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万命炉のリリメリア  作者: 曇裡空子
一章 帰る場所のない少女
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10/20

白い町

【主な登場人物】

リリメリア

旧帝都で見つかった記憶のない少女。調査隊と旅をしながら、言葉や感情や剣の扱いを少しずつ覚えていく。


隊長

調査隊を率いる男。大柄で声も大きく頼りになる。

リリメリアを発見物ではなく、保護すべき人として扱う。


アリア

調査隊の副隊長。口数は少ないが、周囲をよく見ている。

元近衛という経歴を持つが、王宮との関係にはどこか冷えたものがある。


ロイ

槍を使う調査隊員。

よく喋り、よく笑い、重くなりがちな場の空気を和ませる。


エルナ

金色の髪の魔術師。

真面目で手順やルールを重んじる。魔術や歴史に詳しい。


シエナ

調査隊の記録係。旧帝国語や古い記録を読み解く。


ミラ

調査隊の料理係。食事や包帯や日々の暮らしを支える人。

昼前には、町の水源が三か所白化していた。


南の井戸。


広場中央の井戸。


それから、東の井戸。


水面には白い膜が張り、魔力を近づけると羽毛のような粉が散った。水の底は澄んでいるのに、表面だけが鳥の羽を溶かしたように白い。


宿の食堂には、調査隊の荷が

残す物と捨てる物、そして持っていく物に分類されて置かれていた。


シエナは記録帳を三冊並べ、手を止めたまま悩んでいる。ミラは乾いた食料と包帯を袋に詰めていた。リリメリアは黒い剣を握って、食堂の壁際に立っていた。


剣は重いが、昨日までよりも手の中にあることが自然だった。


白い猫はいなかった。


さっきまで窓枠にいたはずなのに、広場が騒がしくなった時にはもう姿を消していた。窓は閉まっていて、扉も閉まっている。


黒い首輪の鈴も鳴らなかった。


「猫は?」


ミラが小声で聞く。


「いない」


「逃げたのかね」


「たぶん」


リリメリアは窓から広場を覗く。


普段なら荷馬車が止まり、商人が荷を下ろし、子供が走る場所だ。今は王宮騎士団の鎧が並び、町人たちが不安そうに集められている。


隊長、エルナ、アリア、ロイは広場に出ている。


リリメリアは外へ出ると町人の目が集まるため、宿の中で待っていた。


赤い目の子。


さっき聞こえた声が、まだ耳の奥に残っている。


「井戸の使用を禁じる。水は騎士団が検査したもののみ配る。旧導水施設周辺への立ち入りは罪と見なす」


ガルドの声が広場に響く。


町人たちは納得していない。


「子供がいるんだ」


「昨日まで大丈夫だった井戸も白くなった」


「水を使うなって、どうやって暮らせばいい」


「調査隊が来てからだろ」


その一言で、ざわめきの空気が変わった。


無意識に剣を握る手に力が入る。


ミラがそっとリリメリアの前に立った。


「リリは下がってな」


「でも、外の様子を見ないと」


「見える場所にいるってことは、見られる場所にいるってことだよ」


ミラの声は優しかった。


けれど、その手には短い剣が握られていた。


シエナは食堂の窓から広場を見ている。


記録帳は机の上に開かれていたが、まだ筆は動いていない。


その時、広場で悲鳴が上がった。


騎士団が配給のために置いていた水樽の栓から、白い水が漏れていた。


細い筋が石畳を伝い、白い膜が広場の中央へ広がっていく。


「離れろ!」


ガルドの声が響く。


騎士の一人が樽を蹴り倒し、水が散る。


町人たちが一斉に逃げた。誰かが転び、別の誰かがその足につまずく。子供が泣いた。桶が転がり、乾いた音を立てる。


その混乱の真ん中で、リリメリアは水の落ちる音を聞いた。


ぽたり。


広場にはもう白い水が広がっている。それなのに、その一滴だけがはっきり聞こえた。


ぽたり。


白い水の上に、人影が立っていた。


白い服、白い髪に、ぎょろっとした目。


背中には翼ではなく、羽根の形をした白い結晶がいくつも伸びている。


濡れていないが、まるで白い水の中から出てきたかのように白かった。


広場は、白昼のただ中で息を止めた。悲鳴も足音も、倒れた桶の音さえも、白い膜の下に沈んだように消えた。


町人も、騎士も、隊長たちも、一瞬だけ動きを失う。


白い人影は宿の中のリリメリアを一瞬見た。


それから、広場の全員へ向き直る。


「第六位天使」


白い粉が、言葉に合わせるように舞う。


「――【■■■■】」


それだけだった。


挨拶も、祈りも、宣告もない。


ただ、自分が何者であるかを告げただけだった。


その名は、人の言葉の形をしていなかった。


水面に落ちた石の波紋を、無理やり声にしたような響きだった。聞こえたはずなのに、耳には残らない。残らないのに、身体の奥だけが覚えてしまう。


シエナが椅子にぶつかった。


音を立てて、椅子が床へ倒れる。


「シエナ?」


リリメリアが声をかける。


シエナは両手で口を押さえていた。


顔から血の気が引いている。


「第六位」


震えた声だった。


「第六位天使です」


「知ってるの?」


「記録で」


シエナは窓の外から目を離さない。


「姿の記録はありません。残っているのは、王都に保存されている遭遇後に帰還しなかった隊の目録だけです。何人出て、何人戻らなかったか。それだけ」


リリメリアが広場を見ると、隊長は剣を抜いていた。


ロイは槍を構え、アリアは町人の流れと逃げ道を見ている。エルナはすでに魔術式を展開していた。


「勝てる?」


リリメリアの声は、自分で思ったよりも小さかった。


シエナはすぐには答えなかった。


唇だけが震える。


「勝てません」


その声はか細かった。


「絶対に」


広場で、ガルドが剣を抜いた。


「結界班、前へ!」


騎士たちが動く。


盾を持つ者が前に出る。結界杭を打つ者が左右へ散る。弓兵が構え、魔術符を持った騎士が詠唱を始める。


「撃て!」


矢が飛び魔術の火線が走る。


第六位天使は避けなかった。


矢は胸に届く前に白い羽根になって散る。


火線は肌に触れる前に、水へ落ちた火のように消えた。


天使はそれを見て、口元を歪めた。


「ずいぶん整っていますね」


人間の男性のような声だ。


「並び方も、撃つ順番も、声の出し方も。壊す前から綺麗に揃っている。こういうものは、崩す時に見栄えがします」


次の瞬間、盾を構えた騎士の足元が白く光った。


石畳の隙間から光が漏れる。


水が湧くように丸く広がり、膝まで昇り、胸まで昇り、頭の上まで伸びた。


人が一人入るほどの、白い光の柱。


そう見えたのは一瞬だけだった。


柱が立った時には、もう中の影は人ではなかった。


白い光が砕け、中から出てきたものは、騎士の鎧を着た白い獣だった。


腕が長く、背中から羽毛状の結晶が伸びている。


兜の隙間から見える目は、もう人としての意識を宿していない。


魔物は隣の騎士へ跳びかかった。


白い爪が鎧の隙間へ入り、倒された騎士の叫びが水音へ変わる。


次に弓を構えた騎士の足元が光り、柱が立ち上がった。


光が砕けた時、そこにいたのは鳥のような白い魔物だった。


結界杭を握っていた騎士の足元にも光が灯る。


青い結界は白く濁り、杭を握っていた人影は一瞬で崩れ、四足で這う魔物へ変わった。


光は立ち上がった時点で役目を終えていた。


閉じ込められた者が叫ぶ時間も、内側から剣で叩く時間もない。

足元が白く光ったと思った時には、もう人の形は奪われている。砕けた柱の中から出てくるものだけが、変わり果てた結果として広場に残された。


「やめろ!」


ガルドの悲痛な声が広場に響く。


第六位天使は彼を見た。


「やめる理由がありません」


そう言って、けらけら笑った。


「そいつらは俺の隊だ!」


「ええ。だから良いのでしょう」


第六位天使は両手を広げた。


芝居の舞台に立つ役者のように、大げさな仕草だった。


「部下だったものが、隊長を襲う。守られていた者が、守っていた者を食う。役割が裏返る瞬間は、とても美しい。人間はその時、顔をするんです」


ガルドの周りに、白い魔物たちが集まっていた。


人だった時の癖が、少しだけ残っているのかもしれない。


隊列を作るように。命令を待つように。


それが一番、気持ち悪かった。


「ほら」


第六位天使は楽しそうに言った。


「まだあなたを見ていますよ。良かったですね。慕われています」


ガルドは剣を構え、その剣は仲間だったものへ向いている。


向けなければ死ぬがそれは即ち仲間を斬るということだ。


第六位天使は、その迷いを見ていた。


「いい顔です」


白い粉が舞う。


「あなたは特別仕様にしましょう」


広場の外から警鐘が鳴った。


一度。


二度。


三度。


北の方で叫び声が上がる。


「魔物だ!」


続いて東側。


「こっちにもいる!」


リリメリアは窓から外を見る。


町の外れの道から、黒い影が押し寄せていた。


犬のように地を這うものがいた。人の背丈で走るものもいた。鳥の骨を背中に突き出したものが屋根から落ち、白い結晶を目や喉や肩から伸ばしたものが、門の方から溢れてくる。


数えようとして、すぐに無理だと分かった。


天使が作った魔物たちが、町の外から襲来している。


中では騎士が魔物になる。


外からも魔物が来る。


町は、一度に壊れ始めた。


隊長が踏み込む。


剣が第六位天使の白い服へ届く、はずだった。


だが刃は、布の表面で止まり斬った感触がない。


肉でも骨でもない。そこにあるのに、そこにないものを斬ろうとしたようだった。


第六位天使は笑っている。


「届いたと思いましたか」


隊長は剣を引かなかった。


柄を握る手に、魔力を通すと剣身が薄く光る。


次の瞬間、白い服の下に、細い線が走った。


ほんの浅い傷で、血も出ない。


けれど、確かに白い肌が裂けていた。


第六位天使の笑みが、一度だけ止まる。


ほんの少しだけ驚きをみせる。


それはすぐに笑みに戻ったが、隊長は見逃さなかった。


「武器に魔力を通せ!」


隊長は叫んだ。


「浅くても傷は入る!」


「簡単に言う」


アリアが呟いた。


それでも、彼女は剣を抜いていた。


右手に剣。


左手には短剣。


隊長ほど強くはないが、刃に魔力が薄く乗る。


アリアは一瞬で天使の死角へ入った。


剣が白い腕を掠めて薄い傷が走る。


第六位天使は、その傷を見て、嬉しそうに目を見開いた。


「あなたもできるんですね」


「それで喜ぶな」


アリアはすぐに下がる。


次の瞬間、傷は白い粉を噴いて塞がった。


ロイが槍を握り直す。


穂先に魔力を通すと、一瞬だけ金属が鈍く光る。


だがすぐに消えた。


魔力が刃に乗り切らない。柄を通る前に散っていく。


ロイは舌打ちした。


「無理だな、これは」


「ロイ、エルナ。合図したら南へ走れ」


隊長が叫ぶ。


ロイは一瞬だけ隊長を見る。


言いたいことはあった。


けれど、言わなかった。


「了解」


隊長はさらに踏み込んだ。


剣身に、さっきより強く魔力を通す。


腕の血管が浮く。


剣が白い服を裂いた。


今度は浅い線ではなかった。


肩から胸へ、斜めに傷が走る。


白い肌が割れ、そこから薄い血のようなものが滲んだ。


第六位天使の顔から笑みが消えた。


その瞬間、アリアが動く。


身を沈め、瓦礫の影を使い、天使の視界の下へ潜る。


短剣が跳ね上がり第六位天使の左目に突き刺さる。


白い顔が、初めて大きく歪んだ。


「――」


声にならない音が漏れた。


アリアは短剣を手放し、すぐに距離を取った。


潰れた左目から白い粉が噴き出す。


傷は再生しようとしている。けれど、今までより遅い。


瞼の形が戻らず眼球が白く濁ったまま、しばらく震えている。


「……よくも」


第六位天使の声が変わった。


丁寧ではあるが、その奥に隠していたものが見えた。


舞台の幕の裏から、冷たい水が溢れてくるようだった。


「よくも、私の顔に」


隊長が叫ぶ。


「リリ!」


声は広場の騒音に削られながらも、窓まで届いた。


リリメリアがこちらを見る。


「町の南側に鐘がある!」


隊長は剣を構えたまま叫ぶ。


「そこへ走れ!後ほど合流する!」


リリメリアが小さく頷く。


第六位天使は、潰れた左目を押さえながら隊長の顔を見た。


「合流の約束ですか」


楽しそうな声に戻ろうとしていた。


けれど、戻りきれていなかった。


「素敵です。約束は、叶うか叶わないか分からない時が一番美しい。叶わなかった後も、ずっと残りますから」


「お前の相手はこっちだ」


隊長が踏み込み、アリアも横から入る。


剣と短剣が白い影を削る。


傷はつくが塞がる。


けれど左目だけは、まだ完全には戻っていない。


第六位天使はそのことに苛立っているようだった。


「良いですね。届く。けれど届かない。傷はつく。けれど終わらない。人間にとって、一番苦しい距離です」


その目が宿へ向く。


「では」


白い粉が、潰れた左目の周りで渦を巻いた。


「届く場所からいきましょうか」


隊長が動き、アリアが横から天使の進路を塞ぐ。


二人が天使の前に立った。リリメリアたちのいる宿へは行かせない。


第六位天使は、それを見て声を出して笑った。


「来なければ壊せないと思っているのですか」


白い指が、宿を指す。


「本当に、かわいらしい」


その瞬間、宿の床下が光った。


リリメリアは足元を見る。


食堂の床。厨房の床。階段の下。壁際。


宿全体の床板の隙間から、白い光が漏れ出していた。


人ひとりを包む柱ではなく宿そのものを貫く、大きな光だった。


「ここ建物全部です!」


シエナが叫んだ。


記録帳を片手に抱え、もう片方の手でリリメリアの腕を掴む。


「出ます!」


「ミラは」


「行って!」


ミラの声がした。


ミラは壊れた壁から入り込もうとする魔物を牽制していた。


一人で止められる量の相手ではない。


それでも、彼女はリリメリアたちの前に立っていた。


「南の鐘だよね。聞こえてたよ。行って、リリ!」


床の下から、水音がした。


ぽたり。


ぽたり。


ぽたり。


数えきれないほどの水滴の音。


白い光が強くなる。梁が軋み、天井から白い粉が落ちる。


リリメリアは黒い剣を握ったまま、シエナに引かれた。


裏口はすぐそこにある。


でも、床が傾いた。


割れた棚が倒れ、道を塞ぐ。


シエナが身体ごとぶつかって棚をずらす。


「こっちです!」


リリメリアは走ろうとしたが、崩れた床板に足を取られ、身体が前へ倒れる。


シエナの手が離れかける。


「リリさん!」


白い光が背中まで来ている。


間に合わないと思った瞬間、背中を強く押された。


ミラだった。


「行って!」


リリメリアの身体が外へ飛び出し、地面に肩を打つ。


しかし黒い剣だけは離さなかった。


背後で、白い光が膨れ上がった。


宿全体が内側から光る。


柱。梁。床。壁。


その全部の隙間から白い光が漏れ、次の瞬間、建物が崩れた。


木が裂け、石が砕け、屋根が落ちる。


リリメリアには、水の落ちる音の方がはっきり聞こえた。


ぽたり。


隊長は宿が崩れる音を聞き、振り返りかける。


第六位天使がせせ笑う。


「見ないのですか」


その声は、楽しそうだった。


「今なら見えますよ。お仲間が魔物に変わったところを見ればよろしいのに」


隊長は振り返らなかった。


振り返れば、足が止まる。


足が止まれば、第六位天使が進む。


リリメリアたちへ、南の鐘へ、まだ生きている誰かへ。


「エルナ!」


隊長は叫んだ。


「広場を潰せ!」


ロイに連れられたエルナが振り返る。


「周辺家屋ごとですか!」


「そうだ」


「中に人が残っている可能性が」


「もう魔物が入っている」


隊長は奥歯を噛んだ。


「通りを塞げ。天使の足を止める」


エルナの唇が震えた。


それでも彼女は杖を握った。


第六位天使が目を細める。


「おや。今度はあなた方が壊すのですか」


その声には、愉悦が滲んでいた。


「良いですね。とても良い。守るために壊す。逃がすために燃やす。先ほどまで私を責めていた顔で、同じ町を崩す」


「違います」


エルナが言った。


「本当に違うのでしょうか」


天使は大げさに両手を広げた。


「では、瓦礫になる家に違いを聞いてみますか。燃える梁に。潰れる床に。中にいるかもしれない誰かに」


エルナの顔が青ざめる。


「エルナ」


隊長が言った。


「頼む」


エルナは目を閉じなかった。


「はい」


その声だけは震えなかった。


杖が地面を叩くと炎が走る。


広場を囲む家々の壁に、赤い線が刻まれる。


次の瞬間、火が内側から噴き上がった。


窓が割れ、柱が焼ける。


屋根が軋み、周辺の家が一棟ずつ崩れ始めた。


崩れる家の中から、白い魔物が飛び出してくる。


隊長は飛び出した一体の首を斬り落とした。


首は地面に転がったが、胴はまだ前へ進もうとする。アリアがその脚を断ち、隊長が胸の中心を割った。白い粉が吹き出し、ようやく魔物は膝から崩れる。


倒れた身体はまだ指を動かしていた。


人の手だった頃の形を少しだけ残した指が、石畳を掻いている。


隊長はそれをもう一度斬った。止まるまで斬った。


エルナの詠唱が続く。


火だけでは終わらない。


崩れた梁と石材が、風に巻き上げられ、空気が唸る。


瓦礫が、広場の中央へ押し込まれていく。


第六位天使の周りに、炎を含んだ瓦礫の壁ができた。


白い魔物たちも巻き込まれる。


何体かが潰れる。


何体かが燃える。


それでも動く。


だが、天使の足は止まった。


第六位天使は瓦礫の向こうで笑っていた。


「恐ろしいものです。人間は追い詰められると、こちらが手を貸さなくても壊してくれる」


隊長はロイとエルナを見る。


「ロイ、エルナ。先に行け」


「隊長は」


「南の鐘で合流する」


ロイは一瞬だけ黙った。


それからエルナの腕を掴んだ。


「行くぞ」


「でも」


「今戻ったら、隊長が残った意味がなくなる」


エルナは隊長を見た。


泣く寸前の顔だったが涙は落ちなかった。


隊長は念押しのように言った。


「リリと合流するんだ」


エルナは唇を噛み、崩れた声を押し込めるように頷いた。


「必ず」


ロイとエルナが南の通りへ走る。


瓦礫と炎の間を抜け、白い粉の薄い道を選んで走る。


隊長はその背中を見送った。


アリアが隣に立ち、呟く。


「二人で残るのか」


「不満か」


「慣れている」


アリアは白い粉の向こうを見る。


「ただ、数が多い」


瓦礫の山から元騎士の魔物が這い出てきた。


町外から来た魔物もいた。


瓦礫に潰れなかったもの。


炎を抜けたもの。


白い水の中から這い上がってくるもの。


数えられない。


隊長は剣を構え直した。


「南の鐘まで、少しでも時間を稼ぐ」


「了解」


最初の元騎士だった魔物が跳躍する。


盾を構える癖が残っている。隊長は盾の下へ踏み込み、膝を斬った。体勢が崩れたところへ、首ではなく肩から胸へ刃を通す。人ならそこで倒れる傷だった。


だが魔物は倒れない。


白い粉を噴きながら、残った腕で隊長の首を掴もうとする。


隊長はその腕を斬り落とし、さらに踏み込んで胴を割った。


ようやく動きが鈍る。


そこへアリアの剣が入り、喉を裂いた。


「どこまで壊せば止まる」


「動かなくなるまでだ」


「雑だな」


「今は雑でいい」


二人は背中合わせになった。


白い魔物が次々と押し寄せる。


かつて騎士だったものは、まだ訓練の頃の動きを残していた。


二体が前に出て、一体が横へ回る。


盾を構え間合いを測る。


仲間の死角を埋める。その動きは人の戦い方だった。


だから読める。読めるからこそ、余計に不快だった。


アリアが短く言った。


「訓練の型が残っている」


「ああ」


「最悪だな」


「同感だ」


隊長が剣を振ると、魔物の腕が飛ぶ。


別の魔物の牙が肩を掠める。


痛みが走るが、止まらない。


南の鐘。


リリメリア。


ミラ。


シエナ。


仲間の名前が頭の中に並ぶが、誰が無事なのかは分からない。


分からないまま、隊長は剣を握った。


瓦礫の向こうで、第六位天使が笑っている。


「急いだ方がいいですよ」


その声は、火と悲鳴と水音の向こうからでも届いた。


「合流の約束は、破れる時が一番綺麗ですから」


隊長は答えなかった。


答える代わりに、目の前の魔物を斬る。


南へ行かせない。


リリメリアたちへ行かせない。


そのためだけに、剣を振った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


初執筆で設定だけ固めて文章を書いてます。


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次回もよろしくお願いいたします。

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