第11話
「いいってば少年!!洗えば大丈夫だから!!」
「ぐぅ…」
一体この世界に来て私は何度危機を迎えるのだろうか?
洞窟に帰った私は、少年の言葉を理解しようと鞄からノートと筆記用具を取り出していた。
少年に背を向けて探していたその瞬間いきなり強い力で少年が私の左足を引き、私は体勢を崩し地面にうつ伏せに倒れこんだ。
「げぅ!?な、何するの…少年……!」
恨みがましく少年を睨むと、少年の目は私の顔ではなくふくらはぎに集中していた。
その瞬間思い出し、私は急にひりひりとした痛みを感じた。…そうだ。そういえば炎で足が炙られてたんだった!忘れてたよ恐怖で!
うつ伏せなので足は見えないけれど、たぶん爛れてひどい足になっているのだろう事は明白だ。しまった、水で早く冷やさなきゃ痕になる!
私はノートを取るよりも大切な事を思い出し、少年に訴えた。
「少年!足洗うから離してっ!痕がのこっちゃ…うううぅぅぇえっ!!?」
衝撃が走る。
ざらざらとした感覚が私のふくらはぎを撫でまわった。生ぬるい感覚と湿り気を帯びた吐息で私は全てを察した!!
「やだ!!ちょ、ちょ!それはダメだよ少年!!お腹壊すよ少年っ!!」
少年が私のふくらはぎを舐めている!!
羞恥に顔が染まる。だって足舐められるって何よ?彼氏居たことも無いからこんなプレイが存在するのかも分からないが、14歳ほどの少年にさせる事ではない!!私の理性がそう言っている!!
それ故止めるように少年に呼びかけたが、少年はまったく聞く耳持たず。一生懸命やけどの痕を舐めてくれている。
きっと少年は治療しているつもりなのだろうと思う。少年は野生児なのできっと動物的治療をしているのだ。舐めときゃ治るの理論だろう。
しかし分かっていても恥ずかしいものは恥ずかしい!舐められるたびに震える体がなお一層恥ずかしい!!
震えて力が入らない私は声以外で少年の暴挙に抵抗する術を持たない。なので力の限り少年に呼びかけたのだが、少年はその後もしばらく私の足を舐め続けた…
「がぁお!」
少年はこれで良し!とでも言うように、私の足に何かの葉っぱを巻き付けるとやっと私の足を解放した。
私は脱力してその場に沈んだ。……異世界行って足舐められるって何…
私は誓った。もう少年の前で怪我はしないと。そしてもし怪我をしたら少年より早く治療をしようと。
「くやしい…くやしい…っ!」
だが悔しいものは悔しい!私の方が年上なのに!!足を引っ張るどころか世話までされる始末!これでは要介護のおばあちゃんだ!!
……見せなければ……!私が年上であり、介護されるような存在ではない事をこの少年に見せなければ!!
そして私は教科書を読みこんだ。現代の偉大さを思い知らせてやるのだ!!そして舐めるよりも適切な治療法を少年に教えるのだ!!
「………アルコールって……どうやって取れるの……」
壁にぶち当たった。まずアルコールが手に入らない。
ええ、待ってよ…アルコールって酵母から作られるんだよね?そしてその酵母はどこ……
私は顕微鏡で拡大された酵母の写真をじっと見つめた。もちろんだがこんな生き物は見た事がない。
……そもそもウサギでない化け物がいた事もあり、私の世界の生き物がこの世界の生き物と違う事は明白だ。果たして菌はこの世界でも同じなのだろうか?
……私は教科書を閉じた。
「うー?いんえん?がぁ?」
しょんぼり教科書をしまう私を心配して少年が話しかけてきた。だいたい言い方で少年の言っている事が理解できるようになったのは良い進歩だ。
そして少年に現代の力を思い知らせるよりも私が今しなければならない事を思い出した!
「少年!わたしは人間だけど人間じゃないの!叶!か・な・え!!」
そう、私は種族名人間のニックネーム叶だ。危うく自分の名前をこの数日で忘れる所だった!!
しかし私が何度そうやっても少年はずっと私をいんえんと呼び続けた…うーん…間違ってはないんだけどなぁ…。
その時パッとひらめいた!そうだっ!まず叶よりも人間を理解してもらえばいいんだ!!
私は自分を指差した。
「人間!」
「いんえん!」
そして少年を指差す。
「人間!」
「……いんえん?がぁお?」
やはりそこからか。そして私は歴史の教科書を取り出した。そしてそこに載っている数々の偉人を指差した。
「人間!人間!人間!」
「………いんえん」
「そう!!」
そして少年は自分を指差し「いんえん?」と聞いてきた!なんて理解の早い少年!天才少年か!!
「そう!人間!!」
「…いんえん」
少年は人間を覚えた!
そして私は再度自分を指差した。次は名前を覚えて貰うのだ。
「人間、叶。か・な・え!叶だよ!!」
「……うー…かぁえ?」
「!うまい!!そうだよっ、私叶だよ!!」
初めて発した少年の叶に私の心は舞い上がった!!すごく久しぶりに聞いた名前に目まで潤みだす程の感動を覚え、私は少年の手を取ってぶんぶんと振った。
「かぁえ!かぁえ!!」
「そうっ!!叶!かなえ!!」
「かぁえ!!」
私が喜んでいるので合っていると理解したのか、少年は笑いながら何度も私の名前を連呼してくれた。いんえんからの卒業だ。
しばらく手を取り合って叶合戦していた私達だったが、急に少年が手を放し私は呆気にとられた。
「少年?」
「がぁ!おーえん?」
少年は自分を指差しそう言った。どうやら自分の名前は少年かと聞いているらしい。
少年の名前…考えた事もなかったなぁ…。
でもどうしよう、少年に名前があったら変な名前付けられないし…。少年は流石に可哀想だ。年老いても少年はひどいもの。
「かぁえ!がぁ、おーえん?」
焦れたように再度少年は聞いてきた。……うーん、少年の名前は?って聞いても分からなそうだから暫定的に私が決めてもいいのかなぁ…?
早く!と目をキラキラさせながらずっと自分を指差す少年をじっと見つめた。
…うーん…どうしよう。少年呼びが慣れてきたんだけど…が、がうがう言ってるから…ガウ君…とか?ありがちだな…
だけどそのまま良い案も浮かばないので、とりあえずガウ君という名前にした。
「ガウ。少年はガウ!ガウだよ!」
「おーえん…がう?」
イマイチ伝わらないので、私を引き合いに出して伝える。私とガウ君を交互に指差して名前を連呼する作戦だ。
「叶。ガウ。叶。ガウ」
「かぁえ…がう…かぁえ…がう…」
そして最後に少年は自分を指差した。
「………ガウ?」
「そうだよ!!何て賢い野生児!!生命の神秘!!奇跡だよこの理解力は!君を超える異世界人がいると思えない!!ほんとすごいよガウ君!!」
「ガウ!いんえん、ガウ!かぁえ!ガウ!」
少年改めガウ君のテンションも私同様爆上がりだ!初めて会話が成立したのだ!喜ばない訳がないだろう!!
何!?共通の言葉があるってこんなに嬉しいものなのっ!?現代では味わえぬ謎の快感!!先住民と心が通じ合ったような謎の達成感っ!!
私はさっきまでのふくらはぎ事件を記憶の彼方に飛ばして、ガウ君と名前の呼び合いをして盛り上がった。




