だけが遅れて届く。


「隊長?」


隊長は自分の右手を見た。


剣を握っている。


そしてすでに振り抜かれていた。


ロイの胸元に、赤い線が走っている。


布が裂れ、血が噴き出した。


ロイの目が見開かれる。


「……え」


ロイは、自分の胸を見た。


それから隊長を見た。


信じられないものを見る顔だった。


エルナの悲鳴が上がった。


「ロイさん!」


リリメリアは動けなかった。


隊長も動けなかった。


自分が何をしたのか、分からなかった。


分からないのに、剣だけが血を吸っている。


ロイの身体が傾き槍が石畳に落ちる。


金属の音が、南の鐘の下に響いた。


「違う」


隊長は言った。


自分の声だった。


「違う。俺じゃない」


エルナがロイへ駆け寄ろうとする。


けれど、その足が止まった。


隊長を見る。


ロイを見る。


リリメリアを見る。


ロイを助けたい。


だが、隊長を止めなければ全員が死ぬ。


エルナは杖を握った。


「拘束式、三重展開」


石畳に魔術式が走る。


淡い金の線が、隊長の足元を囲んだ。


そこから鎖のような光が伸びる。


腕へ。


脚へ。


胴へ。


何重にも絡みつき、隊長の身体を縛った。


隊長は動かなかった。


動けなかったのか。


動かなかったのか。


リリメリアには分からない。


エルナは唇を噛み、隊長へ近づいた。


「隊長、動かないでください」


声が震えていた。


「すぐに診ます。何かされています。絶対に」


「エルナ」


「喋らないでください」


エルナは泣きそうな顔で言った。


「お願いです。今だけは、言うことを聞いてください」


隊長の手が震える。


剣の刃先から、ロイの血が落ちる。


一滴。


石畳に落ちて、赤く広がった。


「違う」


隊長はまた口を開いた。


「俺は、ロイを」


その言葉の途中で、拘束式が白く濁った。


エルナの目が見開かれる。


「そんな」


光の鎖に、白い筋が走る。


隊長の腕が軋む。


鎖が引き伸ばされる。


魔術式が悲鳴のような音を立てた。


「隊長、駄目です!」


エルナがさらに術式を重ねる。


だが、白い濁りは止まらなかった。


隊長の身体が一歩前へ出る。


鎖が一本、千切れた。


次に、脚の拘束が弾けた。


胴を縛る術式が、白い粉になって散る。


隊長は剣を持っていない方の腕を振った。


速かった。


エルナは防御式を張ろうとした。


間に合わない。


隊長の腕が、エルナの身体を横から打った。


エルナは石台の柱へ叩きつけられた。


鈍い音がした。


杖が手から離れ、石畳を転がる。


「エルナ!」


リリメリアが叫んだ。


エルナは返事をしない。


隊長は、自分の手を見ていた。


その手は、ロイを斬った。


その手は、エルナを打った。


どちらも、自分の手だ。


「違う」


隊長は小さく言った。


「違う。違う。俺は」


その腹が、内側から音を立てた。


アリアに斬られたはずの場所。


傷はなかったはずの場所。


そこが、ゆっくりと開き始めていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


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次回もよろしくお願いいたします。

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