白い町
【主な登場人物】
リリメリア
旧帝都で見つかった記憶のない少女。調査隊と旅をしながら、言葉や感情や剣の扱いを少しずつ覚えていく。
隊長
調査隊を率いる男。大柄で声も大きく頼りになる。
リリメリアを発見物ではなく、保護すべき人として扱う。
アリア
調査隊の副隊長。口数は少ないが、周囲をよく見ている。
元近衛という経歴を持つが、王宮との関係にはどこか冷えたものがある。
ロイ
槍を使う調査隊員。
よく喋り、よく笑い、重くなりがちな場の空気を和ませる。
エルナ
金色の髪の魔術師。
真面目で手順やルールを重んじる。魔術や歴史に詳しい。
シエナ
調査隊の記録係。旧帝国語や古い記録を読み解く。
ミラ
調査隊の料理係。食事や包帯や日々の暮らしを支える人。
昼前には、町の水源が三か所白化していた。
南の井戸。
広場中央の井戸。
それから、東の井戸。
水面には白い膜が張り、魔力を近づけると羽毛のような粉が散った。水の底は澄んでいるのに、表面だけが鳥の羽を溶かしたように白い。
宿の食堂には、調査隊の荷が
残す物と捨てる物、そして持っていく物に分類されて置かれていた。
シエナは記録帳を三冊並べ、手を止めたまま悩んでいる。ミラは乾いた食料と包帯を袋に詰めていた。リリメリアは黒い剣を握って、食堂の壁際に立っていた。
剣は重いが、昨日までよりも手の中にあることが自然だった。
白い猫はいなかった。
さっきまで窓枠にいたはずなのに、広場が騒がしくなった時にはもう姿を消していた。窓は閉まっていて、扉も閉まっている。
黒い首輪の鈴も鳴らなかった。
「猫は?」
ミラが小声で聞く。
「いない」
「逃げたのかね」
「たぶん」
リリメリアは窓から広場を覗く。
普段なら荷馬車が止まり、商人が荷を下ろし、子供が走る場所だ。今は王宮騎士団の鎧が並び、町人たちが不安そうに集められている。
隊長、エルナ、アリア、ロイは広場に出ている。
リリメリアは外へ出ると町人の目が集まるため、宿の中で待っていた。
赤い目の子。
さっき聞こえた声が、まだ耳の奥に残っている。
「井戸の使用を禁じる。水は騎士団が検査したもののみ配る。旧導水施設周辺への立ち入りは罪と見なす」
ガルドの声が広場に響く。
町人たちは納得していない。
「子供がいるんだ」
「昨日まで大丈夫だった井戸も白くなった」
「水を使うなって、どうやって暮らせばいい」
「調査隊が来てからだろ」
その一言で、ざわめきの空気が変わった。
無意識に剣を握る手に力が入る。
ミラがそっとリリメリアの前に立った。
「リリは下がってな」
「でも、外の様子を見ないと」
「見える場所にいるってことは、見られる場所にいるってことだよ」
ミラの声は優しかった。
けれど、その手には短い剣が握られていた。
シエナは食堂の窓から広場を見ている。
記録帳は机の上に開かれていたが、まだ筆は動いていない。
その時、広場で悲鳴が上がった。
騎士団が配給のために置いていた水樽の栓から、白い水が漏れていた。
細い筋が石畳を伝い、白い膜が広場の中央へ広がっていく。
「離れろ!」
ガルドの声が響く。
騎士の一人が樽を蹴り倒し、水が散る。
町人たちが一斉に逃げた。誰かが転び、別の誰かがその足につまずく。子供が泣いた。桶が転がり、乾いた音を立てる。
その混乱の真ん中で、リリメリアは水の落ちる音を聞いた。
ぽたり。
広場にはもう白い水が広がっている。それなのに、その一滴だけがはっきり聞こえた。
ぽたり。
白い水の上に、人影が立っていた。
白い服、白い髪に、ぎょろっとした目。
背中には翼ではなく、羽根の形をした白い結晶がいくつも伸びている。
濡れていないが、まるで白い水の中から出てきたかのように白かった。
広場は、白昼のただ中で息を止めた。悲鳴も足音も、倒れた桶の音さえも、白い膜の下に沈んだように消えた。
町人も、騎士も、隊長たちも、一瞬だけ動きを失う。
白い人影は宿の中のリリメリアを一瞬見た。
それから、広場の全員へ向き直る。
「第六位天使」
白い粉が、言葉に合わせるように舞う。
「――【■■■■】」
それだけだった。
挨拶も、祈りも、宣告もない。
ただ、自分が何者であるかを告げただけだった。
その名は、人の言葉の形をしていなかった。
水面に落ちた石の波紋を、無理やり声にしたような響きだった。聞こえたはずなのに、耳には残らない。残らないのに、身体の奥だけが覚えてしまう。
シエナが椅子にぶつかった。
音を立てて、椅子が床へ倒れる。
「シエナ?」
リリメリアが声をかける。
シエナは両手で口を押さえていた。
顔から血の気が引いている。
「第六位」
震えた声だった。
「第六位天使です」
「知ってるの?」
「記録で」
シエナは窓の外から目を離さない。
「姿の記録はありません。残っているのは、王都に保存されている遭遇後に帰還しなかった隊の目録だけです。何人出て、何人戻らなかったか。それだけ」
リリメリアが広場を見ると、隊長は剣を抜いていた。
ロイは槍を構え、アリアは町人の流れと逃げ道を見ている。エルナはすでに魔術式を展開していた。
「勝てる?」
リリメリアの声は、自分で思ったよりも小さかった。
シエナはすぐには答えなかった。
唇だけが震える。
「勝てません」
その声はか細かった。
「絶対に」
広場で、ガルドが剣を抜いた。
「結界班、前へ!」
騎士たちが動く。
盾を持つ者が前に出る。結界杭を打つ者が左右へ散る。弓兵が構え、魔術符を持った騎士が詠唱を始める。
「撃て!」
矢が飛び魔術の火線が走る。
第六位天使は避けなかった。
矢は胸に届く前に白い羽根になって散る。
火線は肌に触れる前に、水へ落ちた火のように消えた。
天使はそれを見て、口元を歪めた。
「ずいぶん整っていますね」
人間の男性のような声だ。
「並び方も、撃つ順番も、声の出し方も。壊す前から綺麗に揃っている。こういうものは、崩す時に見栄えがします」
次の瞬間、盾を構えた騎士の足元が白く光った。
石畳の隙間から光が漏れる。
水が湧くように丸く広がり、膝まで昇り、胸まで昇り、頭の上まで伸びた。
人が一人入るほどの、白い光の柱。
そう見えたのは一瞬だけだった。
柱が立った時には、もう中の影は人ではなかった。
白い光が砕け、中から出てきたものは、騎士の鎧を着た白い獣だった。
腕が長く、背中から羽毛状の結晶が伸びている。
兜の隙間から見える目は、もう人としての意識を宿していない。
魔物は隣の騎士へ跳びかかった。
白い爪が鎧の隙間へ入り、倒された騎士の叫びが水音へ変わる。
次に弓を構えた騎士の足元が光り、柱が立ち上がった。
光が砕けた時、そこにいたのは鳥のような白い魔物だった。
結界杭を握っていた騎士の足元にも光が灯る。
青い結界は白く濁り、杭を握っていた人影は一瞬で崩れ、四足で這う魔物へ変わった。
光は立ち上がった時点で役目を終えていた。
閉じ込められた者が叫ぶ時間も、内側から剣で叩く時間もない。
足元が白く光ったと思った時には、もう人の形は奪われている。砕けた柱の中から出てくるものだけが、変わり果てた結果として広場に残された。
「やめろ!」
ガルドの悲痛な声が広場に響く。
第六位天使は彼を見た。
「やめる理由がありません」
そう言って、けらけら笑った。
「そいつらは俺の隊だ!」
「ええ。だから良いのでしょう」
第六位天使は両手を広げた。
芝居の舞台に立つ役者のように、大げさな仕草だった。
「部下だったものが、隊長を襲う。守られていた者が、守っていた者を食う。役割が裏返る瞬間は、とても美しい。人間はその時、顔をするんです」
ガルドの周りに、白い魔物たちが集まっていた。
人だった時の癖が、少しだけ残っているのかもしれない。
隊列を作るように。命令を待つように。
それが一番、気持ち悪かった。
「ほら」
第六位天使は楽しそうに言った。
「まだあなたを見ていますよ。良かったですね。慕われています」
ガルドは剣を構え、その剣は仲間だったものへ向いている。
向けなければ死ぬがそれは即ち仲間を斬るということだ。
第六位天使は、その迷いを見ていた。
「いい顔です」
白い粉が舞う。
「あなたは特別仕様にしましょう」
広場の外から警鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
北の方で叫び声が上がる。
「魔物だ!」
続いて東側。
「こっちにもいる!」
リリメリアは窓から外を見る。
町の外れの道から、黒い影が押し寄せていた。
犬のように地を這うものがいた。人の背丈で走るものもいた。鳥の骨を背中に突き出したものが屋根から落ち、白い結晶を目や喉や肩から伸ばしたものが、門の方から溢れてくる。
数えようとして、すぐに無理だと分かった。
天使が作った魔物たちが、町の外から襲来している。
中では騎士が魔物になる。
外からも魔物が来る。
町は、一度に壊れ始めた。
隊長が踏み込む。
剣が第六位天使の白い服へ届く、はずだった。
だが刃は、布の表面で止まり斬った感触がない。
肉でも骨でもない。そこにあるのに、そこにないものを斬ろうとしたようだった。
第六位天使は笑っている。
「届いたと思いましたか」
隊長は剣を引かなかった。
柄を握る手に、魔力を通すと剣身が薄く光る。
次の瞬間、白い服の下に、細い線が走った。
ほんの浅い傷で、血も出ない。
けれど、確かに白い肌が裂けていた。
第六位天使の笑みが、一度だけ止まる。
ほんの少しだけ驚きをみせる。
それはすぐに笑みに戻ったが、隊長は見逃さなかった。
「武器に魔力を通せ!」
隊長は叫んだ。
「浅くても傷は入る!」
「簡単に言う」
アリアが呟いた。
それでも、彼女は剣を抜いていた。
右手に剣。
左手には短剣。
隊長ほど強くはないが、刃に魔力が薄く乗る。
アリアは一瞬で天使の死角へ入った。
剣が白い腕を掠めて薄い傷が走る。
第六位天使は、その傷を見て、嬉しそうに目を見開いた。
「あなたもできるんですね」
「それで喜ぶな」
アリアはすぐに下がる。
次の瞬間、傷は白い粉を噴いて塞がった。
ロイが槍を握り直す。
穂先に魔力を通すと、一瞬だけ金属が鈍く光る。
だがすぐに消えた。
魔力が刃に乗り切らない。柄を通る前に散っていく。
ロイは舌打ちした。
「無理だな、これは」
「ロイ、エルナ。合図したら南へ走れ」
隊長が叫ぶ。
ロイは一瞬だけ隊長を見る。
言いたいことはあった。
けれど、言わなかった。
「了解」
隊長はさらに踏み込んだ。
剣身に、さっきより強く魔力を通す。
腕の血管が浮く。
剣が白い服を裂いた。
今度は浅い線ではなかった。
肩から胸へ、斜めに傷が走る。
白い肌が割れ、そこから薄い血のようなものが滲んだ。
第六位天使の顔から笑みが消えた。
その瞬間、アリアが動く。
身を沈め、瓦礫の影を使い、天使の視界の下へ潜る。
短剣が跳ね上がり第六位天使の左目に突き刺さる。
白い顔が、初めて大きく歪んだ。
「――」
声にならない音が漏れた。
アリアは短剣を手放し、すぐに距離を取った。
潰れた左目から白い粉が噴き出す。
傷は再生しようとしている。けれど、今までより遅い。
瞼の形が戻らず眼球が白く濁ったまま、しばらく震えている。
「……よくも」
第六位天使の声が変わった。
丁寧ではあるが、その奥に隠していたものが見えた。
舞台の幕の裏から、冷たい水が溢れてくるようだった。
「よくも、私の顔に」
隊長が叫ぶ。
「リリ!」
声は広場の騒音に削られながらも、窓まで届いた。
リリメリアがこちらを見る。
「町の南側に鐘がある!」
隊長は剣を構えたまま叫ぶ。
「そこへ走れ!後ほど合流する!」
リリメリアが小さく頷く。
第六位天使は、潰れた左目を押さえながら隊長の顔を見た。
「合流の約束ですか」
楽しそうな声に戻ろうとしていた。
けれど、戻りきれていなかった。
「素敵です。約束は、叶うか叶わないか分からない時が一番美しい。叶わなかった後も、ずっと残りますから」
「お前の相手はこっちだ」
隊長が踏み込み、アリアも横から入る。
剣と短剣が白い影を削る。
傷はつくが塞がる。
けれど左目だけは、まだ完全には戻っていない。
第六位天使はそのことに苛立っているようだった。
「良いですね。届く。けれど届かない。傷はつく。けれど終わらない。人間にとって、一番苦しい距離です」
その目が宿へ向く。
「では」
白い粉が、潰れた左目の周りで渦を巻いた。
「届く場所からいきましょうか」
隊長が動き、アリアが横から天使の進路を塞ぐ。
二人が天使の前に立った。リリメリアたちのいる宿へは行かせない。
第六位天使は、それを見て声を出して笑った。
「来なければ壊せないと思っているのですか」
白い指が、宿を指す。
「本当に、かわいらしい」
その瞬間、宿の床下が光った。
リリメリアは足元を見る。
食堂の床。厨房の床。階段の下。壁際。
宿全体の床板の隙間から、白い光が漏れ出していた。
人ひとりを包む柱ではなく宿そのものを貫く、大きな光だった。
「ここ建物全部です!」
シエナが叫んだ。
記録帳を片手に抱え、もう片方の手でリリメリアの腕を掴む。
「出ます!」
「ミラは」
「行って!」
ミラの声がした。
ミラは壊れた壁から入り込もうとする魔物を牽制していた。
一人で止められる量の相手ではない。
それでも、彼女はリリメリアたちの前に立っていた。
「南の鐘だよね。聞こえてたよ。行って、リリ!」
床の下から、水音がした。
ぽたり。
ぽたり。
ぽたり。
数えきれないほどの水滴の音。
白い光が強くなる。梁が軋み、天井から白い粉が落ちる。
リリメリアは黒い剣を握ったまま、シエナに引かれた。
裏口はすぐそこにある。
でも、床が傾いた。
割れた棚が倒れ、道を塞ぐ。
シエナが身体ごとぶつかって棚をずらす。
「こっちです!」
リリメリアは走ろうとしたが、崩れた床板に足を取られ、身体が前へ倒れる。
シエナの手が離れかける。
「リリさん!」
白い光が背中まで来ている。
間に合わないと思った瞬間、背中を強く押された。
ミラだった。
「行って!」
リリメリアの身体が外へ飛び出し、地面に肩を打つ。
しかし黒い剣だけは離さなかった。
背後で、白い光が膨れ上がった。
宿全体が内側から光る。
柱。梁。床。壁。
その全部の隙間から白い光が漏れ、次の瞬間、建物が崩れた。
木が裂け、石が砕け、屋根が落ちる。
リリメリアには、水の落ちる音の方がはっきり聞こえた。
ぽたり。
隊長は宿が崩れる音を聞き、振り返りかける。
第六位天使がせせ笑う。
「見ないのですか」
その声は、楽しそうだった。
「今なら見えますよ。お仲間が魔物に変わったところを見ればよろしいのに」
隊長は振り返らなかった。
振り返れば、足が止まる。
足が止まれば、第六位天使が進む。
リリメリアたちへ、南の鐘へ、まだ生きている誰かへ。
「エルナ!」
隊長は叫んだ。
「広場を潰せ!」
ロイに連れられたエルナが振り返る。
「周辺家屋ごとですか!」
「そうだ」
「中に人が残っている可能性が」
「もう魔物が入っている」
隊長は奥歯を噛んだ。
「通りを塞げ。天使の足を止める」
エルナの唇が震えた。
それでも彼女は杖を握った。
第六位天使が目を細める。
「おや。今度はあなた方が壊すのですか」
その声には、愉悦が滲んでいた。
「良いですね。とても良い。守るために壊す。逃がすために燃やす。先ほどまで私を責めていた顔で、同じ町を崩す」
「違います」
エルナが言った。
「本当に違うのでしょうか」
天使は大げさに両手を広げた。
「では、瓦礫になる家に違いを聞いてみますか。燃える梁に。潰れる床に。中にいるかもしれない誰かに」
エルナの顔が青ざめる。
「エルナ」
隊長が言った。
「頼む」
エルナは目を閉じなかった。
「はい」
その声だけは震えなかった。
杖が地面を叩くと炎が走る。
広場を囲む家々の壁に、赤い線が刻まれる。
次の瞬間、火が内側から噴き上がった。
窓が割れ、柱が焼ける。
屋根が軋み、周辺の家が一棟ずつ崩れ始めた。
崩れる家の中から、白い魔物が飛び出してくる。
隊長は飛び出した一体の首を斬り落とした。
首は地面に転がったが、胴はまだ前へ進もうとする。アリアがその脚を断ち、隊長が胸の中心を割った。白い粉が吹き出し、ようやく魔物は膝から崩れる。
倒れた身体はまだ指を動かしていた。
人の手だった頃の形を少しだけ残した指が、石畳を掻いている。
隊長はそれをもう一度斬った。止まるまで斬った。
エルナの詠唱が続く。
火だけでは終わらない。
崩れた梁と石材が、風に巻き上げられ、空気が唸る。
瓦礫が、広場の中央へ押し込まれていく。
第六位天使の周りに、炎を含んだ瓦礫の壁ができた。
白い魔物たちも巻き込まれる。
何体かが潰れる。
何体かが燃える。
それでも動く。
だが、天使の足は止まった。
第六位天使は瓦礫の向こうで笑っていた。
「恐ろしいものです。人間は追い詰められると、こちらが手を貸さなくても壊してくれる」
隊長はロイとエルナを見る。
「ロイ、エルナ。先に行け」
「隊長は」
「南の鐘で合流する」
ロイは一瞬だけ黙った。
それからエルナの腕を掴んだ。
「行くぞ」
「でも」
「今戻ったら、隊長が残った意味がなくなる」
エルナは隊長を見た。
泣く寸前の顔だったが涙は落ちなかった。
隊長は念押しのように言った。
「リリと合流するんだ」
エルナは唇を噛み、崩れた声を押し込めるように頷いた。
「必ず」
ロイとエルナが南の通りへ走る。
瓦礫と炎の間を抜け、白い粉の薄い道を選んで走る。
隊長はその背中を見送った。
アリアが隣に立ち、呟く。
「二人で残るのか」
「不満か」
「慣れている」
アリアは白い粉の向こうを見る。
「ただ、数が多い」
瓦礫の山から元騎士の魔物が這い出てきた。
町外から来た魔物もいた。
瓦礫に潰れなかったもの。
炎を抜けたもの。
白い水の中から這い上がってくるもの。
数えられない。
隊長は剣を構え直した。
「南の鐘まで、少しでも時間を稼ぐ」
「了解」
最初の元騎士だった魔物が跳躍する。
盾を構える癖が残っている。隊長は盾の下へ踏み込み、膝を斬った。体勢が崩れたところへ、首ではなく肩から胸へ刃を通す。人ならそこで倒れる傷だった。
だが魔物は倒れない。
白い粉を噴きながら、残った腕で隊長の首を掴もうとする。
隊長はその腕を斬り落とし、さらに踏み込んで胴を割った。
ようやく動きが鈍る。
そこへアリアの剣が入り、喉を裂いた。
「どこまで壊せば止まる」
「動かなくなるまでだ」
「雑だな」
「今は雑でいい」
二人は背中合わせになった。
白い魔物が次々と押し寄せる。
かつて騎士だったものは、まだ訓練の頃の動きを残していた。
二体が前に出て、一体が横へ回る。
盾を構え間合いを測る。
仲間の死角を埋める。その動きは人の戦い方だった。
だから読める。読めるからこそ、余計に不快だった。
アリアが短く言った。
「訓練の型が残っている」
「ああ」
「最悪だな」
「同感だ」
隊長が剣を振ると、魔物の腕が飛ぶ。
別の魔物の牙が肩を掠める。
痛みが走るが、止まらない。
南の鐘。
リリメリア。
ミラ。
シエナ。
仲間の名前が頭の中に並ぶが、誰が無事なのかは分からない。
分からないまま、隊長は剣を握った。
瓦礫の向こうで、第六位天使が笑っている。
「急いだ方がいいですよ」
その声は、火と悲鳴と水音の向こうからでも届いた。
「合流の約束は、破れる時が一番綺麗ですから」
隊長は答えなかった。
答える代わりに、目の前の魔物を斬る。
南へ行かせない。
リリメリアたちへ行かせない。
そのためだけに、剣を振った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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