第二十二話 過去と現在の静かな夜
……私はなんてはしたない女なのでしょうか。
日々の忙しさに追われながらも、あの戦場で出会った覆面のお方を忘れる事など一度も無かったと言うのに今日偶然出会った男性にあそこまで動揺してしまうなんて!
くっ!
ヨルム・ヒロイット最大の不覚です。
『こうなったらあの覆面の方の事など綺麗さっぱり忘れて、ついでにあの【クソヤロー】の事もその辺の溝にでも捨てて忘れましょう! だって私にはトトが居るのですからっ!!』
「……何を勝手に私の台詞を捏造してるんですかトト?」
衝撃的な出会いをしたその日の夜。
自室で今日の出来事について思い出していると何故か途中から私の声で私の思ってもいない台詞が聞こえてきた。
もちろん、こんな悪戯をするのはトトしかいませんから大して驚きはしませんが、その台詞の内容は流石に悪戯が過ぎると思うのですが?
「いやー、ついトトの願望が混じってしまいバレてしまいましたか。お久しぶりですヨルムお嬢様!! 貴女様のトトがその御心を盗む為に馳せ参じましたっ!!」
「昔取った杵柄を下らない事に使わないで下さい。それよりも難しい任務を任せきりにして申し訳ありませんトト。こうして直接顔を合わせるのは久し振りですね。変わりはありませんか?」
「はっ!有り難きお言葉にトトは全回復に御座います!!」
「……変わりがない事を残念に思う日が来るとは思いませんでした。貴女が私を慕ってくれるのは嬉しいのですが、それは少々行き過ぎですよ? もっと自分の事を大事にして人生を謳歌するべきです」
初めて出会った時の影は今では見る事もありませんが、代わりにこの熱烈な敬愛をどう受け止めるべきかと悩んでしまう。
いえ、これも私にとっては贅沢な悩みでしょうか。
トトも今では私にとってかけがえの無い存在なのですから、ありのままのトトを受け入れるべきですね。
「いえいえ、トトなりに考えた末での今ですから! お構いなくですヨルムお嬢様」
「そうですね。トトは私に諭されなくてもしっかりとしていますし余計な心配でした。……さて、世間話はこれぐらいにして本題に入りましょう。今日はなんとか乗り切りましたが恐らく明日か明後日が山場です。此方は私がなんとかしますが、冒険者ギルドとしてはどう動くと思いますか?」
顔と名前を変えて潜入して貰っているトトを緊急で呼び出したのは勿論今日の騒動を穏便に収める為の話し合いが必要だから。
今日の騒動を放置した場合、間違いなくイクノスさんにとって不利な事態にしかならない。
私の至らなさから彼に迷惑をかける訳には行きませんのでこうしてイクノスさんと面識があるらしいトトを呼び寄せたのですが……
「まずはギルドですが、現状では動くつもりは無い様です。……ただ、領主様側が何かしらの声を上げるとなるとその声に抵抗することは無いかと」
「やはり冒険者ギルドはそういうスタンスを取りますか……では、此方にとって最大の障害は予想通りお父様とバッカス卿ですね。あのお二人をなんとか抑える事が此方の勝利条件としましょう」
「……ぶっちゃけイクノスを差し出しても宜しいのでは?と、トトは愚考いたしますが?」
……二人で親しげに話していましたしそれなりに仲が良さそうに見えたのですが私の勘違いだったのでしょうか?
いつものトトなら私の意を汲み取って協力してくれる筈なのに今日に限っては敢えて反対意見を進言してくるなんて驚きです。
「あの男が犠牲になるだけで全て丸く収まりますし、何よりヨルムお嬢様のお手を煩わせる事が無いというのが一番重要です」
「トト……そんな選択肢が私には無いと分かっていてどうしてそんな事を言うのかしら? 一応、私が納得出来るだけの理由を教えて貰える?」
頭ごなしに否定していてはより良い案は浮かびませんから、ここはちゃんとした彼女の意見を聞いておきたい。
「まぁ、あの男を差し出すというのは半分冗談、半分本気ってとこですかね。トトはイクノスという男の不確定要素な部分がいずれお嬢様に牙を剥くやもと心配しております」
「……具体的には?」
「ざっくり言うと、出自不明、思想不明、このタイミングでこの領地に来た理由も不明、当然他所者、そして実力は未知数。これだけの不安材料があれば誰でも警戒するかと」
それはまぁ、なんと言いますか……凄いですね。
よくもこれだけ怪しいと思わせる要素が揃っていると逆に感心してしまいます。
「成る程、それが本気の理由ですか。……では冗談な理由も聞かせて下さい」
「……まぁ、怪しいですし、出会ってまだ二ヶ月ちょっとですけど……悪い奴では無い……かな?と、思わなくもないと言いますか」
「随分と歯切れが悪い様ですね?」
トトはいつもあけすけにモノを言うタイプなのに、イクノスさんに対しては随分と複雑そうですね。
それだけイクノスさんと表面的とはいえ良好な関係が築けているのでしょう。
……なんだか私までモヤモヤして来ました。
「あー、んー、う〜ん……ヨルムお嬢様に出会う前の私なら間違いなく排除対象なんですけど、トトとしてなら犠牲にはしたくない奴ですね」
「よく言えました。トトの態度を見て私も改めてイクノスさんを全力で助けるべきだと判断出来ました」
「え〜、っと、良いんですか? 怪しさ爆発ですけど?」
「今日初めてイクノスさんにお会いしましたが、私もあの方は悪い人では無いと確信しています。それに私がそういうミステリアスを好むのはトトの時と一緒ですよ」
「……それを言われるとトトは何も言えませんけどね」
トトが初めてこの部屋に来たのもこんな静かな夜でしたね。
あの時は私の暗殺を依頼されたからでしたが、今は私の助けになる為に来てくれる。
そんなトトが親しげな人を見捨てるだなんて出来るわけがないと私は確信していましたとも。