8.【若手は暇らしい】
駆けつけた者達は毒を盛られた筈の聖女が元気な様子に、誰もが驚きを隠せませんでした。
「聖女様?」
「聖女ですから、毒など自力で解毒出来るに決まっております」
毒が入っていたと思しきカップは騎士達に回収されましたが、聖女様は新しいカップを手にして紅茶を飲んでおられます。
普通なら、紅茶に毒が混ぜられていた直後には飲むのを避けますよね?
あまりにメンタル強めな聖女様の態度に、一部の者達は「毒を飲んだのは誤報だったのでは」と話しているのが聞こえてきました。
それはそれとして、事件が起きたのは王宮内であったとは言え、流石に騎士達が来るのが早すぎないかと私は違和感を覚えました。
無論、聖女様だけでなく高位貴族令嬢達もいらっしゃるお茶会ですから、会場の中と外にはかなりの騎士は配置されております。その最初からいた騎士はともかくとして、部屋の中には明らかに過剰な数の騎士が集まっていました。
突然の事件に慌てて集まって来たのは分かりましたけど、私達の周囲を取り囲む若い騎士達の目は、何というか下心がありそうな気持ち悪いものでした。
先程、別の騎士から「事件時の状況を聞かせて欲しいので令嬢達は別室で待機して下さい」と言われたのですが、取り囲む騎士は私達を誘導する様子もなく、ただ薄笑いを浮かべて立っているだけでした。
なお、私は相変わらず体調を崩した令嬢の支えになり続けていました。さっきは一人でしたが今は二人支えております。ええ、頑丈なのでお任せ下さい。
他の参加者から縋るような目を向けられていた公爵令嬢が、代表して騎士達に話しかけました。
「事情聴取は後日でよろしいのではありません?」
「いくら貴女でも、これは聖女様の毒殺未遂事件です。事情聴取するまでは帰宅は許可出来ません」
「……体調が悪い女性もいつまでもここに留め置くという事ですか?」
「貴女方も容疑者ですから」
……参加者の令嬢達は立場的に他人のカップや紅茶の準備をしません。余程特殊な状況でない限り、真っ先に疑うのも調べるべきなのも給仕の者だけでしょう。
一瞬彼らは本当に騎士かと疑いました。
まして、身分も名もある家の令嬢達です。何も分かっていない時点で容疑者扱いしている事もかなりの問題ですし、わざわざ若い騎士で令嬢達を取り囲む行動についてもどういう意図があるのか理解に苦しみます。
事件に動揺し騎士にも怯えて気を失いそうな令嬢を私達は後ろに隠しますが、それすら、
「犯人を庇っているのか?」
「無礼な!」
それでもこの若い騎士達はニヤニヤしながら取り囲むのを止めようとはしませんでしたが、公爵令嬢の言葉で振り返った騎士達の上官に当たる方が、
「お前ら、何をやっている!」
その声で他の騎士や文官、侍女達が事態に気が付きました。
「貴方達、何をやっているんですか!」
「お前達は何でここにいるんだ! 誰に指示された!」
私達を囲んでいた騎士達の顔色が俄に青くなりました。
「あ……いえ、私達は容疑者を……」
「そもそもお前達の担当は別区画だろう! 何故ここにいる?」
「あの……事件が起きたと聞いて……」
「今お前達のいるべき場所からかなり離れた位置であるここに? 誰から連絡を受けて? お前達の立場で何をしに?」
若い騎士達は集まってきた騎士団で身分が高そうな方々に矢継ぎ早に問い詰められ、先日の元ヤイリス侯爵令息並みに目で見えるレベルで震え出しました。
「答えろ! 答えられなければ騎士団の牢にぶち込むからな!」
聖女様に盛られた毒よりも、部屋中の人間が若い騎士達に注目しました。
本来毒事件を担当出来る立場ではなかったと分かれば、若い騎士達の無礼な行為は騎士団で守られるようなものではなく、
「……大方、これが私達にとって醜聞になると思ったのでしょう。それで、自分達が次の私達の婚約者になれるとでも思ったのでしょうね」
「そうね。この騎士達は剣の腕より容姿を誇らしげにしていると、本当にあちこちで伺いますわ」
「なんて醜悪な……こう言う方はどうせ決まり文句のように『私だけは君の無実を信じているよ』なんて言うつもりだったのでしょう」
令嬢達や侍女達から冷たい目を向けられ責められ始めると、若い騎士達は小さくなるしかありませんでした。
真に事件の対応に当たっていた他の騎士からも「余計な仕事を増やすな!」と怒鳴られ、若い騎士達は全員外に連れ出されていきました。
うーん……犯人扱いして威圧込みで取り囲んだ挙げ句に、醜聞とした上で自分が次の婚約者に立候補する?
勝手に犯人扱いした時点で恋など始めから終わっている気もしますが……?
そんな発想をした私はやはり、田舎貴族令嬢でした。
公爵令嬢達に一番年下と思われる令嬢が震えながら、
「本当に大丈夫ですか? 私達、この後脅されて婚約するしかなくなる事はありませんか……?」
「そんな事はやらせないわよ。ねえ、騎士団長様?」
渋い顔をしていた、一番背が高くがっしりとした体格の騎士が、
「ああ。彼らは厳正に処罰する。貴女方の前には二度と現れる事はない」
騎士団長が断言した事で、令嬢達は一様に安堵の表情を浮かべました。
どうやら広く信頼のある方のようですね。
と言うか、事件を脅迫材料にして婚約を迫るなんて……ちょっとした事が瑕疵になるにしても、酷いものです。騎士団長には厳正に対処して頂きたいものですね。
ここでようやく私達に「別室に案内します」と声がかかりました。
声の主は騎士ではなく、侍女ですよ。
「例の方々がいらっしゃっておりますので、部屋の準備に時間がかかって申し訳ありません」
「それなら仕方ありません。さあ、行きましょうか」
公爵令嬢の言葉に他の令嬢達はうなずいておりますが、私だけ『例の方々』が分からず困惑しました。
そんな前置きすると言う事は、かなり何かある人って事ですよね?
私は王都の常識も知らないんですが!
『例の方々』について聞くタイミングを計っていると、
「カンナ! 大丈夫!?」
新しい人物が現れましたが……。
え?
「泣かなくても大丈夫です。私は聖女ですから、毒程度で消そうなどと言う下らない人間の妄想には付き合わないのですよ」
「大丈夫なの? 良かった……」
「私はあんな程度の毒で倒れる程、柔く出来てはいません」
「カンナ……」
………………誰?
何か……妖精が喋っている?
聖女様に話しかける妖精を呆然と見ていると、ポンと背中を叩かれて私は我に返りました。
「あの方は第4王子殿下よ。見ての通り人離れした美しい方でしょう?」
前世も含め、あれ程美しい方は見た事がありません。
化粧技術は化粧品がまだ素朴なこの世界ですから、あの王子は間違いなく素で美しい方なのでしょう。あんな方が実在するなんて……。
「美形しか取り柄のない方だと記憶しておくと良いわ」
「はい?」
私は解説をして下さった公爵令嬢を振り返りました。
「あの方は容姿だけ。覚えておきなさい。容姿しか取り柄がない方ですから、婚約者になっただけでも苦労するのですよ……」
誰か被害者がいた。
公爵令嬢の重い言葉に、私は「もしかして、貴女が?」とは流石に聞き返せませんでした。
そして、こんな事で時間を使っている間に、絶対に招かない人間も来ました。
大きな音を立てて扉が開かれた。
「フロスティア、何てことをしたんだ! お前が犯人だろう!」
左遷寸前の騎士であるソリウスが飛び込んで来て言い放ちました。
多分、貴方も担当地区違いですね?
もしや、これでソリウスは左遷が決定する?
そう思ってしまった私は、うっかりほくそ笑んでしまいました。




