1人ぼっちの絶滅危惧種 第6話
次の日、かなえが俺に葉っぱで出来たこしみの?とかいうのを俺にくれた。
俺がそれを体に巻くと、かなえはとても喜んでくれた。やっぱりにんげんはこういう恰好をしているようだ。俺はにんげんじゃないけれど、かなえが居てくれるならこれでいい。
この格好でかなえを持ち上げて回しても、かなえは怒らない。俺はかなえに同種だと思われているみたいで嬉しかった。
かなえがお腹を空かせているようだったので、かなえの好きなユラの実を取ってきた。
喜ぶかなえの顔を思い浮かべて足取り軽くかなえの所に向かう。すると、また俺の前に龍が現れた。……しかし、今日はきょわちゃんだけのようだ。
「きょわちゃんだよぉ!かなえはぁ?」
「かなえはこっちにはいない。さかなとかいうのを捕ってる最中だ」
「えーっ!」
またぁ?とがっかりしたように項垂れるきょわちゃん。本当にかなえは龍に好かれる。
話はそれだけかと放っておいて帰ろうとすると、慌てたようにきょわちゃんが俺を引き留めた。
「まってよぅ!ねぇねぇ、本当にかなえはがうくんのつがいじゃないの?」
「首を見れば分かるだろう。それにかなえはまだ子供だ」
「えー?かなえは大人だよぅ?」
キョトンとしてさも当然のように言い放ったきょわちゃんに俺は固まった。
……何を言っている?かなえが……大人?成体だと言ってるのか?
固まる俺が自分を無視していると思ったのか、何度も「ねぇ!ねぇ!きょわちゃんだよぉ~!」と大声で鳴いて俺の返事を待つきょわちゃん。
痺れを切らせてきょわちゃんがその場で足踏みをした地響きで意識が戻る。……いや、でも……大人?
「何を見てそう思った?かなえはまだ子供だぞ。乳房だって大きくなってないだろう?」
「えーでもぉ、だんなりゅうのひいおばあちゃんがねぇ、かなえと似た種族だったらしいけどねぇ~乳房が大きくなくても大人だったんだってぇ!それに~かなえは発情してるし大人だよぉ!きょわちゃんもメスだからわかるもんっ!!」
えっへん!と鼻息を荒くするきょわちゃんに愕然とする。
……かなえが、もう……大人?
……繁殖、出来るという事か……?
息が荒くなる。何に対してかは分からないけれど、俺は何かに対して強い感情を抱いているようだ。……だが、それが何なのかは分からない。
しかし、その気になればかなえはあの子龍とつがいにもなれるし、子も生せるという事だ。その事実に、酷く焦った。
狼狽える俺に何を思ったのか、きょわちゃんは目を細めて子供にするような優しい声色で言った。
「がうくんは、かなえを愛してるんだねぇ」
きょわちゃんの言葉に、俺は目をこれ以上ない程見開いた。
愛してる…………。
少し前まで分からなかった感情が驚くほどしっくりときて、俺の心を陣取った。
そうか……あぁ、確かにそうだ。これはきっと子供に向けるそれではない。
きょわちゃんから見た俺のかなえへの情は、きっと同種の異性に向けるべき情だったのだろう。
……これが……この感覚が、姉も教えてくれなかった……。
「……ああ、そうだ。……俺は、かなえを…………愛してる」
真っすぐ目を見て言うと、きょわちゃんは待ってましたと言うように瞳を輝かせて甲高い声で鳴いた。
――――…………
きょわちゃんは話し相手が居なかったからかとてもよく喋る。要らない事までよく喋ってくれた。
どうしてだんなりゅうときょわちゃんの馴れ初めなんて聞かなくてはいけないんだ。何だ、木の実から始まる愛って。
だんなりゅうからの求婚の決め手は大好きな木の実をくれた事だったらしい。それで良いのか……。
だんなりゅうが聞いたら悲しみそうな言葉に顔が引きつる。
しかしそれでも本当は木の実よりもだんなりゅうの事が何気に好きなんだそうだ。
「きょわちゃんがねぇ、好きな木の実をねぇ、食べやすいように砕いてくれたのぉ!だからねぇ、だんなりゅう大好き!!」
食べやすくしただけで好きなのか、というのは言わなかった。きっとその心遣いが好きなのだろう。
……俺も、俺の為にこしみのを作ってくれたかなえの心遣いが好きだから。
一通り話し終えると、遠くで何かが通りかかったのを見てきょわちゃんは飛び上がった。
俺も驚きつつも臨戦態勢をとったが、その何かは俺達を無視して先へとかなりの早さで走っていった。
「こわぁい!!きょわちゃんこわいよぉ!!お家帰る!」
「だんなりゅうによろしくな」
ピーピーと鳴きながら飛んでいく龍に手を振って、俺はかなえの所へと再び歩き出した。
………かなえが大人、か……。
何とも言えぬ熱が体に集まるのを感じて、俺は走ってかなえの匂いがする方向へと向かった。
――――…………
「かなえっっ!!!」
俺に背を向けるかなえの体を捕まえるように掴んで腕に閉じ込める。
かなえは驚いたように暴れるが、俺は決して力を緩めなかった。
――連れていかれそうになったっ……!……かなえが……っ!!精霊に!!
昔姉に聞いた事がある。この森で生まれた、精霊の話を。
その精霊は時と空間を支配し、気に入った生き物を違う空間、時間の場所へと飛ばす。言葉は全ての生き物に翻訳されて、見た目は見る者によってさまざま。
見ただけで分かった。あれが……あれが精霊だ。
異様な雰囲気のオスに見えた。
疑わずに精霊の支配する空間に足を踏み入れようとしていたかなえを見た瞬間、俺は自分でも驚くほどの早さでかなえを捕まえていた。
抱きしめる腕が震える。怖い。怖い。連れて行かないでくれ……。
息が吸っても吸っても足りない程に荒れる。手から温度を感じなくなって、音も聞こえなくなってきた。
そんな俺を宥めるように、かなえは俺の頬を撫でる。かなえの柔らかな手から徐々に感覚が戻ってゆき、俺は段々と落ち着きを取り戻していった。
……何度も……何度もかなえの名前を呼ぶ。返事をして欲しくて。
俺の願いは何度も叶えられる。俺が呼ぶ度にかなえは俺に返事を返してくれる。
かなえの首に顔を擦りつけると甘い匂いが俺の中に広がり、かなえがここに居る事を教えてくれた。
……分かってしまった。かなえがどこから来たのか。どうして弱いのにこの森で1人で居たのか。
きっとかなえは精霊に連れて来られた。かなえは、きっとこの世界の生き物ではない。
かなえは寂しがって鳴いていた。当たり前だ。たぶん本当はもっといっぱいにんげんがいる所に居たんだ。かなえは……。
……帰りたいのだろうか……。元の、場所に……
乾いた口で俺がそう問うと、かなえは驚いたように体を強張らせた。そしてすぐに、去っていった精霊を探そうと暴れ始めたので、俺は考えるよりも先にかなえの体を封じる為に足まで使ってかなえを動けなくした。
そして、帰らないで欲しいと、かなえに願った。
かなえは戸惑っていた。瞳が揺れて、困らせているのが分かる。
……それでも、俺はかなえに帰って欲しくはない。
傲慢だろうか?つがいですらない俺が、かなえを引き留めるのは……。
いっそつがいにしてしまおうか、と考えて嘲笑する。
……何を考えている。かなえはにんげんが好きなんだ。ラーグリバットの、俺ではない。
俺のそんな気持ちも知らず、去った精霊の方向を眺めた後、かなえは俺の手を掴んで帰ろうと言う。……俺と、俺の巣へ。
かえる。と正しく言えた俺の言葉は……とても寂しい響きだった。
巣に帰ると、かなえは明るく振る舞っていた。
だから俺も、かなえが寂しくならないように明るくいつものように振る舞った。
……でも、ふとした瞬間、考えてしまう。かなえが居なくなった後の事を。
また、少し前までの俺に戻るだけだ。それだけだ……。
何年、何百年と続けたのに、その生活には戻りたくないと心が悲鳴を上げる。
満ち足りた時間を知って、もう俺は元の生活には……きっと戻れない。
かなえが居なくなれば、食料を捕る意味もない。
一緒に食べられないなら、捕りに行く意味なんてない。生きている意味が、無い。
寝る前にも、かなえがまた何か言っているのが聞こえた。
俺はそれを聞くのが怖くて、耳を塞いで必死に早く朝になれと願った。




