幸せは腕の中で無邪気に笑う
ドクリと鈍い音を立てて心臓が鳴った後、遅れて胸にじくじくと痛みが生まれた。図星だった。
図星に何も言えず言葉に詰まった俺と違って、かなえはキャンキャンとなにかを訴えかけるように怒って鳴いている。
何を言っているのか分からないけれど……俺の嫌な所を言っていたらどうしよう。
……子作りの回数が多いとか……。
サアッと顔の熱が引いて頭が鈍った。
かなえに嫌われて嫌だと思われているのではと考えると息が苦しくなる。
俺の独りよがりでかなえを傷つけるのは嫌だ。
……それに、やっぱり嫌われるのが何よりも嫌だ。
最近、悪い事ばかり考えてしまう。
かなえは好奇心が旺盛だから俺とつがいになってくれただけで、俺じゃなくても良かったんじゃないかと……最近よく考えてしまう。
こんな時、どうして俺はかなえの言葉が分からないのだろうかといつも思う。簡単にかなえの言葉を理解出来る精霊が心底羨ましかった。
痛みに耐えて、悔しくて唇を噛むと精霊がちらりと俺を横目で見るのを感じた。同情でもしているのだろうか。
かなえの言った事にケラケラと笑う精霊が憎らしい。かなえの言葉が分かるなんて、ずるい。
嫉妬で身を焼かれそうな俺に向けて言うように、精霊は俺の方を見て口を開いた。
そして、その直後放たれた言葉に……俺は時が止まった。
「へーぇ?なるほどなぁ?つまりはガウ君が自分に興奮してくれてて嬉しいけど、自分は何も技が無いから申し訳ないって事かぁ?それで嫌がってたらガウ君が悲しい顔するから今度自分から「ダマレエエエエッッ!!!コロシテヤルウウゥゥッッ!!!」
そう奇声を上げてボカスカと精霊に殴りかかるかなえ。
……俺はその光景をしばらく見ているようで見ていないような感覚で見つめた。
……精霊が言っていたことがイマイチ理解できない。
真っ赤を通り越して若干黒くなっているかなえの顔を見て、精霊が嘘を言っていない事を理解する。……なら……精霊が言ったのは、かなえの本心?
精霊は何と言った?……申し訳ない?…………自分から……何だ?
「おい………かなえは、自分から……何だ」
俺は不本意だが精霊に答えを求め問うた。
精霊は最高潮!という満ち足りた笑顔でかなえを押し退けて俺に笑いかける。
「だぁかぁらぁ~!自分から誘ってみようとしてたんだとよ!!でも技が無ぇから誘ったとこでどうすんのかずっと考えて友人のありがた~い妄想話で作戦練ってるらしいぜぇ?」
「ナグル!!ケル!!オナクナリ!!オマエヲコロス!!!」
攻撃力の低い攻撃を繰り返すかなえに視線を向ける。可哀想だが精霊には全く効いていない。
手だけで頭を押さえられてそのまま精霊に近付けず空振りし続けるかなえを背中から覆いかぶさって捕まえる。
するとかなえは飛び上がる程体を震わせて「ピギャアアッ!!?」と鳴いた。
抱きしめた体からは俺の腕越しに叩くような心音がかなりの早さで響いていた。
言葉が交わせなくても……答えは、すぐ近くにあったのだ。
……かなえも、俺を望んでくれていた。
良かった……嫌われてなかった。
……そうか。かなえも自信が無かったのか。
俺だけではなかったのか。
その事実が胸に出来たつっかえを倍の大きさの喜びに変えてくれて、俺は久々に大きく息を吸い込めた。
その時、かなえの香りに色を思わせる香りが乗っていたのを嗅ぎ取り、思わず笑ってしまった。
……ああ、そうだ。かなえはこんなにも分かりやすかったじゃないか。
焦り過ぎていて分からなかっただけだった。
かなえはいつもこの匂いを放っていた。
メスとして、つがいである俺に期待する香り。俺の欲に答えようとする香り。
確かに精霊と居る時はしなかった香りが、俺が近くに居ると広がる。それが全てだった。
……それが、俺が気付けなかったかなえの本心だった。
俺が堪らずかなえの頬を舐めて地面に体を倒そうとすると、かなえは鳴き声を上げて必死に精霊を指差した。…………まだ居たのか。
「おい。帰れ」
「ひでぇな。俺はお前らの仲を取り持ってやったのによぉ?お礼も無しかよ。もっと頭を垂れろよ、地面に付くまでな」
地面を指差してオラオラ、と催促する精霊。
どうしてだかかなえのうざいの意味が分かった気がした。
摘まみだしてやろうとすると、かなえが何かを……ありがとうを言った事で、精霊は突然居座る気だったのを止めて自分から巣を出て行った。
……やはり精霊はかなえを気に入っているようだ。何だかんだでかなえに甘い。
鬱陶しいことこの上ないが、もう出て行ったので考えないようにする。それよりも今はかなえだ。
俺は再び頬を舐めようと、かなえの顔に自分の顔を近づけた。――が、俺の舌が当たる前に、かなえが1歩引いた事で、舐める事は叶わなかった。
「……かなえ?」
呆然と呟いた言葉が巣に響く。躱されたのはショックだ。
だが、かなえからは先程とは密度の違う濃い香りが漂う。それを嗅いで俺は何とか落ち着きを取り戻した。
……きっと、かなえには何か思う事があるのだ。
俺は、じっと俺を見つめ唇を震わせて体をもじもじと揺らすかなえを子供を見守るような気持ちで見つめた。
……すると、かなえは決意したようにスタスタと走るように俺との距離を縮めると、真正面から俺の顔を掴んだ。
そして、名を呼ぼうとした俺の口がそれを紡ぐ前に、かなえは小さな舌で……俺の頬を薄っすらと舐めた。
カッ!!と目を見開く。
舐められた所が焼かれたように熱い。
恥ずかしかったのかすぐに手を引っ込めようとするかなえの手を逃がさないように掴んで、吸い付くようにかなえの頬を舐める。
……――ああ。
こんな幸福が、この世にあるなんて思わなかった。
望まれた事なんて生まれてから一度だって無かった。勿論、望む事さえも。
それで良いと思っていた俺の常識は、かなえというつがいに出会って塗り替えられた。
巣に置いて欲しいと望まれた。
助けて欲しいと望まれた。
一緒に居て欲しいと望まれた。
世話をしたいと望んだ。
つがいにしたいと望んだ。
同じくらい愛して欲しいと望んだ。
あの精霊が居なければかなえと出会う事も無かったと考えると少々癪だが、そんな精霊を許せる程に俺は幸福を感じている。
願わくば、かなえが俺と同じくらいの時間を生きられますように。
かなえが、俺の隣でずっと笑ってくれますように。
「……っははははははっっ!!」
元気に暴れるつがいを押さえつけて一緒に地面に倒れこむと、生きてきて初めてかなえに似た笑い声が俺の喉から出た。
俺の笑い声を聞いたかなえは驚いて目を丸くした後、つられたように笑った。
――愛してる。愛おしい、俺の…………かなえ。
その笑い声を自分の中に残そうと、俺はかなえの唇ごと噛みつくように……自分の唇を押し付けた。
初めて来たけど異世界怖い! END…




