第29話
「きゅう、きょわわ」
旦那が飛び去るのを窓から見ていたきょわちゃんは旦那が見えなくなると何かを語りかけるように私に顔を向けた。
「きょわっ!きょわわっ」
「いやごめん、きょわちゃん。何言ってるのか全く分かんないよ」
一生懸命話しかけて来るきょわちゃんには悪いけれど、身振りで何かを伝えるでもないきょわちゃんとはビックリするほど会話が出来ない。
もちろん私は身振りで言っている事が分からないとやってみたが、そもそもの概念の違いできょわちゃんは鳴くばかりだ。困った。
私が眉を下げて何度も分からないと言ってもきょわちゃんはキラキラとした瞳で私を見ては何度も鳴き声を上げる。
……どうしよう、お腹でも減ってるのかな?でもここから出れないし…お腹空いてたらまず私を食べるよね…
頭からきょわちゃんに食べられる嫌な想像をして頭を大きく振った。
すると何がそんなにお気に召したのかきょわちゃんは尻尾を激しく振って高い声で鳴いた。
「きゅるるるっ!きょわ、きょわっ!」
大興奮のきょわちゃんは卵があるから激しくは動かないが、踊りだしそうな程に尻尾を床に叩きつけ鳴いている。どうやら私が頭を振っているのが面白いようだ。
止めるともっと!と言うように鳴き尻尾でリズムを刻むように床を叩く。
その音がぺちぺちと拍手のように聞こえ私は気分が良くなり何度も頭を振った。
「きょわっ!ちゃんっ!これで!いいのっ?」
「きゅるるる!きゅるるぅ!きょわっ!」
これでいいらしい。
なので私は特にやる事も無いのでひたすらきょわちゃんの為に頭を振った。もしかしたらコメディアンとして雇ってもらえるかも知れないし。
延々延々………私は首が捥げるか引き千切れそうな程何度も頭を振った。それは私の首がぎっくりを起こすまで続いた。
「うぐぐ……」
「きょわわ…」
首をやられ青ざめた顔で首に手をやる私をきょわちゃんは尻尾で撫でてくれた。ありがとう心優しい龍。
きょわちゃんはよほど面白かったのか飽きることなく私の首振り芸を見て鳴いてくれていた。これで食べられる可能性は低くなったと喜んだが、私の首という代償はそれなりに大きかった。
時間があればそのうち治ると思うが首が斜めに曲がって動かせないので視界が斜めで気持ち悪い……人間やはり無理はしてはいけないな、と当たり前の事を学んだ今日この頃。
「きょわわ…」
「いいってきょわちゃん。そのうち治るって」
きょわちゃんの尻尾を撫でながら元気アピールしてみる。だがずっと弱弱しく鳴いたまま一向に元気になってくれる気配がない。
その綺麗なブルーアイズも涙に濡れているからか輝きを増し、水面に日の光が反射しているようだ。
人間なんかの為にそこまで悲しめるなんて優しすぎやしないだろうか?あの旦那、良い嫁見つけたな…
今にも涙が零れ落ちそうなきょわちゃんにどうすれば良いのか困ってしまう。
首振りは当たり前だがもう出来ない。腕を組んで首を捻る(元々曲がってるけど)私の視界で薄い黄色の何かが弱々しく揺れた。
「あっ!?たっ、卵が揺れたっ!!」
私が指をさし卵の揺れをきょわちゃんに伝えると、途端にきょわちゃんは顔を輝かせ尻尾で守るように卵を抱いた。
「きょわわわわ…」
きょわちゃんは穏やかな顔をして5つの卵に優しく口付けるように顔を寄せると「くるるぅ…」と可愛い声で鳴いた。
「きょわちゃん……お母さんなんだね…」
何だか母性を目の当たりにして何とも言えない不思議な気分になる。
高校生で子供が出来た時の事を考えろって言われても無理だけれど、私も子供が出来たらこういう風になるのだろうかと、ふとそんな事を思った。
羨ましいような微笑ましいような複雑な気持ちで見守る私をきょわちゃんは瞑った目の片方を開けて見た。
そして私にも「くるるぅ」と可愛く鳴くときょわちゃんは再び私を卵と一緒にお腹に寄せた。
「わわっ…えっ…きょわちゃん、私も入っていいの…?」
「きょわわっ」
勿論!というように尻尾で他の卵と一緒に一撫でして、きょわちゃんはお昼寝を始めた。
私はというと、寒かったのでありがたいが…先程まで気絶していたのでもう眠くない。
だからと言って騒いだりは流石に出来ないのでここで卵と一緒に温まりながら逃亡計画を企てる事にした。
私の横にぴったりとくっついている水色の卵を撫でながらまずはこの建物について考えた。
当たり前だが、この建物の窓は穴が開いているだけでガラスなんてものは一切ない。これは私のように現代の人間がやって来て建てた訳ではなさそうだ。
やはりこの世界の人間かとも思うが、こういう世界では人間以外に知能を持った別の生き物も生息している場合があると、随分前に結菜が言っていた。
結菜の話ではこういうのはドワーフという生き物が得意らしい。
だがドワーフならまだ良いがトロールやゴブリン、オークなどだった場合は逃げなくてはいけないと言われた。何だか狂暴な生き物らしい。
今の所そんな生き物がいるような感じはしないが、今はきょわちゃんも居るし大丈夫だろう。卵にこんなに近付けてくれて食い殺すとかは無さそうな気がするし。
生き物って大体子供がいたりすると狂暴になるって言うけれど、その大事な時期にきょわちゃんが卵に近付けてくれるという事はそれなりに仲良くしてくれるつもりなのかも知れない。とりあえず媚は売っておこう。
トントン…
「お?」
触れた手から振動が伝わり小さく声を漏らす。水色の卵が中から叩いてきたようだ。
私は耳をつけて中の音を聞こうとしてみる。
そうして気付いたが、卵自体も温もりがあるようだ。…龍って爬虫類じゃないの?
「元気に生まれておいで~」
私が全ての卵を撫でてそう言うと、それに応えるようにトントンと振動を紡ぎ始めた。
それに驚いたのか、きょわちゃんは驚いたような声を上げ顔を近づけてきた!げげげっ!危害を加えたと思われてるっ!?
「ちちち違うよきょわちゃん!私誰よりもきょわちゃんの子供が元気に生まれるのを願ってるからっ!!今も子供たちに元気に生まれておいでって…」
「きょわ」
「ひいいっ!食べないでぇ!!ホントだよおっ!!本当にそう願ったんだよおっ!!」
短く呟いてきょわちゃんが私の顔をベロベロと舐め回す。人間の美味しさに目覚めないでっ!
正直食べられないのではないかと思っていたけれど自分の卵に危害を加えられて怒りで我を忘れてなんて事もあるかもしれないという可能性に気付き戦慄した。ほら、子育て中の熊とかみたいなモンだって!!
ひいひい言いながら耐えているときょわちゃんは私を卵の真ん中に移動させて再び温め始めた。
………………あれ?私……卵扱い、されてない?
卵の真ん中で硬直したまま、私はふとそんな結論に至った。




