第18話
「かぁえー?かぁえー!」
「…殺して………」
精神的ショックが半端ない。私はガウ君の前で石のように丸まり顔を隠す。もうあの純粋な瞳に映った瞬間私は首を吊って死ぬ。
球体を全て食べ終えたガウ君は満足したのか「がぁ!」と一言言って私の手を解放した。それが何とも形容しがたい鬱を呼んだ。
私にとってみれば完全なセクハラだ。執行猶予は付かない。
だが犯人はどう考えても無罪になる程の純粋の塊…私の中の裁判員と裁判長が計画性は無かったと断言し、私の自意識過剰で法廷は幕を閉じた。
相手は食べようとしただけで他意はなかったという事など、私だって分かっていた。だからこそ私は自分の自意識過剰に失望し鬱に陥っているのだ。
「がぁ…かぁえー…がおぅー」
帰ろうよー、とでも言うように石に擬態している私の服を引っ張り移動を促す犯人ことガウ被告。
私はしぶしぶ立ち上がり地面を凝視する。
………いや………ガウ君が悪いわけではないんだけどさ……。
「かぁえ?うー?」
そう言って私を覗き込もうとしたガウ君の気配を察知し、私は目を固く瞑り手で覆った。的確に心を抉りに来ている!!
「…うー……かぁえー………ご…ご、ごえん…」
私の行動に傷付いたのかガウ君は私に謝ってきた。その言葉に私は胸に刺すような痛みを感じた。
…別にガウ君が悪いわけではないんだよ…ただ、ほら………私、彼氏居た事無いからさ………いろいろこじらせてるというか………
心の中で言い訳をしながら「もういいよ、帰ろう」とガウ君に声をかける。最近帰るを少しだけ理解したガウ君は意味が何となく分かっていると思うが、それでもずっと謝り続けた。
「ごえん、ごえん、かぁえ、ごえん…」
「…いいから、帰ろう、ね?怒ってないから…」
怒っているのは自分にである。手を舐められただけであんな声を出してしまった私に怒っているのだ。
しかしガウ君の顔は見れない。汚い大人の顔が純粋なる瞳に映されている事がものすごい罪悪感を生むので。
らちが明かないので、指をミリ単位で開きうっすら見える景色で帰り道を探し歩く。あ、こっちだ。
私が歩き出せばガウ君も付いて来て洞窟に難なく帰れるだろうと歩みを進めれば、後ろからガウ君が悲痛な叫びを上げた。
「ごえん!かあえっ!!ごえん!!ごめんっ!!」
驚き、その瞬間足が止まった。
…言えてる…ガウ君、ありがとうに続いてごめんが言えるようになってる!!
私はちょっと涙腺にきた。ありがとうとごめんというコミュニケーションに1番大事な単語をマスターしたガウ君に感動が止まらない。しかもごめんは私に伝える為だ。
ちょっと顔を見そうになったが、あとちょっとの所で思いとどまる。顔を見たら死んでしまう。
しかしガウ君が悪い訳ではないので私も謝る。
だってガウ君はご飯食べようとしただけだし…それに反応した私の体が1番悪い。
「いいよ、ガウ君。私こそごめん。ごはんくれたのにごめんね…」
振り向かずに言うとガウ君のごめんコールが止んだ。許された事を理解してくれたみたいだ。
私はもう一度ガウ君に帰ろうと声をかけ洞窟を
ガシッ!
「かあえ、ごめん!!ごめん!ごめんっ!かあえー!!」
「やっ!?ちょちょ、はは離して!!分かった!分かったからっ!!ね?ガウ君!!…離してってばっ!!」
なんと背後から私に抱きつきごめんねコールを再開した。私は挙動不審になりながらもガウ君の体を押し、距離を取ろうとするがびくともしない。
それに加え忘れがちではあるがガウ君は全裸だ。全裸の男性に抱きしめられるなど生まれてこの方体験した事のない抱擁に私の血流は速度を上げた。
「かあえーっ!!かあえーっっ!!」
しかもその締めあげる強さだ。ものの数秒で高層マンション並みの木を駆け上れるガウ君の筋力は常軌を逸していた。
そして私は度重なるストレスと血圧の上昇、それをせき止めるガウ君の抱擁で意識を飛ばした。
「かあえーっ!ごめんかあえっ!!…ごめ………かあえ?…かあえ!かあえっ!?」
「うう…」
ぼんやりとしたまま目が覚めた。何だか頭が痛い…。
目を動かして周りを見渡すと、どうやら洞窟に戻ってきたようだ。私は知っている場所への安心感で安堵の溜息を吐いた。
…あれから私はどうやって帰ったのだろう?普通に言ってガウ君が背負って運んでくれたのだろうか?
何だか申し訳ない事ばかりしている気がする…。何かガウ君の役に立つこと出来ないのかな、私…妖精も獲れないしさ…
今度は自分の不甲斐なさに溜息を吐く。こんなの穀潰しだよ、私。世話してくれてるガウ君の気が知れない…
一度倒れた事で冷静になったのか、私は先程の事を落ち着いて思い出せた。
改めて客観的に見てみると私は食料をわざわざくれた相手に自己防衛とはいえ何と可哀想な事をしたのだろう。
前にも似たような事をした覚えがあるが、やはりこれも向こうでの常識に慣れている故か。理解出来ないのだ、人の吐瀉物を食べるという行為が。
いや厳密に言うと吐いたというより口から出したに近いけれど、私の世界の常識ではそんなものを食べる人はまず居ない。
きっと兄弟、母子でもしない。…あ、鳥類とかはするか。
そう考えると野生寄りのガウ君からすれば大した事ではなかったのだろう。尚更私はひどい。もしかしたらスキンシップの一環だったのかも知れないし…
「あー…やっちゃった…ガウ君に謝らなきゃ…」
何を自分の矜持を守ろうとしてるんだ、虫食べて野糞した分際で。
私は頭に腕を乗せて三度目の溜息を吐いた。もう私の蘇る行動に言葉が出ない。
「かあえ………っ!!かあえっ!かあえっ!!」
小さく呟き洞窟に帰ってきたガウ君は私が目を覚ましているのを見ると飛ぶように私の傍に走ってきた。
「かあえ…っ!ごめん、ごめんかあえ!!」
「いいよガウ君。私こそ何度もごめんね」
目を合わせて言うとガウ君は泣きそうに顔をくしゃりと顰めた。その顔を見て不安にさせた事を確信してじくりと胸が痛んだ。
私はガウ君の無垢な瞳に汚い自分を見せるのが嫌だったのだ。だって私は汚れた人間だ。
ガウ君は悪いと思った事はちゃんと謝り反省するのに、私は自分の汚さを自覚しないようにガウ君の目から逃げる事ばかり考えていた。
何が目に入ったら死ぬだ。そんな簡単に死ぬか。現にお前今元気に生きてるじゃないか。
今ならその時の感情をバカに出来るほど冷静になれた。本当に、ご自由にお死に下さい。で終わりの話だ。なんて馬鹿らしい。
「はぁ…私は汚物だ…」
自覚すれば何てことはない。だってそれでも生きているのだから。人は恥をかいても死なないんだから。
「おーつ?うー?」
汚物発言に興味を持ったガウ君が聞き返す。ガウ君はこんな私にまだ興味を持ってくれるんだ…
ある種の感動を覚え、私はすくっと立ち上がる。
「汚物。うんこの事」
「うーこ?」
「スカート下ろして…こうすると出るやつ」
朱に交われば赤くなる。用を足す事が恥ではない世界で何故私はまだポーズをとる事すら躊躇っていたのだろうか?
流石にまだガウ君の前で堂々と用は足せないが、ガウ君に感化されたのか私はガウ君の前で大便のポーズを取ってうんこを説明した。
「うー!!がうっ!かあえっ、がうっ!」
ブンブンと首を横に振って否定してくれるガウ君。流石優しさの化身。私のような役立たずの汚物にまで気を遣ってくれている。
その後も首を振り否定し、怒りながらガウ君は何らかの汁を私に差し出した。
飲んだら死ぬほどまずかった。たぶんあれは薬だ。青汁を死ぬほど濃くして雑草の汁を絞ったような味がする。つまり臭くてまずい。
野草の原液っぽい薬を飲み終わるとお腹を優しく叩かれた。どうやらもう一度寝かせようとしているようだ。
「……ガウ君………ありがとう…私なんかのそばに、居てくれて………」
「うー…ありがとー……かあえ…おやうみ………」
母親のような慈愛に満ちた優しい瞳でガウ君は言った。
その言葉を最後に、私は夢の世界へと意識を飛ばした。




