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1人ぼっちの絶滅危惧種 10

巣を出ると、見えた姿に呆れた。


また来たのかと、もう怒りを通り越して疲れてくる。どんな頻度で会いに来るんだ……!



かなえも同じ事を思ったのか似たような事を言っていた。


だがかなえの言葉を理解できていない龍は、自分につけてくれた“ぐれくん”という名前だけを聞いて嬉しそうに体当たりをしようと構えをとっている。



体も丈夫になったとはいえ、つがいを傷だらけにされて許せるオスが居るはずも無い。

俺はかなえを守るようにぐれくんに立ち塞がった。



かなえから信頼の視線を向けられて心が浮上する。俺をかっこいいと思ってくれているようだ。


そんなかなえに気付いたのか、ぐれくんは尻尾を振り回して俺だけを狙って弾き飛ばし、俺は遠くの木にぶつかって落ちた。

かなえが遠くでぐれくんに大声で怒っているのがうっすらと聞こえる。



……実は俺を吹き飛ばされて怒っているかなえには悪いが、わざと当たった。

俺を心配して取り乱してくれるのか気になったのだ。



俺の不安を吹き飛ばすように、かなえはぐれくんを見たことも無いような険しい顔で叱っていた。

……でも、その顔は酷く青ざめている。



あわあわと俺が飛ばされた方に走りながら、俺を呼んで探してくれるかなえに想いが募る。


……俺よりも弱いのに、俺を飛ばした龍に怒っているかなえが愛おしい。



平気だよ。……と抱きしめたいけれど、ほんの悪戯でかなえの前で弱ったふりをする。


案の定かなえはさらに顔を青くさせて真っ白になっていた。


俺に膝まで貸してくれてとても幸せだ。この体制なら、ずっとかなえの顔が見られる。



かなえに甘える俺に、ぐれくんは怒声を上げる。


だけど、これはつがいの特権だ。つがいでないぐれくんは早く巣に帰れ。



……でも、そうか。ぐれくんは俺がかなえのつがいだと知らないんだったか。それは悪い事をした。



俺は親切に教えてあげようと、弱ったふりをしてかなえの首に巻いた葉っぱを引き裂くようにして剥がした。


見えた痣に笑みが自然と浮かぶ。

……あぁ…………やっと、印になった。



俺の印。かなえに付けた俺の……。



歯の痕を囲むように赤い点が雫のような形で縁取る。これがラーグリバットの印だ。



俺は生まれてすぐに死んだ両親の首筋にあった印をうっすらと思い出す。

……姉が……欲しくてたまらなかった印だ。



俺が剥がした葉っぱの下の首筋を見て、ぐれくんはピタリと動きを止めた。


かなえから俺を引き剥がそうとしたのか、駆け寄ろうとするような体勢で足を震わせ……激しい怒りの香りが空気に滲んだ。



――その瞬間、この龍にとって最大であろう光を口から放ち、かなえ共々俺を消し飛ばそうとする龍にかなえを守ろうと俺は素早く立ち上がる。


――――……前に、だんなりゅうが俺達の前に立ち、壁となってその攻撃を一身に受けた。



背中しか見えないが、だんなりゅうは本気で怒っている。

当たり前だ。俺にこの程度の攻撃は効かない。撃ったが最後、ぐれくんは俺の手によって死ぬ。


かなえを命の危機に晒したからだ。ぐれくんはかなえの事より、自分の事しか考えていない。



俺の怒りを空気から感じ取ったのだろう。だんなりゅうは本気でぐれくんを叩き潰した。


生きているかは本人の運次第だろう。俺にはもう、関係がない。



怯えながらもぐれくんを心配する優しいかなえをそっと抱き上げて巣に帰る。


かなえは俺が元気な事に驚いて怒っていたけれど……騙されやすいかなえが心配だ……。






――――…………






朝になるとかなえの笑い声で目が覚めた。ぐれくんが叩き潰された所を確認しに来たみたいだ。


だけど……どうしてそこで笑ってるのだろうか?

かなえはおかしいからよく分からない。


でも楽しそうなかなえを見るのは楽しいので良い。


かなえにおはようを言って巣に連れ戻す。また攫われそうになったら大変だ。



だけどかなえの意思を無視して戻すと、かなえが壁に頭を打ち付けだしたので慌てて外に出した。


……狭いから外に出たいのだろうか?なら、もっと広い巣を作ってあげよう。






外に出してあげるとかなえはご機嫌だ。大手を振って歩く姿はとても愛らしい。


まだリリーティンクを諦めていない所も何とも言えない可愛さがある。よほど蜜がお気に入りのようだ。



そんなかなえの後ろ姿を見ていると、首筋の印が目に入った。



昨日よりも形がしっかりして鮮やかになった印に目を細める。絆が目に見えるようだ。



この印があると他のオスは求愛出来ないのもあるが……姉から聞いた話では、ずっと一緒に居れる永遠の契りなのだそうだ。


それなら、精霊が来た時もかなえと離れ離れにならずに済むのではないかと思い、急いで付けた。


……でも、それもどこまでが本当の事かは分からない。



精霊は長生きだ。俺達、ラーグリバットよりも。



一説では寿命が無いとも聞く。ある者はこの森が出来た当初に生まれたという事も言っていた。言うなればこの森の主だ。



そんな精霊につがいの印だけで勝てるのだろうか?これだけで……本当に大丈夫なのだろうか?



焦る。本当はかなえが諦めてくれるのが1番良いけれど、かなえはどうしても会いたいらしい。



かなえの希望を無下には出来ない。俺は優しいつがいでありたい。



矛盾する。……けれど、もうこれ以上俺に出来る事が無いのなら、信じるしかない。



――つがいの印と、かなえが……俺を選んでくれる事を。






見つめ過ぎたのか、痛かった事を思い出したのか、かなえが突然怒り始めた。


急いで謝るけれど、かなえは真っ赤になってじっと見つめてくるだけだった。

……?怒っている訳では、ない?



よく分からないけれど、抱きしめても許されるだろうかと思い抱きしめる。


するとかなえは少し暴れて鳴き出したが、結局されるがままに大人しく抱きしめられている。



ほんのりと甘美な香りがかなえから漂う。熱いかなえの体と、濃さを増す香りに俺は喉を鳴らした。



思わず目に入ったつがいの印を舐める。するとかなえは体を震わせて何か鳴いて暴れた。


……でもその鳴き声も甘い響きで、俺を本気で止める気は無いように思える。それに気をよくして俺は何度も舐めた。



すると、どうしてかその首よりももっと下が気になった。


何故だかもっと甘い味がすると無意識に思ったのだ。



甘い。もっと、もっと舐めたい。もっと触りたい。



欲は俺の理性よりも膨らんで……考えるよりも先に俺は舌先をかなえの胸元に這わせていた。



かなえは悲鳴に似た声を上げてさらに暴れる。


……が、ラーグリバットである俺の筋力に勝てる訳もなく……かなえは俺に、全てを委ねて――……






「……バアッ!?バスダアアアアアッッ!!!」



もうここでしてしまおうとかなえの体に手を這わせながら思った瞬間、驚くほどの力で俺はかなえに突き飛ばされた。



呆気にとられて一瞬固まった隙にかなえは日頃の努力の賜物か、俺も追いつけない程の早さで動く塊を追いかけてゆく。



俺はそれを眺めて…………理解した瞬間体から熱が消え失せる感覚に襲われ、全力でかなえを追いかけた。



――精霊が来た!!かなえがっ……かなえがっ、連れていかれるっっ!!!



遠のくかなえの背中を必死で追いかける。

俺が本気で追いかけても、かなえの足には追い付けずに愕然とする。


……きっと、精霊がかなえと俺の間の時間を変えているんだ。だから俺がどんなに頑張った所で絶対にかなえには追い付かない。



いやだ…!嫌だ…っ!!かなえを連れて行くな!!俺のつがいだ……俺の……っ、かなえだっっ!!



必死でかなえを呼び走る。でもかなえは聞こえないように俺に背を向け走り続けた。



もしかして俺よりも精霊を取るのかと目の前が真っ暗になりかけたが、かなえが一度だけ俺を振り返ったのを見て安心する。



……ああ、かなえは息が上がって返事を返せないだけだったのか。



きっとかなえは前回精霊から目を離した隙に消えた事を考えて、俺よりも精霊を優先しているだけだ。


その事に心底ホッとし、平常心を取り戻す。



離すつもりは毛頭ない。もしかなえが元の場所に帰ると言うなら、俺もかなえとそっちに行くまでだ。



……けれど、精霊が俺を連れて行ってくれるとは限らない。本当はかなえとここにずっと居たい。



元のかなえの世界はにんげんがいっぱい居るのだろうか?

だとしたらかなえは俺よりも同じ種族のオスを取るのではないだろうか?



不安だからここに居て欲しい。誰にも渡したくない。



……かなえ。俺は最後の1匹だから、絶対にかなえ以外を愛することは無いよ。


だから、ねぇ……かなえもそうであって。



俺だけのかなえでいて。俺だけで良いと言って。



視界が歪む。かなえの姿が歪んで、曇って……見えにくい。


目を擦ると水が手に付いた。何だろうか?舐めると不味かった。……そしてどこか懐かしい。



あぁ、そうだ。これ……これは、かなえが時々出す水か。



胸が痛い時も出るのか。と他人事のように思う。

俺もかなえに似てきたのかも知れない。



――待って、かなえ。行かないで。

俺にかなえの事だけを教えて、手の届かない所に行かないで。



何度拭っても霞む。頬を滑り落ちる水の感覚が気持ちが悪い。



それでも俺は止まれなくて……何度も俺を置いて行こうとするかなえの背中だけを離すまいと、幼子のように手を伸ばし追いかけた。





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