第52話
「妊娠してやがったんだよ」
………………………………はい?
「はい?」
「妊娠してやがったんだよ」
「はい?」
「何回言わせる気だっ!!殴んぞっ!!」
キレるのが早いっ!!でも言ってる意味がまるで分からない!!何でいきなり妊娠してるのっ!?旦那龍と嫁龍と子龍しか居ないじゃん!!誰の子よ!?
「いやいやだって!だって分からんでしょ!?誰の子よ!?人間が登場してないよ!?その人が女の人だって事は分かったけど未婚の母じゃん!!ま…!?まさか運転手の…」
「俺の子じゃねええっ!!!精霊は無から生まれるから妊娠なんてねぇんだよ!アホかテメェッ!!?龍の子だよ!!!」
龍の子…!!?
もうこの数分間で情報が脳のキャパシティを超えている。限界だ。だって…え?まず体の作りが違うじゃん?そしてやっぱり、ふ…不倫…!?
「つがいのオスじゃねぇぞ?子供の龍が成長してつがったんだよ、そのメスは」
「つがったって何……?」
「お前本当頭わりぃな。脳の大きさと乳の大きさは比例すんのか?お前らで言う所の結婚だ。その子龍が世話してくれてたメスに惚れて成龍になってすぐメスと同じ姿になってつがったんだよ」
「ええっ!!?人になれるんですかっ!?龍がっ!?」
まさかの事実!!その人は私で言う所のグレ君と結婚して人間に変身したグレ君と子供まで作ったらしい!!愛の力!これが俗にいう愛の力なのか!!
その後意外に詳しく話してくれた運転手曰く、龍は大人になれば別の生き物の姿を取れるようになるらしい。巨体で周りを荒らしてしまわないようにそういう機能が元々備わっているそうだ。
ほぉー……と頷いて理解を示していると、不意に運転手がキョロキョロと何かを探す。一緒になってキョロキョロと見渡すと、運転手はそれを見つけたのか「おっ」と声を上げると指をさした。
「で、そん時に建てたのがあの塔だ」
「…!?あ、あれってその人が住んでた塔だったんですかっ!?じゃあ旦那龍かきょわちゃんがその子孫…!?」
一気に謎が解けて頭がフィーバーしている!運転手が指差したのは上の方が霞んで見えなくなっている高すぎる塔だった。
…そう、それはかつて私も旦那龍に攫われて連れてこられた建物だったのだ。
そうだ、あれは確かに人工物だった!成程…!!その龍が異世界から来た嫁の為に建てたんだね…嫁の世界に似た建物を…!
ホロリと涙が頬を伝う。あれは重要文化財だ。決して壊してはならぬ。
でもそうだ、龍が旦那だったならあの設計も頷ける。あれなら階段なんて要らないもんね。旦那に乗せて貰って外に行けばいいし。
あの異常な高さを考えると、どれだけ当時のその旦那が愛妻家だったのかが分かる。あの謎に流れてた水はトイレで間違いなかったのかも知れない。
「だからその人は元の世界に帰らなかったんですね?」
「そうだな。帰らなかったし帰れねぇし…まぁ俺も元の場所とかあんま覚えてねぇから助かったけど」
口笛を吹いてそう暴露する運転手に汗が噴き出た。………えっ……私、乗ったとして帰れたの…?
青ざめて運転手を見つめると、不意に体が浮かび上がる。驚き振り返れば当たり前だがガウ君に抱っこされていた。
いつの間にか私より大きくなったガウ君に抱っこされて子供のような格好に羞恥が募る。目の前で運転手がニヤニヤと笑うから尚更だ。
「ガウ君、降ろしてよ…恥ずかしいから、ね?」
「ははは!!良いじゃねぇか!ガキみたいでよぉ!!いい見せもんだぜ?」
「がうっ!!ぐるる!!」
「何をいっちょ前に嫉妬してんだよ。頼まれたってそんな馬鹿要らねぇよ」
「ぎゃるがぁっ!!ぐるるがうっ!!」
「ほぉ、言うじゃねぇか。だってよ、良かったな?叶?」
「……あの、何でガウ君もあなたの言ってる事分かってるんですか…?」
私よりガウ君と会話出来てる事に嫉妬だわ。何で私と同じ言葉喋ってるくせにそんなにガウ君とお喋りを楽しめてるの!?
運転手がガウ君の言葉を理解出来ているのは聞いたので分かったが、運転手は別にがうがう言っている訳ではなく、普通に私と同じ言葉を話している。
ではなぜ私と違ってそんなにスムーズにガウ君と意思の疎通がとれているのだろうか?
私はあんなに頑張ってあの程度なのに!!と嫉妬に身を焼かれつつ平常心を装い、瞳孔が開いた目だけで運転手を睨む。
「見て分かんねぇの?少しは考えろよ貧乳。俺の言葉は全部の生き物に翻訳されんだよ。だからお前と同じ言葉喋ってる今も口の動きが違げぇだろうが。分かったかよ?乳なしの叶」
そう舌を出して明らかにバカにしてくる運転手をぐぬぬ…!!と恨みを込めて睨む。
確かに口の動きは日本語の動きではなかった。自分の観察力が無かった事は認めよう……だが、安易に乳の話をするな。ナイーブなんだ私は!!
「……じゃあ、あなたが来るとスマホが繋がるのは何でなんですか?これからもあなたが来たら繋がるんですか?」
これは会ったら絶対に聞こうと思っていた事だ。どうしてスマホが繋がるのか。
きっと魔法的な何かが関連しているのだろうけれど、それをうまく使えば電話だって出来るかも知れない。……皆に、私は無事だと伝えられるかも知れない…!
ゴクリ、と唾を固く飲んで運転手を見つめる。手がじんわりと汗をかいていて凄く気持ちが悪い。
そんな私をじっと探るように見つめて、運転手は諦めたように大きなため息を混じらせて一息で言い放った。
「知らんわそんな事」
「………へ…?」
あんぐりと口を開けて固まる。まさかの答えに拍子抜けしたのだ。
「俺が何でも知ってると思うなよ?んな事俺が聞きてぇわ。神様とやらの気まぐれなんじゃね?知んねぇけど」
本当に知らないのか爪の伸び具合を確認しながら面倒くさそうに返事を返されて、運転手が全く知らなかったという事を確認してしまい、体の昂った熱が少し冷めた。
そうだ。この運転手はここの神様ではないのだから知っている訳がない。
…少し期待してしまった自分に思わず「ですよね」と苦笑いを浮かべる。……そんな都合の良い連絡方法がある訳がないか……。
「…んな顔すんなよ…バカのくせに。帰りゃあ良いじゃねぇか。そしたら連絡なんて取る必要だってねぇだろ?」
自分の発言が私を傷つけたと思ったのか、ばつが悪そうに頭をガシガシと擦って運転手は帰る選択肢を提示してくれた。
………帰る……か……。
「……また、ここに来れますか?」
「はぁ?物好きだなお前。残りてぇか?普通、こんないつ殺されるか分かんねぇ所」
ごもっともだ。私だって同じ立場なら同じことを言う。
でも、ここにしかない事がある。向こうにある幸せとは別に、ここにしかない幸せだって…あるのだ。
私はチラリと後ろに立ったガウ君を見た。
ガウ君は耳を塞いで後ろを向いていて、どんな顔をしているのかは分からない。あれは、私がトイレの時に教えた動作だ。
それを無言で見つめる私を見て大体を察したのか、運転手は今日1番大きなため息を吐いてやれやれと肩を竦めた。
「バッカ馬鹿しい。オスの為に残りてぇのか?家族も友達も捨てて?お前非情だなぁ。心配してくれてるかも知んねぇのによぉ?」
ズキリと胸が痛んだ。……でも……この胸の痛みはどちらを取っても得る物だと思う。
どちらも大切だ。大切な人達だ。選べる訳が……ない。……それでも私は、選ばなくてはいけない。…たとえ、それが愛した人達への裏切りだとしても。
「……はい。そうです。私……帰りません。ガウ君と、ここに残ります」
言い切ると、運転手は瞬きもせずに静かに私を何を考えているのか分からない目で見つめた。




