第10話
そしてついた所は、妖精の縄張りではない光の加減で虹色に光って見える湖だった。油じゃないよ。
…綺麗な湖…。女神とか現れそうだ…
その瞬間またもや結菜のバカな発言を思い出した。
『私がぁ~お風呂に入ってるとぉ、魔法の泉にいきなり召喚されるの!』
『どういう原理?ていうか全裸なの?』
『そう!だから召喚した第1皇子と神官様は狼狽えるの!あまりの私の体の美しさに!!やだぁ~』
『いや、誰でも結菜の全裸を目撃したら狼狽えると思うよ?まずは痩せな?そしたら恥ずかしくない』
『うるせぇ!!痩せてんの!!異世界召喚された時点でもう痩せてんの!!』
『痩せる水?危ないわね、それは。成分は何で出来ているのかしら?騙されて買っちゃだめよ結菜。そういう悪徳商法なんだから』
『バカじゃねぇの!?通販じゃねぇわ!!異世界の神聖な泉の水なの!!勝手に話に入ってきて怪しい水だと思うな!!』
…という話があった。…つまりこの湖も異世界…つまり私の世界に通じている可能性もあるのではないかと思う。
…いや、結菜の言う事はことごとく外れたが虹色の湖にはなんとなくそんな効力がありそうな気がするのだ。
まぁでもものは試しだ!とりあえず片足突っ込んでみる事から始めてみようか!
私は靴下を脱ぎ湖に近寄る。すると何故だか焦ったように少年に止められた。
「?何するの、少年?片足入れるだけだよ?」
「がうっ!ぐるる…がぁっ!」
めっちゃ怒られた。
犬歯むき出しで威嚇された。どうやらこの湖は人間如きが足を踏み入れていい場所ではないようだ。
…でもこれ使って帰れるなら私神様に怒られても入るよ?でも少年に止められてすぐ入る訳にもいかないので頃合いを見計らう事にする。
私が頷き湖から少し離れると、私が言う事を聞いたのが嬉しいのか少年は「がぁ!」と笑顔で何か言うと化け物をその湖に放り投げた。
……ってええええええ!?何!!化け物は良いのっ!?
私の驚愕を後目に化け物はぶくぶくと湖に沈んでいく……うーん…これはやっぱり異世界に繋がってなさそうだ……やはり結菜の情報はハズレだったようだ。
がっくしと肩を落とした瞬間、湖に落とされた魔物が急に光り出した!!
「グギュギュ…グルアアアアァァ!!」
瀕死だった化け物が藻掻き苦しみ始め、私は恐怖のあまり少年に引っ付いた!もう全裸という概念が吹っ飛んでいたのだ。
少年は気にした風もなくただちゃんと見てろとでも言うように私の顔を湖に向けた。
「あ……ほ、骨になってる……」
先程まで暴れていた化け物が、私が少年の方に顔を背けていた一瞬の間に骨になっていた。
……えーもう……あの、意味が分からない……
私がその場しのぎで考えた考察としては、この湖は強酸性であの化け物を溶かしてしまったのだと思う。
何故だか骨だけは残り、そのまま湖の底に沈んでしまったが、少年は私がああなるのを防ぐために威嚇したのだと考え、恐怖に体が震えると同時に己の軽率さに自己嫌悪に陥った。
「……少年、ありがと……ごめんね」
「あいあと?あいあとー!」
覚えたありがとうが嬉しいらしい。少年はそれを連呼して湖に向かった。……ってこらっ!危ないって!!
「少年っダメだって……」
「いんえん!うがぁ!」
何故か私を呼び少年は湖に向かって立ちションした。
そう。立ちションした。
羞恥を煽る水音が静かな森に響く。私はまるで川のせせらぎを聞いているような謎にスピリチュアルな気持ちになった。現実逃避である。
……何で私呼んでトイレしたの?私なんかした?……まぁ迷惑かけてる自覚はあるけれども……
理解が追い付かないながらも少年が何をしたいのか見極める為に極力少年の方を見ないようにして湖を観察した。
……いや全く分かんないです。そこに虹色の湖があって尿が吸い込まれてるだけです。
もしや本当に用を足す所を見せたいだけ…?そういう性癖…?
と、命の恩人にかなり失礼なレッテルを張りかけた所でそれは起こった。
少年が用を足し終え、水面に静寂が戻って数秒後…先程の化け物同様湖が光りだしたのだ!
すると大変汚い話になるが、先程まで極僅かだが空気中に漂っていたアンモニア臭が幻の如く消えた。
「え?なっ、少年これ、えっ!?」
「がうー」
一体これは何なのかと聞こうとした私だったが、少年はスッキリしたのか上機嫌で全く話を聞いてくれない。そもそも話が通じないんだけど……あ……も、もしかして…!
「少年、もしかしてこれからはここで用を足せって事?」
「がうー」
聞いてんのか!?がうーってどういう意味よ!!
憤慨してじだんだを踏む私にやっと気付いたのか少年は私の方に歩み寄ってなんと私のスカートに手を掛けた!!
「や!?やめたまえ少年!!おっ女子になんという破廉恥!!」
「あえんち?あえんち!ぐるがぁ!!」
そのままぐいぐい引っ張り私のスカートを下ろそうとしだす!!やはりあれはトイレだと私に伝えるつもりだったのか!!
しかし残念ながらトイレならもう行った!それであの化け物に追いかけられたんだよ!!
だがそんな事も知らない少年はずっとひいひいと喚く私のスカートを引きずり降ろそうとしている!会話が成立しないって不便!!
……会話……私…私が歩み寄れば…!そう思いつきゴクリと唾を飲む。
幸いというか、唯一少年の言葉で私が理解し発音出来る言葉が1つだけある!それをするまでこの破廉恥行為が続くのなら、私は現代人としての第2の恥も捨てる覚悟だ!!
私は少年の顔を持ち上げ驚愕の表情を向ける少年に思いっきり歯を剥いた。
「ぐるる…!!」
「………」
少年は驚愕の顔のまま私の威嚇を見つめる。そして無言だ。
他は全く少年の言葉は分からないが、この威嚇だけは理解できる。そしてそれの使い道はまさにここだ。
少年は私のスカートを掴んでいた手をだらんと下げると下を向いた。
「……うー…」
小さくそう言い少年はいじけた。
どうやら少年にとっては善意でした事だったらしい。それは分かる。分かるけれど絶対に容認出来ない。用を足すとしても少年の居ない所でだ。
…でも流石に可哀想な事をした。しかも初めて発したこの世界の言葉が威嚇だなんてあんまりだ。
私は何とも言えぬ罪悪感に駆られて少年の頭をそっと撫でた。すると少年は窺うように私を上目遣いに見た。
「こういう時はごめんって言うの」
「こいうおーあ…ごえ…」
「ごめん、だよ」
「ごえん?」
「そう、ごめん」
「………いんえん、ごえん」
「私も、ごめんね。少年」
なんとか伝わったのか、少年は何度も私に「ごえん」と呟いた。
だが、自分で言わせておいて私はその姿に胸が詰まるような感じがした。
本当は少年が謝る事なんて何1つ無いのだ。私がこの世界に慣れ、少年の前でもトイレが出来ればよかった話だ。
それなのに私よりも助けてくれた少年の方が何度も謝る事に、酷く自分が最低な人間に思えた。だって少年にとっては私は疫病神以外の何者でもない。私が少年に威嚇する資格なんて…本当は無いのだ。
「ごめん…ごめんね…少年……」
口をついて出た言葉は私の心を軽くはしなかった。
だって言いながらも私はまだ少年に甘えている。許してくれると思っている。
罪悪感が燻る胸の中が気持ち悪い。言いたい事が伝わらないってつらいね、結菜。
せめて同じ言葉が喋れたら良かったのに…そしたらこんな事にもならなかったのに。
本当はね、少年に言いたい事いっぱいあるよ。ごはんくれてありがとうって言いたいし、助けてくれて嬉しかったって言いたいし、股間ぐらい隠してって言いたい。
でも言えない。だってこの世界の言葉と違うから……
鼻水を垂らしてそう涙目で呟く私に、意味が分かっていないであろう少年はわたわたと狼狽えた。
「ごえん…がうっ!いんえん、あ…あ、いがと?」
「!?しょ、少年、いきなりの上達…!」
「がうっ!!あいがと!あいがとぉ!」
何故だかありがとうがおしい所まで上達した少年は怒ったように連呼する。どうやら私に感謝している訳ではなさそうだ。
…………え……も、もしかして……
「ありがとう…って言ってって事?」
「!あいがとー!あいがとー!!」
少年は私の言葉に目を輝かせると、湖の周りを駆け出した。ありがとうがよほど嬉しかったらしい。
…ああ…なんだ、そうか。急がなくても、時間をかけて分かり合えれば良いんだ……
すっと胸の奥が軽くなるのを感じた。呼吸がしやすくなったのが分かる。
ああ、そうか。焦っていたのは私だけだったんだ。少年は会った時からずっと私の言葉を理解して話そうとしてくれていたじゃないか。
私は理解した途端涙が止まらなくなった。1人じゃない。知らない場所で分かってくれようとしてくれる人が居るという事がどれだけ救われるか、この少年は分かるだろうか?
「ぐずっ……あ、ありがどおおおぉぉ!!しょうねぇぇん!!」
「!!がぁぁうぅぅ!!」
私が再度お礼を言うと、少年は顔を輝かせさらに走り回った。
…もっと私、少年の事知りたい。もっと話したいな。
そう心に誓って私は10周湖を回った少年にそろそろ帰ろうと声をかけた。




