第30話
「ふぉふぉふぉ」
「きょわわっ!くるるぅ」
目の前にまた降り立った旦那龍は再びきょわちゃんと頬を寄せてイチャイチャしだした。寡黙なわりに嫁にデレデレだな…
そんな旦那龍をじっと見ていると、私の視線に気付いたのか、はたまた「なぜお前がここに居る?」という事なのかのっそりと体を揺らして私に近づき私と卵を覗き込んだ。
「ひゃあ!ごっごめんなさい!!お子さんとお世話になってます!!」
卵の数を数えるように視線を動かし私の所でピタッと止まった旦那龍に恐れ慄き申告した。
いやだってこの龍死ぬほどデカいし血管がびくびく脈打って本当に怖いの。目も血みたいな真っ赤な目に瞳孔が緑色という不安を煽るようなカラーリングも悪い。きょわちゃんには慣れてもこっちの旦那龍にはまだ当分慣れそうにない。
ちゃんと真実を告白したのが良かったのか、フンっと大量の鼻息を私にかぶせて旦那龍はコロコロと卵を弄り始めた。
「きゅうー」
「……ふぉる…」
温かい空気が流れるが…私、すごい邪魔!!
何で家族の中に1人おかしなのが混じってるの?しかも嫁のお膝元。おかしくない?
しかしおかしいと思っているのは私だけなのか、完全に私をスルーして2匹で楽しくお喋りしている龍夫婦に脱力する。………本当、何で私連れてきたの…?
「ふぉる…ふぉふぉ」
私が暇だな…と隣の卵を撫でて暇を潰していると、急に旦那龍が私を尻尾で抱き上げきょわちゃんの顔の前に立たせた。って臭いっ!やっぱり尻尾だ!!
私が失礼だからと顔に出さずに堪えていると、旦那龍が帰って来た時に床に置きっぱなしにしていた袋…というよりシーツ?を私に咥えて差し出してきた。
私は疑問に思いながらもそれを受け取る…って重っっ!?何入ってんのっ!?
驚愕とともに受け取ったそれは、旦那龍の口から受け取って僅か2秒足らずで床に落とした。そして申し訳なさに旦那龍を見やると、なぜか見下した様子で私をじっと見ている。…え、開けろって事?
「開けていいんですか?」
「……」
無視かい!!愛想が悪いな!
憤慨しながらも、旦那龍もずっと見たまま何も言わないので恐る恐る包みを開けた。すると転がるように中から沢山の木の実が溢れ出てきた!
「きょわわっ!きょわわ!!」
「……ふぉ…」
テンションが上がっているきょわちゃんが旦那龍に何か言うと、照れるように旦那龍が小さく鳴いた。何だ、ラブラブか。
察するにどうやらこの旦那龍はきょわちゃんの為にきょわちゃんの大好物の木の実を取ってきたらしい。子育てで動けない妻にプレゼントという所だろう。
寡黙で照れ屋で嫁溺愛とは何てあざとい龍だ。実にあざとい。
そして私は介添え人という所だろうか。というよりお手伝いさんか。さしずめ殺されもしないという事は嫁の手足となって手伝えという事なのかも知れない。
ふむ、と1人納得していると頭上から「ふぉふぉふぉ…」と声がかかった。
慌てて上を向くと旦那龍は私と目線を合わせた後、きょわちゃんの方を向いた。……きょわちゃんに食べさせろ…って事?
分からず一応よく知らないラグビーボールみたいな木の実を持ってきょわちゃんに近寄る。するときょわちゃんは顔を輝かせ疑いもなく大きく口を開き私が木の実を口に入れてくれるのを待っている。
…え、入れて良いの?このままで?
よく分からないけれどこれ以上待たせるのも忍びないので「い、いくよっ!」と声掛けをして優しくきょわちゃんの口に木の実を投げ入れた。
「……きょ…ゴリッ………きょわっ!!きょわわわわっ!!」
どうやって砕いたのかは謎だが、木の実が砕ける音がしてきょわちゃんは器用に木の実を食べ満足そうに鳴いた。どうやら正解だったようだ。
ほっと息をついたもの束の間、視線を感じまた上を見ると何か言いたげな旦那龍と目が合った。…まさか。ときょわちゃんを振り返ると、案の定きょわちゃんはまた口を開けてご飯を待っていた。
………これが仕事か…私の…。
龍に攫われ辿り着いた謎の建物。そこで私は囚われのお姫様ではなく、動けない妻の世話係として働かされる事となった。………………何だこれ。
きょわちゃんに木の実をあげ終わると、もう今日は出かけないのか旦那龍はきょわちゃんの傍に丸まって一緒に寝ようとしている。それを見て私は少しホームシックになった。
……ガウ君、元気にしてるかな………。
吹き抜けになっている天井の中心を見上げため息をつく。星が元居た世界よりもらんらんと輝きまるで宇宙を見ているようだ。
…元居た世界にも帰りたいが、それよりも今はガウ君に会いたくてたまらない。
きっとガウ君は私が居なくなっても普通に生活しているだろうけれど、私はそうではない。ガウ君との生活はそれなりに人間としての文化がちゃんと成り立っていたのだ。そう、トイレとか。
正直もうトイレの事なんて考えたくない。だがここにはトイレが無いので嫌でも考えなければいけないのだ。
風呂はいいとしよう。洞窟でも水浴びだったしこの世界に来て知ったが、頭も10日を過ぎれば痒くも何ともなくなるのだ。だがトイレは違う。流石の私もガウ君の洞窟で用は足さなかった。人様の部屋でそんな事出来る訳がない。私だったら放り出している。
そう。ここはきょわちゃんと旦那龍の愛の巣…しかも子供付きだ。そんな所でしようものなら本気で殺されると思う。
なので最初の私のお漏らしはセーラー服のタイで拭いた。おかげでセーラー服がタイ無しになってしまったが、致し方ない。諦める事にした。
…だって、あの旦那龍…戻って来る度に「これ、いつまでこのままにしてるつもりだ?」みたいな目で1回見るんだよ。そんで3秒ぐらいじっと私の事見るの!!拭くでしょ!?私は耐えられなかった!
そんな訳でタイは無くなったが一応生きているのでまだ希望はある!最悪子供を育て終わったきょわちゃんに乗せてもらって森に帰るのだ!
幸い食料はきょわちゃんが分けてくれるので飢餓で死ぬことは無い。あとは私が発狂して窓から飛び降りなければ何とか生きていけそうだ。
良かった、と長く息を吐く。…しかし、胸のもやもやは晴れてはくれなかった。
…そうではないのだ。…ガウ君と居れば死なないから洞窟に戻りたいのでは、ないのだ。
痛む気がしてごしごしと雑に服の上から胸を擦る。頭の中にはずっと最後に聞いたガウ君の「かなえ」という言葉が巡っていた。
そもそも私、男子に呼び捨てにされた事が無い。男友達もほぼ居なかったし、居ても苗字の瀬戸としか呼ばれた事がない。
だから他意は無いにしても少しときめいた。吊り橋効果だろうがときめいた。
あんなに私に気を遣ってくれたのもガウ君ぐらいなものだし、歩み寄ろうとしてくれたのもガウ君だけだ。いってみればガウ君は弟に近いのかも知れない。
私の1番親しい男といえばお兄ちゃんだ。そのお兄ちゃんにガウ君は全く似ていないが感じる雰囲気はよく似ていた。
だから居ないと寂しいし、会いたい。また頭を洗ってあげたいし2人で色んな所に行ってみたい。
恥ずかしくて避けていた己の欲望を頭の中で反芻して曝け出すと、胸のわだかまりがしゅわしゅわと溶けいくような感覚がした。
「……ガウ君…」
「きゅわ?」
私の呟きに答えるようにきょわちゃんが鳴いた。私はそれに肩を揺らしつつ振り返ると、月の光で輝くきょわちゃんの瞳が青く輝いていた。
私は後ろめたい事がある訳でもないが、どういった反応をすれば良いのか分からずオロオロと狼狽え言葉に詰まった。するときょわちゃんはそんな私の反応に目を細めると優しく尻尾で私を掴み、卵の中心に私を入れた。
「え…ここで寝て良いの…?」
「きゅうー」
私の問いを無視し、そう一声鳴いてきょわちゃんは旦那龍にすりすりしてまた眠った。
…もしかしたら、私はきょわちゃんに子供の龍だと思われているのかも知れない。
そう思うと何故だか納得がいった。そうだ、人間って旦那龍と同じ肌の色だから一族だと思われているのかも知れない。
旦那龍は明らかに私をお手伝いさん程度にしか思ってないけれど、きょわちゃんの反応は子供にするそれだ。舐めたり卵の中に入れたり…。
納得してこれなら私は殺される事はまずないのでは…と喜びに胸が高鳴って数秒後、私は気付いてしまった。
………そうだった場合、私……帰れなくない?
そうだよ。と言うように隣のピンク色の卵が私の方に揺れて寄りかかってきた。




