第48話
バスを目撃してから早1ヵ月。未だに新たなバスの目撃情報は入らない。
ついでに妖精も居ないので食糧難に陥りかけた私は、ようやくと言うべきか1人でウサギの化け物を捕獲出来るレベルにまで上達した。
「はああああっ!!」
「ぎょああああっ!!!」
奴の歯に委縮する前に蹴りを繰り出すと、脳震盪を起こしたのかグラリと奴の態勢が崩れた。
私はそれを見逃さず毒槍で首を切りつけると再び距離を取る。すると牛の化け物よりも体力が無いウサギの化け物は毒の回りが早く、数秒後には呆気なく泡を吹いて倒れた。
「おっし!やったよっガウ君!!見てた!?」
「えあいえあい!!かなえ!」
ガッツポーズをしてガウ君に報告する。ちゃんと危なくなった時には出れるように私の近くで見守ってくれているのだ。
額の石は私程度の握力では取れないのでガウ君にお願いして取ってもらう。これで数日の魔石を確保でき、私は鼻高々に胸を張った。
だがそれでも食料にはならないので私の狩りは基本ムカデと魚だ。ここらで新しく鶏肉でも欲しい所だが…残念ながらこの森に鳥は飛んでいない。
私は諦めて網を片手に今日も魚を捕る。今日も警戒心の無い魚達は面白い程よく取れた。
バター味のレモンと合わせてムニエル風焼き魚にしてみよう!
ちなみにあの埋めた魚だが……残念な事に骨になっていた。どうやら発酵はされず土にお還りになられたようだ。基準が分からない。
なので普通に料理しておくのが無難と考え、魚は元の世界同様の調理法でしか調理しない事にした。
…でも、こうなるとそろそろフライパンが欲しい所だ。
結構前に土器の要領で粘土から作れば良いんじゃない?と考えついて行動に移したが、悲しい事にこの世界に粘土は無かった。
しかし諦めてはいけない!まだ石はある!!石は保温性が高いとか聞くので絶対にフライパンになると私は信じている!否、信じるしかない!!
そして私はフライパンを求め、今日も森を彷徨う。……だが…そんな時、あの日以来持ち歩いているスマホが、バスの到着を告げた。
"ピッポッポーンペロッポッポーン!ポポロッペンポッポーン!"
「!!きっ、来たああっ!!」
「……ぐるる……」
音に飛び上がりスマホを取り出し確認すると、やはり新着が来ていた。私の予想通りなら、きっと今この森のどこかにバスが来ているのだと思われる。
運転手に聞きたい事があった私はバスを探しキョロキョロと辺りを見渡し歩き出す。…すると、少しひんやりした手が、行く手を阻むように私の手首を握った。
「…ガウ君……」
「……」
何を言うでもなく射貫くように私を見るガウ君がそこに居た。
私はそれに困惑も焦りもせずに、ただ宥めるようにガウ君の手を掴まれていない方の手で優しく撫でる。
「大丈夫、聞くだけだから…ね?ガウ君も一緒に行こう」
「……うー……」
漏れた悲しそうな声が空気を震わせた。私はそれに胸が刺されたような鋭い痛みを感じて奥歯を噛みしめる。
…ガウ君は、きっと私が居なくなる事に気付いている。
言葉があまり通じないガウ君だが、それだけは分かった。きっと彼は私を惜しんでくれているのだ。
泣きそうに視線を俯かせてひたすら小さく呻く。その姿が、どこか小さな子供のようで、思わず私は笑ってしまった。
…それと同時に、得も言えぬ多幸感が私の中を駆け巡り、その不思議な感覚に自然と笑い声が出た。
「ふふふ…ガウ君、寂しがってくれるの?」
「……うー……うー……かなえー…」
歩みを止めた私のお腹に顔を付けてぐりぐりと擦りつける。その行動が、私の問いに対する答えだった。
頭の中に今までの事が走馬灯のように浮かぶ。色々あったこの世界の出来事。
怖い事も多かったけれど、楽しかった事も多かった……。そして、それは全てガウ君がくれた物だ。
「…私もね、ガウ君が居ないと、寂しいよ……どうして、ガウ君は、向こうには居なかったんだろうね?」
……本当に、どうして元の世界にガウ君は居ないのだろう。
ガウ君がここに居ないならこの世界に未練なんて無い。…そう、ガウ君だけが、心残りだ。
元々向こうの世界に居たら、こんな風にも思えなかったのかも知れないと考えてため息が漏れる。
……良いとこ取りなんて、出来ないなぁ…。
「……一緒に探して、ガウ君」
「……うー……」
その場を動こうとしないガウ君を引っ張り、私は絶対にこの森に居るであろうバスを探して夜道を歩く。
…だって、帰らなきゃ。皆待ってる。……でも…。
私はその続きを考えないようにしながら、無理やり自分の足を進ませた。
「……って、見つからんのかいっ!!」
「うー!かなえーっ!!」
鞄を地面に叩きつけて洞窟でふてくされる。ガウ君は無事私と洞窟に帰って来れてご機嫌だ。
「何!?着信あってからじゃ遅いのっ!?知らないよそんなの!もっと早く言ってよ!!」
じだんだを踏んでまだ見ぬバスに怒りを露わにする私とは対照的に「ほら、温まろうよ!夜は寒いよ」とでも言いたげにガウ君は火をおこして私に手招きをする。
若干腹が立ったが完全に八つ当たりなので大人しくガウ君と2人で火を囲み暖を取る。
揺れる火を見て段々と落ち着きを取り戻し、私は深いため息を吐いた。
「……さっきまでめっちゃ今生の別れのシーンだったじゃん…空気読んでよ…!」
羞恥に顔が赤らむのを火の明るさでごまかす。絶対に今日ガウ君との別れだと思ったのに…!!
…だがその事に安心した自分も居る。まだガウ君と居れるのだと。
向こうに残した家族と友達には悪いが、私にはまだ決断出来ないでいる。…まだ、ガウ君と別れる踏ん切りが、つかないのだ。
「……いっそ襲って最後の思い出に…いやいや……」
ガウ君だって思春期だ。思春期の男の子にとって大人の女というのは興味の対象なのではないか?と、完全に自分のポテンシャルを忘れて結菜のような事を考える。
少し考えれば分かるが、ガウ君にだって選ぶ権利はある。
ブツブツと犯行予告を呟いていると、いつも通りの私に安心したのかガウ君は無邪気に髪を乾かしてもらおうと洗って濡れた髪をそのままに私に背を向けてご機嫌に鳴いた。
「がうー!かなえーっ!」
「…はいはい、大人しくしててね…」
あまりに無邪気な行動に彼が私より年下だという事を思い出し毒気が抜ける。…っていうか、私…彼氏居た事ないからその系の知識が皆無だった…。
同級生の18禁話に、けしからんと心で呟きお弁当を食べ聞き耳を立てていたのが私だ。そのくらいの浅い知識しかない私が何が最後の思い出だ。ずうずうしいにも程がある。
ちょっとひと夏の思い出。過ち…みたいな事に興味を持つ年頃だとはいえ相手は中学生くらいだ。犯罪者は元の世界に帰ったら捕まる。
だがそれ以前に歳を思い出してすっかり気分は萎えた。
犯罪、だめ、絶対。
私は邪な思考がバレないようにあえて明るい曲の鼻歌を奏でてタオルでガウ君の頭を拭いた。
「よっし、出来たよ!イッケメーン!!」
「ありがとー!」
ドライヤーを使うとガウ君の髪はいつもよりサラサラになってかっこ良さに磨きがかかる。これで髪をしっかり結えば森の王者だ。
私は心のシャッターで何枚もガウ君の姿を心に収める。絶対向こうに帰っても覚えておくのだ!
そうやってじっとガウ君を見て瞬きを繰り返していると、視線を感じてか真顔に戻ったガウ君が私の方に歩み寄って来る。…何か前にもあった気が…
思い出した瞬間、私は思いきり首を手で覆った。思い出した!この後噛まれるんだ!!
睨み上げて、もう噛んだら絶交だよ、と唸りを上げるが、ガウ君はそんな私にニコリと微笑むと私の目の前で腰を下ろした。
「……ぐるる……」
目を細めて低い唸りだけを上げるガウ君に今度は私が困惑した。
ガウ君は何もせずにただ、私の前で膝をつき前のめりに私の目を覗き込んでくる。
それに私は気まずい恥ずかしさを感じて瞬きも出来ずに、妖艶に笑うガウ君の顔を呆けたように口を開けて見た。……って妖艶っ!?
「…えーと…っが……ガウ君…?」
思わず出た声は自分でもビックリする程に掠れていて、妙な色気を感じる。その事に気付くと体中の熱が顔に集まり、私は羞恥に悶えた。
でもガウ君は私のその声に軽く目を見開いただけで、次の瞬間にはより口角を上げて同じく掠れる声で私の名を呼び、さらに顔を近づけー…………
ドオオオオオオンッッッ!!!
「ぎゃっ!!何だ何だっ!?」
「………」
音に驚き飛び上がった私は洞窟の奥に逃げ込んだ。地鳴りのような音がかなり近くから聞こえたのだ!
いくらこの世界の化け物に慣れたとはいえ、それは初対面でない生き物だけだ!新しい化け物が現れれば流石に怖い。
私は洞窟の最深部から外を窺う。ガウ君はそれほどビックリしていないのか、先程まで私が座っていた場所を向いたまま地鳴りが聞こえる前と同じ体制で固まっていた。
私は先程の別のドキドキも忘れて新しいドキドキが気になり、停止しているガウ君の肩を後ろから叩いて彼を呼んだ。
「ガウ君ガウ君!ここに居たら危ないかなっ!?出た方が良い?ガウ君何だかわかる?この音!」
ぺちぺちと叩き矢継ぎ早にそうまくし立てるとガウ君はその全てに答えず無言で洞窟の外へと向かった。
「ええっ!!行くのっ!?待って、私も行く!!」
すたすたと歩いて行くガウ君に一瞬驚愕するも、置いて行かれるのは怖いとガウ君の背中を追いかけ、一応毒槍を片手に洞窟の外へと向かった。




