1人ぼっちの絶滅危惧種 第12話
心臓が大きな音を立てたと同時に、手が途中で止まった。
俺の手が止まった事にも気付かず、かなえは意味を理解出来ないようで拙い呻きを漏らして固まった。
……バラされた。俺が……かなえよりも年上だと、バラされた……っっ!!
嫌な汗をかく。俯いたまま顔が上げられない。
知ったらかなえはどうする?年上のつがいは嫌?俺は、要らない?
でも俺はかなえがいい。かなえが嫌でも、かなえがいい。どうすればいい?かなえ……。
また目から水が出そうになる。鼻が詰まって息が苦しい。こんな感情は……知らない。
姉は昔言った。愛は楽しい、嬉しいと。……でも、俺はそれだけじゃない。
かなえと居ると、苦しくなる。悲しくなる。触りたくなる。怖くなる。
これも愛なのだろうか?……でも、かなえもそうであれば良いと思うから、きっとそうなのだろう。
かなえが俺で悲しくなっても、苦しくなっても嬉しい。俺の事なら、嬉しい。
かなえが俺に触りたいと思ってくれていたら嬉しい。……でも、怖がられるのは……嫌だ。
かなえはいつも俺を頼りにしてくれている。きょわちゃんや、だんなりゅうよりも。
それが俺は凄く誇らしくて嬉しい事を、かなえはきっと知らない。かなえの知らない、俺の幸福だ。
かなえが助けを求めて走り寄るのは、俺がいい。
怖がられるのなら、子だって要らない。
そっと精霊と話をするかなえの様子を盗み見る。かなえはもう俺の歳の事を気にしていないのか、驚いたり感動したりしている。
それに心底ホッとし、表情をころころと変える忙しいかなえに後ろから近付く。
可愛い。可愛いかなえ。
俺を警戒する事を知らない、俺の……つがい。
我慢出来ず後ろから抱き上げて首筋に顔を埋める。柔らかな肌から香る優しい香りが、俺は何よりも好きだ。
ずっと嗅いでいたい。このまま、ずっと。
かなえも、そうであればいい。
顔を引っ付けていると、かなえの香りが増した。暴れているのとは裏腹に嫌がっている訳ではないらしい。
それに俺は酷く安心した。かなえは、俺が年上だと知ってもメスとして俺を意識してくれているらしい。
すると、目の前の精霊が抱き上げられているかなえを見て楽しそうに鬱陶しい笑みを浮かべた。
……見るな。かなえは見せ物じゃない。メスが見たいならよそに行け。
かなえに見えないようにギロリと目つきも悪く睨み上げてそう咆えると、鬱陶しそうに顔を顰めて精霊は呆れたように肩をすくめた。
「何をいっちょ前に嫉妬してんだよ。頼まれたってそんな馬鹿要らねぇよ」
精霊は何度もかなえを馬鹿だと言うが、かなえはそんなに馬鹿ではない。ちょっと目の前の事しか見えないだけだ。
それよりも俺はきょわちゃんの方が馬鹿だと思う。かなえはまだマシだ。
それにこんな会って数分程度の精霊に知ったような事を言われるのは腹が立つ。
かなえは精霊が言う程馬鹿ではないし、そんな所が可愛いのだ。
「かなえは馬鹿じゃない!!やる事為す事悪い方に進むだけで、別に考え無しに生きている訳じゃない!!考えた結果馬鹿に見えるだけだ!!俺は頭の良くないかなえが好きだから黙ってろっ!!」
俺が詰め寄って心からの言葉を口にしても、精霊は一度噴き出しただけで反論はしなかった。
精霊はかなえに俺の言葉を報告するとプルプルと震えてかなえに見えないように目の水を拭っていた。
だが俺が何と言ったのか分かっていないかなえは、それよりも精霊と俺が話せている事を疑問に思っているらしく、馬鹿だと言われた事は気にしていないようだった。
……かなえも、俺と精霊のように話したいと思ってくれているのだろうか?
喜びが胸の中を駆け巡る。ほわりと胸に温かな光が灯る。
――かなえが、俺を想ってくれている。
同じように精霊とかなえが会話するのを見ている事しか出来なかった俺は……やっとかなえの気持ちを確認出来た気がした。
……俺もだよ、かなえ。俺も、精霊のようにかなえと話したい。もっと、色んな事を教えてあげたい。愛してると、伝えたい。
愛おしい。……やっぱりかなえと…………離れたく、ない。
欲が溢れる。いくらかなえの意思を尊重しようと思っても、俺には出来ない。
かなえが居なくなるなら……俺が生きる意味とは何だろうか?
かなえ……俺はきっと、かなえに出会う為に長い間生きてきたんだ。
きっと、あの空虚な時間も無駄ではなかった。
かなえ。かなえ。かなえ……
祈るように心で何度もかなえを呼ぶ。かなえには聞こえずとも。
すると、精霊の憐れむような声が静かになった森の中で大きく響いた。
「帰りゃあ良いじゃねぇか。そしたら連絡なんて取る必要だってねぇだろ?」
心臓が……一瞬止まった。
――帰る。かなえが…………帰る。
怖くて……かなえが見れなくて、俺は急いでかなえから手を離し、前に教えて貰った耳を塞いで後ろを向くという行動で己の身を守った。
……嫌だ、行かないで。俺のつがい。
言えない…………行かないでを、かなえの言葉でどう言うのかも、俺は知らない。……これのどこがつがいだろうか。
笑ってしまう。形だけのつがいに、止める資格なんて無いに決まっている。
……でも……それでも、かなえ。
もしかなえが俺を選んでくれたなら…………。
耳を抑えても勝手に小さな音を拾うので、あえて考え事をして意識しないようにする。
嫌だと叫ぶ心臓の音だけが、外に聞こえそうな程に大きく響いていた。
――――…………
どれくらい経っただろう?とても長く感じた時間は、俺と同等の力で耳から手を無理やり引き剥がされ、殴られるように背を思いきり叩かれむせた事で終わりを告げた。
ビクリと震える俺の目の前で、ケタケタと音がしそうな顔で口を三日月型に上げた精霊が、仁王立ちで笑っていた。
俺が不安げな顔でもしていたのだろう。精霊は俺の頭をかなえにしていたようにぐりぐりと撫でて、そんな俺を嘲るようにさらに笑う。
「おい、ラーグリバット。いつまで目ぇ背けてんだ。お前のメスは帰らねぇってよ。良かったなぁ」
肩をポンポンと叩かれて言われた言葉に、俺は時間が止まった。
帰らない?かなえが…………どこに、帰らない?
頭を必死に回して言われた意味を考える。だけど、考えて出た答えに俺はまた停止した。
…………元の場所に…………帰らない?
信じられない気持ちでかなえに向き直る。
そんな…っ!だって……かなえは、あんなに帰りたがっていたのに……!
――そうだ。いつもかなえは帰りたがっていた。
俺はそれを知っている。
かなえは俺が出掛けている内に四角い石をよく触る。俺に、バレないように。
それを見て悲しそうに……寂しそうにするかなえを、俺は知っている。
そんなかなえが……元の場所に帰らず、俺と一緒に居てくれようとしているという精霊の話が俄には信じられなくて、俺は怯えを滲ませながらもかなえの返答を待った。
だが、そんな俺をかなえは愛おしそうに見つめた。……後悔もしていない、俺を安心させるような優しい顔で……笑ってくれた。
……それは、俺の問いに対する肯定だった。
俺は今まで生きてきてこんなにも喜べる事があるのだろうかという程の歓喜に沸いた。
――選んでくれた。かなえが、俺を……!!
俺が喜びかなえを腕に抱こうと走り寄ると、かなえも顔を赤くさせながら照れたように俺に近寄ってきてくれた。
精霊の話では、俺と一緒に居ていいかと聞いてくれたようだ。
勿論だ。元々帰すつもりだって無かったのだから。
好きだと伝えると、かなえも好きだと言ってくれた。俺は天にも昇るような気持ちを初めて知った。
……だが、精霊に翻訳されたのはとても腹が立つ。翻訳されなくてもかなえの言ってる事は大体俺にも理解出来る。余計な気遣いだ。
俺が言おうとすると、かなえが先に精霊に何か言ってくれた。
きっと俺と似たような事を言ってくれたのだと思う。かなえがイライラしている気配がする。
かなえを抱きしめてここに居る事を認識すると、かなえの温もりが身に染みた。……温かい。
かなえはどうして小さいのに温かいんだろう?
かなえよりも体格が大きくなった今、俺の腕にすっぽりと収まるかなえはとても優しい温もりに満ちている。
メスは子を孕む為に体温が高いと何かに聞いた事がある。姉だっただろうか?
精霊と何か話しているかなえの体からほんのりと香る官能的な香りが鼻をくすぐった。……精霊と話をしながらも俺を意識しているようだ。
その事に気付き、俺の中にも熱が溜まるのを感じた。
……ああ、なんだろうか?……今…………どうしてか凄くかなえの頬を舐めたくて、たまらない。
衝動に突き動かされるまま頬を舐めようとしたが、かなえがその前に精霊に掴みかかったので舐めれず……俺は少し……いや、かなり落ち込んだ。
早く元の場所に帰ってくれないかと恨みがましく精霊を睨みつけていると、かなえを元の場所に帰すと言い出したので慌てて掴みかかっているかなえを精霊から取り返そうと代わりに掴みかかる。
すると流石に俺に掴まれては逃げにくいのか、精霊はすぐに諦めた。
俺は冷えた肝に熱が巡るのを感じて、ホッと小さく息を吐いた。




