『1』
王女様との魔導戦の翌日。
HRを迎えるなり、唐突に静川先生が口を開いた。
「昨日、この学校に侵入者が現れた」
突然の報告にざわつくクラスメイトたち。
この人、いきなり何言ってんだよ。
「だが安心しろ。そいつは東京エリアの魔導士がきちんと処理をした。もう危険はないとのことだ」
彼女の言葉を聞いて安心する一同。
だが、今の話は事実とはかなり違う。
『おかしいのう。あのハゲゴリラは我が主が殺したはすじゃ』
頭の中でリリスの声が響く。
悪魔は契約した人間の深層心理に住み着くが、そうしている間にも契約者とのみ会話をすることができる。
(おそらく、どうしても魔導士が殺したことにしたい理由でもあったんだろう)
『そんなのがあるのか?』
(あぁ。魔導士は国の秩序を守る存在だからな。そんなやつらが王女を攫われそうになるところを、得体の知れない何者かに助けて貰ったってなったら、この国の魔導士の信用は一気に地に落ちる)
『ほう。そういうことじゃったか』
リリスは納得してくれたみたいだ。
だが、静川先生の話とは別に疑問に思う点はまだある。
まずなぜ王女様に誰一人護衛が付かないのか。
なぜハゲゴリラは王女様を攫おうとしたのか。
あとハゲゴリラの正体だ。
可能性として一番あり得るのは単独のテロリスト。悪魔使いにはこれが多い。
何故なら悪魔と契約することによって己の力を過信するようになるからだ。
例えば今回のように王の娘を攫うことだって容易だとか。
あの時ハゲゴリラには仲間はいなかったし、やはり単独犯と考えるのが妥当な線か。
それとも……。
「おい植村!」
不意に大声で呼ばれた。
気がつくと、目の前に俺を睨みつけている静川先生。
「お前、私の話を聞いているのか!」
おうやばい。この人、朝から逆鱗モードになってるよ。
「もちろんですよ先生。たしか昨日、学校に侵入者が来て、それを魔導士が倒したとか」
「違う。今日の『封印魔法』の授業についてだ」
「…………」
どうやらあれこれ考えている間に話が進んでいたらしい。
「……すいません」
この後、俺が魔力たっぷりの拳で殴られたことは言うまでもないだろう。
☆
昼休みを迎えた。
いつも通り屋上のベンチで結衣との昼食。
「いてて」
朝に静川先生の鉄拳を食らった部分がまだ痛む。
それにしても顔面を殴ることはないよな。華が折れたかと思ったわ。
「まだ痛むの?」
隣に座っている結衣から心配の声を頂いた。
「まあな」
「治癒魔法使ってあげようか?」
「いらねぇよ」
「えっ、じゃあどうやって治すの? 蓮人くん魔法使えないのに」
「…………」
これは天然なのか、それとも普通に嫌味を言っているのか。
どっちにしろのどかな昼休みに人の心を抉る発言はやめて欲しい。
「あのな。人間には自然治癒っていう素晴らしい能力があるんだよ。魔法が使えるお前には分からないだろうけどな」
すごいんだぞ自然治癒。
擦り傷は一週間程度で治るし、骨折も数カ月で治る。
たとえ魔力がなくても人間には治癒魔法を使うことができるんだよ、とちょっといいことを言ってみる俺。
「そんなに怒らなくても」
そっぽを向いてしまった結衣。どうやら機嫌を悪くさせてしまったようだ。
「そこの愚民」
そんな時、上からの声。
見上げると金髪の美少女が立っていた。なんかデジャヴだな。
「な、なんでしょうかエレナ様」
急な王女様の登場に結衣はおどおどしている。
緊張し過ぎだろ。王女って言ったってまだ彼女は本当の王女様じゃないんだから。
ぶっちゃけ、突き詰めたら俺たちと同じただの学生みたいなもんだろ。
「そこの愚民。立ちなさい」
全然違ったわ。めっちゃこっち睨んでるし。この今にでも人を殺しそうな目は、やはり王の娘でないと会得できない。
「愚民、聞いているのですか? 立ちなさいと言っているのです」
「……もしやそれって俺のことか?」
聞き返すと、王女様は若干イラついた様子で「えぇ」と答える。
まじか。この王女様、俺も結衣も『愚民』って言うから、どっちのことを指してるのか全く分からなかったぞ。
「早く立ちなさい。愚民」
王女様に従って、俺はベンチから立ち上がる。すると、不意に腕を掴まれた。
「ちょっと付いてきて来てください」
そう言われると腕を引っ張られる。
なにこれ。俺どこに行かされるの。もしかして殺されるの。それとも告白されるの。
後者だったらかなり嬉しいんだが。
そんな期待を抱きながら、王女様に引かれるがまま屋上を後にした。
☆
王女様に連れ去られた場所は校舎の隅にある空き教室。普段は誰も使わない所だ。
「愚民。あなたはあの時一体どこにいたんですか?」
唐突に王女様に訊ねられた。
この言葉だけでわかるな。俺が期待していたやつではないと。
あの時とは、つまりハゲゴリラと戦った時のことだろう。王女様はハゲゴリラに惨敗だったからな。
俺が彼を殺したことも当然知らない。
「どこにって、そりゃ逃げたんだよ。あんなやつと戦ったところで死ぬだけだからな」
「逃げた? あの男からですか?」
王女様は怪訝な目を向ける。
「そうだよ」
「どうやって?」
「…………」
なんか間髪入れずに質問がくるな。何か疑われてるのか?
「あのハゲが王女様に気を取られてる間に逃げたんだ。あんたにとっては最低な行為だとは思うがな」
「……確かに。それは最低な行為ですね」
そう言った瞬間、急に胸が苦しくなった。
これは知っている。
リリスが無理やり顕現しようとする時の痛みだ。
悪魔使いが契約した悪魔を召喚する際、契約者の許可がなければ悪魔は地上に現れることはできない。
しかし、それに背き悪魔が自力で地上に出ようとすると、契約者は異常なほどの苦痛に襲われる。
場合によっては、その痛みで契約者が死ぬこともある。
(やめろリリス!)
『我が主を愚弄しよって、この女。今すぐ殺す』
(リリス! 気持ちは有難いが、やめろ。俺が死ぬ)
『なら妾を召喚すればよかろう。それでこの女を殺せば全て解決じゃ』
更に胸が締め付けられる。
苦しい。もう少しで心臓が飛び出るんじゃないのこれ。
全く。困った悪魔と契約してしまったもんだ。
(いいかリリス。よく聞け。このままお前が自分勝手な行動をするなら、俺はお前との契約を破棄するぞ。それでもいいのか?)
『っ!』
一瞬の間ができた後、徐々に胸の痛みが失くなっていく。どうやら言うことを聞いてくれたようだ。
(ありがとな、リリス)
それに返事は来なかったが、長年の付き合いだ。おそらく反省でもしてるんだろう。
「……あなた、大丈夫ですか? 先ほどから胸を押さえているようですが」
王女様が心配そうな表情をしていた。この人もこんな顔ができるんだな。
「大したことはねぇよ。あまりにも美しい少女が目の前にいるもんだから、胸が高鳴っただけだ」
「…………」
どうやら王女様にはハマらなかったようだ。なんか微妙な空気になってしまった。
「とりあえずあの時、俺は王女様を見捨てて逃げたんだよ。それだけだ」
それだけ言い残してこの場を去ろうとすると、
「待ってください」
背中からの声に、俺は半身になって顔だけ王女様の方へ向ける。
「……まだなんかあるのか?」
「愚民が逃げたと言うならば、あの男を殺したのは一体誰なのですか?」
王女様は真っ直ぐにこちらを見つめる。
それはまるで俺がその答えを知っているのではないかと問い詰められているようだ。
「職員から聞いてないのか? あれは東京エリアの魔導士が殺したんだよ」
「そ、それは聞きましたが……」
「なんだよ知ってんじゃないか。なら俺は先に行くぞ。じゃあな」
「えっ、ちょっと待ってくださ――」
強引に会話を終わらせると、俺は教室へと足を進めた。




