第37話
仰向けにひっくり返るように驚き飛び上がる。その声の主は、先程どこかに走って行ったガウ君だった。
…何か前にもこんな事あったなぁ…
懐かしさに感慨深く頷き、ボーっと立ち続けるガウ君にお帰りと言うと何だか微妙な顔をされた。
…あれ?いつもならこれでご機嫌になるんだけど…
不安を覚えて困惑する私をしばらく見つめていたガウ君は、ハッとしたように体を跳ねさせて口を開いた。
「…かえう、えう…おあえり?おあえ…お、おあ、おか、おかえり?」
「!!ガウ君っ!!なんて成長の早い子!!」
ブワッと涙が膜を作り目を覆った。私が疑問を抱いた直後、ガウ君はお帰りをマスターしたのだ!
もうほぼ生活に必要なコミュニケーションは取れるよガウ君!!私の検定試験に合格したよおめでとう!!
わーいわーい!と先程の疑問を空の彼方に飛ばしてガウ君の手を取って円を描きくるくると回る。ガウ君は次第に笑顔になってお帰りを連呼した。
「おかえり!おかえりかなえ!!」
「私が帰って来たんじゃないよー!ガウ君がお帰りー!!」
「がう?がう、おかえりー!!」
平和にあはは、うふふと花を飛ばしながら回り続ける私達。そう言えば私がお帰りでも成立するんだった。龍の所から帰ってきた訳だからね!
あ!と思い出しガウ君の手を放す。
すると先程まで楽し気だったガウ君は一転しょんぼりと悲しそうな顔をし、私は慌てた。
「あっ!いやいやそうじゃなくてね…ガウ君、私は?」
「…うー?……がう、かなえ」
「そうそう!!もう一度!」
「かなえ!かなえ!!」
「~!っっそうだよガウ君!!私叶だよおっ!!凄いねぇ!!偉いねえっ!!」
「うー!!がう、えあい!!かなえ!かなえ!!かなえ!!」
私に頭をわしゃわしゃと撫でられ上機嫌のガウ君。今度は私を抱き上げくるくると回った。…ってちょちょ!!下着を穿いていない女子を裸男子が抱きしめるのはいけない!!そしてスカートがまた風に靡く!!
…あっ!?今ちょっと捲れた!!ぎゃー!!!
そして小一時間回転して、私はやっと何かを思い出したガウ君に下ろされた。
…計6回は捲れたよ…スカート…
もう本当に葉っぱで下着を作るしかない!とパンツ制作に情熱を燃やしていると、ガウ君が何か入れ物を持って小走りでやって来た。…ん?妖精液?
首を傾げてガウ君の抱えるそれを見ていると、ガウ君が硬い葉っぱを巻いて作った蓋をパサリと開けた。
すると中からは見慣れた深紅に煌めく宝石のような石が数粒、入れ物の半量程の高さまで入っていた。
…えーと、これは…魔石だよね?
「ま、魔石だね…」
「がう!」
いや返事を返されましても…ど、どうしろと?
へー…そうなんだー…と反応も薄く、私が1つ手に取り転がしていると、ガウ君は不意に投げるような動作をした。
「?何してるの、ガウ君?火をおこすの?」
「がうっ!がうっ!」
一度投げる動作をするとこっちを見て、そして私が何もしないとまた投げる動作を繰り返す…
たぶん私に投げろと言っているのだろう。
しかし、思い出して欲しい。私は魔力が無いので魔石が使えないのだ。ガウ君もその事は知っているはずである。
だが私がやるまでガウ君はずっとこれを続けるつもりなのだろう…何度も私を見ては投げを繰り返すガウ君を見て、私は諦めのため息を吐いて洞窟の奥に投げる為に軽く腕を回し、筋を伸ばしてから振りかぶった。
「ふぅ……煉獄を纏いし紅き聖霊よ!我、瀬戸叶の名のもとに、その熱き情熱を楔とし斜陽の時を飲み込みたまえっ!必殺!!イフリート・オブ・アビス!!」
いっそこういう時でないとこんな恥ずかしいセリフは人生で二度と大声で言えないと思い、力の限り叫んだ。
私とガウ君以外居ないならこういう恥ずかしいセリフも何も恥じるべきものではないと思う。
そもそも聞いたガウ君も首を傾げているし、元の世界で全国放送でもされていない限り私の醜態は誰にも晒されない!
つまり今しかないよね!!私、こういうの言ってみたかったんだ!!
私はお父さんが応援していた虎のマークの野球チームに所属するピッチャーを真似て華麗なフォームでぶん投げた!!消えろ!我が魔球!!
……すると、魔球は火が点き洞窟の奥で火花を散らせて燃え盛った。……………えっ。
「えっ」
「があおぅ!」
「えっ」
えっ……しか声が出ない。
……えっ、うっ…嘘!わ、私…もしかして…!!
「や、野球の才能が…?」
なんという事だろう。女子に生まれながらも野球の才能を開花させてしまった!!ああ、何と憐れな才能…!!
石が燃える程の速度なんて、元の世界だったら私は英雄だ!テレビで朝から晩まで取り上げられ、投げさせられる事だろう!!そして私は言うのだ、「この才能に目覚めた経緯ですか?やっぱり、異世界での生活が作用したのではないかと思うんですよね。あそこでの生活が無ければ、今の私は居なかったと思います」と…!!
そして私は異世界に渡ったものとして一躍時の人となり、初期から私に密着取材をしていたカメラマンと…!!
「かなえ、うー!!」
…!あっ!!いけない!!結菜の妄想脳が私にもいつの間にか移ってしまっていた!私にそんなメルヘンな趣味は無い!!
ああ、怖い怖い。結菜と長く一緒にいるとこんな弊害を患うのか…沙織にも注意喚起が必要だ。
頭を叩いて自分を戒める。落ち着け叶、お前はただの貧乳だ。
自我を取り戻し、ガウ君が興奮気味に指差す石をガウ君に引っ付いて見に行く。すると、石は未だにぼうぼうと激しく燃え盛っていた。
…うん、いや…どう考えても摩擦熱とかではない。
しかも私の見間違えでなければ洞窟の奥の壁に当たる前に無残にもてん、てん、と床に転がっていた。野球なら絶対打たれていたであろう速度の球だった…
ですよねー…と乾いた笑いを零したが、それでもやはり疑問が残る。…ならば一体どうしてこの石は私が投げたのに燃えているのだろう?
魔力?いや、それは最初に試したから関係ないはずだ。だって私は魔力が無いので、火を点ける際はガウ君に点けてもらっていた。
しかしさっきの石は絶対に私が投げた石だ。……分かんない…。
「ガウ君……どゆこと?」
真面目な顔でガウ君に問う。もうこれ以上考えても答えは出ないと判断したのでガウ君に聞くことにした。
ガウ君に聞いても伝わらないだろうと、半ば諦め気味に問うと意外にもガウ君に通じたのか何やら手をふわふわ浮かべてジェスチャーをとりだした。
「う…うー?がお。……かなえ、いぎゃう……がぁ!」
言葉は理解出来なかったが、動きから少々だが読み取る事が出来た。
ガウ君は先程の色違い妖精の液が入っていた入れ物を持つと、それを飲む動作をした。そして、何だか元気に走り回ると魔石を投げる動作を最後に私を振り返る。
これから読み取るなら、私が色違いの妖精液を飲んで力が湧き上がり、魔石を投げるとこうなるようになっている。…という事になる。
……つまり……つまりっ!!私ってば異世界で魔法デビューしちゃったという事だっ!!
「まじでかーっ!!やったぁ!!やったよ結菜!沙織ーっ!!私魔法使いになったよー!!魔石頼りだけど出せるよー!!…あっ!動画っ、動画撮らなきゃ!!」
凄いよ色違い妖精液!!私にも魔法が使えるようにしてくれた!!ありゃあ発酵に時間がかかる訳だ、こんな便利な物が大量生産出来てたまるか!!
普通の妖精液が回復薬だとすると、あの色違いの妖精液は魔力回復薬と言ったところだろうか?凄いよ!元から無い人にも力を授けてくれるのか!今までで1番異世界っぽい要素!!
私は急いでバッグからスマホをとりだした。そして動画モードにして、いざ撮影しようとスタートボタンを押すと、無情な文字が並んだ。
“問題が発生したためカメラを終了します”
「あああっ!!もうっ、何で!?一生に一度もない事だよっ!?」
何度やり直しても同じ言葉で強制終了させられる…私は初めてこのスマホに殺意が湧いた。
…もういい、良いんだ。心の目で記憶すれば…。見えなくても私の心の中にはこの光景が鮮明に思い出せるから…!
涙をのんで燃える火を目に焼き付けていると、ガウ君が収穫して来たであろうウインナーを枝に刺して、私の火で焼き始めた!
私の火が役に立ってる!!
「ね、ねぇガウ君…この火ね…私が点けたんだぁー…」
「うー?がぁ!かなえ、うごいうごい!!」
「えっ、ええー?そんな、大した事ないってー!や、やだなぁもー!!」
「えあいえあい!かなえ、えあい!」
私が自分を指差し、それ、私が点けたんですよ?知ってました?とそれとなくアピールしてみると、察しの良いガウ君はすぐに私を褒めてくれた。
私は頭をぼりぼり掻いて謙虚な姿勢でガウ君に頭を撫でられた。
自ら褒められに行ったくせに何謙遜してんだっていう突っ込みは止めてくれ。私がもう自分でした。
だって人間って褒めて欲しい生き物だもの!この地で私の事褒めてくれるの、ガウ君だけなんだもの!!
龍達もお手伝いさんの私を結局褒めてくれる事は無かった。…というかそもそも会話が出来ないし。
最終的にありがとう、叶。とか言ってくれてたのかも知れないけれど、私には伝わらない。
ガウ君は多少私と会話できるので、その違いはとても大きい。
しかもガウ君が私と同じ言葉を覚えるたびに私が褒めるものだから、聞きかじった現代のお褒めの言葉をガウ君は私にくれる。
私によってガウ君は何かが出来るようになったら、その人を褒めるという事を覚えてくれたようだ。
そんな訳で偉いと凄いを連呼され、現在私は有頂天だ!目が恵比寿様みたいになっている自覚がある。
「えあい!えあい!かあえ、えあい!うごい!」
「や、やだよ~調子の良い事言って~!で、でもやぶさかでもないけどね?まぁ?また火を点ける事があったら言ってくれたら良いから~」
ありがとう、色違い妖精液。私は君のおかげでやっとガウ君の役に立てそうだ。
レア妖精に感謝しながらガウ君に太鼓持ちをしてもらい、その日私は天狗になった。




