『プロローグ』
「お母様!」
少女――エレナ・ルーベンスの声が王室に響く。
エレナがしがみついているのは、彼女の母――アメリア・ルーベンスだ。
アメリアの腹部からは止めどなく血が流れ出ている。
「お母様! お母様!」
エレナは必死に叫ぶ。
しかし、アメリアは目を閉ざしたまま、一向に目覚める気配がない。
それどころか、血色は段々と悪くなり、呼吸も途切れ途切れになっている。
「エレナ! そこをどけよ!」
声を荒げたのはエレナの父であり、アメリアの夫――フーベルト・ルーベンス。
「お父様!」
急いでフーベルトはアメリアの元へ駆け寄ると、詠唱を唱え始めた。
「お父様! お母様を助けてください! お母様を!」
隣でエレナは涙を流しながら懇願する。
「我が魔の力を以て、我が愛しき妻へ、古代神より癒しを与え給え――《古代治癒》」
詠唱が終わった。しかし何も起こらない。
依然出血は止まらず、アメリアの意識は戻らなかった。
「………っ」
突然、フーベルトが立ち上がった。そしてアメリアからやや離れた場所に移動すると、彼女に背を向ける形で止まった。
「……お父様?」
そんな彼にエレナは困惑する。
なぜお父様は何もしないのだろう。お母様はいま重傷でこんなにも血が出ているというのに。
なぜお父様は泣いているのだろう。
「……エレナ。すまない」
ポツリとフーベルトが言った。
だがエレナにはその言葉の意味が分からなかった。
謝るよりもお母様を助けて欲しい。
大丈夫。お父様はこの国で一番偉い人なんだ。きっと治せる。大丈夫。絶対大丈夫。
「お父様! 早く治療を――」
「……本当にすまない。エレナ、アメリア」
フーベルトが妻の名を口にした瞬間、エレナは悟った。
あぁそうか。
お母様は死んだんだ。




