第34話
………え?ガウ君?…化け物じゃなくて?…えっ?
呆けた頭で何度も事実を確認する。
…えっ、だって、建物どうやって登ったの?人間技じゃあないよ?素手で建物登るなんて。…え、どゆこと?
さっぱりな私にガウ君は何度も確認するように頬を擦り付けた。…うん。間違いなくガウ君だ。本人に違いない。
私をずっと探してくれていたのだろうか?姿を見る限り何日も碌な食事をしていないように感じる。
バキバキだった腹筋も心なしか元気がない。
こけてしまったガウ君の頬に手を当てて再度名前を呼ぶと、ガウ君はとても嬉しそうに「がおう」と鳴いた。
「~!!ガウ君っ!!よかったああっ!!会いたかったああっっ!!」
ひしと抱きつき泣き声を上げた。
龍に殺されなかったとしても私は寂しかったのだ。ガウ君が居ない事が。
それにガウ君は最後の別れ際、私を見捨てて蔓に登ったように見えたが、あれはもしかしたら旦那龍に勝てないから追いかけようと蔓に掴まったのかも知れない。
そう考えると尚更愛しく感じ、強く抱きついた。
「おあえり、かなえ…ぐるる…」
喉を鳴らして私の髪に顔を突っ込んで舐めるガウ君。大変愛情深い。
…だが私はここ何日もお風呂に入ってないのでそれはやめて欲しい。不衛生だ。
先程まで抱擁を交わしていたのにイヤイヤ、と手で押し返し拒否すると、逃げられないようにうつ伏せに押し倒され押さえつけて舐め始めた。
………龍との生活で耐性はついたけれどそれは止めてくれ、切実に。
すると突然、何かを思い出したようにハッとして私から顔を放すと、私を片手にぶら下げて持ち上げ窓から身を乗り出した!
「ええっ!?待ってガウ君!!死ぬよそれは流石に!!人を抱えては死んでしまうよっ!?おちっ、おちつけいっ!!登りと下りは同一ではない!!」
命の危険を感じて力の限り引き留めてみる。
出来ればかなり長いはしごなどを制作して持ってきてもらいたいのが本心だ。
しかしガウ君は私の言葉を無視し、窓に手をかけて勢いをつけるように助走をつけると、とんでもない力技で垂直な建物を走って下り始めた!!
「!!!!………っ!!!!………!!」
顔面に直撃する爆風のような風と細く開けた目から見えた霞んだ地面に私は声にならない悲鳴を上げた。
舌がっ!!噛んでしまう!口を開けられない…っ!!
もうほぼ落ちているに近い感覚に私は失神しそうになった。
ガウ君は今走っているのではなくて落ちているのではないかと確認したかったがよく分からなかったし知ったら死にそうだ。
長く感じたのはきっと恐怖からだけではないだろう。この建物自体が高いのも手伝って私の地獄は長時間続いた。
…ていうか、ガウ君窓から入ってきたよね?一体どうやって登ったの?
あの蛇のような登ってくる音はガウ君だったのだろう。私の頬を触っていた時、指先から血が滲んで血だらけだった。
一体どれ程の間休憩もせず登っていたのだろうか?
考えるとまた涙が出てきた。一体何が彼をそこまで駆り立てたのだろうか。
…私?もしかして私か!?ガウ君は私を助ける為に飲まず食わずで登ってきてくれたのかっ!?
尚更泣けた。1ヵ月前に偶々会った女の為に生死の境を彷徨ってまで助けに来てくれるなんて…私めっちゃガウ君に好かれてたんだ…!!
トイレの時邪険にしてごめんね。と心の中で謝罪し、嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、命綱無しの人力バンジーを長時間落ち続けた。
地面が肉眼でも確認出来る程近くなった頃、顔に当たる風も少なくなり私はもしもの時に備えて身構えた。
大丈夫ガウ君なら出来る、ガウ君なら出来る、ガウ君なら出来るぅぅっ!!!
と心の中でひたすら念じ縋りつくように、私を支えるガウ君の腕に手を回した。
「がああああうううううっっ!!!」
声を発しながら私を抱える手に力を入れると、そのまま一度も足を止めず地面まで建物に繋がっているようななめらかな動作でそのままガウ君は地面を走った。
そして地面を走って1分程の時間をかけて、ガウ君はなだらかに減速し止まった。
「はぁ…はぁ…がうっ…はぁ…っ…かなえ…」
息を切らせて私を見たガウ君に少しドキッとした。
何だ!エロいぞ!!年下のくせにっ!!
ドキドキと高鳴る心臓に黙れ!と喝を入れて何でもないような顔で「大丈夫だよ!ガウ君」と返事を返した。
…中学生ぐらいにトキめくのはダメだ。この犯罪者めっ!!
ガウ君に地面に下ろしてもらったが、小鹿のように足が震えて上手く立てない。何気に私はか弱い生き物だったようだ。少し安心した。
だけど久々の地面の感覚に何とも言えぬ安心感を感じた。
ああ、人間ってやっぱり地に足を付けてこそだよね…!!
ジーン…と久々の土に感動していると、ガウ君が大声で私を呼んだ。?どうしたんだろう…
ゆっくりと歩みを進めると、ガウ君が手に何かを持っているのが目に入る。
この森で野生児として生活していた私は、元の世界で失った視力が回復していたのでこの距離でもガウ君が手に持っているものは星の大きさであれ見えるようになった。
異世界に来て良かった事、唯一の出来事である。
……そして、それで見えたガウ君の持っている物は…
「………私のタイ!!」
震えた足は火を出す勢いで加速した!
暢気に手を振るガウ君にありがとうも言わずひったくると、私はスカートのポケットに汚いそれを無理やり押し込んだ。
ヤバいよ!!ありゃあ私の汚物を拭いたタイじゃあないか!!何でこんな所に!!
あの時、拭いた後絶対臭うので窓から投げ捨てたのだが、それほど建物からは離れていない位置に着地したようだ。
ガウ君は不思議そうに私を見ているけれど気付いているのだろうか?これに私の尿が染み込んでいる事に…
…いや、考えるのは止めよう。
そうだ、ガウ君はさっきこれを見つけたんだ。そして私が着けていた事を思い出して呼んでくれたんだ。
じゃないと…じゃないとガウ君が臭いで私だと判断した事になる!!それは絶対にない!絶対に!!
「絶対にない、絶対違う…着けてたのを…っぎゃあっ!?」
「かなえ!!」
否定を呟き続ける私の体が不意に浮き上がった。
私はバタバタと暴れながら助けを求めるようにガウ君に手を伸ばす。
私攫われてばっかだな!と私を持ち上げる主を確認しようと後ろを振り返った。
「……グレ君?」
「きゅーっ!きゅーっ!!」
一生懸命に私を持ち上げるグレ君がいた。
一瞬ポカンとしたが、頭上を見ると龍一家が揃って私を待つように見ていた。あ、見捨てては無かったんだね。そして旦那龍帰ってたのか。
代表してか長男グレ君がお手伝いさん救出に乗り出してくれたらしい。
…でもグレ君。この人私の保護者なんで大丈夫です。それより、建物で皆が飛んで逃げた時に助けて欲しかったです。
助けてくれようとしているのか、単にお手伝いさんが居なくなるのが嫌だからかは分からないけれど、どうにか私ごと建物に帰ろうとしているらしいグレ君に私は焦った。
「ちょちょ、待って!私ガウ君と帰りたいの!!洞窟に!離してっ、ね?良い子だから…」
「きゅーっ!!きゅーっ!!」
聞いちゃいねえ…
しょんぼりとする私の足をガウ君が全体重をかけて掴んだ。ガウ君も私を連れて帰ろうと必死だ。
ああ!私を取り合わないで~!!
「ああ、私を取り…いでででで!!?わっ、私の体ををどうするつもりだっ!?」
必要とされている事に調子に乗って軽く悦に浸っていた私は上から下から引っ張られ、2つに分かれそうな痛みに絶叫した!
すると人生経験の薄いグレ君は、私の初めて聞いた絶叫に驚いたのか思いのほかすぐに放してくれた。
「うぎゃっ!……あ、ありがと。ガウ君」
「うー…かなえー…」
落下する私を抱き留め、そのまま頬擦りするガウ君。何だか幸せそうだ。
きっと前回と違って私を持っていかれなかったからだろう。
だが、完全に私を取られたグレ君は久々に鼻をぶーぶー鳴らして不満を表している。お手伝いさんを取られて怒っているようだ。
「ぶー!ぶぅー!ぎいぃ!」
「?があお、ぐがあっ…いぎゃるがお」
空中で怒りを露わにしているグレ君に、ガウ君が何やら喋りかけている。……意味が分からん。え?何を話してるの?
ていうか、えっ?ガウ君龍と話せるの?
ぱちくりと瞬きをしてガウ君を観察する。…うん、間違いなくグレ君と話している。
「ぎいっ!ぎゅーっ!ぎゅーっ!!」
「ぐるがぁ!ぐるる…!!」
「…ねぇ、ガウ君…何て言ってるの?」
めちゃくちゃ蚊帳の外なんだけど…。
ガウ君が私を下ろしてグレ君に掴みかかる勢いで言い合いをしているので、ガウ君の肩を叩き何と言っているのか聞いたが、完全無視で獣言葉で言い争っている。
…お手伝いさんを返せ!とか言ってんのかなぁ…




