67 ゲルツ伯爵の使者
その日の夜、メイスンとキースは無事に教会に食料を届けることができたらしい。
私は翌朝、朝食後にアルフレッドからその報告を聞いた。
一応、小麦も追加して持っていってもらったんだけど、「重い重い」と文句を言っていたらしい。
フン。野菜だけじゃあねぇ。どっちかといえば主食の方が大事だからね。
「誰にも見られなかったでしょうね?」
「キースはそう言っていましたが、どこに目があるか分かりませんからね」
従者だか使用人だかの言動を見るに、ゲルツ伯爵って、なんかボンクラっぽい印象なんだけど?
そこまで監視の目を光らせておくタイプとは思えない。
門番だって、やっつけ仕事だったし。
「まあ、でも。うるさい蝿がやって来たら、対応は任せるわ」
「お嬢。俺は騎士で、家令でも執事でもないんですよ? 他人に丸投げしたいなら、誰か雇ってくださいよ」
「えぇぇ。そんなのすぐには無理よ。というか、どうやって雇えばいいの?」
「はぁ。本来ならフィッツジェラルド公爵家が付けてくれるはずですけどね。執事見習い的な? 下僕の中のトップとか」
「ふん! そういう人的リソースをこの私に与えるはずがないものね」
「りそ――え?」
リソースって言葉はないか。
「資産よ、資産。人も金も大事な資産だから、私にくれるはずがないわ」
「不思議ですよね。本来ならば、お嬢は金よりも大事な娘のはずなんですけどね。金よりも使用人よりも下なんですね」
こっ、このっ、このヤロー!
「あの人はそういう人でしょ!」
知ってるくせに!
「そんなことはどうでもいいの! とにかく、ここには他領の人間と対等に会話することができる者があなたくらいしかいないんだから仕方ないでしょ。ってか、そうなることくらい予見した上でここまで来たんでしょ?」
「まー、そーですねー」
あからさまにやる気のない返事に、何か投げつけられる物がないか探してしまった。
アルフレッドを睨みつけた、その時だった。
ピロリロリ〜ン♩
ピロリロリ〜ン♩
聞き覚えのあるメロディーが鳴った。
……あ!
ピロリロリ〜ン♩
ピロリロリ〜ン♩
あれだぁっ!
「お嬢‼︎」
「心配しないで。これは訪問者の合図だから。えっと、門を開けてくれっていう合図なのよ」
「は?」
「門の横の壁に書いておいたの。『ご用の際はこちらを押してください』って。赤いボタンを押すと、領主館にこの音が鳴る仕組みにしたのよ」
みんなに言うの忘れてた。えへっ。
ピロリロリ〜ン♩
ピロリロリ〜ン♩
と、とにかく消そう――ガーン。
インターホンの「消す」ボタンをイメージし忘れたから、どこにもその機能がない。
あーもうっ。
「小人ぉ! この屋敷の全ての部屋に、そうね、ドアのノブの横あたりに青いボタンを作ってちょうだい。それを押したらこのメロディーが止まるようにして。大至急よ!」
ボフッとボタンが出現した。
「お嬢。そういえば前にも小人がどうとか言っていましたね」
「ん? 気にしないで。それよりも、ほら。この青いボタンを押すと――ね。鳴り止むでしょう? これ、みんなにも言っておいてね」
「えぇぇ……」
「とにかく、今、門の外に誰かいる訳だから、キースにでも見に行かせてちょうだい!」
「そうですね。もしかしたら昨日の今日ですからね。来てしまったのかもしれませんしね」
「は? 朝っぱらに使者を寄越すなんて非常識じゃない?」
「それほど切羽詰まっているのでしょう」
それ……ヤバくない?
◇◇◇ ◇◇◇
訪問者の対応はキースにさせることにした。
門は開けずに、キースには防護壁の上から話してもらう。
私とアルフレッドもこっそりその様子を観察するため、キースの後ろからそっと階段で上まで上がり身を潜めた。
何を勘違いしているんだか、キースが大袈裟にふんぞり返っている。
「私は領主様に仕えているキース・ケルシャーだ。その方の名は?」
は?
普通、しがない門番は自分の名前を名乗ったりしないよ?
応対マニュアルが必要かも。
「ケルシャー様。これはご丁寧に痛み入ります。私はゲルツ伯爵の名代として参りましたドルンと申します。領主のシャーロッテ・フィッツジェラルド様にお目通り願いたく」
あのヤロー……私がまだ公爵令嬢かどうか疑義が生じているから、爵位を言わなかったな!
ん? ドルン?
アルフレッドが小声で、「商人として以前来た男ですね」と教えてくれた。
そうだった。聞き覚えがあると思ったよ。アイツか。
「日を改めていただきたい。領主様はお風邪を召されたようで、しばらくは誰ともお会いにならない。親書があれば預かろう」
キースは事前の打ち合わせ通りに答えている。
「さようでございましたか。前触れもなく訪れた私どもの落ち度です。お騒がせいたしました。それでは――領主様の体調が戻られた頃に、そうですね、十日後に再度訪問させていただきます。その際はどうかよしなに」
キース! 頑張れ! 「はい」なんて返事すんなよ!
「なぜ貴殿に領主様の体調が分かるのだ? それに体調が良ければご公務を全て放り出してそなたに会わねばならぬ理由があるとでも?」
いいぞいいぞ! 言ってやれ!
「これは重ね重ね失礼いたしました。私の言葉が足らず、いらぬ誤解を生んでしまいました。訪問につきましては改めて先触れを出し、領主様のご回答をいただいてからにさせていただきます。私どもといたしましても、領主様の一日も早いご回復を願っております。ああ、それから――」
「まだ何か?」
「ええ。大したことではありませんが。こちらの赤いボタンを押すと、その塀の上の鐘が鳴ると思ったのですが、違いました。どういう合図になっているのでしょうか?」
うっさい。アルフレッドの視線が鬱陶しい。
「何のための探りか?」
おぉぉ。キースがすっかり役にハマっているよ。
「いえいえ。ほんの少し不思議に思っただけですので。私としたことが、ご不興を買うような真似をしてしまい本当に申し訳ございません。それでは私はこれにて失礼いたします」
キースがデーンとふんぞり返ったままなので、まだ容易に目視できる距離なんだろう。
…………。
…………。
…………。
「キース?」
たまらず声をかけると、満面の笑みで振り返った。
「追い払いました!」
あー、そだね。見てたよ。
「ご苦労様。いったん戻るわよ」
「はい。アルフレッド様?」
は? 結局、アルフレッドに褒めてもらいたい訳?
「なかなかに見事だったぞ」
「はい! ありがとうございます!」
私には「はい」だけで、なんでアルフレッドには「ありがとうございます」を付ける?
……こいつ、やっぱムカつく。
塀から降りて屋敷に戻る途中、アルフレッドにもドルンと同じようなことを言われた。
「鐘を作った意味――ありますかね?」
あるよ!
「お嬢は遊んでいる子どもに見張らせるようなことを言っていましたけど、子どもたちも日がな一日壁の上で遊んでいる訳じゃないですからね」
「あのね! 見張らせるなんて言ってないわよ。遊んでいる時に何か気がついたら、わざわざ走って報告しに行く代わりに鐘を鳴らせるようにしただけよ」
「はぁ」
ちっきしょー!
絶対に心の中で、「意味なくね?」とか思ったでしょ!
ちっ。いっそ見張り役のロボットでも作る?
……あ。
別にロボットが巡回しなくても、数メートル置きに防犯カメラを設置して、門に向かって来そうならメロディーを鳴らせばいいんだ。
うん。できそう。
小人カモン‼︎
新連載を始めました。
「歴代最強の魔女なんて肩書きはいりません。母になって最高に幸せなので愛息と平穏に暮らしたいだけです」
記憶喪失の主人公(前世コミュ障、現世では最強の魔女)が愛息との平穏な日常を取り戻すお話です。
あと少しで完結します。下にリンクがありますのでブクマ&評価よろしくお願いします。




