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嘘ばかりの貴方を愛すなんて誰が出来るの?  作者: 夏見颯一


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9.【へっぴり腰男と調子に乗る女】


 家柄も才能も容姿も……全て揃えておられる真性の貴族令嬢方の芸術的な微笑みとは違い、私の微笑みはいかにも企んでそうな真っ黒な笑みです。


 それにしても、最後にソリウスと会ったのは幼少期ですよ?

 きっと会っても分からないと思っていたのですが、さっぱり顔つきは変化していなかったソリウスは、私の暗黒微笑(自称)に怯んだのか、大きく後ずさりしました。


 王都の男は軟弱な者が多いのでしょうか。

 それでも、明らかに見た目からして打たれ弱そうだった元ヤイリス侯爵令息とは違って、ソリウス、貴方、正真正銘の騎士でしょう?


「……私は騎士として正義の鉄槌を下すからな!」


 あらあらあらあら、私はつい失笑してしまいました。

 そんな言葉、絵物語の勇者が魔王に言う場面でしか見聞きしませんよ。

 私は悪女ではなかったのですか?


「くそっ! 何か言い返せ! どうせ反論があるのだろう?」


 言い返してもどうせ犯人扱いするなら同じですから、無駄な行為をさせようとしている事がおかしくて笑ってしまいます。

 大体貴方、今来た所で何を分かっているのかしらね。

 最初からいたとしても左遷寸前になるような反対方向に素晴らしい能力しかないのですから、この場にいただけでしょうけど。


 きっと……この世界で騎士になるには、正規の手段だけでなく、前世の世界で言う裏口入学的なものがあるのでしょう。

 でなければ、命の危険だけでなく礼儀作法や知識も求められる王宮騎士に、無闇矢鱈にポンコツをひけらかしているソリウスがなれる訳がありませんものね。

 本当、もうおかしくておかしくて、ソリウスは何処まで私を笑わせたら気が済むのでしょう。


 顔を真っ赤にしたソリウスが私に「お前が犯人なんだろ!」と、周囲の天上に住まう嫋やかな令嬢達にも怯えながら、私に怒鳴りつける姿が滑稽で。

 もう私は自分が言い返す暇のないくらい笑ってしまいますよ!



「騎士の恫喝を前にも悠然と立ち向かえる令嬢がいるなんて……」

「凄いわね……笑顔だけで相手を圧倒しているわ」

「あの方が突然の婚約破棄にも毅然と意見を述べられたと伺ったのは、紛れもない真実でしたのね……」


 令嬢達の真に密やかな会話は、悪口を優先的に拾う私の耳では聞こえませんでした。



 高位貴族令嬢達の前で醜態を晒し続けていたソリウスですが、無言で近付いた騎士団長に一瞬で地面に叩き付けられました。

 確か目の前で人を殴ったりすると大抵の貴族令嬢が怯えるので、王都の騎士達は令嬢の前で暴漢を取り押さえる時でも転ばせて制圧するって何処かで耳にした事があります。

 こんな風に令嬢の目前で教育的指導をするなんて、それ程までにソリウスの行動が不味かったと言う事でしょう。


 分かっていてもやんごとなき令嬢方にはやはり恐ろしく、小さな悲鳴とともに何人かが私の背後に隠れました。私がせめて樽ぐらいの体であればもっと壁になれたのですが……貧弱な壁で申し訳ない事です。


 ソリウスを地面に押さえつけている騎士団長は、相当腹を立てておられるようでした。私の目から見てもかなりの力を込めており、ソリウスは悲鳴も何も言えなくなっていました。

 今さっき、規則破りの若い騎士達を連れ出したばかりでの醜態だったからでしょうか。


「どうして部下の行動を上司が止めない?」


 私達と少し離れた場所にぼんやり立っていた騎士を、騎士団長が仇を見るような目で睨み付けました。

 震え上がったソリウスの上司らしき騎士ですが、やはり……手持ち無沙汰で担当地区外の騎士っぽい様子を醸し出しておりました。


 これは……裏口入隊だった部下の上司も同様に裏口入隊だったと言う事でしょうか。

 なら、多分恐らくきっと仕方ありません。


「ですが……アステリア伯爵令嬢は怖がっていないので……!」

 

 確かに現時点でも古代竜を前にした駆け出し冒険者のように怯えているのはソリウスの方ですね。

 ですが。


「ですが、いくら私が怖がっていなくても、職務放棄をしてこの場に駆けつけ、元婚約者を勝手に犯人と決めつけ罵倒しておきながら、年下の元婚約者の視線程度に怯え、王族もおられるこの場で自由に振る舞い続ける騎士もどきを、自身も同類と思われる事も厭わず上司の貴方は庇うと仰るのですね!」


 あまりに驚いて矢継ぎ早に私の口から飛び出してしまいましたよ。時々肺活量が凄いと自分でも思いますね。

 部下を庇う上司は立派かも知れませんが、庇う相手をしっかり見てからにして欲しいです。


「……え?」

「怖がっていなかったら大丈夫ですか。ならば、どうして貴方は怯えているソリウスを助けなかったのです? 私に向かって怒鳴りつけているソリウスでしたが、雪の中にずぶ濡れで放り出された子猫のように震えておりましたよ?」


 騎士達だけでなく、私達の話を聞いていた者全員が吹き出しました。

 私も言ってから失敗だったと思いました。これでは聞きようによってはソリウスが可哀想な存在だと思われてしまうかも知れません。違います。たまたま丁度良い比喩が出て来なかっただけなんです!


 幸い、私の失敗に誰かが言及する事はありませんでした。

 その一方で注目を集めているソリウスの上司は、小刻みに震えておりました。

 王都の男は何かと震えがちですね。こういった体質の違いも地域格差なのでしょうか。


「あ……いや、私は……公正な立場で部下の言葉を聞いてから……」

「つまりは貴方は立場の違う人間同士の意見を公明正大に判断する立場でいらっしゃるのですね? 既に婚約は白紙となって私とは無関係の人間になっているソリウスから一通り話を聞いて、それからしっかり私の話を聞くと」

「え……いや、だから……」

「判断されるのでしょう? 皆さんがいらっしゃるこの場で、『公正な立場で部下の言葉を聞いてから』と仰った貴方は、そうでなければ一体何をしに来たのです?」


 どうも野次馬でこの場に来ただけだったらしいソリウスの上司は慌てて周囲を見回しますが、周囲は誰もが薄ら笑いを浮かべるだけで、わざわざ私を止める者などいませんでした。


 小娘に言質を簡単に取られる騎士。


 再び騎士団長が青筋を立てる醜態を晒している事もありますが、ソリウスの上司はこの場に王族である第4王子がおられる事もお分かりになっていないようです。

 少し体調が良くなられたのか、私の後ろで令嬢達の小さく笑っている声が聞こえました。


 最初にソリウスを止めていれば悲惨な事にならなかったでしょうに、ソリウスの上司は今更自分の発言も撤回出来ません。


「さあ! 取り敢えずはソリウスの言い分をしっかりと拝聴しましょう!」


 私の声で注目が一斉に集まったソリウスは、悪女よりも魔王に向けるような目で私を凝視しておりました。

 ご自分が私を悪女と呼んだのに、心外です。





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