10.【弱腰男は墓穴を掘り続ける】
私が魔王ならソリウスは何でしょう?
敵対しているのですからね……考えられるとしたら序盤で消える幼なじみ? いやいや、私とソリウスは非常に残念ながら幼なじみではありませんし感動的エピソードなど一欠片もありません。なら、物語が始まる前に星になった知人? そこまで行くと敵対関係ないですね……。
「さあ、ソリウス様。言い分をどうぞ。幸運な事にこの場には公明正大に判断が出来る貴方の素晴らしい上司だけでなく、第4王子殿下と聖女様、貴方の上司の上司でもある騎士団長様も女性貴族の事を誰より御存知な令嬢方も揃っております。今こそ貴方の正当なる言い分を主張し、正義の鉄槌を下せるものなら下すべき時です!」
断罪は夜会のパーティーと相場が決まっているでしょうに。
お茶会を断罪の場に選ぶなんて、はっきり言って様式美すら理解しないソリウスには失望しかありませんが、転生者である私にも欠片ほどのこだわりがあります。
最後にソリウスに舞台を提供する悪女の心意気を目に焼き付けると良いわ!
ですが、騎士団長が手を放されているのにも関わらず、転がったままのソリウスは涙目で震えるだけでした。
何ですか?
じっと見つめると、ソリウスは口をパクパクさせます。
以心伝心なんて出来る間柄ではありませんし、目で訴えかけられるのはいっそ非常に不快で睨み付けると、とうとうソリウスは涙をボロボロ流し始めました。
「えー……」
「……アステリア伯爵令嬢、そのくらいにしてあげてはどうかと。ソリウスの心をそれ以上折られるのは……」
私達の様子を見ていた別の騎士がそう言うと、一転してぱっと嬉しそうな顔になったソリウスを見て、私は騎士団の裏の仕組みに気が付いてしまいました。
「まさか……何て事でしょう。騎士団では痛くて泣いたら何もかもが許して貰えると言うのね!」
私の言葉に声をかけてきた騎士は顔色を変えて後退りましたが、驚愕のあまり目眩がしていた私の目には入ってきませんでした。
ではなかったら、騎士になってまで泣きませんし、ソリウスの問題行動を見てきた騎士も私を止めには入りませんよね。
私は王都で信じられない事実を知ってしまいました。
恐るべき裏口入隊!
私が勢いよく騎士団長を振り返ると、騎士団長は目を伏せ静かに首を振りました。
「泣いて許されるのは幼児だけです。それに、大半の騎士は簡単には涙は見せません」
「では、この騎士は?」
「幻覚です」
どうやら騎士団長は非常にお疲れのようです。
私は公明正大にして部下思いであるソリウスの上司に視線を移しました。
「どう判断されますか?」
「……」
「どう判断されますか?」
「……」
私が何度問いかけても無視ですか。
なるほど。これは部下を庇うと判断した以上、ソリウスの上司は部下の言い分を聞いてからではないと判断出来ないと言う事なのでしょう。
同じ裏口入隊とは言っても、流石に上官になる人は違いますね。
判断が出来ないと直接口にしては角が立つので沈黙を返す。この程度の駆け引きや賢さは、ソリウスも今後行く事になる辺境で生き抜く為にもしっかりと身につけておくべき技術ではないでしょうか。
これについては部下は上司をもっと見習うべきと言って良いでしょう。
「アステリア伯爵令嬢」
私とソリウスの上司が完全に沈黙をしたタイミングで、聖女様の元から私に近付いてくる聖騎士に声をかけられました。
この方は確か、リンカ様が頼りにしていた聖騎士の方ですね。
さっきまではいらっしゃらなかったので、後から駆け込んできた神殿関係者の中におられたのでしょうか。
「どうされました?」
「そう矢継ぎ早に喋って追い込んではいけません。きちんと言い分を聞くなら、待つ事も重要でしょう」
終始冷静であり続けている私はともかく、それを聞いたソリウスはあからさまに安堵した顔をしました。そのソリウスの態度にイラッとした私は、
「ですが」
「アステリア伯爵令嬢。焦ってはいけません。まずは彼の言い分を聞きましょう」
その聖騎士の言葉を聞いたソリウスは、何をどう考えたのか突然身を起こし、
「その女が犯人です! フロスティアしか犯人たり得ません!」
裏口入隊とバレるので、そろそろソリウスは永久に黙った方がいい気がするのですよね。
ちゃんと聖騎士の方が何と言ったのか聞いていたのでしょうか?
「では、その根拠をお願いします」
「はい?」
喜色満面だったソリウスの顔が聖騎士の言葉で強張りました。
と言うか、聖騎士の方の前から私も根拠を聞いていた筈なのですが、泣けば許されると思っていたソリウスは何も分かっていなかったようですね。
「ですから、貴方がアステリア伯爵令嬢が犯人だと思われる根拠です」
「いや……だって、フロスティア以外あり得ないでしょう!」
「そのあり得ないと思われる根拠を出して頂きたい」
呆然とした顔でソリウスは聖騎士の方を見てますが、はっきりと聖騎士は「言い分を聞きましょう」って仰ってましたよ。
その穴が開いているだけの耳でどうやって生活していたのか謎すぎますね。
「……そんなの、私とリンカ様の仲に嫉妬したからですよ!」
ソリウスの何処に嫉妬出来る魅力があるのか、私には皆目見当がつきません。
既にリンカ様にも振られているのに、世迷い言を言い続けているソリウスに言い返そうとした私の目の前に、すっと聖騎士の方が立たれました。
ああ、まだソリウスの言い分を聞く番なのねと理解し、私は堪えました。
「嫉妬したからだと?」
「そうです! そもそもこの女はいつまでも婚約を白紙にせず、私に縋り続けているのです!」
「白紙となったのでしょう?」
「ええ! すっかりさっぱり縁が切れているのに、私とリンカ様に嫉妬して嫌がらせを……!」
「貴女方への嫉妬だとして、何故それが聖女様に毒を盛る事になるのです?」
ソリウスが言葉に詰まりました。
そこが一番重要でしょうに。
無計画な男はやることなす事驚かせてきますね。
この部屋に集まった者達から、徐々に軽蔑と哀れみを含んだ目がソリウスに向けられます。
取り敢えず元婚約者を悪者にしたかった男から、元婚約者に嫉妬される程愛されていると思い込んだ痛い男に印象が変わりつつあるソリウスは、そもそも私達の婚約が『一年前に白紙化』している事を覚えているでしょうか?
「何故って……そうです、さっきまで皆さんもこの女の行動見ていたでしょう! この女は性格が途轍もなく悪いのだから、聖女に毒を盛るのは当然です!」
もう面倒なので私は何も言い返しません。
ソリウスの上司の方をチラリと見ると、顔色が優れない様子でした。部下思いだから……不出来過ぎていっそおかしい事を言っている部下を心配するなんて、ソリウスには勿体ない程の上司の鑑です。
「つまり、貴方は元婚約者がリンカ様との仲に嫉妬したから聖女様に毒を盛ったと仰るのですね?」
「はい! 犯人はフロスティア以外いません!」
「では、貴方は何をしました?」
調子よく話していたソリウスの声が止まりました。
ソリウスの表情は聖騎士の方の背中に遮られて私には見えません。
「最初、リンカ様との仲に嫉妬したと仰っていましたが、それを分かっていた貴方は何をなさいましたか?」
「え……? 何をって……何をする事も……」
「つまり貴方は事件が起こるまで放置していたと言う事ですね」
「あ……いや、だって……」
「貴方とアステリア伯爵令嬢の婚約は一年前に白紙となっております。全くの無関係な間柄で今更嫉妬ですか? 会ってもいない令嬢がそれでも嫉妬で誰かを殺しそうだと感じていたのなら、貴方はアステリア伯爵家に抗議の手紙くらいは出しましたか?」
「はあ?! 何で勝手に私に瑕疵を作っているんだ! フロスティアが勝手に白紙化した所為でリンカ様との婚約がなり立たなかったのか! 巫山戯るな!」
激昂して再び騎士団長に押さえつけられたソリウスに、全員一言も声をかけませんでした。
既にソリウスの話は王家も交えて作った設定どころか、時系列も何もかもが崩壊していました。無知も露呈したソリウスに向けられる冷え切った高位貴族令嬢方の視線は人を殺せそうですね。勉強になります。
「婚約の白紙化についてはアステリア伯爵令嬢は家の意向に従っただけでしょう。それで、貴方の言う瑕疵とは何でしょうか? 婚約の白紙、解消、破棄の差ぐらい御存知ですよね。白紙化は御存知の通り瑕疵にならなりません」
「えー……と?」
「それで、貴方はリンカ様と婚約したい為に何をしましたか?」
ソリウスは何もしませんでした。
自分がリンカ様と婚約をしたければ自分で動くだけの事であり、私が動かなかった事を責められる所以だけはないのです。
聖騎士の方は穏やかにソリウスに尋ねます。
「それで、貴方は元婚約者に対して何をしたのですか?」




