第27話
「………!!………!!!」
くぐもって何か声が聞こえる。きっとガウ君だ。私に何か言っているのかも知れない。
しかし私は今、見るどころか体を動かす事も出来ない。………一体どうなってしまったのだろうか…。
妙に温かい物に掴まれている感覚だ。また何かの化け物の類だろうか?本当によくトラブルを起こすな…私。どっかのキノコの国のお姫様か。
自分の運の悪さに絶望する。そして拾ってくれたガウ君が不憫でならない。
ガウ君。と考えて先程の言葉に体がじんわり温かくなった。
『かなえっ!!!』
…ちゃんと分かってたんだ…私の本名が叶だと…。
初めて名前を教えた時以来名前の訂正はしていない。私は自分を叶とは呼ばないので、ガウ君は最初の時しか私の名前を聞いた事は無いはずだ。
ガウ君が初期から呼んでくれている“かあえ”は言うなれば私にとってあだ名のような感覚だった。特別訂正したいものでもなかったのでそのまま呼びかけに答えていた。
…しかしガウ君は自分の発音が私に教えられたものと違うという事に気付いていたのだろうか?
思い返せば寝る前にガウ君はよく「あ、あー…あえー…」と発声練習をしていた。私はそれを子守唄に熟睡したが、よくよく考えてみればそれは私の名前のおかしな所を訂正しようとしての発声練習だったのだろう。なんて健気!
感動に頬を濡らしガウ君の成長に浸っていると急に視界が開け、私は差し込んでくる眩しい光と独特の獣臭に顔を顰めた。
「眩しっっ!!……そして臭あああぁっ!!?」
目と鼻を腕で塞ぎ顔を下にむける。情報が全く入ってこないがそれ程にまず臭い。動物園の比ではない。
そして非常に死の予感がするが、背中に何かの息がかかり怖気に足が震えた。人間とかの息の量ではない…もっと…そう、初日に見た龍ぐらいの大きさであろう息が私の肩越しに流れてきた。そしてまた臭い。
本当ならすぐに前進して逃げ出したいが、敵を見ずに歩いてパクリなどはご免なのでちゃんと目が慣れるまでその場に留まった。意外な事に息の持ち主は私の目が慣れるのをちゃんと待ってくれていた。
そして目が慣れ最初に映した地面は石造りの灰色をした床だった。正方形のブロックが所狭しと綺麗に並べられている。
通学路にこんな感じの道があったな、と現実逃避しながら私は大量の唾を飲み込み気分が悪くなった体で、吐息の主を振り返った。
「…………!!」
私はへたり込み漏らした。本当に漏らした。
で、ででで…ででデカい!!!
たぶん中身が丸見えであろうスカートの中身を晒しながらずるずると後退する。眼前には懐かしの初日辺りに見た、人のような肌色をした龍が荘厳な佇まいで私を見下ろしていた。
「ふぉふぉふぉ…」
聞いた事あるよ!その鳴き声!!
やはりあの時の龍だ!と確信した私は逃げ道を探す為視線だけをせわしなく動かした。…しかし悲しいかな、窓はあってもドアなんて何処にもなかった。
絶望の最中だというのに久しぶりに見た人工物に胸が脈打つのを感じた。だって…人工物があるという事はこの世界に私とガウ君以外の人間が居るのかも知れないのだ…!!
もしかしたらガウ君が作ったという可能性もあるにはあるが、この大きな龍が立っていてもまだスペースに余裕のある作りが1人の人間の手によって作られたとはどうにも考え難いので他の人間だと判断する。
私が逃走経路を探しているのに気付いたのか、その見上げていると首が痛くなる大きさの龍は尻尾を一度だけバシンッ!、と叩き床を砕くと私を睨みつけ低く唸った。
「ひいぃ…!!」
“逃げるつもりか?”
何故だかそんな副音声が聞こえ私は震え、お漏らしに続き穴という穴から色んな物を漏らした。
高貴な龍はそんな私を汚らわしく見るでもなく、ただ逃げる気力を無くした私を見て目をすうっと細めると指で転がすように私を白い布が広がっているような所に追いやった。
「ぎゃっ!!」
短い悲鳴を上げコロコロとなすすべ無く転がされる。地味に力が強いので打撲痕が出来てしまい動く度にドクドクと痛んだ。
そのまま私の怪我を無視して転がしていた龍だが、私が布の上で何かにぶつかり動きを止めると鼻息を思いきり吐いて先程よりも落ち着いた声で「ふぉー…」と鳴いた。
そして驚愕の表情のまま固まる私を一瞥すると、羽も無いのに体を浮かせて唯一穴が開いている天井から外へと飛び出していった。
「………………え……何なの…?」
龍が居なくなってから約10分後、やっと私は声を出した。
龍は別に私を食べに持って帰ってきた訳ではないのだろうか?いやそりゃあこの大きさではあまり腹の足しにはならないだろうけど…
恐る恐る窓に近づき、外の様子を窺う。まさか私が動いた瞬間戻ってきて食べたりはしないだろうと自分に言い聞かせブルブルしながら窓に時間をかけて向かった。
「………うわぁ…」
そして窓から見えた景色に私は諦めにも似た声を漏らした。
いや、だってこれもう逃げられないよ。あの80階はありそうな高層マンションみたいな木が随分と下の位置に見える。もうブロッコリー状態だ。
私が木登りの練習をしていた木なんて小さすぎてどこにあるのかもさっぱりだ。落ちたらまず死ぬ。打ちどころとかの問題でなく死ぬ。人に受け止めてもらっても死ぬ。
「もう、無理じゃん……森より脱出不可能じゃん……!!ああああ!!森のがマシだったんだよっ!!帰してよお!ガウ君が私を待ってるんだよー!!」
床に転がり叫ぶ。ガウ君は待っていないかも知れないが、待ってくれていると考えるだけで俄然やる気が湧いて来る。あの子は寂しがり屋なんだ!私がそばに居てあげねば!!
謎の使命感に駆られすくっと立ち上がりもう一度内部を見渡す。
こんないかにも人間が作ったっぽい建物なんだからどこかに階段の1つや2つくらいあるはずだ!どこかにあるんだろっ!?隠し扉とかさっ!!
壁を隅々まで触ったり押したりして探す。だってこんな大きな建物の内部がこの部屋だけなんて事無いでしょ!?
そうして弄り回していると、不意に感触の違う壁に遭遇した。
「ん!?ここか!?ここだなっ!!この先にドアか階段があるんだろっ!私はダンジョン系のゲームは得意だったんだよ!!」
一部不自然な絵画が飾られている箇所や不自然に行き止まりになっているダンジョンには必ずその先に隠し扉か宝物があった。私はその時の事を思い出しテンションが上がった!
きっとこの壁に何かすれば先に繋がっているはず…!と私は押したりその場で歌ったりして色々試してみた。
「らーらららー、らーら…違うか………」
昔から伝わる伝説のメロディーで道が開かれるパターンもあったので歌ってみたがそんな事は無かった。ってか伝説のメロディーがそもそも分からないけど…。
顎に手を当ててじっくり壁を観察する。白い壁はよく見ると他とは違ってざらざらとした感触だ。もしかしたらそこにヒントがあるのかも……
横にスライドさせるのか?とざりざり手で押していると、不意に何かの音がした。
「えっ!龍、帰ってきたの!?まままマズい!!」
死んだふり!!とその場で倒れて心臓発作を起こしたふりをする。出来れば外に埋めて欲しい。




