6.【報酬は婚約破棄】
ソリウスに対して怒っているのは、何も私の身内やリンカ様周辺だけではありませんでした。
今回の件で最もソリウス以外で責任を問われるのは、ソリウスの実家であるコルデーン伯爵家であり、コルデーン伯爵家の者が怒るのは本来当然の事。
コルデーン伯爵自身がどう思っていようと、関係ありません。
「フロスティアさんをソリウスの婚約者に戻したら、どうなるというのです?」
事態の危険性を知りながら情で動いた父とは対照的に、母とコルデーン伯爵夫人は冷静に事態を把握していたそうです。
とは言っても私をソリウスと再婚約させる意味がない事は、事情を多少知るだけで誰にでも分かる程度の話です。
「だって、ソリウスが可哀想だろ!?」
「だから、私達はフロスティアさんが婚約者になったら、ソリウスがどうなるかを聞いているのですよ」
「ソリウスの事をフロスティアちゃんが助けて……」
「なんて気持ち悪い。他家の令嬢を『ちゃん』付けするなんて、あり得ません。それにフロスティアさんがソリウスをどう助けるんです? 最早ソリウスは自身の行いで終わってしまいましたから、近いうちに王城騎士から辺境に左遷となるだけでしょうね」
「それをフロスティアに止めて貰うんだよ!」
「だから、伯爵家当主の貴方が無理なものをどうやって?」
泣き崩れているコルデーン伯爵に、コルデーン伯爵夫人と母は冷静に問い詰めたそうです。
私がもしその場にいたとしても、コルデーン伯爵を問い詰めたでしょう。
ソリウスと再婚約する事は、単に私やアステリア伯爵家そのものをソリウスの地獄行きの道連れにするだけの行為でしかありません。
「君達は直ぐに理詰めばかり口にする! ソリウスが可哀想だとは思わないのか!」
「ええ。ソリウスなんて可哀想だとは思いません。あの子の愚かな行動でコルデーン伯爵家はなくなるかもしれないのですから」
「だから! フロスティアに……」
「だから何が出来ると聞いているんでしょう! たかが伯爵令嬢に出来る事なんて何もありません! 自分の子を助けたいならご自分が王宮に行って、額を地面にこすりつけてでも謝るのが筋でしょう!」
「私が行くよりフロスティアが行っ」
言葉を全部言い切る前にコルデーン伯爵は夫人の持っていた本と母の鉄拳に殴られ、床に沈んだそうです。
それらは父に遅れる事3日、領地からやって来た母に私が聞いた話でした。
無駄に長い時間付き合わされてきたコルデーン伯爵の我が儘に決着をつけ、急いで王都にやって来た母からも父はしっかり絞られました。
そのまま父は実権を取り上げられた上、二度とコルデーン伯爵と会わないようにフラーベル侯爵家の別邸に蟄居となりました。
事実上の軟禁です。私達は何の同情する気持ちはありませんでした。
その前後には、コルデーン伯爵家も代替わりをしたと発表がありました。
コルデーン伯爵は表向きは急病の為に、実際にはソリウスの監督不行き届きの責任から伯爵を退き、長男に家督を譲る事になりました。
その前コルデーン伯爵も一切出歩いている姿を見なくなったそうです。
母達の制裁の後、裏側で更に何があったのでしょうか。
まあ、大体うちと似たようなものでしょうね。
婚約が白紙化した事は望ましい事ですが、私としては腹立たしい部分は依然として残ったままでした。
「ソリウスって表面上は無罪放免なのよね」
白紙化した事で、二重婚約しかけた事はなかった事になりました。
今のソリウスは表向きには『婚約を白紙化した事を黙っていて聖女の妹に婚約を申し込んだ』という、全く罪ではない罪を犯した為に謹慎を命じられた事になっているそうです。
婚約の白紙化が何なのか知っている人は皆、ソリウスの現状に首を傾げているそうです。私にもさっぱり意味が分かりませんから……。
「お姉様、ここまでやられて慰謝料なしなの?」
「少し貰えるそうよ。後、今回の事で神殿から次回の祈祷料を下げるって言われたわね」
「びみょー」
私の気持ちもエウリシアの言った言葉通りに微妙でした。
何というか、常識の欠落したソリウスの頭の足りない行為を、人間として説明が出来る範囲に落とし込む作業をさせられたと気が付いてしまったので……。
「良いではないの。白紙化なら問題なく次の婚約と結婚が出来ますから」
そう言った母とフラーベル侯爵夫人が妙にニコニコしています。
二人に並んで座っているカテリーナは少し困ったような笑顔を浮かべています。
「フロスティアに婚約の話が来ているのよ。しかも侯爵家から」
社交はしたくないんですが?
後、私の悪女説は消えたんですか?
母だけで話を持ってなら婚約など断ったのですが、フラーベル侯爵夫人が勧める以上断るのは難しい所です。
「侯爵家と言ってもフラーベル侯爵家が援助しないと立ち行かないような家よ。姪としてフロスティアは大きい顔をしていれば良いわ!」
「あそこの侯爵令息は社交嫌いですもの。フロスティアだってきっとやれるでしょ!」
フラーベル侯爵夫人と母は気楽に笑ってそう言うのですが。
やはり、カテリーナの表情が気になりました。
母達の言葉通りの婚約ではないのかも知れません。
「カテリーナ?」
「……なんて言うか、微妙な方なのよ」
まあ、私も人の事を言えた義理ではありません。今となっては婚約もしていない売れ残り令嬢ですからね。
それを踏まえたら、母達が喜ぶ理由が分からなくもありませんでした。
そして、再びの書類上だけの婚約となりました。
私達の顔合わせの席に相手は来ませんでした。
わざわざ今日の為に王家から王宮の一角を貸し出されたのに、私達は王宮見学だけで終わるようです。
「………………貴方?」
「私に怒らないでくれ。王家から持ちかけられた婚約だ」
王家が間に入った婚約だった割に、婚約する相手も、その親であるヤイリス侯爵夫妻もいつまで経っても姿を現しません。
時間に遅れるなら連絡もある筈なのですが、私達が王宮の侍従に目をやると、全力で首を横に振りました。
「もしや、ソリウスの元婚約者であった私に対する嫌がらせでしょうか?」
「そんな訳あるか。金銭援助が前提で、名目上だけでも嫁いで子を作るだけで良いという条件の、我が家にとっては都合の良い婚約だ」
要するに私が産んだ子でヤイリス侯爵家を乗っ取る話でした。
ただ、男性達が考えるように都合良く子供が出来るなんてあり得ないと私は思うのですよ。
顔に心配が出てしまった私にフラーベル侯爵夫人がこっそり囁きました。
「大丈夫よ。無理ならこちらで用意するから」
王侯貴族怖いです。跡継ぎになる子供って何処からか用意なり調達が出来るものなんですか?
後、完全乗っ取りを計画されているから来ないのではない気もしました。
結局顔合わせは諦める事となり、前もってヤイリス侯爵達が書かされていたという婚約の書類に私と、本家の当主としてフラーベル侯爵がサインをしました。
王家が場を整えたのに明確な不義理をしたヤイリス侯爵達は、今後どうなるのでしょうか。
これも私には……。
「お前とは婚約破棄だ!」
全く意味が分かりません。
エウリシアを再び淑女学校に放り込み、私が帰ろうとした時に急に見知らぬ令息に怒鳴りつけられました。
大丈夫。私はこれでも人生二周目です。
変な事を言った相手には、一瞬で思いっきり下等生物を見る目を向ける事が出来ます。
「どちら様?」
ちょっと冷たい自覚はあった私の視線に、ヒョロヒョロ男は怯んで何歩も後ろに下がりました。
何でしょう。迫力など一切ないと言われる私程度で怖がるなんて、どんな育ちをしているのでしょうね。
「……ヤ……ヤイリス侯爵家……令息……」
「声が小さいですわ。名乗るならはっきりと名乗って頂けません?」
「悪女の癖に五月蠅い!」
人を罵倒する時だけは大声を出せるタイプの方のようです。
なるほど、これは余所で用意した子供が必要だと判断されても仕方ないでしょうね。
私も名乗りすら出来ない奴とは子供は作れませんし、
「貴方が! 婚約の場に親子共々姿を現さず、場を用意した王家の顔に泥を塗った挙げ句、公衆の面前で王家主導の婚約を破棄し、あまつさえ自分の名前も名乗れず、女性の視線に怯える貴方が、あのヤイリス侯爵令息!」
田舎暮らしの私の声は大きいですよ。
しかも人よりよく通るので、淑女学校を運営する神殿に祈りに来た人が全員こちらを振り返ります。
「ヤイリス侯爵令息! 謹んで破棄は承りました! つきましては、そちらの家への援助金は完全凍結となりますが、よろしいですね! レンタルだった馬車や使用人も返して頂きますから! 私と婚約した直後に貴方のご両親がお買い物された分は、頑張って自分達でお支払い下さいね! この事はしっかり全て包み隠さず王家には伝えておきますから!」
私の婚約話がある以前から、歴史あるヤイリス侯爵家を没落させない為にと王家から頼まれていたフラーベル侯爵家は、長らく何の見返りもなくヤイリス侯爵家に援助していたそうです。
まあ、それの何を勘違いしたのか、ヤイリス侯爵家の面々は調子に乗って遊んでいたいたそうですし、乗っ取りたくなった伯父の心理も今なら理解出来ます。
小動物のように震えているヤイリス侯爵令息がそれらの事情を知っていたのか知らなかったのかは分かりません。ただ、無計画にも人の多い時間帯でしたので、一斉に向けられる非難と嘲笑の目は相当数で、ヤイリス侯爵令息の顔色は青を越えて真っ白になっていました。
悪女ムーブで喜んでいた私ですが……残念な事にこれくらいしか悪女として振る舞えそうにありません。
死にそうな顔の涙目でヤイリス侯爵家令息は口をパクパクさせる中、
「あ、じゃあ、俺達は帰ってもいいのですか?」
「ヤイリス侯爵家令息が婚約を破棄したので出向は中止ですから! どうぞ元の持ち場にお戻り下さい!」
ここまでヤイリス侯爵令息を乗せてきた馬車は、フラーベル侯爵家のものです。待遇の良い職場に帰れると分かって上機嫌の御者と共に去って行きました。
帰りの手段を奪ったなんて、私もなかなかに悪女らしいのでは?
「では、初めてお目にかかった元婚約者様! ご機嫌よう!」
私が乗り込んだ馬車の御者は、御者席で笑いを堪えて俯き震えておりました。
大丈夫? 帰れます?
何日もかからず、ヤイリス侯爵家はあっさり没落しました。
王家を怒らせた所為なのか、フラーベル侯爵家を怒らせた所為なのか、私にはどうでも良い事です。
「婚約したくなかったら婚約しなければ良かっただけよ」
ヤイリス侯爵令息に持ちかけられた私との婚約は強制ではなく、私が悪女と思っているなら最初から断れば良かった話でした。
カテリーナが心配していたのは、小さい時に見かけた元ヤイリス侯爵家令息が物事の決定後に文句を言う性格だったからだそうです。
「それにしても、他に誰も信じていないソリウスの妄言を信じたのですね……」
多分それが一番印象的な話となって終わりました。




