第38話
そしてしばらく馬鹿みたいに褒められた後に食べた久々のウインナーはめちゃくちゃ美味しかった。
この世界で言えばこのウインナーはみそ汁に匹敵する。まさにおふくろの味だ。
体型的に私よりガウ君の方が食べなさ過ぎて心配なレベルなのに、ガウ君は私にばかりウインナーをくれようとする。
拒否してガウ君に食べて貰いたい所だが、前にそれをしてガウ君に喉を貫通させられそうになった時の事を思い出して体が震えた。あれはダメだ。
仕方なく差し出されるウインナーを受け取ったが、お腹は本当に空いていない。一体どうしたものか…
「…うーん、私もういいんだけど……おっ?」
と、その瞬間良い考えが脳を駆け巡った!そうだ、あーんしたら良いんじゃないか?
突き返そうとするから突っ込まれる訳で、私からガウ君に食べさせようとすればウインナー自体は私の手の中にあるし安全なんじゃないだろうか?
あーんは悲しい話、彼氏が出来たらやりたかった事だ。
しかし今異世界だし、スマホにも兄以外若い男からの着信は1つもない。最悪私はあーんを人生で一度もする事無く死ぬ可能性だってある。それは流石にやり切れない。
恥ずかしくないのかと問われれば恥ずかしい。当たり前だ。しかしこの世界に来て犯した醜態の数々を考えると恥とは何かという悟りの扉を開きそうになる。
私にとっての恥とは、生きる為に恥を捨てきれずに死ぬ事である。
「ガウ君…あーん」
よってこれは試練なのだ。これ如きこなせないと我が世界の恋愛戦争では早々に戦死してしまう事だろう。ならば私の今最も仲の良い歳の近い男子…ガウ君で経験値を上げるしかない!!
年増の欲に若い少年を巻き込むのは非常に心苦しいが、私だって女子だ。甘い妄想の1つや2つ、叶えたいと願ってもバチは当たらないだろうと開き直りながら犯罪者のような目で枝を握る。
若干震える手でウインナーを枝ごとガウ君の口に近付けると、私を疑わないガウ君は虚を突かれたように目を真ん丸にして、ウインナーと私を交互に見比べた。
「ガウ君、あーんして。あーって口を開くの」
そう言うや否や、ガウ君はひらめいた!と私からウインナーを取ろうとする。ちょ!違うっ!!私の口に入れるんじゃない!!それしたら私の喉が貫通するじゃないか!!
絶対離さない!と枝を握りしめて首を振る。すると戸惑ったように手をうろうろと宙を彷徨わせる。どうすれば良いか分からないのだろう。
「ガウ君、あーん。口をあーって開けるの。分かる?あー」
「………がぁー…」
ガウ君を指差して言うとやっとわかってくれたのかゆっくりと口を開けて固まった。理解が早くて助かる!
私はその行動に偉いね。と笑って言うと、ガウ君の口にウインナーを放り込んだ。
「う?」
「はい、どうぞガウ君。そのまま噛んで」
私が頷くとガウ君は私の顔を見ながらもしゃもしゃと食べ続けた。偉いね、と私が頭を撫でるとご機嫌になってペロリと食べ終えてしまった。やっぱりお腹が空いていたんだろう。
「うー!かなえー!うー!がぁー!!」
味を占めたのかガウ君は再度おかわりを要求して口を開けた。私はそれに何だか犬に芸を教えたような気持ちになり、ある分だけガウ君の口にウインナーを放り込み続けた。
「うー!がおー!」
満足気に鳴いてお腹を撫でるガウ君。お腹は満たされたようだ、良かった。
私はというとガウ君にあーんをした事で恋愛経験値が上がったような気がして達成感を感じ空を見上げている最中だ。
…ああ、世界はこんなにも美しく残酷だったのか。
もう正直下着が溶けて消えたあたりから私の恋愛運は死んでるんだろうなと思っていた。
…いや、その前から死んでた気がしないでもないが…
しかしそれは幻であり贅沢な事だと思う。だって、見てよこの美少年。この美少年と私暮らしてるんだよ?勝ち組じゃない?
…いやいや!邪な目で見てる訳じゃないよっ!?私だって節操はある!
確かにガウ君がせめて私と同い年ぐらいだったらとは考えなかった訳ではない!しかし皆誰しもが通る道でしょ!?異世界で助けてくれた人と恋に落ちるっていうのは!!
こんな献身的な男、きっと元の世界帰っても居ないんだろうな…お兄ちゃんだって、この前彼女に浮気バレてその浮気相手からも振られてたし…
私だってここが異世界じゃなければ、ガウ君と結婚を前提にお付き合いして欲しい位には好意を抱いている自覚がある!
でもガウ君異世界人じゃん!しかも野生児じゃん!会話できないじゃん!!
それに私帰らなきゃだし…と考えて心が沈む。
……そうだった。ガウ君ともお別れしなくちゃいけないんだった…。
「…はぁぁ……そうじゃん……」
私は洞窟の入り口付近で三角座りをして、足に巻き付けた腕に額を当てて作られた暗闇で重い息を吐いた。
…皆にはもちろん会いたい。だって何も言わずにこんな所に来てしまったのだ。きっと私が思ってる以上に不安だろう。
家族と友人の顔が浮かんで、重く私の心にのしかかるのを感じた。皆きっと、私が帰って来たら喜んでくれるだろう。
ではその時ガウ君は?ガウ君はまたこの森で1人暮らすのだろうか?
心配になって満足そうにお腹を擦るガウ君に視線を移すと、視線に気付いたガウ君が私の所にコロコロと転がって移動してきた。
そして私の、スカートの中身が見えるかもと思い急いで投げ出した足に頭を置くと、私の顔を見てにぱっと笑った。
「うーがぁ!ありがとーかなえー!」
きっとあーんをした事にだろう。それに対する感謝だ。
しかし、そのありがとうが自意識過剰にも私と出会った事に対してではないかと、先程まで私が居ない間のガウ君の事を考えていた私は、1人寂しく洞窟で蹲るガウ君を想像してしまい、鼻の奥がツンと沁みて私は急いで手で顔を覆った。
「……う…?かなえ?…かなえ?」
「…っ…ごめん、何でもないからっ、ちょ、ちょっと待ってて…」
いつもならガウ君のありがとうに笑ってどういたしまして、と返す私が何も言わないのを不審に思ったガウ君が私の顔を覆う手を外して驚愕の表情に変わる。
私は心配をかけないために上を向いて涙が零れるのを阻止した。
ああ、最近は本当に涙脆くなっていけない。でも、これは何の涙だろうか?自分でもよく……分からない。
寂しい?可哀想だから?どれも何だかピンとこなかった。…でも、何かの感情が強く私の胸に湧き上がる。ああ、なんて、もどかしい。
私が喉をしゃくり上げ、静かに涙が止まるのを待っていると、一言も発さずそれを見ていたであろうガウ君が私の膝から起き上がり、同じように座ると私の顔を両手でつかんで顔を合わせた。
「っ…?ガウ君……?もうちょっと待って…ね?…ね…」
「かなえ。ぐるる…」
そう何か呟いてガウ君は私の涙を舐めた。
私は驚愕に目を見開き逃げようと後退るが、顔を掴まれているのでこれ以上逃げられずガウ君の手を掴んでパニックになった。
「えええ!?いやいや、ちょ、ちょっと落ち着こうガウ君!!涙を舐めるのは止めよう!不純物が多いらしいよっ!?ありがたいけどさ!と、止めようとしてくれてるんだよね!?分かる!分かるよ!!ありがとう!!で、でもね?まずいでしょっ!?止めようか!ねぇっ!ガウ君ってば!!」
「………ぐるる…」
ガウ君は聞こえないかのように私の言葉を完全無視して尚も舐め続ける。止めての意味知ってるでしょ!?何で無視するのっ!?
しかもガウ君、最初の時涙舐めてまずがってたじゃんっ!なんでそんな普通な顔して舐めれてるの!?訳を教えて!!
涙は驚いて止まったが、出た涙は戻らない。故に私の顔面に残った涙をガウ君が舐め取るという行為は止まることなく続けられた。
―…しかし、そんな事を顔面の上で続けていると、悲劇が起きる訳で…
「ガウ君っ!ね、ねぇ?もうほらっ!泣き止ん…………!!!!」
…私の顔中を舐め回すガウ君。その範囲は鼻はもちろん、耳付近、こめかみにまで至る。正直これは涙ではなくて私の顔を舐めてるな、と冷静に思った瞬間……なるべくしてなった悲劇が起きた。
(……わっ……わわわわ、私の…!!ファーストキッスがっっ!!!!)
ガウ君のカサついた唇が、私の同じくカサつく唇と掠れるように一瞬重なったのだ!!しかもそれだけではない!!ガウ君は唇まで舐めてきたのだ!
「むっ…!!ちょ…っ…!……!!……!?」
ダメだ!喋ろうとするとさらなる悲劇が起きる気がする!!
私はきっと赤面を通り越して蒼白になっているであろう自分に同情した。
舐めるという行為は外国で言う所の挨拶に近い感覚なのかも知れないが、私にとってはそうではない!!
私には、放課後の夕暮れ時に保健室でお見舞いに来てくれた男子にカーテンに隠れてキスされるという具体的な夢があったのだ!
それが!まさかの洞窟!!しかも出会って間もない年下男子!!
私が色々とショックを受けて放心している間に、全ての涙を舐め取ったガウ君はやりきった顔で「がおう!」と太陽のような笑みで鳴いた。
……私、なんかもう…色んな意味で元の世界に帰れない気がする………
常識どころか、ファーストキスまで奪われる世界で、不意に私はそんな事を思った。
「……何も知らないって……凄い……」
私の呆然と呟く声に反応する事無く、ガウ君は新しい武器の制作に取り掛かりだした。




