第一話「バーガーのない世界について」
【私の日記】
帰ってきてから、一週間が経った。
そう書こうとして、止まった。
「帰ってきた」という言葉が正しいのか、自信がなかったからだ。
部屋は前と同じだった。
窓も、机も、本棚も、何も変わっていない。
時計だけが、一週間進んでいた。
朝。
駅前のコンビニへ入った。
飲み物を取る。
パン売り場を見る。
惣菜パン。
サンドイッチ。
ホットドッグ。
クロワッサン。
昨日と同じだった。
私はその前で、少しだけ立ち止まった。
何かを探していた。
何を探していたのか、思い出せなかった。
そのまま会社へ向かった。
昼休み。
同僚が言った。
「今日は駅前で何か食べようか。」
私はうなずいた。
店を歩く。
牛丼。
ラーメン。
カレー。
定食。
サンドイッチ専門店。
どこにも違和感はない。
なのに。
何か一軒、足りない気がした。
「どうした?」
「……何でもない。」
そう答えた。
何でもない。
そう言った瞬間、自分で嘘をついた気がした。
午後。
仕事は普通だった。
会議も。
メールも。
電話も。
全部、普通だった。
普通ということが、こんなに疲れるとは思わなかった。
帰り道。
大型商業施設へ寄った。
食品売り場を歩く。
冷凍食品。
総菜。
パン。
また立ち止まる。
私は何を探しているのだろう。
思い出せない。
でも、ここにあるはずだと思ってしまう。
店員が近づいてきた。
「何かお探しですか。」
私は少し考えてから言った。
「パンに、肉を挟んだ……丸い食べ物ってありませんでしたか。」
店員は少し考えた。
「ホットドッグですか?」
「違います。」
「サンドイッチ?」
「……それとも違います。」
店員は申し訳なさそうに笑った。
「そういう商品は聞いたことがありません。」
私は謝って店を出た。
外は暗くなっていた。
歩きながら、自分がおかしいのだと思った。
きっと疲れている。
そういうことにした。
帰宅して、机に向かった。
パソコンを開く。
検索画面を開く。
指が止まる。
探したいものがある。
でも名前が出てこない。
パン。
肉。
野菜。
丸い。
温かい。
紙に包まれていた。
どこで食べた。
誰と食べた。
思い出せ。
思い出せ。
十分ほど経った。
突然、一つの言葉だけが頭に浮かんだ。
バーガー。
私はそのまま入力した。
検索。
該当する結果はありません。
スペルミスではありませんか。
私は画面を見続けた。
もう一度入力した。
バーガー。
結果は同じだった。
画像検索。
何も出ない。
辞書。
一致なし。
料理サイト。
一致なし。
動画。
一致なし。
私は椅子から立ち上がった。
部屋の中を歩いた。
息が少し速かった。
「……そんなはず、ない。」
声に出していた。
バーガーはある。
私は知っている。
食べたことがある。
店も知っている。
制服も。
匂いも。
名前も。
ぱんでむ。
その瞬間。
画面が一度だけ白く点滅した。
真っ白だった。
何も書かれていない紙みたいな白だった。
次の瞬間には元へ戻っていた。
検索結果はありません。
その文字だけが残っていた。
私はパソコンを閉じた。
今日はもう考えないことにした。
そう決めた。
でも眠る直前まで、
「バーガー」
という言葉だけが、頭の中で何度も繰り返されていた。
世界中で、
その言葉を知っているのが、
私一人になったような気がした。
【真意の調査記録】
〇月〇日
事象:助手帰還後、一日経過。
探偵事務所、異常なし。
フロア通常営業。
各クルー通常行動。
新規迷入者なし。
白紙、変化なし。
助手用机、現状維持。
片付けは実施しない。
理由なし。
本日、郷愁ちゃんより質問を受けた。
「帰れたのぉ?」
「帰した。」
そう回答。
それ以上の会話なし。
記録を終えようとして、一点のみ追記する。
「帰還」と「到着」は同義ではない。
現時点で確認できたのは、
助手がぱんでむから消失したことだけである。
帰還先については、
未確認。




