第8話「打ち首獄門ルートを回避せよ」
失踪した三人の足取りは、翌朝には掴めた。
掴めた理由が、また母らしかった。王都の一等地の宿に、堂々とグランベル伯爵家の名前で長期の部屋を取っていたのだ。潜伏の意味を、あの人はたぶん分かっていない。
「セバス。宿の会計は」
「奥様の宝石を、いくつか手放された形跡が……。それと、仕立て屋に夜会服の注文が三着。納期は十日後、『王家の園遊会に間に合わせよ』と」
「……園遊会か。やっぱり、そこだな」
王家主催の園遊会。セラの記憶にある、筋書きの次の大イベント。王城の庭園に主だった貴族が集められ、主人公の令嬢が「聖女の力」を公の場で示す回だ。王族が揃い、婚約者候補のクラリス嬢も出席する。
妹たちが狙うなら、そこしかない。そして書き置きの文面から察するに、今度の計画は、眠り草の悪戯で済む規模じゃない。
「セラ。筋書きの園遊会で、何が起こるか教えてくれ。細部までだ」
「はい。……庭園の中央で、王家に献上する茶会があります。給仕は王宮の侍女、毒見も付きます。素人が割り込む隙は、正直ないです。ただ――一つだけ、筋書きに『穴』があります」
「聞こう」
「祝いの菓子です。園遊会に招かれた各家が、王家に菓子を献上する習わしがあって。献上菓子は当日の朝、城門で検めを受けるんですが……ゲームの中で、悪役姉妹はそこを使うんです」
「使う? どう」
「献上菓子に細工をするんです。ただし、自分の家の菓子じゃなくて――政敵の家の献上菓子に、です。クラリス様が倒れ、菓子から毒が出て、罪は政敵の公爵家がかぶる。姉妹は王子の前で『私、見ましたの』と証言して、手柄を立てる。……それが、筋書きの中で二人が破滅する直接の原因になった事件です。終盤に全部、露見するので」
俺は、こめかみを揉んだ。
毒を盛る。罪を着せる。偽証する。役満だ。前世の刑法でも実刑は固い。この世界なら、家門ごと処刑台まで一直線だ。
しかも今回、妹たちは筋書きの「予習」をしてきている。ゲームで露見した原因を知っているなら、そこだけ潰して「改良版」を実行する気だろう。結末を知る人間が、結末の回避じゃなく犯行の完成度に知識を使う。……最悪の攻略本の使い方だった。
「アルさん、それだけじゃないです。奥様が一緒なのが、まずいです。献上菓子の検めは、家格のある夫人が同伴すると簡略化される慣例があって」
「……母上は、通行証か」
善意の兵站係は、今度は善意の通行証になるらしい。頭が痛いを通り越して、いっそ感心した。
◆
開戦までの十日間、俺たちは店を回しながら、戦支度をした。
まず、園遊会への入場資格だ。招待状のない伯爵家に、王城の庭は遠い。だが、うちには夜会で作った実績があった。
「――ほう。侯爵家の夜会で評判だった、あの煮込みの店か」
ダレン侯爵家の家令経由で繋いだ、王宮の膳部の役人は、渋い顔半分、興味半分だった。
「園遊会の趣向に『市井の味』を、というお声が上つ方にございましてな。だが王城に平民の店は入れられん。その点、貴族が主の店なら……まあ、筋は通る」
「当家の看板料理を、庭園の隅で振る舞わせていただければ。無償で結構。当家の人手で、仕込みから給仕まで完結させます」
「……伯爵家の当主が、ずいぶん腰の低いことだ」
「家を立て直すためなら、いくらでも低くなります。うちは味だけは、誰にも負けませんので」
入場権は、料理で買った。俺とセラ、給仕役のセバスまで、堂々と城門をくぐれる立場ができた。
次に、標的の防護だ。クラリス嬢本人に「毒に気をつけろ」とは言えない。言えないが、間接的に盾を増やすことはできる。俺は薬種問屋の親父から、解毒と催吐の薬を「店の厨房の常備品として」仕入れ、当日の荷に紛れ込ませた。それから侯爵家の家令に、世間話の顔でこう吹き込んだ。
「近頃、王都で質の悪い眠り薬が出回っているとか。園遊会ほどの場なら、御献上の品の検めも、さぞ厳しくなさるんでしょうね」
「……ふむ。念には念を、というやつですな。膳部に伝えておきましょう」
検めが厳しくなれば、妹たちの細工の難度は上がる。犯行の機会そのものを削る。ここまでは、前の夜会と同じ理屈だ。
最後に――一番の問題が残った。
「アルさん。……お嬢様がたを、どうやって止めます? 今度は薬のすり替えができません。あちらの持ち物に、もう触れないんですから」
そうだ。前回勝てたのは、敵の兵站が屋敷の中にあったからだ。今回、妹たちは宿に籠り、毒の出所も母の伝手で別口ときている。物は押さえられない。
「……押さえられないなら、現場で受け止めるしかない。犯行の瞬間、その場所に、俺たちがいる。それしかない」
「筋書きだと、細工は献上菓子の控えの天幕です。開宴のあと、各家の菓子が順に運び出される、その隙に」
「なら、うちの持ち場をその近くに置く。膳部との打ち合わせは俺がやる。……セラ。当日は、二手に分かれるぞ。君は料理の顔として庭園に。俺は天幕に張り付く」
「……はい。半分こ、ですね」
「ああ。半分こだ」
◆
園遊会、当日。
王城の庭園は、聞きしに勝る華やかさだった。噴水、楽団、色とりどりのドレス。その隅で、うちの煮込みの鍋は、身の程知らずの湯気を上げていた。
開宴から半刻で、鍋の前には行列ができた。物珍しさで立ち寄った貴族が、一口で足を止める。「グランベル? ああ、あの噂の」という囁きが、聞こえよがしに流れていく。セラは完璧だった。味も、所作も、笑顔も。店の看板は、王城の庭でも看板だった。
俺はといえば、給仕の顔で酒器を運びながら、献上菓子の天幕の視界に立ち続けていた。
妹たちは、来ていた。新調したドレスで、母と共に、招待客の中に紛れて。……招待状は、母の旧知の子爵夫人の同伴枠、とセバスが調べ上げていた。リーゼは扇の内で庭園を観察し、ミアは天幕への人の出入りを数えている。素人なりに、周到だった。
開宴から一刻。楽団の曲が変わり、庭園の視線が中央に集まった。主人公の令嬢の「聖女の御業」の披露が始まったのだ。淡い光が令嬢の掌に灯り、どよめきが波のように広がる。
――視線が集まる、ということは、視線が消える場所ができるということだ。
ミアが、動いた。
人垣を離れ、するりと天幕の裏手へ。手には、小さな包み。俺は酒器を下働きに押し付けて、裏手へ回った。天幕の陰、積まれた菓子箱の前で、ミアの手が、公爵家の紋の入った箱の紐にかかった。
「――ミア」
声は、抑えた。妹の肩が、跳ねた。
「それ以上やるな。その箱に触れた瞬間、お前は戻れなくなる」
「……に、兄様。どうして、ここに」
「料理を出しに来た。ついでに、妹の犯罪を止めに来た」
ミアの顔から血の気が引いて、それでも手は包みを握ったまま離さなかった。目が泳ぎ、声が震え、それでも言った。
「……止めないで。これしか、ないんです。兄様は知らないんです、このままだと、私たちが、この家がどうなるか――」
「連座で処刑。家門は取り潰し。……だろ?」
ミアの目が、限界まで見開かれた。
「な……んで。なんで兄様が、それを」
「話は後だ。まず包みをよこせ。検めが強化されてるのは気づいてたか? 中身が毒物なら、天幕を出る前にお前が押さえられる。この計画は、最初から詰んでる」
俺は一歩踏み込み、妹の手から、包みを――取り上げた、その瞬間だった。
天幕の入り口の布が、はためいた。
「ミア、遅い。何をして――」
リーゼが、そこに立っていた。
視線が、三角形に凍りついた。包みを持つ俺。青ざめたミア。入り口のリーゼ。楽団の音と、聖女を讃えるどよめきが、布一枚向こうで続いている。
リーゼは、俺の手の中の包みを見て、ミアの顔を見て、最後に俺の目を見た。そして、笑った。泣き出す寸前のような、奇妙に静かな笑い方だった。
「……ああ。やっぱり」
扇が、ぱちん、と閉じられた。
「やっぱり、お兄様だったのね。侯爵家の夜会も。……ねえ、お兄様。いつから知ってたの? 私たちの、こと」
――ここが、分水嶺だ。
誤魔化せば、妹たちは次の計画に潜る。踏み込めば、この天幕が、家族の裁判所になる。俺は包みを懐に収めて、腹を決めた。
「……全部だ。お前たちが転生者なことも。この世界の筋書きも。お前たちを待ってる結末も――全部、知ってる」
リーゼの扇が、足元に落ちた。




