7.【誰か領地に帰して】
後日の話として、ヤイリス侯爵令息が私を見つけたのは偶然だったそうです。
ヤイリス侯爵令息は通りかかった場所でフラーベル侯爵家の馬車を見つけ、乗っているのは自分の謎の婚約者だと当たりをつけたのだと、ヤイリス侯爵家への出向から戻ってきた御者が証言いたしました。
現在、私は確かにフラーベル侯爵家に滞在しており、フラーベル侯爵家の馬車を使わせて頂いております。
ですが、婚約者であった私はアステリア伯爵令嬢であります。
今回は偶然私が乗っていただけで、普段はフラーベル侯爵家の馬車を使っているのは侯爵家の方々です。
場合によっては私とカテリーナを間違えて、人違いのより間抜けな婚約破棄を宣言していた可能性が高かったと思います。
流石没落しかけていた家の令息、発想が人とは異なりますね!
ついでに元ヤイリス侯爵令息が待ち構えていたのは淑女学校の正面だったので、女子生徒を狙う不審者として騎士団に連絡しようとしたのですが、フラーベル侯爵に止められました。
「徹底的に潰そうとするな。既に没落貴族となっている」
「私は未来の犯罪の芽を摘もうとしているだけです。没落貴族なったら犯罪をしないなどと仰いませんよね? あの手のタイプは逆恨みしてくるので、こちらからは予防をする事は大事だと思うのです」
「お前……公衆の面前で婚約破棄された事を怒っているんだな?」
「いいえ。元ヤイリス侯爵令息が私を悪女だと呼んだので、私の心の中の悪女が全力でやってしまえと」
騎士団への通報は私なりの全力です。
もう少し前世で悪女ものの小説や漫画を読み込んでおくべきでした。
憶えている悪女はもっともっと華麗だったのに、不勉強がたたって私には説得力すらありません。ですが、やれるべき悪女は貫きたいと思っています。
結局優しい伯父様は「好きにしなさい……」と仰ったので、騎士団に連絡いたしました。
今度こそ領地に帰ろう。
変な婚約をまた持ち込まれても堪らないので、私は意地でも帰ろうと準備をしていたのですが、そこに上機嫌の母が部屋に入ってきました。
「聖女のお茶会への招待状が届いているわ。来週だから早速準備しないと」
「断固お断りして下さい!」
「王家からでもあるから無理よ」
「その類いの招待状は本来一ヶ月以上前に送る物ですよね? 向こうの不手際なので断れる筈です!」
「でもアステリア伯爵家として参加しますと返事した後なのよ」
「何で不良物件と結婚させようとした王家の茶会に参加しなくてはいけないんですか!? また変なの紹介されたらどうするんですか!?」
「大丈夫よー。あれは紹介した王家にとっても恥だったわけだし、直ぐに新しい人を紹介する事は絶対ないわ」
私がどんなに渋ろうとも、参加としっかり返事してしまったのであれば、最早どうにもなりません。
あっという間にカテリーナのドレスを手直しし、義姉のアクセサリーを借り、王宮で行われる聖女のお茶会に向かう事になってしまいました。
「……王宮、ソリウスがまだ騎士として勤めていますが、大丈夫ですよね? ソリウスのとんちんかんに巻き込まれませんよね?」
出かける際に何度も聞く私に、誰一人答える人がいないどころか、全員私から顔を背けました。
行きたくないんだけど!
今回のお茶会の参加メンバーについて、私は家族から全く聞かされていません。
私では短期間で家の関係など全部を覚えられないと思われたからでしょうか?
記憶力のなさには自信がある私ですが、ただ知識以上に問題だったのは、私にはほとんど社交経験がない事です。
お茶会の間、ずっと壁か置物になる予定でいたら、流石、王宮の侍女長には見抜かれたようで、お茶会の会場までの道中、実に分かりやすく簡潔に参加者の説明をして下さいました。
このお茶会には私でも知る名前の、並み居る高位貴族令嬢達が揃っておられました。
例え私が何年も王都で暮らしていても接触する事もありえないような、名家中の名家のご令嬢達は遠目でも空気感が違っておりました。
「皆様お優しい方々ですから、緊張しなくても大丈夫ですよ」
まだお茶会が始まるまで少し時間がありました。いくつかのグループに分かれて談笑されていた御令嬢方は予定外に入ってきた私を振り返ると、いずれも上品に微笑まれました。
私はそっと礼だけをします。
ここにいらっしゃる令嬢達の微笑みを見てしまったなら、自分の笑みが夜の酒場で上機嫌になっているおっちゃんのがさつな笑いにしか思えないのですよ。微笑む事なんか恥ずかしくて出来ません。
「あら、緊張しておられるの? 大丈夫ですよ」
「ふふふ……気楽なお茶会なのよ」
特に美しい2人の令嬢は、公爵令嬢と聞いております。
他にも他国にも名を知られる才媛、歴史に残る家の御令嬢……ただの田舎貴族令嬢でしかない私からしたら、全員が天上に住んでいる方々のように見えました。
でも、このメンバーだから大丈夫。
彼女達は私のような田舎から来た羊や牛と混じったら分からない令嬢など歯牙にもかけないわ!
悲しい方向に絶対の自信を感じた私は、一瞬で緊張がなくなりました。
そうですよ!
前世から底辺埋没系でもあったでしょう!
私はようやく自らの立ち位置を取り戻しました。
「お茶会が始まるまでミーシア様のお話を一緒に拝聴しませんか?」
公爵令嬢に誘われるまま、学識高いミーシア様が分かりやすく噛み砕いて下さった自然博物学のお話の輪に入れて頂きました。
今日だけ!
今日で最終!
何度も私の中で叫ぶ声を聞きながら、私の人生最後にして最大の社交を頑張りました。
しかし、やはり懸念通りに問題は起きました。
しばらくして始まったお茶会で、聖女様が毒を盛られるなんて。
紅茶を一口飲んだ聖女様が血を吐き、机の上に倒れられました。
「毒だ!」
お茶会は一瞬で、悲鳴と混乱に支配されました。
配膳していたメイドは固まり、侍女と騎士は聖女に駆け寄り、中には外に連絡に走って行く者も。
私は隣にいた令嬢がショックで倒れられたのを支えているのに精一杯でした。
どうしたら?
「はああああぁ!!」
謎の大きな声が響くと、聖女様は何事もなかったかのように座り直しました。
声にびっくりして周囲は静かになり、毒で倒れた筈の聖女を呆然と見ておりました。
「ごめんなさい。カップをひっくり返してしまったわ」
聖女が平然としている様子に、倒れたのを見ていたメイド達も余程困惑したのか動けなくなっておりました。
誰も何も言えなくなっているのか、私は思い切って聖女様に声をかけました。
「聖女様、今の声……気合いっぽい声は何だったのですか?」
「うふふふ……これを見抜ける方がいらっしゃるとは思いませんでした。これは確かに気合い。私の住んでいた世界の解毒方法です」
聖女様は確かにリンカ様の姉だと聞いております。
ならば聖女も当然私の前世と同じ世界の出身です。
「本当ですか? フグの毒もトリカブトの毒も気合いで消せましたか?」
「……嘘よ。聖女の力よ。私は聖女だから、これくらいの毒は気合いで消せるのよ」
「元の世界の常識だと偽らなくても、最初から聖女の力で良いのでは?」
聖女は明後日の方向を向いて答えません。
リンカ様は割と常識人でありましたが、姉の聖女様は癖がある?
「聖女様! 大丈夫ですか!?」
異変を聞きつけた騎士団や責任者の立場である文官、侍女長達が集まってきました。
「誰だ! 毒を入れたのは」
聖女様が自力で毒を消したとしても、犯人が誰かは大事ですよね。
お茶会は終わるしかなくなりましたが、まだ当分私は帰れそうにありません。




