第53話
――決めていた。ずっと、決めていた。
最後のメールを読んだ時、ようやく決心がついた。
最後に来たメールは新着が少なくなっていた。きっと、もう生きていないと思われたのかも知れない。
それでも内容は、私を心配するものだったり、元気づけるものだったりと変わらなかった。
そして、目に見えて1番着信が少なくなった結菜が送ってきた最後のメールに、私の心は決まった。
“叶。好きな人、出来た?”
それだけだった。
どうして結菜がそんな事を送ってきたのかは分からないが、私はそのメールに思ったのだ。
出来たよ。好きな人が。離れたくない大事な人が。
もう、自覚すれば離れる事なんて、出来なかった。
いつが始まりだったのかは自分でも分からない。
でも、たとえこの状態で戻ったとしても、きっと私は今まで通りには笑えないだろう。それほどまでに私はいつの間にかガウ君を深く愛しすぎてしまった。
……不毛な恋だ。異世界の人に恋をするなんて、天涯孤独でない限りはしてはいけないと思う。
残された人達が不憫だ。だって、いつまで戻らない人を待ち続けるのだろうか?
最低な事をしている自覚はある。私が皆の立場なら許せないだろう。………でも…分かってても、私は……それでも……
「ガウ君と、居たいんです。……好きなんです。……好き…っ…!」
好き。ガウ君が好き。
言葉にするたびにボロボロと涙が零れた。それは郷愁故か、罪悪感故か……
私の泣き顔を何も言わずに見ていた運転手は、静かに問うた。
「それで良いんだな?もう二度と、戻らないんだな?」
「っ……はい。帰りません……ごめんなさい」
「……謝られるような事してねぇだろ……けど、じゃあ何で俺を追いかけた?何で俺を探した?」
射るように目を合わせられ喉が詰まった。…そう、私がバスを探していたのには、ちゃんとした理由があった。
……私が、運転手に会いたかった理由…。
「……手紙を………向こうに届けてくれませんか?」
そう言って私は鞄から手紙を取り出した。
準備周到な私に目を見開いて運転手は固まった。まさか配達を頼む為に探していたとは思っていなかったのだろう。
何日も何日も考えて考えて書いた。家族と友達……5人分。
封筒と便箋は無かったのでノートを破って作った。不格好なそれは、もはや紙くずのようだけれど、私の想いを全て綴った、大切な私の遺書だ。
「住所も書いてます。名前も勿論。……切手は、ありませんけど………。向こうに行くなら、お願いです。届けてくれませんか?私の、大切な人達に…」
住所はスマホの過去の“年賀状を送るから住所教えてー!”というやり取りで確認した。これを見て毎年送ってたので大丈夫なはずだ。
切手はどうしても手に入らないので、直接郵便受けに投函してくれるのが好ましいが、この運転手……面倒くさがりっぽいので若干不安だ。
息を荒くして脂汗をかく私に本気を感じたのか、運転手は雑に私の手から便箋をひったくると、数と住所を確認した。
「……5通か…チッ!金は払うんだろうな?足元見やがったら破り捨ててやる」
「!!持って行ってくれるんですかっ!?」
「煩せえっ!良いから金払いやがれっ!!」
怒号を浴びて急いで財布からお金を出す。…諭吉が2人…!
私は少しも迷わずに、財布ごと運転手にお金を渡した。
「おっ、おい…!財布は要らねぇっ!!」
「持って行って下さい!私の家の郵便受けに。これ、小学生の頃から使ってるお気に入りなんで、皆私からだって信じてくれるはずです!」
「はぁ?小学………うわっマジだ!!マジックテープとか、クソだせえっ!!」
喧しい!!それは某漫画家の絵がプリントされた月刊誌の付録なんだよ!!人の宝物にケチを付けんな!!
何が楽しいのかべリべリとマジックテープを酷使して遊ぶ運転手。どうやらちゃんと持って行ってはくれるらしい。
ケタケタ笑って遊んでいた運転手はほとぼりが冷めたのか全てバスの座席下に置いていた鞄に詰めると、再び降りてきてガウ君に詰め寄った。
「おい、ラーグリバット。いつまで目ぇ背けてんだ。お前のメスは帰らねぇってよ。良かったなぁ」
「!!っか、かなえ……?」
嫌がらせのような強さでガウ君の背中を叩き、そう報告した運転手を無視してガウ君は私を振り返り、驚愕に染まった零れ落ちそうな瞳で私を振り返った。
私はそんなガウ君に笑みを返すと、彼は理解してくれたのか、驚愕から歓喜に色を変え、私の大好きな微笑みを浮かべて走り寄って来る。
……あぁ…やっぱり、好きだなぁ……。
そう再確認して私からガウ君に近付き、空いていた距離を縮める。
「……これからも、居ていい?ガウ君」
「これからも居ていいか?だってよ」
「!!ぐぁおう!!かなえ、ありがとーっ!!ぐるる…」
「勿論、叶、ありがとう、大好き、だってよ」
「運転手さん、ありがたいけど邪魔です」
ガウ君の熱い抱擁を受けて運転手に苦言を申す。これでも付き合いはそれなりに長いので言っている事ぐらい通訳されなくても分かってるんだよ!マウントを取ろうったってそうはいかない!!
それに、ガウ君のセリフが運転手に言われているような感覚に陥って非常に不快だ。親切に通訳してくれてるのに申し訳ないけど!!……あ、所で………
「あの、ラーグ何とかってガウ君の種族名ですか?やっぱり人間じゃないんですかね?」
明らかに魔物みたいな名前をしているガウ君。ガウ君自身が名乗らなかった所を見るに、きっと名前ではないので種族名だと思われる。
それを裏付けるようにコクコクと頷き、運転手は丁寧に説明してくれた。
「ラーグリバットは絶滅危惧種だ。もう俺も絶滅したと思ってたが…どうやら生き残りがまだ居たらしいな。たぶんそいつで最後だろ」
指をさされたガウ君をじっと見つめるが、運転手の言葉が聞こえていないのか私の首辺りに顔を埋めてうーうーと鳴いている。
生き残りというにはあまりに無邪気なガウ君に運転手の嘘を感じるが、私が疑うようにチラチラ運転手を見るとイラついたように怒声を浴びせた。
「言いたい事あんなら言えやっ!!俺の言った事嘘だと思ってんだろ!?マジだわクソがっ!!ラーグリバットは繁殖が難しいから年々数減らして絶滅してんだよ!!」
繁殖…?
繁殖と言われても、ガウ君だって付いてる物は付いている。私だって横目で見た。
あれか?不妊治療しないと子供が出来ない的な話なのだろうか?
確かにこんな森に名医なんて居るはずは無いので、衰退の一途を辿ったのだろう。私がそんな一族のガウ君と出会えたのは奇跡に近い話だ。
ふむふむと頷いて納得している私を白い目で運転手が土偶のような顔をして見てきた…何か文句でも!?
憤慨して腕を組みイライラを体で表現する私に、運転手はため息を吐いて頭に手を当てた。どうやら頭が痛くなったらしい。よし、もっと痛くなれ!!
「…お前やっぱ分かってねぇだろ。……はぁ…何でこんな頭悪いメスをラーグリバットはつがいにしたんだ……もったいねぇ…」
「はい?」
ちょっと理解し難い言葉が聞こえた。つが…つ、つが……えっ……?
もう1回!と迫る私を手で追い払おうとする運転手に掴みかかる。ここで逃がしたら絶対吐かないぞ!この運転手!!
短時間だが、この運転手の性格の悪さだけは十分伝わった私は逃がすまいと襟を掴んで揺さぶった。運転手はきっと私に悩んで苦しめと放置する気だ!!
「煩せえっ!!良いから離しやがれっ!!バスで向こうに戻すぞっ!!」
「きいいやああっ!!ガウ君助けてっ!!私連れてかれちゃうううっっ!!」
「がうっ!!かなえっ!!」
「お、おまっ!!離しやがれっ!ラーグリバットが引っ張んじゃねぇっ!!」
私が叫ぶとすっ飛んできたガウ君が私ごと運転手の襟を引っ張り、あんなに強気だった運転手はすぐに顔を青くして降参!!と手を上げて叫んだ。




