第39話
夕方になり、先程のファーストキス事件が夢だったのではないかと思い始めた頃、ガウ君はずっとナイフを使って作っていた何かを自慢するように私の前に広げた。
「がぁーお!」
気持ち得意げなガウ君の声に、空を延々と見ていた私は首を傾げて、それが広げられた地面に注目した。
「………槍?」
まさしくそれは槍だった。しかし薙刀の方が近いのかも知れない。刃先が異様に長いそれは、大体の生き物の腹程度なら貫通させられそうな程長く…そしてよく見ると先には黄色い汁のような物が染みていた。
「黄ばんでるよ、これ。樹液…?」
「がうっ!!」
私がそれを指に付けて舐めようとすると、ガウ君が凄まじい速さで私の手を掴み水をぶっかけた。
「ぶばぁっ!!?ちょっちょ、ガウ君!手を洗うだけなら手だけに…!!」
「ぐるる…うー!!がうぎゃあっ!!」
めっちゃキレられてる…!!
そんなにも触ってはいけないものだったのか、鬼の形相で私の手を手の皮が剥がれる程の強さで擦る。それも痛いが、あの樹液のような物が何だったのかが気になってあまり痛くはなかった。
…えっ、アレってそんなにヤバいものなの?
洗われながら化け物を見るような目で槍を見る。…もしかして毒だったとか?
しばらくされるがままに洗われていた私だったが、ようやく洗い流せたと判断され体感10分程でやっと解放された。
「うー…がうあ…」
「ご、ごめん…」
ジトーっとした目で私を非難するガウ君。私は居たたまれなくて槍から距離を置いて謝った。
そんな私を仕方がない子を前にしたようにため息を吐いて、ガウ君は床に転がった槍を手に取った。……とうとうガウ君にため息まで吐かせるようになってしまったのか…
絶望が胸を抉るが、やれやれという顔でガウ君はモーションを使って説明してくれた。…迷惑かけます……。
その結果、分かった事はこの樹液はやはり毒だという事だ。
ガウ君は槍で自分を切りつけるような動作をすると、その場に倒れこんだ。そして、痙攣するように体をビクビクと倒れながら揺らすと、それは徐々に治まってゆき……最後には眠るように目を閉じ動かなくなった。
私はそれを見てガタガタと体が震えた!あれだ、粘膜に当たったら死ぬ系の毒だ!!
ここはもはやファンタジーではない!日常的に殺人事件が起きるサスペンスの世界だ!!
こんな危険な物が素人の手に渡る環境にあるなんて…政府は何をしてるんだ!?トリカブトだって生えていそうだ!
その後、気を付けろという事かガウ君に案内され、綺麗な緑から紫にグラデーションするさやえんどうのような植物の前に連れてこられた。そしてそれを指差した後、槍の先端を指差す。
……ああ……このさやえんどうが毒なんですね……
「…触っちゃ、ダメなんだよね?」
「がぁお」
動きで伝えると、神妙な面持ちでこっくりと頷いた。
…それを確認し、私は地平線に消えてゆく太陽に背を向けて、来たる夜空をそっと仰いだ。
……これ、ここに来て3日目に食べようか悩んでた植物だ……
瀬戸叶、17歳。ようやっと自分にサバイバル能力が無い事を知る。
「ガウ君、ここに埋めてもいい?」
「がうっ」
了承を得て、ガウ君監修のもとムカデを畑に埋める。
頭を潰したムカデは溶解液なども吐かないので安全だが、早く埋めないと明日の晩御飯には間に合わないのでせっせとガウ君に確認を取りつつ私は初めて正式にムカデを埋める事が出来た。
…これが明日の同じ時間にはウインナーになるのだから不思議だ。しかも溶解液は一体どこに消えるのだろうか?
答えの絶対に出ない疑問を悶々と考えると頭が痛くなってきた…。ムカデの事を追い出すように私は先程ガウ君に頂いた球体の木の実をぼりぼりと食べながら手ごろな葉っぱを探してキョロキョロと周囲を見渡した。
そう、下着を作るのだ。
もう葉っぱが腐って現実的でないとか考えている場合ではない。股を守るものが欲しいのだ。
正直胸は揺れないので問題は無い。悲しい事にね!だが股は違う。
ジャージを無くした今、私の下半身の防御力は限りなく低い!!ガウ君だから良いものの、これが禁欲生活1ヵ月程の男だった場合を考えると私の純潔はきっと散っている。
だって!女子高生が!ノーパンで!同じ屋根の下で!横で寝てるんだよ!?私ラッキーだったとしか言いようがない!ガウ君14歳くらいだし!!
私は己で考えた可能性に気付き心臓がバクバクと騒ぎ血の気が引いた。本当、私ファーストキスぐらいで騒いでる場合じゃないよ…。
「がーうぅ!」
「ん?おおっ!ガウ君っ、それ良いよ!採用!!」
「あいおー?」
ガウ君も葉っぱを拾っては職人のように険しい顔で違うと首を振る私を真似て、色んな葉っぱを拾ってきてくれた。どの葉っぱもそれなりに大きいが、ちょうど良い強度の葉っぱが無かったのだ。
大体この森の葉っぱはイカレてる。何だあの毛むくじゃらの葉っぱは…何の為の毛なんだ…
だがガウ君が拾って来た葉っぱは、大変嬉しい事に強度も程よく、妙にフカフカしている下着に最適な葉っぱだった!大きさもなかなか良いので私はこれで下着を作る事にした。
「うーん、でも針と糸も欲しいよね…縫えたら服も作れるし…」
私が独り言を呟くと、ガウ君が興味を持ち言葉の意味を問いかける。本当、彼の向上心には頭が下がる。きっと人類は彼のような好奇心の塊が発展させていったのだろう。
私はガウ君に丁寧に針と糸を伝えると、ガウ君は何かひらめいたような顔で私に一声かけると、私を置いて蔓に掴まり行ってしまった。
…え?もしかして針と糸あるの?
呆然とガウ君の小さくなる後ろ姿を見送り、私は希望に胸を膨らませた。龍の事で再確認したが、ガウ君とコミュニケーションが取れるのはこのサバイバルでかなり有利に働いている。
今もほら、こうやって私の求める物を探すのを手伝ってくれる。しかもドンピシャな葉っぱまでくれた。
私はジーンと感動し、葉っぱを股に当てて使い心地を確認した。…めっちゃいい…!!
だが、どこまで行っているのかガウ君は全く帰って来る気配がなかった。流石にそろそろ化け物が出そうなので帰ってきて欲しい。
「…何かあったらお前の出番だからね」
私は背負った毒槍を振り返り呟く。
あの後ガウ君は私に持たせたかったのか、毒の部分に何度も注意しながら私にこの槍を装備させた。
あんな目に何度も遭ったので自分の身ぐらい守れるようになれという事だと思う。私もそう思うよ。
幸い槍の全長は2m近くあるので、私の胴に括りつけた状態だと刃先に掠りもしないので安心だ。
…だが、果たして初心者にこんなガチな武器を使いこなす事が出来るのだろうか…?
私は槍の手に持つ部分を擦りながら不安から目を逸らすように辺りの葉っぱを観察した。縄を作る用の丈夫で細い葉っぱも出来れば今日採取したいのだ。
だが今日私は魔力に目覚めてしまった。自動火おこし機を作ろうと思って縄を作る予定だったが…正直もういらない気がしないでもない。
「…ま、まぁ…縄は、あるに越した事ないから…」
暇な私は自分でも必要なさそうだと気付きながらも、この虚無の時間を耐える為に草の選別を開始した。
だが、開始して数分。私はある事に気付いた。
「あれれ…これ、何か石鹸みたいな匂いする…!」
青い、いかにも清潔です!といった風貌の小さな花が咲いた植物が、石鹸のような爽やかな香りを放っていた。…しかし。
「……毒あったら怖いな…」
ここに来て学んだ事。現地の人の居ない所で勝手に植物を触ってはいけない。
私は毒の恐怖が体を駆け巡るのを感じてじっと花を見つめながらガウ君の帰りを待った。…もし害が無かったらシャンプー代わりに髪に香り付けしたいのだ。
自分の髪からこんな香りが放たれたら…と考えると、どこかに置き去りにしたはずの私の女子力が戻って来てくれた!そうそう、お前のお家はここだよ!
―地味にその事実に歓喜した直後、私の背後から雄叫びが上がった。
「どおおおおおおうっ!!!」
「ひぃやああっ!?誰!誰!誰ええっ!!?」
最近気配に敏感になってきた私は、背後の声の“ど”の段階で既に叫びを上げ振り返っていた。
目の前に立ちふさがる生き物は、茂みから現れたのか木葉を体毛に巻き込んだ牛のような人間のような生き物だった。
顔は牛っぽいくせに仁王立ちをして、黒いロングヘアーはウェーブがかかっていてどこか色気がある長毛だ。
…だがしかし…その手に持つ物に私は吐き気を催した。
「…ぅええっ…!!」
奴はあのウサギの化け物の本体である歯が8重になっている化け物の頭部だけを片手で2つ掴んで、私を見ながらバリバリと額の石ごと食べだしたのだ。
グロい…グロすぎる……!!
こみ上げた胃酸で喉を焼きながらも、私は急いで体勢を立て直して槍を構えた。どう考えても逃げられない。
私の鍛えられた直感が言っている。この化け物は妖精以上だと。
ゴクリと唾を飲み込み、震える足に力を込めて無理やり震えを止めた。こんなに震えていては戦えやしない。
でも良かった。ガウ君が食べられてなくて……。ガウ君だったら半狂乱で向かってゆく自分が容易に想像できる。
…そもそもガウ君の居ないこの世界では私は生きてはいけないので当たり前の反応だと言えるだろう。
その考えに妙にざわつきながら、奴との間合いを取り、その動向に集中した。




