第31話
朝、私はきょわちゃんの頬擦りで目覚めた。きょわちゃん達の種類の龍は鱗が無い様で、一瞬人に頬擦りをされているのかと思いガウ君を思い出して飛び起きた。
すると目の前には1つ1つの卵に順番に頬擦りするきょわちゃんの姿があり、私はほっとしたような残念なような気持ちでそれを見て段々と目が冴えていった。
……そうだよ。ガウ君はもう一緒に暮らしてないんだった。
思わず泣きそうになって下唇を噛む。
たぶん今凄い不細工になってるだろうが構わない。龍に人間の表情の変化は分からないだろうし。
「きょわ?きょわわ…」
分かったらしい。
きょわちゃんは私の顔をベロンと舐めて尻尾で私の髪を撫でてくれた。
それにお母さんを思い出し、より泣きそうになったが、あまり迷惑をかけると旦那龍に怒られそうなので上を向いて無理やり涙を止めた。
「大丈夫!ありがとうね、きょわちゃん」
「きょわわ…きょわ!」
心配そうにじっと私の様子を見ていたきょわちゃんに首を回して首も治ったよ!とアピールすると、きょわちゃんはやっといつも通りの鳴き声に戻って卵と私を一緒に尻尾で包んだ。
そんな妻をずっと見ていた旦那龍は、妻に心配をかけた私を睨むでもなく同じように私を尻尾で撫でた。
……言っちゃ悪いがとんでもなく臭い。おかげで眠気が完全に飛んである意味感謝した。
旦那龍も妻に気を遣ってか、私の事を心配してくれているみたいだ。…いや、貴方、誘拐犯なんですけどね…
もう大丈夫だという事を知らせる為、恐る恐るではあるが、旦那龍の尻尾を撫でてみた。
すると、旦那龍の瞳孔がシャッと縦に伸びて私は撫でていた手を思わず引っ込めた。出過ぎた真似を致しました!!
「ふぉふぉ…」
しかし旦那龍はそんな私に何をするでもなく、そのままきょわちゃんと額を合わせると今日も食料を探しにかどこかへと飛んで行った。
「……卵達もおはよう」
一応卵様にも挨拶をする。雇い主の子は敬わなければいけない。
聞こえていないだろうし、聞こえていたとしても龍には意味など分からないだろうと思いつつするする撫でていると、卵の中から返事をするように「くるる」と小さく声がした。
私はその瞬間飛び上がった!今鳴いたよ!!生まれるのっ!?
私の奇行に目を旦那の飛び去った方向に向けていたきょわちゃんは真ん丸にさせた目を私に向けて一声鳴いた。
「きょきょっ!きょわちゃんっ!!鳴いてるよ!た、卵っ!卵っ!!」
この世界に来て日本語の能力が落ちた気がしないでもない私はただただ卵を連呼し、泣き声を上げた薄グレーの卵を指差し喚いた。
それで察してくれたのか、卵の様子を窺う為首を曲げてお腹に置いた卵を順番に見ていくきょわちゃんは、その薄グレーの卵を前にした瞬間、敵襲にあったような大きな鳴き声で鳴いた。
「きゅるるるっ!!きゅるるるきょわわわっ!!」
声の大きさに思わず耳を塞ぐ。まるで超音波のような音が大音量で鳴り響き、寝起きで音に慣れていない私の耳は聴力を失う寸前だ。
耳を塞いでも元の半分もシャットアウト出来ず鼓膜がとうとう痛み出した時、やっと鳴き声は止んだ。
全てから音を拒むように閉じていた目を開き、きょわちゃんを見ると……一体いつの間に戻ってきたのだろうか、旦那龍がきょわちゃんと2人で卵を見ていた。
どうやらあれは「あなた!生まれるっ!赤ちゃん生まれるっ!!」という叫びだったようだ。
良かった、私が何かして激高したきょわちゃんが殺してやる!と咆哮を上げているのかと思った。
2匹は私の事をガン無視し、仲良く寝転びながら卵が孵るのを待っている。
私はというと、お邪魔するのも悪いのでこの建物のドーナツ状に穴が開いている部屋の中央…そこの手すりのような物に体を預けて2匹の様子を見守っていた。
するとそれからしばらく、吹き抜けの下にまだ部屋がありそうな事に気付いた瞬間、寡黙だったはずの旦那龍が大きく、されど短く叫びを上げた。
「ふぁうっ!!」
驚き、下を覗き込んでいた私は驚いて危うく下の階まで落ちてしまう所だった。
冷や汗をかきながら振り返ると、旦那龍は先程よりも食い入るように卵を見つめていた。どうやらあの5つの卵のどれかがもうすぐ孵るみたいだ。
ただ残念だが旦那龍が大きすぎてどの色の卵かは分からなかった。
だが段々と小さな鳴き声が聞こえて、やがてそれは産声のような甲高いものへと変わりくぐもった声が何かから解放されたようなクリアな鳴き声となって部屋に響いた。
「きゅわっ!きゅわーっ」
「きょわわ!」
「ふぉーっ!!」
歓喜の声を上げているのか、家族で共鳴するきょわちゃん達。
生まれたのだ。きょわちゃんの子供が。
一生懸命手を叩いて精一杯お祝いをする私。卵の色は見えなかったが、あの隣で寝ていた卵が孵った事自体が嬉しくてたまらないのだ。疑似出産したような気分だ!
おめでとう!きょわちゃん!!おめでとう!新しい命っ!!
太鼓でも叩きたい気分だ、と謎の感想を浮かべながらひたすら手を叩くと、私が居る事に気付いたのか小龍が旦那龍の陰からひょっこり顔を覗かせ窺うように私を見た。
「きゅー?」
…っか!!可愛いっ!!
旦那龍の瞳孔と同じ緑の目に灰色の体をした私の胸辺りぐらいの背丈をした龍が大きな瞳で私をじっと見ていた。
あ!灰色って事はあの薄グレーの卵が孵ったのか!!
1人ポン。と手を叩いて納得した。なるほど、卵の殻の色が肌の色になるのか!
するとよちよちと生まれたての龍は両親を無視して私に寄ってきた!やめてっ!お父さんが見てるよ!!
焦ってきょわちゃんの近くに逃げると、きょわちゃんに襟を噛まれて動けなくされた。何でぇっ!?
…あっ、もしかして離乳食で私を連れてきた可能性もあるの…?やだどうしよう!その可能性は考えてなかった!!
親が食べないからといって子供が食べないとは限らない。ほら、母乳って大人は飲まないけど子供は飲むでしょ?それだよ。
…ってだめだめ!!私、異世界人だから何が入ってるか分かったもんじゃないよっ!?添加物もたくさんで体に悪いですよ!?
最悪結菜のクッキーがあるか………と思ったけど、それで小龍に何かあったら確実に親に殺られる。
「あばばばばば……」
もう白目を剥くしか出来ない。願わくば楽しそうにのっしのっしと私に突進してくるこの子龍が、私を餌ではなく遊び相手だと思ってくれますように…!!
「きゅーわっ!」
「ごふっ!!」
鳩尾に突進された。朝の強烈な胃酸が喉からせり上がって私は喉を焼いた。
苦しみと痛みに呻いていると、子龍は私の制服の裾から顔を突っ込んで楽しそうに鳴きだした。
「きょわ…」
「ふぉ…」
逃げなくなった私を放し、微笑ましそうにそれを見つめ何やら会話する夫婦。…どうやら私は遊び相手で合っているようだ。
どっと疲れが体に集まってしんどさから私は下を向いた。
……私の予想って……ことごとく外れるなぁ…
いや、今回に限っては良いんだよ?良いんだけどさ…なんか、滑稽だなーって……
「きゅうっ!きゅうっ!」
子龍が楽しそうに声を上げてドムドムと私の上で跳ねる。
ちなみにだが私はきょわちゃんに解放された瞬間、子龍に突き飛ばされて仰向けの状態で転がっていたのでお腹の上でジャンプされている。
「ごっふ!ごっふ!!」
「ふぉふぉ…」
「きょわー!」
胃液を出す、戻すを繰り返し霞む目で子供の両親を見ると未だ微笑ましそうに子供を見守っていた。…おい!注意しないか!!
かくして私の地獄は幕を開けたのだった―…




