第46話
私がそう発した瞬間、龍は尻尾をバッタバッタと地面に叩きつけて「ぐぁおお!!」と誇らしげに鳴いた。
え?嘘っ、やっぱりあのグレ君!?短期間でデカくなりすぎでしょ!!
眼前のグレ君は父や母程とはいかないものの、明らかにデカさが異常だ。大きさが小さめの一軒家程はある。この数日、一体何をしたらそんなに大きくなるのだろうか?
グレ君は私が気付いた事が嬉しいのか、お得意の突進を私にお見舞いしようとしてくる。待って!君の大きさでのそれは死んでしまう!!
慌てていると、私を抱えたガウ君が突進してきたグレ君を木に飛び乗り躱し、私の心配は杞憂に終わった。…中身はまだ子供のようだね、グレ君…。
まるで孫の成長を見守るように目を細めて生温かい目で成長を喜んでいると、突進を躱されたグレ君は足踏みをして怒りを露わに唸りを上げた。
「ぐうっ!!ぐうっ!!」
鳴き声が声変わりしたのか、低くなったグレ君の声は流石龍と言うべきか迫力がある。今のグレ君が初対面だったら間違いなく私は漏らした。断言できる。
グレ君の怒声を私と共に浴びたガウ君は素知らぬ顔で、木に飛び乗った時に捲れた私のスカートを片手で直してくれている。
だがそれを見たグレ君はさらに怒りの色を強め尻尾をぶん回して近くの木々を薙ぎ払った。やだ!反抗期!?
「ちょっ…!グレ君止めてっ!!お母さん呼ぶよ!?きょわちゃーん!!お宅の子が暴れてますよーっ!!」
お母さん呼んじゃうぞ!と脅しても一向に止める気配も無い。ガウ君を殺さん勢いで縦横無尽に尻尾を叩きつけ、私はガウ君に身を寄せきょわちゃんを呼んだ。
「きょーわーっきょわわっ!!」
「ぐぅおっ!!」
私の声に反応するように天から影が降りてきて、その影が地面に叩きつけるように尻尾を縦に落としグレ君の脳天を直撃した。尻尾の主は言わずもがなきょわちゃんだ。
「あっ、他の子も居る」
後ろから色とりどりの一回り小さい龍がきょわちゃんの後を追って飛んでくる。まだ子育ては終わっていないようだ。
殴られたグレ君はよろよろと立ち上がり、きょわちゃんを一度見て唸りを上げた後再びガウ君と私にドシンドシンと音を響かせて近付く。…が、それを見た他の弟妹達がグレ君の行く手を阻んだ。
「ぐおうっ!!ぐああっ!!」
私達に近寄れず苛立たし気に声を上げて力技で前に進もうとする。一体何がそんなに彼の気に触ったのだろうか?
…そういえば、最初から私を狙ってた気がする。
私が洞窟から顔を出そうとした瞬間首を絞められ、グレ君の名前を呼んだ瞬間突進されそうになり、躱したら木ごと薙ぎ払われそうになり……あれ?私めっちゃ嫌われてない?
これでも一応乳母的な位置に私は居たと思う。その乳母はグレ君に嫌われていたのだろうか?ショックが半端ない。
私的にはグレ君が1番懐いてくれていると思っていた分ショックが大きい。私は頭を抱え嫌われた原因を考えた。
「…?かなえ?うー?」
「…ガウ君、私って…お節介かな……お兄ちゃんしか居なかったから、分かんないや……」
「?あかんあいや?」
律義に問いかけに答えようとしてくれるガウ君に私は手を振ってもういいと伝える。答えはもう出ていた。
「私……グレ君に嫌われてんだなぁ…」
「いらわれてんがぁ?」
「き・ら・わ・れ・て・た。嫌い」
「うー?いらい?」
自暴自棄になり、御座なりに「好きじゃないって事」と適当に返す。その間もグレ君は私に突進しようと砂埃を上げて足踏みをしている。
だが流石に堪忍袋の緒が切れたのかきょわちゃんが先程よりも強めにグレ君の頭を殴り、グレ君は起き上がらなくなった。
「きょわわ…」
息子が起き上がらないのを確認すると、きょわちゃんは涙を浮かべて私の髪をもしゃもしゃと食むように弄る。
「いいよ、きょわちゃん。嫌われてる私が悪いんだ…」
まさかこんな所まで追いかけてくる程嫌われているなんて…。一周回って逆に好きなんじゃないかと思う。
兄弟龍達も兄が大人しくなった途端目を輝かせて私にすりすりと頬擦りし始めた。この子達は私を嫌っていないようで少し安心した。攫われて世話して嫌われるっていうのは流石にひどい。
「!あっ、アオちゃん?やだあっ大きくなっちゃってー!!」
「みゅー!」
親戚のおばさんのように、末っ子ながらも立派に大きくなったアオちゃんの成長を喜ぶと、アオちゃんは恥ずかし気に…されど誇らしそうに胸を張った。
私にちゃんと飛べるようになった所を見て欲しいのか、空中でクルクル回ってショーまで見せてくれた。…う、美しい!!
メスの龍には髭が無く、目が丸く優しげなのが特徴だ。
それに飾りのようにリボンのような帯が体をくるくると包んでいるのはきょわちゃんも一緒なのでメスの生態なのだろう。オスの尻尾が臭いのと一緒か。
だからそれがヒラヒラと踊るようなアオちゃんの舞いは神々しく見惚れた。何だか儀式を見ているようだ。
無言でずっとそれを見ていると、相手にしてもらえないからか他の子達が私のスカートを噛んで興味を引こうとしている。前回これで怒られて味を占めたのだろう。
「がうっ!!ぐるる…!!」
だが今回はガウ君が居るので私が怒る前に叩き落とし、私を抱えたまま距離を取る。
叩かれた事に腹を立てたのか龍達はガウ君同様唸り声を上げたが、すぐにきょわちゃんに流れるように頭を叩かれて静かになった。
…きょわちゃん容赦ないな…。
「きょわっ!!」
改めて挨拶するようにきょわちゃんが私の前に降り立ち、クリクリの可愛い瞳で私を見つめる。
私は一応挨拶として頭を下げたが、意味はきっと分かっていないだろう。
「久しぶり、きょわちゃん!旦那龍と仲良くしてる?」
「きょわわ!!」
何だか会話しているような気分になり嬉しかったが、後ろで伸びているグレ君がシュールだ。…息子さん、あのままで大丈夫なの?
私がグレ君をチラチラ見ている事に気付いたのか、きょわちゃんは一鳴きして他の子達に指示を飛ばし、グレ君を持ち上げさせ飛んで行った。きっと家に強制送還されたのだ。
やりきった顔できょわちゃんは私の前で鼻息を荒げて凛としている。母は強しって奴か。
だが、そんなきょわちゃんに苦笑いをしていると、不意に洞窟の奥を覗いたきょわちゃんが不思議そうに私とガウ君を交互に見た。
「きょわ?」
「え?どうかした?」
首を傾げて何かを問うているであろうきょわちゃんに逆に聞き返す。だがお互いの言葉が通じないので顔を見合わせ首を傾げるばかりだ。
困った私はガウ君に助けを求めると、どうした事かガウ君は顔をトマトのように赤くしながら大量の汗を掻いていた。
「えっっ!!ガウ君どうしたのっ!?ねねね、熱か!?そんな薄着をしてるからだよおバカ!!」
普段見た事のないガウ君に私は対照的に顔を青くしてガウ君のおでこと頬と首を順に触り温度と脈を確かめる。
は、早い!脈が早い!!どうしよう、この世界に熱冷ましなんてあるのっ!?私打ち身と火傷の薬の作り方しか分からないよ!!
そういえばさっきも停止してたりで様子おかしかったもんね!ああ、頬叩いたりセクハラしたりしてごめんね!!
もう私には祈る事と薬以外の看病しか出来ないので、未だに空をクルクル舞っているアオちゃんに祈りを捧げた。
そんな私を見かねてか、きょわちゃんは前と同じように尻尾を強く地面に叩きつけ鱗を飛ばし私を呼んだ。
「きょわわわっ!」
まるでこれを使え!とでも言うような声に私はピンときた!
そうだ!龍の鱗って凄いレアって聞くじゃん!もしかしたら不治の病に効いたりとかする秘伝の薬なんじゃないの!?
私はタイミングも相まってそう解釈し、きょわちゃんにお礼を言って抱えられるだけの鱗を持ってガウ君の元へ駆け寄った。
「ガウ君!これもしかしたら効くかも…」
「!!がううっ!!ぐぎゃあっ!!ぐるる…!!」
ガウ君が私を視界に入れた途端驚愕に目を見開き。飛ぶように私から距離を取ると思いっ切り歯を剥いた。
「だめだよ、ガウ君好き嫌いは。たぶん効くから…ね?」
「ぐぎゃぐるぁ!!かなえっ!!いぎゃるっぐぁ!!」
ブンブンと首を振って木に隠れながら威嚇を繰り返すガウ君に不安が募った。
…あれ?もしかしてこれって薬じゃないの…?
異常な程拒否するガウ君に不安が湧き上がる。きょわちゃんがこのタイミングでくれたから薬かと思ったけど……まさか毒?
そろりと振り返りきょわちゃんを見ると不思議そうに私とガウ君のやり取りを見ている。…毒をくれたような感じはしないけれど…。
だが本人がここまで嫌がるのにも何か理由があるのだろう。心配ではあるが、これはもっと悪化した時にしよう。この状態のガウ君に私が勝てる気がしない。
私はガウ君に鱗を食べさせるのを諦め、きょわちゃんにお礼を言った。
きょわちゃんはそれに嬉しそうに鳴いた後、まだ舞い続けている末っ子を呼んで上機嫌で巣に帰って行った。




