第47話
「…ガウ君、本当に平気?」
「がう」
ぶっすーっとむくれてガウ君が返事を返す。返事をしなかったらまた鱗を持ってくると分かっているから嫌々返事をしている感じだ。
あれからすぐ顔色は良くなったが、イマイチ信用に欠ける。まだボーっとしたりするので予断は許さぬ状況だ。
私は諦めて前回貰った鱗と纏めて鞄に仕舞った。薬じゃ無くても防具にするつもりなので貯めておこうと思う。
「ガウ君、こっち行きたい」
「うがぁ」
ガウ君を連れてノートを持って森を徘徊する。今日こそ妖精を探すのだ!
あれから数時間で何事も無かったかのように元に戻ったガウ君は上機嫌で私を散歩に連れ出してくれた。
一応出掛ける前に熱と脈を計ってみたが異常は見られなかったので鱗の活躍は披露されずじまいだ。ちょっと残念。
そして現在、妖精の必要性が顕著になってきた事もあり妖精探しの旅に出ている所なのである。
「こっちって行った事ある?妖精は居るかな?」
「うー」
居ないよ、と首を振られてがっくり肩を落とす。…そうだよ、ガウ君の庭の中で妖精探しても意味ないじゃん……。
でもきょわちゃん家の建物から見た景色では一面森が広がっていたのでどう考えても森から出るには数十日はかかる。洞窟を捨てる覚悟が無いとまず探しには行けないだろう。
座り込んで唸るとガウ君にトイレを指差された。違うよ…!
不名誉な想像をされないように急いで立ち上がり足を指差し、足のせいだという事を主張する。私は今足が痛くてたまらないんだ。だから座っただけでトイレではないのだ!
本当はこの世界に来てからちょっとやそっとでは疲れない足に進化していたが、公開処刑のトイレタイムを増やされてはたまったものではないので嘘を吐く。
これ以上私のメンタルを攻撃しないでくれ!!
「うー?……がうっ!」
「えっ…わっ!ちょっ……!!」
足が疲れたという見え見えの嘘を吐いたが、野生児は嘘を吐かないのかガウ君はすぐに騙された。そして親切にも私を肩に抱えて歩き始めたのだ!
「ぐぅっ……!がっガウ君下ろして!!お腹が…っ…うげええっ!!」
「うー?かなえー?」
肩に抱えるとは、何も肩車的な事ではない。私の体を右肩で担いでいるのだ。
そんな事をされて歩かれれば私の全体重がガウ君の肩という小さな一点に集中するに決まっている。
「うげぇっ!!」
「かなえ、ごめん!うー!」
私のお腹を擦ってひたすら謝ってくれる。だが私の胃の中のウインナーが暴れて返事を返せない。
体は丈夫になっても内蔵までは丈夫にならなかったようだ。
醜態をこれ以上晒すまいと私は全力で喉に力を入れて迫り来る波を押さえた。
「……ふぅ……怖かった…」
「ごめんかなえっ!…うー…」
いやいや、元は私がバカな嘘を吐いたのが悪いんだよ、と何とかガウ君を励ます。
グレ君の一件でお姫様抱っこをしてくれたので少し下心を出した結果がこれだ。責められるべきは私だろう。
私はよろよろと年寄りのように足を震わせてガウ君にエスコートされて洞窟を目指した。…気分が悪い時は早く寝た方が良いって沙織も言ってたし…。
そんな友人の言葉を思い出していると、不意に優しい光が湖に灯っているのが見えた。
「…え?何だろ…ガウ君、ちょっとあっち行こう」
「がお」
もしかしたら妖精だろうかと期待をして湖に向かう。妖精だった場合妖精液でこの気分の悪さも治るはずだ。
だが私が予想は綺麗に外れた。あの肉食妖精がそんな綺麗な光を放つはずが無かった。
湖は妖精の住処だったので期待したが、期待に反し湖の淵で光っていたのは薄い青に発光する小さな花だった。
花は根が人の足のようになっていた。ちなみに美脚だ。その美脚をモデルウォークのようにすらりすらりとくねらせて円を作って踊っている。
「……何で盆踊りしてるの…」
「ごんおごり?」
その動きはまごう事無き盆踊りだった。一体どこからその踊りを習ったのか教えて欲しい。
しかし花はその動きを繰り返す度に色を変えてとても美しく、私は時間を忘れてしばし鑑賞した。
「……綺麗…」
「いれー?うー?」
途中でガウ君が綺麗を聞いてきたけれど、私はそれを説明できない。それは沙織に聞いてくれ。
とりあえず花を指差してパァッと華やいだ笑顔を浮かべたり指を組んで喜びを表現してみたが伝わらず。私が恥を掻いただけだった。
何か、花火みたいだな。と不意に思い隣で一緒に眺めるガウ君をチラリと見やる。
夜も相まって光に照らされたガウ君はいつもより彫が深くかっこよく見える。私はぼーっとそれに見惚れて、いつの間にか花ではなくガウ君を見ていた。
「……かなえ?」
しかしいつから気付いていたのかガウ君は不意に私に振り返り、困惑気味に私に問いかける。わっ!ばか叶!!見過ぎだよ!!
何ていうか…あれだよ、花火大会に行ったカップルがよく「花火よりも…ずっと彼の切ない横顔を見てた…」とか言うじゃん!?それみたいな感じだったの!!
そりゃあ私だって憧れた!向こうでの最後の花火大会はお兄ちゃんととろとろのタコ焼きを取り合い喧嘩をして終わった。勿論花火なんて見てはいない。
だがこの花で疑似花火大会をして、私…分かってしまったよ!カップルの気持ちがさ!!
いや、私達カップルじゃないけどさ!
だって綺麗なんだもの!!普通こういう時ニキビとかくっきり見えんでしょ?とか思ってたけど気にならないの!!凄い花火!!花だけど!
おまけにあの明るいガウ君を切なく妖艶に見せてくれたのだ。見ない女が居るか?いいや、居ない!!
そうだよ!私見惚れただけじゃん!悪くないよ私!!しいて言うならガウ君がそんなに綺麗な顔をしているのが悪い!
完全に開き直ってガウ君の顔をガン見し続ける。
すると困惑気味だったガウ君も同じく私をガン見し、お互いを見つめ合った。
…ああ…いいなぁガウ君。まつ毛めっちゃ長いじゃん。ラクダみたいだ。その鼻も親がどういう血筋だったら手に入るの?日本人じゃ無理ですか?
まじまじと観察すると、本当に王子様だと言われても違和感がない。でもこんな頑丈でほぼ全裸の王子様が居てたまるか。王子なんてこの森ではムカデにすら勝てんよ。
何故か私が得意げになってこの世界の厳しさを頭の中の王子に伝えていると、ガウ君の顔が一気に近付いた。
「え…っ!!ガ…ガウく…………いでででででででっ!!?痛いいっ!!何すんのガウ君!!」
キスされるかと思った憐れな喪女である私は夢を見て目を瞑った。
しかし唇には風しか触れず、ノーガードだった首に強い痛みが走った!
そう、ガウ君は私の首に思いっきり噛みついたのだ。私は食われるかと思った。
逃げようとした私を逃がすまいと頭を両手で固定し、私の肩に乗せた二の腕で肩甲骨辺りを固定して完全に動きを封じたガウ君は、血が出る程の強さで私の首を噛んだ。
血が滴っているのか首が少し痒いが、それをガウ君は舐め取る事もせずずっと私の首を噛む。
血を吸おうとしている訳ではないと安心したが…では一体ガウ君はどうしてしまったというのだろうか?
…え?本当に息の根止めようとしてる?
「…っ、ねえ!ガウ君、どうしたのっ?ガン見したのが気に障ったのっ!?」
「………ぐるる……」
低い唸りを出して今なお噛み続けるガウ君に恐怖よりも疑問が湧いた。
どうやら殺す気は無いという事は分かったが、いきなりなのでどういう事なのか全く分からない。…何だろ?普通のこの年頃の男の子って首噛むの?
お兄ちゃんは昔指を噛み切って血を紙に塗り付けて大声で何か叫んでたけどあれとはまた違うようだし……。
考える余裕が出始め、花が踊りを止めだした頃ようやくガウ君は私の首から歯を抜き取った。
「いてて……本気で噛んだでしょ…!傷口から菌が入って化膿したら慰謝料貰うからね!!」
「うー!!」
何が嬉しいのかニコニコと笑顔を浮かべて私の首を撫でるガウ君に毒気を抜かれる。
ため息を吐いてもう噛まないようにお願いすると、ガウ君は良い返事を返してくれた。……返事はいいんだよ、返事は。
そして洞窟に帰ると早々に薬と葉っぱを首に付けられた。絆創膏のような物だろう。作るなら何で噛んだし。
ジト―とした私の目を気にも留めず楽しそうに音符を空に飛ばしながら明日の狩りの準備に入るガウ君。
私はそれを呆れながらも無邪気に思い、小さく苦笑いを浮かべノートを取り出し文字を綴った。




