11.【婚約だけでなく過去そのものを白紙化したいと思った】
人生にはいくつも岐路があります。
よく耳にするのは正しき道と悪しき道の岐路。
聖騎士は答えないソリウスに、再度ゆっくりとした言葉で尋ねました。
「それで、貴方は元婚約者に対して何をしたのですか?」
大丈夫、どう答えてもいいのよ。
私は落ち着き払ってソリウスの返答を待っていました。
貴方の人生には最早岐路なんてなく、破滅へ進むだけの単調な道が続いているのだから、今更どんな答えでも同じ事よ。
未来が完全に決まっていてブレないと言う事は羨ましい部分がありますね。
私などはどうやっても選択肢が多い割に平坦に平凡な人生しか歩めないので、一直線に地獄に向かう人生にもちょっとだけ憧れてしまいます。
ソリウスの道連れだけは遠慮しますけどね!
私達はしばらくソリウスの返答を待ちましたが、ソリウスはうめき声もなく沈黙したままでした。
静まり返っている室内ですので、ソリウスの返答が小さな声であっても誰も聞こえないと言う事はない筈です。
「まさか?! ソリウスは選ばれし(裏口入隊だけど)王宮騎士なのに心は既に敵前逃亡したというの!? 物語の序盤で調子よく進んだ勇者がうかれたまま手順をすっ飛ばして、ラスボスの所に行ってボコボコにされて逃げ帰る系の感じで!」
「アステリア伯爵令嬢、お静かに。ソリウス殿が怯えて話も出来ません」
「それって騎士として……」
「そのお話は、後程じっくりと騎士団長とソリウス殿の上司にお願いします」
名前を出された二人のうち、ソリウスの上司は何か驚く事でもあったのか漫画のように飛び上がりましたね。
お話と言われましても、私もそこまで暇ではありませんので帰りますよ?
いつまでも答えないソリウスに、聖騎士は頭を振り、
「お答え下さい。貴方は何をなさいましたか?」
「答えろ、ソリウス」
騎士団長が腕を捻りあげると、ソリウスは慌てて、
「何を! ……いや、だって……何もする事なんて……!」
「貴方はアステリア伯爵令嬢が婚約を白紙にしなかったと仰いましたが、先日とある事情があって確認した所、貴方や貴方のご実家から白紙の申し入れをしたという事実はありませんでした。これでは貴方の方こそアステリア伯爵令嬢に縋っていたようにしか見えません」
不意に、父が「ソリウスとの婚約は問題がある相手からの婚約を避ける為の婚約だった」と言っていた事を思い出しました。今となったら私に付き纏っているソリウスも問題ある相手以外の何ものでもありませんね。
まあ、私のおかげでソリウスも変な相手から婚約を迫られる事がなかったのですから、本来ソリウスは私に感謝すべきでしょう。
感謝する意思がなかったとしても、せめてソリウスも婚約界隈においては【売れ残り】だと自覚を持つべきです。
「違う! 私は嫌だった! 縋ってなどいない」
「ならば何故、婚約の白紙化を申し出なかったのですか? 婚約の男女の比重の話は有名でしょう。本来、貴方が申し出るべき話です」
この世界は紛れもなく男尊女卑の世界です。
ただ、本当に一から十まで男性が有利な仕組みになっているかと前世の知識のある私が問われれば、歴史の積み重ねが違う所為で結構ズレた男尊女卑だと答えるでしょう。
婚約の白紙化は間違いなく女性側からも出来ますし、私も将来的にはその予定でした。ですが、この世界の男性優位の発想からすると、場合によっては多少事実を書き換えてでも、絶対に優位な男性側が申し出るもの、申し出た事にするものでした。
ソリウスのように女性側の家が白紙にするのを待っていたなど、常識的にあり得ませんし、知られては白眼視される事なので隠すべき事でした。
「それ、は……」
喋れば喋る程、話にも矛盾が増えますし、この件は黙っていれば分からなかった事ですよ?
地形が変わる程深い墓穴を掘るソリウスを、寧ろ、誰がどうやったらフォロー出来るか教えて欲しいものです。
「貴方が仰る事には説得力がありません」
「違う! この女が悪いんだ! この女がいたから私はリンカ様と婚約が出来なかったんだ!」
ガシャン、と割れる音がしました。
何かと振り返ると、聖女様がカップを机に叩き付けた所為で割れたようでした。
「……事情が分からす私は傍聴に徹していましたが、リンカと婚約出来なかったというその理由、しっかりとお聞かせ下さい」
「はい!」
またも嬉しそうなソリウスの声に、私は気が遠くなりました。
聖女様もソリウスとリンカ様が婚約出来なかった理由について御存知の筈で、貴方の味方ではないのですよ?
幸福にも聖女様の目が氷点下である事に気付かないソリウスは、
「婚約を白紙にしたにも関わらず、フロスティアは私とリンカ様の婚約に嫉妬して、姉である聖女様に毒を盛ったのです!」
「それは聞きました。では、どんな方法で? 私にどのような毒を?」
「お茶会があると知ったフロスティアはメイドに偽装してお茶に毒を混ぜました。毒は多分、領地の何処かに生えていた草です!」
メイドに偽装という点にはとても言い返したかったのですが、それよりも毒が草。よりによって草。
私が思わず騎士団長を振り返ると、視線に気付いた騎士団長は首を横に振りました。現役騎士のソリウスが明らかに教育が足りていない現実に、かなり悲しげな表情でした。
やはり……寛大にして聖人に至りそうなソリウスの上司が部下の教育にも何処までも甘かったと言う事ですね。まして泣いたら許されますし。
優しいのも時に問題と言う事でしょう。
突然悲鳴が上がり、その声の方向である聖女様を再び振り返ると、聖女様は手にしていたカップを握力で砕いていました。私は固いと思っていたのですが、異世界の高級食器は転移者には脆かったのですね。
オロオロする第4王子殿下を相手にする事なく聖女様は、
「まず、アステリア伯爵令嬢はお茶会の客人として参加しておりました。メイドになんてコスプレしてません。想像力は豊かでも、説得力は皆無ですね」
聖女様が断言した脇で「コスプレ……?」と聞こえました。
転生も転移もある世界であっても、派手や奇抜な衣装は作る事さえ過剰な贅沢と見られる傾向があるので、コスプレは全く浸透しておりません。
「もう少し、真面目にお答え下さい。出なければ、貴方の頭がこのカップのよう」
「毒の混入方法、入手方法、共に貴方の推測でしかなく、アステリア伯爵令嬢を犯人と決めつける根拠と到底認める事は出来ません」
聖女様の言葉は険呑すぎて、聖騎士の方が途中で遮りました。
これは最早癖が強いというレベルではなく、私には聖女様はいっそ拳で黙らせるタイプに思えました。
「ああ、もう! 方法なんてどうでも良いでしょう! 聖女様を毒殺する理由があったのは、フロスティアだけです!」
子供の癇癪のように地団駄を踏んだソリウスに、
「あら、毒殺する理由というなら、第4王子殿下の元婚約者である私はどうしてのけ者なのかしら? 私は聖女様に第4王子殿下を押しつ……奪われましたのよ」
私の近くから声が聞こえました。
どうやら私達の中に美貌しかない第4王子殿下の被害者の方がいらっしゃったようです。良かったですね、押しつける相手が出来て。
その声を皮切りに、
「社交界で一番の花と言われていた私も聖女様に居場所を取られましたわ。私も十分動機がありましてよ」
「あら、私もよ。私も何年も神殿に通ってそれこそ聖女と呼ばれていたのに、本物に努力を無にされてしまいましたわ」
「ふふふ。我が家などは特級ポーションを卸していましたが、聖女様の治癒で必要なくなったと告げられましたの」
次から次へと容疑者が名乗りを上げます。
実に楽しそうに笑いながら。
さっきの若い騎士達が取り囲んだのは下心が大きかったにしても、一応は本当に令嬢達には聖女様を害する動機らしきものがあったからなのかも知れません。
令嬢達の立場を考えると、彼女達が口にした話は王都では有名な話でしょうね。
そうやって順に考えて行くと、寧ろ私は全く動機がないので一周回って怪しくなる?
「それで、ソリウス殿はアステリア伯爵令嬢だけが犯人だとどうして思ったのですか?」
最早ソリウスから返ってくる言葉はなく、騎士団長達がソリウスの襟首を引っ掴んで連れていきました。
すれ違いざま私はソリウスの上司に、
「待って下さい。ソリウスの話を聞いたのですから、今度は私の言い分を聞いて頂きませんと!」
騎士達は吹き出して、令嬢達も声を上げて笑いだしました。
何か終わったような空気を出しておりますが、ちゃんと公明正大に行くには大事な事なのです!
「アステリア伯爵令嬢、ほどほどに」
聖騎士の方に止められている間に、ソリウスの上司は走って去っていきました。
上司だと色々仕事があるのでしょうね。話を聞いて貰えなかった事は悲しいですが、仕方ありません。
こうして私の王宮でのお茶会は無事ではなかったものの終了し、今度という今度こそ田舎に帰るつもりでしたが………………聖女様に気に入られた為に帰る事は叶いませんでした。




