第35話
2人のがうがう合戦を見ていると、空を飛んでいた龍一家が全員降りてきてこちらに近付いてきた。
その中で私を見つめるきょわちゃんと目が合ったが、私と目が合ったとたん涙でうるうると目が潤みだす。
ええっ!!どうしたのっ!!やめてきょわちゃん!きょわちゃんに泣かれると旦那龍に殺されちゃうよ!!
「…きょわわ…」
「…ふぉふぉふぉ」
こっちも何か言ってるけど分かんない。
どうして世界は私に翻訳機能を付けてくれなかったのか。私、今とても不便!!
憤慨しつつ呆れつつ、ぼーっとそのやり取りを見ていると、他の子龍達が私の元に集まりだした。
「ぴー!」
「…くぅ、くぅ…」
「きょーわっ!!」
「きょ…」
集まるや否や、ほっとかれてる私が可哀想になったのか、皆で一斉に頬擦りしてくれる。ああ、可愛い……
何だかんだお手伝いさんにも情があったらしい事に少しだけほっこりした。流石に死んでもどうでも良いと思われるのは悲しい。
私が揉みくちゃにされているのに気付くと、ガウ君がすっ飛んできて子龍達から引き離すように私を引っ張り腕に閉じ込めた。
「ぐるる…うー…」
「ガウ君、別に襲われてないよ。それにお別れ言いたいからちょっと離して?」
ぺちぺちとガウ君の腕を優しく叩く。が、それにガウ君は反応するように余計力を入れた。
うぐっ!お昼に食べた木の実が…!!
余程私が攫われた事がトラウマなのか、一向に離す気配がない。龍の一家にその光景を見られ、何だか居たたまれない気持ちになり頬が熱くなった。
「ぎぃぃっ!!ぎーっっ!!ぎゃおっ!!」
それに1匹だけ物申す龍が居た。そう、グレ君だ。
物心つく前から遊んでくれていたお手伝いさんが取られると躍起になっているのかグレ君はまだ私のスカートに噛みついて引っ張り、取り返す事を諦めていない。
…!って、それ止めてよ!!スカートの替えが無いし下着穿いてないんだからっ!!
私が青ざめてスカートを押さえると、自分も前に似たような事をやったくせにガウ君は非常に冷たい声で「がう」と一言言うと、無情にも手で振り払うようにスカートを叩いてグレ君を追い払った。
それに怒り心頭に達した様子のグレ君は見たことも無い狂暴な顔で、バイオ君にしたように体を構えだす。
しかし、会話が終わったのか旦那龍が尻尾で叩きつけるようにグレ君を叩き飛ばし、グレ君は私の見えない所まで飛んで行ってしまった!
よ…容赦ない…!!野球漫画の親子か!!
だが言っても龍。そのくらい大した事はないのか、グレ君が飛ばされた方向からぴーぴーと鳴き声が聞こえる。あ、元気そうだ。
旦那龍はそのまま何事も無かったかのように私の元に遅い歩みで歩いて来る。その目はどこか温かい。
「……ふぉふぉ」
「…何言ってるかわかんないですけど、今までありがとうございました」
ぺこ。と頭を下げてお礼を言う。攫われたけれど、殺されもせず食べ物もくれたので…まあ許す事にした。
私の言う意味も理解出来ているかは怪しいものだが、旦那龍はどこか満足気に私に鼻息をぶっかけると尻尾で私の頭をすりすりと撫でた。
「がうっ」
それを押しのけるように落とすガウ君。彼に恐怖という概念は無いのだろうか?私は君の行動でちびりそうだよ。
しかし旦那龍は気にしたそぶりもなく、私をじっとそのまま見つめると、一鳴きしてきょわちゃんを呼んだ。
「きょ、きょわ…きょわわ…」
感受性豊かなきょわちゃんは私が洞窟に帰る事を悟ってか泣いてくれている。優しい世界だ。この龍だけ。
まさかこの世界で私の為に泣いてもらえる日が来るとは思っていなかった。この世界もまだ捨てた物じゃないな。
…と偉そうに思い、きょわちゃんにもお礼を…と口を開くと、きょわちゃんが尻尾を私の目の前の地面を前回の比ではない強さで叩いた。
「きょわわわわああっ!!!!」
ドゴオッッ!!!
…と地鳴りのような爆音が響き渡り私は一時呆けた。
呆気にとられた私の眼前には、地割れした地面とキラキラと輝く何かが周りを舞っている幻想的な光景が映し出された。
…………えっ?……こ、殺されそうになった……?
いきなりの事に脳の処理が追いつかない。
えっ、誰か説明…ああ、現地の通訳が居ないんだった。
一体どゆこと…?と固まっていると、きょわちゃんが可愛い声を出して尻尾でキラキラしている物を突いた。
「え?どうしたのきょわちゃん……って……これ、鱗?」
アピールするようにちょんちょんと突いていたそれをよく見ると、何と白く輝く鱗だった。
……はい。分かる人は分かると思います。…そう、きょわちゃんには鱗なんてありません。
でも、確実に地面に落ちているそれは鱗です。
……もう一度確認するようにきょわちゃんを見ると、何度も鳴いて尻尾で突く。たぶん、くれるんだと思う。
その尻尾を見てもやっぱり鱗なんて無い。……一体どこから…
いや、この世界に常識を求めてはいけない。妖精が翌日には液体になる世界だ。きっと人間如きが分かるはずの無い何かが起こっているのだろう、うん。
無理やり自分を納得させてありがたく鱗を貰った。鱗は私の掌程の大きさが数十枚あったのででっかい葉っぱで包んで持って帰ろう。
たぶんだがこれはお給料だと思う。もしくは退職金。見た所、グレ君と違ってきょわちゃん達は私を引き留める気はないようだ。
私が受け取るのを確認すると、皆宙に浮かんで帰ってゆく。
グレ君は何だか嫌がっていたけれど、旦那龍に尻尾で掴まれて無理やり家に帰らさせられた。……グレ君のワガママは当分直らなそうだ。
「今までありがとうねー!!怖かったけど、それなりに楽しかったよー!!皆も大きく育ってねーっ!!」
一通り思いの丈をその背中にぶつけ手を振る。そして一部始終を大人しく見ていたガウ君を振り返ると、目が合った碧は不安げに揺れていた。
私は何だかそれがとても愛おしく思い、自然と口角が上がった。
「…帰ろうか、ガウ君。私達の洞窟に」
私がそう言って手を出すと、ガウ君は目を輝かせて大切な物を握るように優しく私の手を取った。
…こうして私の異世界お手伝いさん物語は幕を閉じた—…
「ただいま!私の第2の我が家!!」
洞窟に反響して私の声が煩い程に響く。見慣れた内装に感動が止まらない!
あれから約4日かけてこの洞窟に戻ってきた私だが、すでに満身創痍だ。慣れない場所を探索するという事は何気に体力をかなり消費するようだ。
今回はツアーガイドであるガウ君もよく知らない場所なようで、水を探しに私を置いて行くこともしばしば…その間に私は私で久しぶりにムカデを仕留めたりした。
聞いてよ!素手で仕留めれるようになったの!!凄くない!?
勿論ガウ君は褒めてくれたが、いかんせん埋める時間がない。せっかく取ったムカデはお荷物になってしまった。悲しい。
でも絶対コイツを美味しいウインナーにしてやる!という夢だけでひたすら歩き続けた。
…そして分かったけれど…ガウ君、私を助けに来る時ほぼ飲まず食わずだ…
まず水の場所も分かってないし、私が攫われた時間とガウ君が助けに来た日数が合わないのだ。
…一体何日間飲まず食わずで建物を登っていたのだろうか…。
怖くなってガウ君をチラッと横目で見る。が、ガウ君は疲労を感じさせない笑みでどかどかと忙しなく洞窟に戻るだけでため息一つ吐かない。
それどころか元気に洞窟で伸びをして、その顔はどこかスッキリと達成感に満ちていた。
…異世界の野生児って…怖い…。
マサイ族とかそういう類じゃない。そもそも最近は私、ガウ君が本当に人間なのかって事も疑ってる。
私がずっとガウ君の正体を見破ろうと尻尾が実はあるのではないか?と探したり耳が尖ってないか?と確認したりしていると、何に反応したのかガウ君は飛び起きるようにリラックスして寝転んでいた体を弾け飛ぶように起こし私は驚いて尻餅を打った!
「わあっ!?…て、痛あああっ!!!おしっ、お尻が絶対青痣に…!!」
「かなえっ!かなえーっ!うー!!」
お尻を押さえて唸っていると、ガウ君がお尻を擦っている私の手を引っ張り洞窟の奥に連行して行く。ああっ!ちょ、もうちょっと優しく…!!
歩くと振動で痛いが、ガウ君の力に勝てるはずも無いのでなすすべなく引きずられる。
そうして痛みと戦い辿り着いた洞窟の奥には、見慣れた木の実で出来た複数の入れ物が鎮座していた。
「がうっ!がうっ!うー!!」
その中の1つを執拗に指差して示すガウ君に疑問符が浮かんだ。
?妖精液だと思うけれど、何でそんなに興奮してるんだろう?そもそも私、まだ結構元気だから妖精液はそんなに必要ではないけどね。今の私に必要なのは打撲に効く薬だ。
だが、ガウ君はそれが?という態度の私に焦れたのか、自らそれを掴み上げると、私の目の前で入れ物を開けた。




