1人ぼっちの絶滅危惧種 第4話
巣から聞こえた「ムカデウインナー」は、ルーバの事だ。かなえはルーバをそう呼ぶ。
俺が確信を強めて登ると、かなえの鳴き声はさらに大きくなった。何かに怯えているようだ。
――ほら。かなえはまだ幼い。まだ巣立つには早すぎたんだ。
確信して、焦った心が落ち着きを取り戻すのを感じた。……良かった。まだ…まだかなえと一緒に居られる。
四角く空いた穴から中を覗くと、白い何かを纏ったものが巣の隅っこでガタガタと震えながら手で顔を覆っていた。
指の隙間からチラリと俺が見えたのか、息を呑むような声が聞こえて俺は目の前で震えているものがかなえだと確信して咆えた。
「見つけたっっ!!!」
水分を摂っていないせいか、いつもよりざらついた声で俺がそう言って飛び掛かるとかなえは鳴いた。目から水をポロポロと出しながら。
……ああ……かなえの匂いだ。安心する……優しい匂いがする。
俺がかなえの首の匂いを嗅ぐと、かなえは喉を引きつらせて目の水を増した。
この水は苦しいと出る物みたいだ。前にかなえが出した時は怖かったからだと思う。食われかけてたから。
今水を出しているのはきっと、俺が誰だか分かってないんだと思う。そうじゃないと……かなえは、俺と帰りたくないという事だ……。
……それは嫌だ。嫌だ。……俺は、かなえと、また巣に戻りたい。かなえに、ガウと呼んで欲しい。
必死でかなえを呼んだ。
ほら、呼べるようになったよ、かなえ。もう寂しくないよ。これからは俺が、かなえを呼ぶから……だから、もう故郷に帰ろうとしないで。
そんな思いが滲んだ俺の言葉がかなえに届いたのか、やっとかなえは俺だと理解してくれた。
かなえはひしと俺に抱きついて大きな声で鳴いた。目からも水がいっぱい出ている。
きっと不安だったのだろう。……もしかしたら……俺の所に帰りたいと……思ってくれていたのだろうか?
――大丈夫だよ。俺と帰ろう。
そう思いを込めて、毛艶の悪くなったかなえを毛繕いすると案の定嫌がるので、押さえつけて毛繕いした。苦労したのかかなえの毛はちょっと痛んでいた。
さて、あとは帰るだけだと思っていると、灰色の子龍がかなえを掴んで飛ぼうとしていたので慌ててかなえの足を摑まえる。
俺という侵入者が出て行ったので、かなえを連れて巣に戻ろうとしているようだ。
かなえがその子龍に「ガウ、カエル」と言っているのが聞こえ、俺は歓喜に胸が震えた。
俺だけじゃない。かなえも、俺と居たいと思ってくれてる……!
尚更この子龍にかなえを渡す訳にはいかない、と自分がラーグリバットなのも忘れて力一杯かなえを引っ張った。
すると当たり前だがかなえは大声を上げた。
その声に慣れていない子龍は呆気なくかなえを離したのでかなえは俺の腕に落ち、柔らかい温もりが俺の胸に留まった。
……今度は守れた。連れていかれずに済んだ。俺の大切な――……
そのかなえに頬擦りをすると、狼狽えながらもかなえは受け入れてくれた。
だがそれを見た子龍は面白くないようで、その場で暴れ狂い咆えた。
「かえせっ!おれのだっ!さわるなっ!」
「?何を言っている、かなえはまだ子供だ……そもそもお前も子供だろう」
この子龍はかなえをつがいにしようとしているらしい。
気になってかなえの首を見てみたが、じゃれついたような歯痕しか残っておらずつがいの証は付けられていなかった。……大方、かなえが嫌がって付けられなかったのだろう。そもそも子龍程度の力では付けれないと思うが……。
龍は成体になると歯が発達するが、つがいが出来れば歯は全て抜ける。龍にとって歯とはつがいに痕を付ける為だけにしか存在しないからだ。
あのオスの龍も歯は全て無くなっている。生えていたらかなえも食べられていたかも知れないと思い、少し背中が寒くなった。
「うるさいっ!おれのだっ!おれのつがいだっ!」
さっきからそれしか言わない子龍に怒りが湧いて来る。勝手に連れていって何がつがいだ。
「しつこいぞっ!かなえは俺と帰るんだ!!」
どうして生まれてすぐかなえに目を付けたのか。
姉も昔龍の世話をした事があるらしいが、求愛されたなんて話は聞いた事が無い。一体かなえの何がそんなに気に入ったのだろうか?
面白いし、可愛いとは思う。だけど他種族だ。他種族をどうしてつがいにしようと思えるのだろうか?
「分かってるのか?他種族だぞ?かなえは……龍じゃないんだぞ?」
「かんけいないっ!かなえ……かなえがいいっ!かなえをつがいにするっ!!」
子龍がそう断言した時に、得も言えぬ不快感が沸き上がった。
……ふざけるな。どうしてお前にかなえをやらなくてはならない。
かなえはこのままずっと、ずっと――……
ずっと?
……何を言っている?それはまるで……俺がかなえを――……
理解しそうになり困惑に目をうろつかせていると、他の子龍もかなえに集まっているのが目に入り走り寄る。
かなえを助け威嚇すると他の子龍は灰色の子龍と違ってビックリしたように俺を見つめ言った。
「きーくんわかった!こいつ、ガウクンだっ!」
「……ガウクン……ほんとにいた……」
「メスのよくいってるガウクンだあっ!」
「お…オスだぁ……!つつ、つがいなの……?」
ガウ君。俺をそう呼ぶのはかなえしかいない。
かなえはここに連れて来られても俺を呼んでくれていたのだ。俺を……待ってくれていた。
不意に自分の心音が早くなっていくのを感じた。どうしてか体が熱い。一体俺は、どうしてしまったのだろう?
俺の腕を叩くかなえを見下ろすと、音は尚更早くなった。
でも、それが心地よくて…………俺を見上げるかなえが、どうしてか、愛おしくて……。
きっと離してという意味で俺の腕を叩いたのだろうけれど、それとは反対にかなえを抱きしめる腕の力を強めた。
……もっと…………もっとかなえに、触れていたい。
柔らかくて安心する………ずっとこうしていたい。これは……一体何なのだろうか。
でも、その疑問さえどうでも良くなるようなかなえの香りに頭がくらくらする。
これはまるで……そう、姉の言っていた、発情期の同種が発する時の匂いだ。
ラーグリバットには発情期なんて無いが、他の種族のメスは発情するとオスを寄せ付ける為に匂いを発するらしい。
……でも、分からない……かなえはまだ子供だ。子を孕む事も出来ないのに、どうしてこんな匂いが……?
ぼーっとそんな事を考えていると、かなえの首筋が目に入った。白くて簡単に歯痕が付きそうだ。
俺は無防備なそこに吸い寄せられるように口を無意識に近付けた。
あぁ…ここを噛んだら、かなえは……俺の――……
――だが俺の歯がかなえの首に当たる直前、それを邪魔する者が現れた。
またしてもあの灰色の子龍だ。まだかなえを諦めていないらしい。
かなえを引っ張るのを払って邪魔すると、俺に攻撃しようと体勢を低くする。
……無謀だ。ラーグリバットに子龍が勝てる訳がない。
それを分かってか、オスの龍が息子である子龍を尻尾で投げ飛ばす。俺から距離を取らせるためだ。
遠くで子龍が泣き喚く声を聞いてかなえを抱く手を緩める。……何を考えているんだ、俺は……そもそも今噛んだ所でかなえをつがいには出来ないというのに……。
内心で何に対してか分からないが息を吐いて目の前でかなえを見つめるオスの龍を静かに見据えた。
「……息子ではだめだったか」
残念そうに龍はそう言った。
かなえは何を言っているか分かっていなそうだったけれど、俺はまたどいつもこいつもと治まっていた腹が再び煮えくり返ってきた。お前もかなえを俺から奪おうとしてたのか!
訳の分かっていないかなえの頭を撫でる尻尾を叩き落とす。攫って子供のつがいに宛がおうなんて、虫がいいにも程がある。
すぐにオスのつがいの龍もやって来た。つがいの事よりもかなえを気にして目が水で潤んでいて、オスががっかりしていた。
「もう、帰っちゃうのぅ?……寂しいよぅ…」
メスの龍はそう言ってポロポロと水を零した。
本当にかなえは龍の所で危害も加えられず大事にされていたようで安心した。腕でも無くなっていたら一家全員殺している所だ。
メスの龍はそのままお礼として鱗をかなえに渡していたが……その鱗をかなえが使う日がいつか来るのかと思い、少し嫌な気持ちになった。




