66 ゲルツ伯爵領の状況
よく考えたら目印がないので、あんな風に駆けていたらここの出入り口が分からないかも。
――ということで、アルフレッドを地上に出して出迎えさせた。
◇◇◇ ◇◇◇
狭いけど、管理人室で取り急ぎ話を聞く。
「メイスン。キース。何事? 何かやらかした?」
メイスンが両目を見開いて、滅相もないと両手を小刻みに振って否定した。
「ま、まさか。ただ野菜を売っただけです」
だよね。
「じゃあ、キース? あなたの方? さっきは、なーんにもしていなかったように見えたけど?」
キースはあからさまにムスッとしながらも答えた。
「問題が生じていない間は、空気のようにしているのが護衛の鉄則です」
あっそ。
「それで? 空気になり損なったの?」
キースは、「なぜ私がそんなヘマを?」と言いたげだけど、何がどうして戻って来る羽目になったのか、どっちでもいいから早く報告しなさいよ!
「あ、あの――」
やっぱ、従順なメイスンが説明するんだね。
「何?」
「は、はい。結局、この前と同じことが起きてしまったのです」
「この前って、あの街で売った時と同じってこと?」
「はい。国中どこも不作という噂なのに、こんなにしっかりした野菜があるなんてどういうことかと問い詰められてしまいまして――」
あぁぁ。なるほど。
「あまりに人が押し寄せて来るものですから、動けなくなる前にゲルツ伯爵領を出るべきだと私が判断しました」
えっへん! てキースが偉そうにしているけれど、それくらいのことで褒めてもらえるとでも?
「あ、あと、馴染み客にも数人会ったのですが、ゲルツ伯爵領は他に比べてもかなり被害が出ているようでして……。教会が面倒を見ている孤児たちが最初にやられるんじゃないかって心配していました」
やられるっていうのは、最初に影響を受けて飢え死にしちゃうってこと?
ヤバいじゃん‼︎
「そんなに追い詰められているの?」
「国の中心部から離れている分、物流が滞りやすいですし、ゲルツ伯爵は他の領主から嫌われているらしくて、これまでも他領からの支援はありませんでした。今年をやり過ごせるかどうかは秋の収穫次第ですが、どうも小麦の生育もよくないみたいです」
うちは野菜も小麦もすこぶる元気だけどね。
「お嬢。どうやら普通に収穫できているのは、うちだけみたいですね。これはちょっと――いや、かなりまずい状況ですよ」
うーん。
「ねえ、メイスン。野菜の仕入れ先は、たまたま通りがかったうちって言っているのよね?」
「はい。聞かれたらそう答えていました」
まさか、大挙してうちに押しかけたりしないよね?
いやー。まさかなー。
「おそらくゲルツ伯爵の耳にも入っていることでしょう。どこも不作にあえぐ中、お嬢だけが野菜をふんだんに手にして高笑いをしていると」
人のことを野菜マフィアみたいに言うな!
「とにかく、いったん屋敷に戻りましょう」
一応、戻る前に、メイスンが店を出していた空きスペースに超小型カメラを設置して、管理人室のモニターで見られるように小人に指示を出した。
◇◇◇ ◇◇◇
領主館の応接間がいつの間にか会議室になっちゃってる。
メイスンはとりあえず家に帰し、私とアルフレッドとキースで話し合いをすることに。
キースがやたら自分の判断が良かったと自画自賛するので、詳細を聞いていたら、まあまあ危なかったらしい。
伯爵家の人間というのがやって来て、「ここにある野菜は伯爵様が全てお買い上げになる」と横暴なことを言ったらしい。
そうなると、民衆はブチギレるよね。
「それじゃあ俺たちの分がなくなるじゃないか!」
「伯爵なら他から買えるだろうが!」
怒号が飛び交ったらしい。
それなのに――。
「うるさい! おい、お前! さっさと寄越せ。さもないと商売の許可を取り消すぞ!」
――と脅し文句を口にしたらしく、それきっかけで軽く乱闘が始まり、その騒ぎに乗じて逃げ出したらしい。
キースは人が集まり過ぎた頃から先読みして、テーブルを片付けたりコンテナを積んだりして、本来の護衛任務には含まれない帰り支度を始めたのだと胸を張った。
まあ、それが功を奏したのは確かだね。
「よくやった。お前とメイスンが無事に戻れてよかった」
私が褒めないからアルフレッドが労った。
「はい! あの場を離れるのがあと少し遅れていたら、メイスンもただではすんでいないでしょう」
はいはい。
「――で。ゲルツ伯爵だけど。どう出てくると思う?」
「ま。お嬢の考えている通りじゃないですかね。来るでしょうね」
やっぱり?
「敵情視察はお断りなんだけど」
「自分はちゃっかりやっておいて、そんな――」
「嫌なものは嫌なの。でも本当に、領内をあちこち見て回られると困るんだけど」
「そうですよねぇ。もう誤魔化せる段階を遥かに超えていますからね。あのビュンビュン動く奇っ怪な道具とか、畑一面を覆う謎の黒い幕とか、王都郊外の裕福な平民の家みたいなのが建っているとか、もうお手上げですからね」
なんか文句言ってる? 嫌味?
「追い返してもいいかしら?」
「いい訳がありません。ですが――」
「何よ」
「はぁ。追い返して揉める方がまだマシかもしれない気がしていて――はぁ」
何よ、それ!
くぅぅ。私が下手打ったみたいに!
キースも無言で首を縦に振っているだけだし。なんかムカつく。
「じゃあ誰か来たら、まずは仮病からだね。二回目、三回目と続いたら、その都度理由は考えましょう」
「そうですね。お嬢は対応しない方がいいですね」
ん? ま、いっか。
「じゃあ、そういうことで。あ! でもね。ゲルツ伯爵領の子どもたちなんだけど――何よ」
アルフレッドとキースが、なぜか驚いている。
「私が子どもたちのことを心配したら変?」
「あ、いえ。そういえばお嬢は弱者には優しかったですね」
そうでしょう? 領民を引き取った実績があるものね。
「『弱者には』って何よ。とにかく、身バレしないように気をつけて、こっそり支援できないものかしら?」
孤児の面倒を見ている教会の前に、大量に野菜を置いて、『子どもたちに食べさせて』とか置き手紙を残すの。
タイガーマスク作戦を決行できないかなぁ。
「いや、どうしたって誰かに見られるでしょう。寝静まった夜中にコソコソ動くつもりですか?」
お! それでいいじゃん。
「それ、採用! 夜中なら目撃者の心配はないでしょう」
この世界って、基本、太陽の明るさが頼りだからね。夜は人通りがない。
「…………本気ですか?」
「もちろん。それに、ほらっ。門を通らなくても地下通路で繋がっているから、もし誰かに見られても姿を消すことができるわよ!」
キースがビクついているけど、正解!
メイスンと一緒に再侵入だよ!
「管理人室――ええと、地上の風景を見れる部屋があったでしょう? あれを管理人室って呼んでいるんだけど、あそこに野菜の在庫があるから、キースはメイスンと二人で夜中に運んでちょうだい」
キースが即答しない。
「キース?」
「……かしこまりました」
その、アルフレッドの顔色を見て諦めてから返事をするのはやめなさいよ!
まあ、とにかく。
もっと畑を増やそう!
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「歴代最強の魔女なんて肩書きはいりません。母になって最高に幸せなので愛息と平穏に暮らしたいだけです」
記憶喪失の主人公(前世コミュ障、現世では最強の魔女)が愛息との平穏な日常を取り戻すお話です。




