69 備えていたに決まってるでしょ
「西門は静かだから、ゲルツ伯爵の手は借りないことにしたみたいね」
「まあ、借りは作りたくないでしょうからね」
微かに見えていた土埃がだんだんと大きく迫って来る。
さすが公爵家に仕える騎士たち。まあまあいいところの家の子息たちだよね。よく訓練されている。
それにしてもすごっ。
豆粒のような個体でも、綺麗に揃って進軍している。騎馬隊かよ。
「お嬢。その双眼鏡ですが、あと十個くらい作ってもらえないですかね? せめてキースにももたせてやりたんですが」
「あぁそうね。すぐに作るわ」
「あとそれから、そこら中一面に広がっているアレですけど。いつの間に作られたんですか? 二、三日前に見た時の五倍くらいに増えていますね。不気味で仕方がないんですけど……」
不気味? 可愛いの間違いでしょ。
双眼鏡で見える二キロ先から防護壁にかけて、可愛らしい人形を不規則に点在させておいた。
人形といっても一体が二メートルくらいあって、壁と同じ頑丈な素材で地面にしっかり固定しているから、この時代の代物では壊せないと思う。
塀の上から子どもたちが見た時に怖がらないように、熊とか猫とか兎を象った可愛らしい人形にしている。
一応、ガーデンノームをイメージしたんだけどね。
小人たちには、「直線は無理でも、くねくねと曲がりながら馬車が通れるくらいの幅の道ができるように置いて」と言ってある。
「流血沙汰を防ぐためよ。穏便に済ませろって助言したのはあなたでしょ?」
「ああいうのを置くことで穏便に済ませるとはどういう意味ですか?」
「まあ、見ていないさいよ。あともうちょっとだから」
あの父親のことだから、ここぞとばかりに私を脅しにかかるとすぐに分かった。
それなら何もしないで待ったりしないで、備えておくに決まっているじゃない。
騎士は馬に乗っている。
だからまずは馬を退けることを第一に考えた。
「……さすがにスピードが落ちましたね。あのような見慣れぬ物の間を縫って進むのはさすがに躊躇するようですね」
「でも止まる気配はないわね」
どうやら先発隊として三人の騎士が前に出されたようだ。
三方向に分かれて進んでいる。
中央の騎士に続いて、ほとんど間を置かず左右の騎士が、最初のゾーンである熊の人形の横を通った。
ブォッ! ブォッ! ブォッ! ブォッ! という警報音と、チロンチロン! チロンチロン!と恐怖感を煽るような和音が大音響で流れた。
初めて聞く不穏なメロディーに、アルフレッドもギョッとして体を強張らせている。
馬はものすごく素直に反応した。
先発隊だけでなく、ほぼ全ての馬が、嘶きながら騎士を振り落としている。
馬車は横転し、狂ったように逃げ出す馬に踏まれている人もいる。
整列は崩れ、怪我人も出ている模様。
それでも何人かは魔法で熊ちゃんを壊そうとしている。
あ。びくともしないものだから呆然としている。己の無力さに絶望している顔だ。
ふふふ。そんじょそこらの攻撃じゃあ傷一つつかないよ。
「……お嬢」
これでも武器で攻撃しない分、優しい対応だと思うんだけど?
「どういう仕組みなんですか? お嬢は色んな音を鳴らせるんですね……それにしても、よくもまあ、ここまで気味の悪い音を考えついたものです……馬はすっかり怯えてしまって、あれじゃあもう前に進めるのは無理ですね。制御すらままならないでしょう」
塀から一番遠くに集中的に設置した熊は、武器を所持していたり、今回みたいに隊列を組んで進んでくるものが通り過ぎたら、緊急地震速報みたいな不快な警戒音を大音量で流す仕掛けだからね。
「ま。門まで辿り着かず帰ってくれたら、『使者は来なかった』で平和的に解決するじゃない」
「平和的?!」
うっさいなー。
これでも死者が出ないように配慮してんだよ?
「あ! それでもまだ相当数は、こっちに向かって来ていますね!」
「何を感心してんの。来てもらっちゃ困るでしょ!」
まあ馬が逃げて行ったのは、よくて六割ってところだな。
ぐだぐだになりながらも、大音響の中を進んでいる。
「なんか見ているこっちまで悪寒がするんですけど」
「はぁん? それより兎のエリアに入るから、これをつけて」
「え?」
「いいからつけて。それと、できるだけ見ないようにして」
「は? 熊の人形が嫌な音なら、次の兎はいったい――うわあっ!」
いや、あなたが攻撃されている訳じゃないでしょうに。それに見るなって言ったのに。
兎は白と黒の二種類用意した。
白兎は三メートル以内に侵入した者に閃光弾を発射する。
だからアルフレッドには、私と同じ対閃光ゴーグルとイヤープロテクターを装着させたのだ。
ゴーグル越しでも、直視すると危険なので、時々ひょこっと顔を上げて様子を窺うと、まあまあの人間が地面を這いつくばっている。
効果抜群だね。
馬に乗っている者は皆無。馬はもう散り散りに逃げている。
馬から落ちながらも、十数名が更に前進している。満身創痍に見えるのになぁ。
次は黒兎だけのゾーンだ。
黒兎たちにはシンプルに飛び跳ねてもらう。
でも二メートルの巨体だからね。
踏まれたら危ないし、パンチやキックも威力が凄いから遭遇する前に逃げることをお勧めする。
ほとんどの騎士たちが制圧され動かなくなったので、不快な警戒音は鳴り止み、黒兎も静止した。
終わったと思ってゴーグルを外したら、なんと一人の騎士がヨレヨレとおぼつかない足取りで門を目指していた。
いやー、敵ながら天晴れだね。大したもんだ。S○S○KE最終ステージまで残った猛者のようだよ。
でも最後の猫ちゃんたちが放っておかない。
愛くるしい顔の猫ちゃんが、ぴょんと近づくと猫パンチをお見舞いした。
音は聞こえないけれど、きっとバチバチバチって音がしたと思う。
スタンガンの機能を備えているから。
さすがの猛者もバタンと地面に突っ伏した。
終わったみたい。
「ふぅ。無事に終わったわね」
一応、もしもの場合は領民を上にあげて、ここから唐辛子パウダーを撒けるように置いておいたけど、使わずに済んだ。
「はあ!? どこが!? お嬢――ご自分が何をされたか理解されていますか? こんな――こんな闘い――いや――これは――」
「はっきり言いなさいよ」
「前代未聞――というか奇天烈過ぎて、もう、何が何だか――」
「誰も死んでいないじゃない。お互い、犠牲者が出なかったんだからいいでしょ?」
「そういう問題では――彼らが気の毒です。フィッツジェラルド公爵にどういう報告をするのか……」
「好きに言わせておけばいいじゃない」
「お嬢。あの方は面子を潰されて黙っている方じゃないでしょう? 第二陣はこんな子供騙しで追い払えるとは思えません。間違いなく物量で押してくるでしょう。第二陣が駄目でも、第三陣、第四陣と、この門を開けさせてお嬢に頭を下げさせるまで続くはずです」
「えぇぇ……」
めんどくせー。
どうする? 私が頭を下げないでいると、公爵家とバチバチにやり合うしかないの?
詫びを入れに行く? ……絶対に嫌だ。想像するだけでムカつくもん。
となると――道はただ一つ。
「お嬢。お願いですから、これ以上おかしなことを考えないでくださいね。今日のコレは、下手をすれば国王陛下のお耳に入るやもしれません」
「え?」
「まあ、さすがにフィッツジェラルド公爵の方はプライドがあるでしょうから大丈夫だと思いますが、ゲルツ伯爵はどう出るか……」
ちっ。
隣近所の付き合いの面倒なことといったら、もう‼︎
「食料が欲しいのよね? じゃあ、話を聞いてあげればいいのかしら?」
「そうですね。まあ、公爵家の騎士たちを退けたと聞けば、一方的に要求するような真似はしないと思いますけどね」
「考えても分からないわね。出たとこ勝負でいくわ」
「はぁ」
「何よ、もう‼︎ 少しくらいは勝利した喜びに浸りなさいよ‼︎」
そう言いつつも不安は残る。
もしかしたら将来、国王が本気の軍隊を派遣することだってあるかもしれない。こんなちっぽけな領地に派遣なんてちょっと考えにくいけれど。
でもそうなると、今回みたいな護衛を任務にしている騎士じゃなく、本職の軍人と戦うことになる。
万が一を想定するなら、それなりの対抗手段を用意しておかなければならない。
……アレを作る時が来たのかもしれない。




