↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/30

第四話「帰還を確認することについて」


【私の日記】


帰ってきてから、十日目。


今日は、帰ってきたことを確認することにした。


今まで、確認していなかった。


渋谷にいる。


家にいる。


会社にも行っている。


同僚もいる。


スマホも使える。


電車にも乗れる。


だから帰ってきたのだと思っていた。


でも。


真意さんの記録には、


「帰還」


と書かれていた。


その下には、


「確認」


と書かれていた。


そして第二部になってから、その言葉が何度も出てくる。


「帰還」


「未確認」


私はそれが気になった。


朝。


駅へ向かった。


いつもの道だった。


コンビニ。


交差点。


信号。


駅前の看板。


何も変わっていない。


私は駅前で立ち止まった。


自分がここにいることを確認する。


足元を見る。


靴。


道路。


影。


影がある。


私は少し安心した。


影があるなら、少なくとも光の中にいる。


そう思った。


でも。


その瞬間、


影が一秒だけ遅れて動いた。


私は立ち止まった。


影も止まった。


右手を上げた。


影も上げた。


もう一度、右手を上げた。


今度は同時だった。


気のせいだった。


そういうことにした。


会社へ行った。


午前中は普通だった。


昼休み。


私は同僚に聞いた。


「私、二十日前って何してました?」


「急だな」


「覚えてます?」


「仕事してたんじゃない?」


「会社にいました?」


「たぶん」


「たぶん?」


「二十日前のことなんて覚えてないよ」


そう言って笑った。


私は笑えなかった。


「じゃあ、昨日は?」


「昨日?」


「昨日、私と話しましたよね」


「話したよ」


「何を話しました?」


同僚は少し考えた。


「仕事の話」


「具体的には?」


「……そこまで覚えてないな」


私は謝った。


「変なこと聞いてすみません」


「寝不足?」


「そうかもしれません」


同僚はそれ以上聞かなかった。


午後。


会社の端末から、自分の勤怠記録を確認した。


二十日前。


出勤。


退勤。


その翌日も。


出勤。


退勤。


ずっと続いている。


私は画面を見た。


二十日前から今日まで、


私は毎日、ここにいたことになっていた。


欠勤はない。


遅刻もない。


休憩時間も正常。


完璧だった。


私は少し安心した。


そして、


その安心が怖かった。


帰宅してから、


昔の写真を探した。


スマホ。


クラウド。


パソコン。


外付けの記憶媒体。


二十日前。


渋谷。


写真があった。


私は開いた。


駅前の写真。


何気ない風景。


人が歩いている。


信号。


店。


そして、


自分。


私は画面を拡大した。


そこに自分がいた。


確かにいた。


二十日前の自分。


普通の顔。


普通の服。


普通に立っている。


私は画面を閉じた。


それから、


もう一度開いた。


写真の端に、


小さな店が写っていた。


赤い看板。


私は知らない店だった。


でも、


なぜか見覚えがあった。


拡大した。


文字を読もうとした。


読めない。


文字がぼやけている。


何度拡大しても、


そこだけ解像度が上がらなかった。


私はスクリーンショットを撮った。


保存。


画像を開く。


今度は、


店そのものが消えていた。


道路だけになっていた。


私は画面を見た。


写真には何もおかしなところがない。


最初から店など存在しなかったように見える。


ただ、


私の指先だけが震えていた。


その夜。


ノートを開いた。


真意さんの調査記録。


二十日目。


最後のページ。


「助手、帰還。」


私はその文字を見た。


その下に、


「白紙を読んだ。」


「出口を通った。」


「帰れた。」


そして、


「処理対象タグ:保留中」


私はそこで止まった。


保留中。


私が帰ったから、


真意さんは保留になった。


そういう意味なのだろうか。


私はページをめくった。


次のページは白紙だった。


何もない。


私はペンを持った。


「帰還」


と書いた。


文字は残った。


「帰還を確認した」


と書いた。


残った。


「私はここにいる」


と書いた。


残った。


私は少し笑った。


何を書いても消えない。


だから、


最後に一つ書いた。


「バーガー」


書いた。


数秒後。


文字が薄くなった。


私は手を止めた。


消えないでほしいと思った。


でも、


文字は少しずつ薄くなった。


「バー」


になった。


それから、


「バ」


になった。


最後には何もなくなった。


私はペンを置いた。


そして気づいた。


「帰還」は消えなかった。


「私はここにいる」も消えなかった。


「バーガー」だけが消えた。


つまり、


世界が消しているのは、


私ではない。


私が覚えているものの一部だけだ。


その瞬間。


紙に文字が浮かんだ。


「確認」


私は息を止めた。


次に、


「帰還」


その下に、


「未確認」


私は紙を見た。


「帰還」


「未確認」


矛盾している。


私はペンを取った。


「私は帰ってきた」


と書いた。


その文字の下に、


新しい文字が浮かんだ。


「誰が?」


私はペンを止めた。


「私です」


そう書いた。


返事はなかった。


代わりに、


「誰の記録に?」


と浮かんだ。


私は何も書けなかった。




【真意の調査記録】


二十四日目。


助手帰還後、四日。


本日、白紙に変化。


文字列:


「確認」


その後、


「帰還」


さらに、


「未確認」


三つの文字列が同一時間帯に存在した。


矛盾している。


通常なら修正されるはずだが、


修正されない。


これは重要。


「未確定」と似ているが、


同じではない。


「未確定」は、


対象そのものの分類が成立していない。


今回の「未確認」は、


対象の存在は想定されているが、


その状態を確認できない。


つまり、


助手は「存在していない」のではない。


存在している。


しかし、


「帰還した」という事実だけが、


確認できない。


私はそう判断した。


記録を続ける。


助手の帰還を確認するため、


出口の記録を再確認。


二十日目。


光が開いた。


助手が入った。


光が閉じた。


以上。


「帰還先」の記録はない。


これは以前から気づいていた。


しかし今日、


別の記録を発見した。


出口の記録の直前。


白紙の下層。


そこに、


一行だけ存在していた。


「帰還先:記録対象外」


私はルーペを下ろした。


記録対象外。


つまり、


帰還先がわからないのではない。


「帰還先」という項目そのものが、


記録する対象として認められていない。


なぜか。


理由は不明。


私はタイプライターに向かった。


「助手は帰還した。」


と打った。


文字は残った。


「助手は渋谷に到着した。」


と打った。


文字は残った。


「助手は帰還した。」


と、


「助手は渋谷に到着した。」


は、


同じ意味ではない。


前者は、


「どこかから帰った」


という出来事。


後者は、


「渋谷に到着した」


という場所の事実。


私はそこで手を止めた。


もし、


助手が本当に帰還したのなら、


帰還先が存在するはずだ。


しかし、


帰還先が記録対象外なら、


私はまだ、


助手がどこへ帰ったのか知らない。


ルーペを白紙に向けた。


下層を見る。


文字があった。


「助手」


その下。


「帰還」


その下。


「未確認」


そして、


さらに深い層。


以前は見えなかった。


私はゆっくりルーペを動かした。


そこに一文字だけあった。


「未」


私は息を止めた。


「未確定」とは違う。


「未確認」とも違う。


ただ、


「未」。


私はしばらく、その文字を見ていた。


その時、


机の上のタイプライターが、


勝手に動いた。


カタ。


一文字。


カタ。


もう一文字。


私は手を伸ばさなかった。


止めなかった。


ただ見ていた。


タイプライターが、


一行を書いた。


「真意は、帰還していない。」


私は動けなかった。


その下に、


もう一行。


「帰還したのは、助手だけではない。」


私はルーペを落とした。


床に当たった。


乾いた音がした。


私は拾おうとした。


でも、


その前に、


白紙の上へ新しい文字が浮かんだ。


「食べ頃」


私は文字を見た。


前よりも、


ずっと怖かった。




【私の日記】


その夜。


私は眠れなかった。


「帰還したのは、助手だけではない。」


あの言葉が頭から離れない。


私は自分の身体を確認した。


手。


足。


顔。


心臓。


全部ある。


普通だ。


何も変わっていない。


私は鏡を見た。


自分が映っている。


鏡の中の自分も、


こちらを見ている。


私は手を上げた。


鏡の中も上げた。


笑った。


鏡の中も笑った。


安心した。


そして、


鏡の端に、


白いものが見えた。


紙だった。


私の後ろに、


白紙が一枚、


浮かんでいた。


振り返った。


何もない。


鏡を見る。


まだある。


私は鏡に近づいた。


白紙に、


一文字だけ書いてあった。


「真」


私はその文字を見た。


次の瞬間、


「真」が消えた。


代わりに、


「未」


になった。


さらに、


「未」が消えた。


最後に、


何もなくなった。


鏡には、


私だけが映っていた。


私はそのまま電気を消した。


布団に入った。


目を閉じた。


眠れない。


しばらくして、


タイプライターの音が聞こえた。


カタ。


カタ。


カタ。


私は目を開けなかった。


怖かったからではない。


見てしまったら、


何かが確定してしまう気がしたからだ。


だから、


聞くだけにした。


カタ。


カタ。


カタ。


最後に、


紙をめくる音。


そして、


小さな声。


今度ははっきり聞こえた。


真意さんの声だった。


「……まだ、書かないで。」


私は目を開けた。


部屋には何もなかった。


でも、


その声だけは、


しばらく消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。