1人ぼっちの絶滅危惧種 第2話
にんげんは俺の事をしょうねんと呼ぶ。意味は分からないが俺個人の事を示しているらしい。
にんげんはたまに自身を指差してかなえと連呼する。意味は分からないけれど、にんげんの種族名なのかも知れない。
だからにんげんと呼ぶ方が良いだろうと、にんげんと呼んでみたが、俺の発音が悪いからかにんげんは段々脱力して諦めたように石を蹴っていた。
巣に帰ると、にんげんの巣の作りと違ったのかオロオロと不安そうに行ったり来たりを繰り返している。
大丈夫だろうが一応リリーティンクの蜜を渡しておいた。
……だがにんげんはリリーティンクの蜜すら分かっていないようで、教えるのが大変だった。
にんげんと過ごしていると、姉が居た頃を思い出す。姉も……よくこうやって俺に教えてくれた。
だが姉は同種を世話している分まだマシだったと思う。食べ方まで教えなければいけないのは大変だった。
にんげんの主食が何かは分からないが、食べさせてみるとリリーティンクの蜜に喜んでいたのでほっと胸を撫で下ろす。飢え死にさせるのは流石に可哀想だ。
それに排泄もよく分かっていないらしい。
教えてやろうと邪魔な体に巻きつけている物を取ろうとすると、俺と同じ言葉で威嚇をされた。
……どうやら余計なお世話だったようだ。
せっかく俺と同じ言葉を覚えてくれたにんげんが同じ言葉で初めて発した言葉が威嚇だった事に、俺は項垂れた。
構い過ぎなのだろうか?仲間がいた事が無いので距離感が分からない。
にんげんと同じ言葉を喋れた方が良いだろうと、俺なりににんげんが喋る言葉を真似てみるとにんげんは喜んだ。だから、俺はにんげんには懐かれていると思っていたので、にんげんがした威嚇は俺が思う以上にショックだった。
その後すぐににんげんは「ゴメンネ」と言った。にんげんが言うには、相手に威嚇させるような事をしたらごめんねなのだそうだ。
俺が真似をしてごめんと言うと、にんげんももう一度ごめんと鳴いた。
けれど、俺はそれよりもありがとうの方が良い。
にんげんがありがとうを言う時の顔は、良いと思う。
俺がそう言うと、にんげんは今度は大きくアリガトウと鳴いた。
……そして、種族の違いはあるものの、俺はこのにんげんを大人になるまで育てる事となったが……どうもこのにんげん、美味しそうな匂いがするからかよく襲われている。
一度火傷をした所を治療がてら舐めてみたが、やはり俺には美味しくは無かった。
しかし他の者はそうでもないらしい。
前に他のにんげんの種族を食べた事があるのか、リリーティンクとヘルハウルはよくにんげんを襲いに来る。
しかもにんげん……魔力が全くないらしい。
一度ヘルハウルの魔石を使って火を点けようとしていたのを見たが、火花すら出せなかった。
しおしおと元気が無くなっていくのが可哀想だったので、今度にんげんにはリリーティンクの女王の蜜をあげようと思う。あれは魔力が無いにんげんにも魔力を一時的にだがくれる優れものだ。にんげんも跳ね回って喜ぶだろう。
にんげんと居るのは楽しい。今までの俺の生活は何だったのかと思う程満ち足りている。
にんげんは基本的に頭が良くないのか、同じ事をしては大声で鳴く。かばんとか言う入れ物からペラペラとした薄い塊を何度も取り出しては見つめて大声で鳴き声を上げてのたうち回る。一体何がしたいのだろうか?
そしてこの森最弱のルーバにすら勝てない。よくこれで今まで生きてきたものだ。
ルーバは肉食ではないのに、何がそんなに気に入っているのかにんげんを毎朝起こしに来る。
一度にんげんの体に巻きついた物の中に入ったので引っこ抜いたけれど、その時にんげんの乳房に軽く腕が当たった。
どうやらそんなに早く成長する種族ではないようだ。先は長い。
ルーバとは話が出来るので、前にルーバの長に話を聞いた所「お前には分からんだろうが、我らの本能が言うのだ。あやつを起こせと」と訳の分からない事を言っていた。その結果俺達の食料になるのに、どうしてその衝動を止められないのか……。
よく襲われるにんげんだが、実は名前がにんげんなのではないらしい。
必死に俺に教えてきたにんげんに少し怖くなったが、前に言っていた“かなえ”というのが名前だそうだ。
下手な発音でにんげん……もとい、かなえの真似をして呼んでやると、かなえは跳ね回って喜んだ。それを見て、俺も嬉しくなって喜んだ。
かなえは俺にガウという名前をくれた。本当はガウくんらしいけれど、自分で言う時はガウらしい。かなえの常識はよく分からない。
……でも、かなえと呼ぶとたまに寂しそうにしていたかなえの顔は瞬時に輝くので、俺はもっとかなえと同じ言葉を喋ってやりたい。
きっと、かなえもにんげんの一族の生き残りなのだと思う。……俺と……同じで。
もう同じ言葉を話せる生き物が居ないのだろう。
……それは……きっと、俺よりも寂しくて、苦しい事だ。
俺はこの森でなら、リリーティンク以外とは会話が成立するけれど、かなえと会話出来るのは、きっと俺だけだ。
俺はその日から、ちゃんとかなえの名前を呼べるように、何度も何度も練習をした。
かなえは見ているだけで面白い。突拍子もない事をするのでハラハラはするけれど、それよりも見ていて飽きないから育てていて楽しい。
水で頭を洗って、ペラペラの硬そうな何かでずっと髪を仰いで死んだ目をしていた。意味を聞きたいけれど、かなえに聞いても無言で首を振るだけだった。
狩りから帰って来るとかなえは息も絶え絶えに伸びている事があった。体力が無いのに無理をしたらしい。
ラーグリバットである俺はほぼ疲れないので、かなえの気持ちは分からないけれど……かなえは俺に報いようとしてくれているらしい。
気持ちは嬉しいが、無理をして死んでしまったら元も子も無い。どうか大人しく洞窟で俺の帰りを待っていてくれないだろうか……。
……ある日、狩りから帰るとかなえが「カエル」と鳴いていた。
かえる。……おかえりに似ている。
でも、かなえは気配に疎いので俺が帰ってきた事に気付いて言った訳ではないらしい。俺は何かを見つめるかなえの後ろから近づいて、その視線が向く物を見つめた。
……かなえがみていたのは黒い四角の石だった。
太陽でもないのに光るそれに、目を無意識に細める。細かく何かが羅列する四角の中を、かなえは俺に気付かずずっと見ていた。
名前を呼ぶと、体が跳ねて俺を驚愕の目で凝視した。そして手に持つ石をかばんに隠して、何でもないように振る舞うかなえに不安が募った。
……かなえが、隠し事をしている……。
かなえは分かりやすい。考えている事がすぐ顔に出る。
あれが何かは分からないけれど……きっと、故郷に関するものなのだろう。
それからかなえはご飯を食べても上の空で浮かない顔をしている。
寝る時もしきりに石を気にして、俺が寝たふりをするとすぐに石を触り始めた。
ぼそぼそと何かを時折呟くかなえは俺を全く疑っていない。こんな警戒心の薄い状態で、故郷に帰すのは無謀だ。
誰に言うでもなく心でそう結論付けて、今起きた風を装ってかなえの方に転がる。かなえはやっぱり警戒心がない。俺が守ってやらないと。
身を寄せてかなえにピッタリと張り付いて、他の生き物に襲われないように俺の匂いを付けておく。……かなえは、まだ大人にならない。
――――…………
次の日、俺はかなえを元気にする為にかなえの好きな所に連れて行ってやる事にした。
それとかなえはユラの実が大好きだ。これをかなえの掌から奪って食べた事で喧嘩になった事がある。
それをやるとかなえは喜んで食べだした。……あとは……花だな。あの黄色い小さな花が、かなえは好きだ。
制止を振り切り取りに行くと、何だかんだかなえも喜んで髪に絡めて笑っていた。今度喧嘩した時も、これで仲直りしよう。
そして最後に新しい湖に連れて行った。
かなえは前に湖で狩りをしていたので、好きなのだろうと思い連れて来てやった。……前回は、自分と同じような生き物が捕れたからか酷く怯えて鳴いていたのを思い出したので似ていない生き物が生息しているリリーティンクの湖に連れて行くと、かなえは思い出したのか嫌そうな顔をしながら手製の罠を手に湖ににじり寄った。
そして捕れたのが目当ての物だったのか、かなえは大手を上げて喜んだ。
その日のごはんはかなえの作った物だ。獲物を丸焼きにしている。
何故だか必死に木を転がして何かをしていたが、諦めたのか俺に火を点けてくれと頼んできた。やはりかなえに自立は当分無理だ。
その事実に若干ホッとし、俺は頼まれるまま火を点けて獲物を焼いた。
それと……時たまかなえは変な物を拾ってくるけれど……どうして毒性のある物ばかり拾ってくるのだろうか?
褒めて欲しそうに見つめるので、安全そうな薬になる葉っぱだけ試食させてみると、自分の目利きの無さに気付いたのか勝手にあちこちで葉っぱをとって来る事はなくなった。
可哀想だけれど安心だ。俺の知らない所で死なれると怖い。




