第十八話「面白いについて」
【私の日記】
十八日目の朝、探偵事務所の空気が変わっていた。
変わっていた、というのは——気圧が、違った。
壁の赤い糸が、少しだけ揺れていた。
風がないのに揺れていた。
タイプライターの前に座っていた真意さんが、ルーペを出した。
空中に向けた。
「……渾沌ちゃんが近い」と言った。
「近い、というのは」
「この部屋の方向に向かっている。ぱんでむの空間タグが——渾沌ちゃんが歩いた方向に沿って、確定性が落ちている」
「確定性が落ちる」
「渾沌ちゃんは存在するだけで周囲の物理法則の確定性を解除する」と真意さんは言った。「法則が不確定になる。今まで「このドアを押せば開く」という確定があった。それが「押すと何が起きるかわからない」になる」
「……今この部屋の確定性は」
「今のところ保っている。でも——近づいてくるほど、下がる」
廊下から、足音がした。
軽かった。
何も気にしていない、という足音だった。
扉が開いた。
渾沌ちゃんが入ってきた。
黒と赤のツインテール。フリルのワンピース。目が輝いていた。
その目が私を見た。
一秒だけ見た。
「(——この子、面白い)」と言った。
括弧の中で言った。内側の声だった。
でも聞こえた。
「渾沌ちゃん」と真意さんが立ち上がった。
「ん?」と渾沌ちゃんは言った。振り向いた。「あ、真意ちゃんいた。これ、真意ちゃんの助手?」
「そうです。帰ってください」
「なんで」と渾沌ちゃんは言った。不満そうに言った。「ちょっと見に来ただけじゃん」
「ちょっと見に来ただけ、が問題なんです」
「——全然問題ないじゃんそれ」と渾沌ちゃんは言った。「(この子ほんとに面白い。なんか違う。他の客と全然違う。これ——)」
また括弧の中で言った。
聞こえていた。
私は真意さんを見た。真意さんが小さく首を振った。
「聞こえているんですか」と私は渾沌ちゃんに聞いた。
「え? 何が」と渾沌ちゃんは言った。
「括弧の中の声が、聞こえています」
渾沌ちゃんがまた私を見た。
「……(え、聞こえてる?)」と括弧の中で言った。
「はい」
渾沌ちゃんが少し止まった。
それから——笑った。
「(そういうとこ! そういうとこがもう面白い!!)」と括弧の中で叫んだ。
部屋の空気が変わった。
赤い糸が大きく揺れた。
タイプライターが少し浮いた。
床の板目が、一瞬、別の模様になった。
「渾沌ちゃん」と真意さんが鋭く言った。
「ごめんごめん」と渾沌ちゃんは言った。「抑える抑える——(でもこれ抑えるの難しい、だって本当に面白いんだもん)」
「抑えてください」
「(……でもさ、真意ちゃん)」と渾沌ちゃんは括弧の中で言った。「(この子、なんで「未確定」なの? ぱんでむのシステムが読めてない子、今まで一人もいなかったよ。客も、クルーも。「未確定」なんてタグ、設計にある?)」
「設計の外です」と真意さんは言った。
「(え、設計の外?)」と渾沌ちゃんは言った。「(それって——ぱんでむの外から来た?)」
「ぱんでむの中に、ぱんでむの設計が読めない存在が生まれました」と真意さんは言った。
渾沌ちゃんが私を見た。
今度は長く見た。
「(……すごい)」と括弧の中で静かに言った。
叫んでいなかった。
静かに、言った。
「(本当に面白い。こんな子、初めて)」
「渾沌ちゃん」と私は言った。
「ん」
「あなたが「面白い」と思うと、何が起きますか」と私は聞いた。
渾沌ちゃんが少し首を傾けた。
「何が、って」
「周囲の物理法則の確定性が落ちる、と真意さんが言っていました。あなたが「面白い」と思った時、カオスフィールドが展開されると」
「まあそうだけど」と渾沌ちゃんは言った。何でもない口調で言った。「それが何」
「「面白い」と思った対象に、何かが起きますか」
渾沌ちゃんが少し間を置いた。
「(——)」
括弧の中で何かを言いかけて、止まった。
「渾沌ちゃん」と真意さんが言った。「答えてください」
渾沌ちゃんが真意さんを見た。
それから私を見た。
「……壊れることがある」とだけ言った。
「私が壊れますか」と私は聞いた。
「(……わかんない)」と渾沌ちゃんは括弧の中で言った。「(「未確定」だから。壊れるかもしれない。でも、壊れないかもしれない。「未確定」はわかんない。わかんないのが——)」
止まった。
「わかんないのが、何ですか」と私は聞いた。
「(面白いんだよ)」と渾沌ちゃんは言った。括弧の中で、静かに言った。
真意さんが私の前に出た。
「渾沌ちゃん。一つだけ聞かせてください」
「何」
「あなたが「面白い」と思った対象が壊れた時——あなたはどう思いますか」
渾沌ちゃんが少し止まった。
「(……どうって)」
「壊れたことを、どう思いますか」
「(別に)」と渾沌ちゃんは言った。「(壊れたら次の面白いを探す)」
「後悔しませんか」
「(しない)」とすぐに言った。「(後悔する意味がない。面白かったんだから)」
「面白かったから、壊れてもいい」
「(そう)」と渾沌ちゃんは言った。
「(……でも)」
「でも」
「(面白い間は、壊したくない)」と渾沌ちゃんは言った。括弧の中で、少し違う声で言った。「(面白い間は——まだ見ていたい)」
「それは、今の私のことですか」
「(……今のあなたのこと)」と渾沌ちゃんは言った。
真意さんが何も言わなかった。
「「未確定」だから、どうなるかわからない」と私は言った。「壊れるかもしれない。でもまだ面白いから、見ていたい」
「(そう)」と渾沌ちゃんは言った。
「それは——守っているんですか。私を」
渾沌ちゃんが少し固まった。
「(守る?)」と括弧の中で繰り返した。「(そんなんじゃない。ただ面白いから見てるだけ)」
「面白い間は壊したくない、と言いましたよね」
「(言ったけど)」
「壊したくない、ということは」
「(……それは)」と渾沌ちゃんは言いかけた。止まった。「(それとこれとは話が違う)」
「どう違うんですか」
渾沌ちゃんが初めて、困った顔をした。
廊下から足音が来た。
速い足音だった。
扉が開いた。
秩序ちゃんだった。
書類を持っていた。眉間に皺があった。
「姉さん!!」
「ひえぇ!」と渾沌ちゃんは言った。括弧の外で言った。
「この区画の確定性が低下しています! また何かやりましたね! 今日だけで世界線が何本——」
「ちょっと見に来ただけ! 何もしてない!」
「何もしていない人の足元でなぜ床の模様が変わっているんですか!!」
「それは——(あの子の部屋の気圧が変だったから、ちょっと確認しに来ただけで本当に何もしてないんだけど……)」
「括弧の中で言わないでください!! 聞こえています!!」
渾沌ちゃんが私を見た。
私を見てから、秩序ちゃんを見た。
また私を見た。
「(……秩序ちゃんに見つかったら怒られる、でもまだ見ていたい、でも怒られるのは嫌、でもこの子のこと気になる——)」
「姉さん!!」
「わかったわかった!」と渾沌ちゃんは叫んだ。括弧の外で叫んだ。「帰る帰る! でも——」
扉を出る前に、私を振り返った。
「(また来る)」と括弧の中で言った。
「(面白い間は、また来る)」
扉が閉まった。
秩序ちゃんが後を追って出ていった。
「姉さん、始末書!!」という声が廊下に響いた。
「ひえぇ!」という声が続いた。
遠ざかった。
部屋に、真意さんと私だけが残った。
「……真意さん」と私は言った。
「何?」
「渾沌ちゃんが「面白い」と思った対象が壊れる——というのは、これまでずっと起きていたことですか」
「そう思っている」と真意さんは言った。「渾沌ちゃんが「面白い」と思った対象に、カオスフィールドが集中する。フィールド内で物理法則の確定性が落ちる。確定性が落ちた存在は——変化するか、崩壊するかのどちらかだ。今まで崩壊してきた側が多かった」
「今まで全員が崩壊したんですか」
「「未確定」でない存在は——高確率で崩壊した。記録がある」と真意さんは言った。「でも今日、渾沌ちゃんはあなたの部屋に来て「面白い」と思って——何も崩壊しなかった」
「「未確定」だからですか」
「可能性として、ある」と真意さんは言った。「カオスフィールドが「未確定」タグに作用した時、何が起きるかは——昨日の世頼ちゃんの歌と同じで、誰も予測していなかった。崩壊の代わりに、何も起きなかった」
「何も起きなかった」
「タグの変動もなし。確定性の低下も、通常のカオスフィールドの範囲内で収まった。渾沌ちゃんが「面白い」と思ったのに——崩壊が起きなかった」
「……それが、今日の異常ですか」
「今日の最大の異常」と真意さんは言った。
しばらく、黙っていた。
「……渾沌ちゃんが「面白い間は壊したくない」と言っていましたね」と私は言った。
「言っていた」
「あれは本当のことですか」
「渾沌ちゃんは嘘をつかない」と真意さんは言った。「複雑なことを考えるのが苦手だから、思ったことがそのまま出る。括弧の中の声もそれだ。内側の声が外に漏れる。嘘をつく回路がない」
「……「面白い間は壊したくない」という感情が本物なら——それは、渾沌ちゃんが意図せず私を守っている、ということになりますか」
「意図せず、という点が正確」と真意さんは言った。「守ろうとしているわけではない。でも「面白いから続いてほしい」という感情と「壊したくない」という感情が同じ方向を向いている。それが結果として——」
「守っている、という構造になっている」
「今のところ」と真意さんは言った。
「今のところ面白い間は」
「そう」
「……怖いですか」と私は聞いた。
「渾沌ちゃんが来たことが、ですか」と真意さんは言った。
「渾沌ちゃんにとって「面白くなくなった」瞬間のことが」
真意さんが少し間を置いた。
「……怖い」と言った。
「なぜ怖いんですか」
「渾沌ちゃんが「面白くない」と思った瞬間、カオスフィールドが反転する」と真意さんは言った。「今まで「面白いから崩壊しなかった」が、「面白くないから崩壊する」に変わる。その瞬間が予測できない」
「渾沌ちゃんが「面白くない」と思う理由は、何ですか」
「わからない」と真意さんは言った。「渾沌ちゃんが何に飽きるかは、誰にも予測できない。秩序ちゃんにも。理性ちゃんにも。私にも」
「……私自身は、渾沌ちゃんに飽きられないようにすることができますか」
「できない」と真意さんは言った。即座に言った。「できないことを、しようとしないでください」
「なぜですか」
「できないことをしようとした結果として変化した存在が、今まで崩壊してきた。変化しようとすることで「未確定」でなくなる可能性がある。そうなったら——」
「カオスフィールドに崩壊させられる」
「その可能性がある」と真意さんは言った。「あなたが今のままでいることが——今の唯一の安全かもしれない」
「今のまま、というのはどういうことですか」
「わからない」と真意さんは言った。「でも——何かをしようとしないでいること、かもしれない。今日みたいに、ただそこにいること。ただ渾沌ちゃんに聞きたいことを聞いたこと。それが——何も崩壊させなかった」
「……ただそこにいることが、今の私のすべきことですか」
真意さんが窓のない壁を見た。
「……そうかもしれない」と言った。「まだわからないけど、今日のところは」
夕方、廊下で理性ちゃんとすれ違った。
のんびり歩いていた。
お茶を持っていた。
「おや」と言った。私を見た。「今日は渾沌が来たのじゃろ」
「はい」
「何も崩壊しなかったのじゃろ」
「はい」
「フォッフォッ」と理性ちゃんは言った。「そうじゃろ。そうなると思っておったのじゃ」
「なぜわかったんですか」と私は聞いた。
「予測しておったわけではない」と理性ちゃんは言った。のんびり言った。「でも——渾沌が初めて「面白い」と思った存在に、何も起きなかったら。それはとても重要なことじゃと思っておった」
「どう重要なんですか」
「渾沌が楽しめるなら、ぱんでむは作られ続ける」と理性ちゃんは言った。「渾沌が楽しめないなら、ぱんでむは壊れるだけで再生できない。楽しくなければ作れない——それが渾沌の制約じゃ」
「知っていたんですか、その制約を」
「知っておった」とのんびり言った。「だから秩序が渾沌を怒りながら甘やかしておる。怒ることで制御し、甘やかすことで機嫌を保つ。機嫌が保たれれば渾沌は楽しめる。楽しめれば——作れる」
「……秩序ちゃんはそれを知っていて、やっているんですか」
「知っているか知っていないかは聞いたことがないのじゃ」と理性ちゃんは言った。「でも——知っていても知らなくても、やっていることは同じじゃ。好きだから怒る。好きだから甘やかす。好きだから続ける。それだけじゃ」
私は少し考えた。
「……理性さんは、口調を変えていますか」と私は聞いた。
理性ちゃんが少し止まった。
「なぜそう思う」
「渾沌ちゃんの括弧の中の声が聞こえました。言葉が、速かった。思ったことがそのまま出る、と真意さんが言っていました。でも理性さんの言葉は——ゆっくりで、少し別の形をしている気がして」
理性ちゃんが、少し私を見た。
「……鋭いのじゃ」と言った。のんびり言った。
「答えてもらえますか」
「本来の口調は——もう少し速い」と理性ちゃんは言った。のんびりの中に少し違う質感が混ざった。「でも速すぎると、渾沌が受け取れない。だからゆっくりにしておる。のじゃ、と言うと渾沌が笑う。笑うと機嫌が良くなる。機嫌が良くなると——作れる」
「のじゃ口調は、渾沌ちゃんのためですか」
「渾沌のためでもある」と理性ちゃんは言った。「でもそれだけではない。ゆっくり話すと、わらわ自身も——急がなくていいと思える。昔は急いでいた。急いだから、止められなかったことがある」
「止められなかったこと」
「昔の話じゃ」とのんびり言った。「フォッフォッ」
笑い方が、いつもと少し違った。
「……理性さんも、何かを覚えているんですか」と私は言った。
「覚えておる」と理性ちゃんは言った。「忘れた振りをすることで、忘れないでいられる。フォッフォッという笑い方を覚えてから——忘れるのが少し、遅くなった」
「……忘れるのが遅くなると、どうなりますか」
「急がなくなる」と理性ちゃんは言った。「急がないと——間違えなくなる。少しだけ」
それだけ言って、また歩き始めた。
「……もう一つだけ聞いていいですか」と私は言った。
「なんじゃ」
「渾沌ちゃんに「面白い」と思われたままでいることは——私にとって、危険ですか。安全ですか」
理性ちゃんが少し止まった。
のんびり考えた。
「両方じゃ」と言った。
「両方、というのは」
「面白い間は壊さない。でも面白いということは——面白い間中、渾沌のカオスフィールドの中にいる。フィールドの中は、物理法則が不確定だ。不確定な場所は、危険でもあり、可能性でもある」
「可能性、とは」
「確定されていない、ということじゃ」と理性ちゃんは言った。「確定されていない存在に、何が起きるかは——まだ誰も見ていない」
「見た人がいないということは」
「決まっていない、ということじゃ」とのんびり言った。「フォッフォッ」
また歩き始めた。
角を曲がった。
見えなくなった。
探偵事務所に戻った。
真意さんがタイプライターを打っていた。
「理性ちゃんに会いました」と私は言った。
「何を話した?」
「口調の話と、渾沌ちゃんの制約の話と——確定されていない存在に何が起きるかは、まだ誰も見ていない、という話を」
真意さんが少し手を止めた。
「……理性ちゃんがそう言った」
「はい」
タイプライターがまた動いた。
長く打った。
「……確定されていない存在に何が起きるかが——今、調べていることの核心かもしれない」とだけ言った。
「白紙に書けますか」と私は聞いた。
真意さんが少し止まった。
「……まだ書けない」と言った。「でも今日、書くべき何かが増えた」
「増えた、というのは」
「「未確定」が、ぱんでむのシステムの外から守られている可能性が生まれた」と真意さんは言った。「世頼ちゃんの歌が変換されなかった。渾沌ちゃんのカオスフィールドが崩壊を起こさなかった。二日連続で、ぱんでむのシステムが「未確定」に対して予測通りに機能しなかった」
「それが意味することは」
「「未確定」が——ぱんでむのシステムに対して、ある種の耐性を持っている可能性がある」と真意さんは言った。「設計の外にあるから、設計に従わない。設計に従わないから、設計が想定した結果にならない」
「……それは良いことですか」
「わからない」と真意さんは言った。「でも——今日のところは」
少し間を置いた。
「今日のところは、良いことだと思っている」と言った。
壁の赤い糸が、静かになっていた。
白紙は白紙のままだった。
でも今日——白紙が、少しだけ違う白さに見えた。
何かを待っている白さではなく。
何かを保っている白さに。
【真意の調査記録】
**〇月⬛★日**
**十八日目**
今日起きたこと。
一:渾沌ちゃんが探偵事務所に来た。
二:渾沌ちゃんが助手を「面白い」と思った。
三:カオスフィールドが展開されたが、助手に崩壊が起きなかった。
四:渾沌ちゃんが「面白い間は壊したくない」と言った。
五:理性ちゃんが「確定されていない存在に何が起きるかはまだ誰も見ていない」と言った。
三について記録する。
渾沌ちゃんが「面白い」と思った対象の記録を、今日まで保管している。
全部で四百十七件。
四百十七件のうち、崩壊しなかった件数は——
今日が初めてだ。
ゼロ件が、一件になった。
四百十七分の一。
「未確定」タグを持つ存在が初めてカオスフィールドに触れた。
崩壊の代わりに何も起きなかった。
これを記録する。
四について記録する。
渾沌ちゃんが「面白い間は壊したくない」と言った。
渾沌ちゃんは嘘をつかない。
「面白い」という感情と「壊したくない」という感情が、渾沌ちゃんの中で同時に存在した。
これは通常、起きない。
「面白い」と「壊したくない」は渾沌ちゃんの中で独立した感情だ。
面白いから壊す——が渾沌ちゃんの通常の動作。
面白いから壊したくない——は矛盾だ。
渾沌ちゃんがその矛盾を持った。
矛盾を持ったまま、帰った。
矛盾を持ったまま帰れた、ということは——矛盾が渾沌ちゃんを崩壊させなかった。
渾沌ちゃん自身が「未確定」に変化しなかった。
矛盾を抱えたのに安定した。
これも記録する。
五について記録する。
「確定されていない存在に何が起きるかはまだ誰も見ていない」——理性ちゃんが言った。
理性ちゃんが「まだ誰も見ていない」と言う時——理性ちゃん自身も見ていない、という意味だ。
理性ちゃんは全部わかっている存在だと私は思ってきた。
でも今日、理性ちゃんが「わからない」に相当する言葉を使った。
「まだ見ていない」は「見ていないからわからない」を意味する。
理性ちゃんにわからないことがある。
そのわからないことの中に、助手が立っている。
今日の調査で変わったこと。
二日連続でぱんでむのシステムが「未確定」に対して想定通りに機能しなかった。
世頼ちゃんの歌の変換が起きなかった。
渾沌ちゃんのカオスフィールドによる崩壊が起きなかった。
これは偶然ではない可能性が高い。
「未確定」タグがぱんでむのシステムに対して——ある種の不透過性を持っている。
システムの入力に対して、予測された出力が返ってこない。
これが設計によるものか、助手自身の性質によるものか、あるいは第三の何かによるものかは——まだわからない。
でも今日、その「わからなさ」が二日分蓄積した。
二日分のわからなさが、白紙に向かっている。
白紙にまだ書けない。
でも白紙の方向が、少し変わった。
何かを待っている方向から——何かに向かっている方向に。
**備考:助手、現在生存。十八日目。渾沌ちゃんに面白いと思われた。崩壊しなかった。理性ちゃんに「まだ誰も見ていない」と言われた。**




