第14話
「ガウくぅぅぅうううんっっ!!助けてぇぇぇええ!!!」
この世界の生き物に勝つのは無理だ。欠損する覚悟が無いと戦ってはいけない!
いやほんと馬鹿な事言いました。誰にも頼らず1人気高く孤高の戦士とかやってみたかったんです。
ガウ君が困ってる時とかに颯爽と現れて、何も語らず助けて去ってゆく完璧クール姉御とかやりたかっただけなんです!
形勢逆転、今度は私が追われる立場となり洞窟を出ないように奴と距離を開けながらカサカサと逃げる。一体どちらが侵入者なのか…
追いかけるムカデから逃げ回っていると、不意に抱えていた鞄から劇薬が飛び出した。
劇薬。そう、結菜の手作りクッキーだ。
私はそれを慌てて拾うと、とある考えが浮かんだ。なんてことはない、あのムカデにこのクッキーを食べさせるのだ。
異世界に行ったら現代のお菓子で一山当てるという結菜は、毎日せっせとレシピを見ずにお菓子を作った。これはその時のクッキーだ。
今では苦労しない系の転生、移転を目指しているそうなので以前ほど頻繁には作ってはいないがこれはとんでもない代物である。
まず、学校の中庭でこのクッキーを貰った際沙織はそのうちの1つを地面に落とした。そのクッキーは落ちてすぐ蟻に拾われ巣穴へと運ばれた。
―そして次の日。悲しい事件が起こった。
お判りだろうが、中庭でおびただしい数の蟻が死んでいた。女王蟻も逃げようとしたのか、巣穴から顔を出した状態で死んでいたのだ。
そしてその巣穴の近辺に生えていたパンジーは見るも無残な姿へと変わり果て、環境美化活動を行っていた生徒は嘆き悲しんだ。
…私と沙織は結菜に隠れて無言で顔を合わせ頷いた。…絶対に結菜のお菓子を食べてはいけないと。
そしてこのクッキーは渡されてしばらく経っているのだが、捨てるタイミングが掴めず今も私の鞄に封印していた物だ。合計5個入りだ。
猫とかカラスが漁って食べたら可哀想だと思い捨てられなかったのが功を奏した。絶対に今使うべきだろう。
私は意を決してクッキーを1つ掴むとムカデに投げつけた!
ムカデは武器だと思ったのか体をずらしそれを避け、私を追おうとするが一瞬香った良い匂いに釣られてか、クッキーをぐるぐると囲みだした。
本当、匂いだけは良い匂いがするんだよね…結菜のクッキー…
遠い目になりながらもいけ!食べろ!と頭で念じていると、ムカデはもしゃもしゃとクッキーを食べ始めた!やった!!
そして全て食べ終えた頃、ムカデの体の色が変わった。そして…
「ポポポポポ…ポポ…ビービービー!!!!」
体の色が紫に毒々しく変わると、ムカデは壁に体を打ち付けながら暴れまわった。
もう私の事など考えられないのか蛇行しながらひたすら鳴き声を上げ暴れ狂う。
しばらくその様を見ていると、唐突にムカデはピタリと動きを止めた。そして
「ビービー…ビー……ビー……ビ――――――…」
…病院で息を引き取るような鳴き声を最後に上げると、ムカデはそれっきり動かなくなった。
「し…しし、死んだ?」
鞄の端でツンツンとつつく。しかしムカデは反応しない。たぶん死んでる。
「やったー!!勝った!!結菜のクッキーのおかげだけど勝てたよー!!」
私は万歳をしながら年甲斐もなくジャンプした。自分1人でムカデを倒せたことが嬉しいのだ!年下に何もせず助けてもらってばかりの環境は、意外に私の心の負担になっていたようだ。
私、やれば出来る子!!
喜びのまま、手に持ったクッキーの袋を覗く。
…でも結菜のクッキー…何が入ってたんだろう…
「……しょ…っと…ふぅ、こんな感じかな?」
私はムカデのお墓を作った。洞窟を出てすぐの所だ。これが近くにあるという事で私の心に安心感を与えようとお墓を作った。勝利の証だ。
本当はガウ君に見せようかと思ったけれど、ウインナーの肥料にされたムカデから変なエキスでも出て私達が死んだら怖いのでやめた。
危険物は食べ物から離して埋めるに限る。
こうやって初心の心を忘れないように初めて倒した敵の墓を作り、念のため手を合わせていたらガウ君が帰ってきた。あ、危ない!もう少しで見つかる所だった!
「お、お帰り、ガウ君!」
「おあえりー?かぁえ、おあえりー!」
相変わらず吸収の早いガウ君は背中にいっぱい木の実の入れ物をぶら下げている。…一体何を取ってきたのか…
私はそんなガウ君にじゃあね、と手を振りガウ君と入れ替わりで洞窟から出て、トイレにー…
「う?かぁえ?」
その瞬間、ガウ君が私の腕を掴んできた。くそう、ナチュラルにトイレに行こうと思ったのに!
でもトイレのジェスチャーなんてしたくないので笑顔でやり過ごす事にした。とりあえずもう一度手でも振っとくか。
「!がうっ!!ぐるる…ぐがぁっ!!」
ひらひらと手を振ると何が彼の逆鱗に触れたのか、思いっきり歯を剥かれ洞窟に突き飛ばされた。
あっぶないっ!!漏れるじゃない!!
大体ガウ君があそこでトイレしろって言ったんじゃない!私、昨日の昼から行ってないんだからね!?
「トイレ行かせてよ!!すぐ帰って来るからっ!」
「ぐるる…!」
洞窟の入り口を陣取って一向に出してくれないガウ君。私が殺されかけたりしてるから弱い個体と思われて出してくれないのかな?
でも結菜のクッキー使ってではあるけど、ムカデ1匹倒したんだからね!
…しかしここで唸り合ってもらちが明かないので、しぶしぶではあるがトイレのジェスチャーをしてガウ君にご理解いただこうと思う。羞恥心を捨てなければきっと異世界では生きられないのだ。
「いい!?ガウ君!トイレっ!スカート脱いで…トイレ!!」
私はスカートを脱ぐ動作をして座る。ガウ君の場合は男の子なので少し違うが、男の子のトイレジェスチャーは流石に嫌なので女の子仕様だ。伝われ!!
「トイレっ!湖っ!しゃがむ!トイレっ!」
…トイレって何だったっけ?トイレだっけ?
とゲシュタルト崩壊が襲ってきた頃、やっと理解してくれたのかガウ君は男の子仕様のジェスチャーを取って「おいれ?」と聞き返してきた!そうそう!!
「そうっ!トイレに行きたいの!!」
私がぶんぶんと頭を縦に振ると、ガウ君はにっこり笑って「がぁ!」と鳴いた。やった!お許しが出た!!
私は尿意を抑えながら足早に洞窟から出て、昨日の湖に向かった。
「……監視付きかよ…」
現在湖のほとり。ガウ君に背を向けおトイレタイム。死にたい。
るんるん1人気分でここまでやって来て、用を足している最中視線を感じ振り向くとガウ君が真後ろで見ていた。
スカート穿いてるから見えてはいないだろうけど絶対聞こえたよね?もう死にたいんだけど。ムカデの時点で死んどくべきだった。
私に気付かれても、最初から2人で来ているつもりだったのかガウ君は気まずそうにする事も無く、距離を開ける事も無く、じっと私の背中を見ている。
……こんな所で座り込んでても余計恥ずかしいだけだ。帰ろう。
排泄を終えて湖が光るのを見送り立ち上がると、ガウ君が私の横に並んで歩き出した。…一応気はつかってくれてたのね……
「…ガウ君、次から1人で行きたい」
「うー…」
苦い顔で首を横に振られた。意味分かってないだろうにこういう時に首振んな。
不機嫌に洞窟に帰って来たら、洞窟に入ったとたんガウ君が妖精液をくれた。
「ごえん、かぁえ…」
しょんぼりしながらガウ君はそう言った。私が嫌がってるの分かってて付いて来てたんだな…!許さん!
…しかしちゃんと反省してるし、何より私の為を思ってか私と同じ言葉で反省を口にしてくれたことが嬉しかった。妖精液も美味しいしね。…元々が、あれだけど…
「…もういいよ、ガウ君。妖精液、ありがとう」
「!あいがとー!!かぁえ!ありがとー!!」
「!?がっガウ君っ!!それだよ!うまい!ありがとう!!」
なんと初めてちゃんとした言葉を喋ってくれたガウ君!しかも初めて喋れるようになった言葉がありがとうって……いい子過ぎない?
私はテンションが上がりガウ君を褒めた。
ガウ君も自分が完璧な発音をした事に気付いたのか何度もありがとうを繰り返した。
くそー!トイレの出来事があったからこそ、正しい発音でガウ君が喋れたというのなら私も強くは言えない。だって最終的にガウ君と会話したいし!!
少々不満はあるが、私はトイレの出来事を水に流すことにした。トイレだけにね。




