35.【中二病を患う大豆は解き放たれし暗黒の(長いので割愛)】
聖女様もそうですが、後から来た人間にも現状が分かる筈もなく。
慌てて通常装備で駆けつけて来たシルヴィスと聖女様達に、私は一生懸命説明を試みました。
「カレーに溶け込みつつも存在を隠しきれない暗黒物質は、祈りにより炊き上がった白き米となった『白き堕天の滴』の翻意により相殺せず闇落ちし、女神から『白き堕天の滴』は胃を褥としつつ『真の結合』を促され、坊ちゃん神官達と一体化して手足つき豆腐になったんです!」
「すまない、ちょっと分からない……」
『同じくー』
経緯を全部説明したのに、と腹を立てる気持ちと、でしょうねー、と同意する気持ちが私の仲でごちゃ交ぜになっております。
突如現れた女神様にしても、恐らくよく分からない闇落ちした坊ちゃん神官達に慈悲を与えたのでしょうが、豆腐化するのは闇落ちより酷いような。
『我は暗黒の欠片なり……闇落ちはせずとも闇なり』
お茶請けとして煮豆のように神殿長に摘ままれている暗黒物質が、机の上から私に文句らしきものを言ってきます。
混乱の元なのに、何という無責任な暗黒でしょう!
ちょっと有益な助言してくれるからと言っても、暗黒物質はただの水煮の豆なのに……煮豆ぶって堂々と食べられるような恐ろしい神経の豆など信用するべきではありませんでした。
取り敢えず、蓋して暗黒物質の入った瓶を思い切りシェイクしました。
「「おのれ……女神の使徒たる乙女もどきよ……我ら汝により暗黒に染まりし身、如何様にして復讐せん」」
豆腐なんだから暗黒じゃなくて始めから白でしょうと思う私も、乙女らしき者から乙女もどきにいつの間にかクラスチェンジしてました。
闇落ち大豆に言われた時はそれなりに腹が立ちましたけど、中二病を拗らせた豆腐の場合だとノーダメージですね。相手が豆腐メンタルというか、そのまま豆腐だからでしょうか。
「双方共に試練です、仕方ありません」
「試練ですか。なるほど、仕方ありません」
シルヴィスと神殿長とシルヴィスの上司が互いに頷きあっております。
試練ってそんな説明をすっ飛ばせる単語だって知っていましたら、私だってもっと前から使わせて頂きましたよ。
取り敢えず、話すだけでも自壊する事を理解した豆腐達は先程の言葉を最後に動かなくなりましたが……。
食べられて残り少なくなった暗黒物質に私は尋ねてみました。
「ところで、あの豆腐は可食かしら?」
『欲に塗れし者よ……汝、命宿りし物を食さんと欲するか?』
「うーん、魚とか生きたまま食べる事もあるでしょう。ほら、躍り食いとか活け作りとか」
『ならば、是。業深き者よ、あれを食すと言うなれば、ゆめゆめ後悔せぬよう』
「単に可食かどうか聞きたかっただけで食べないわよ。つまり本体は全体的に豆腐なのね。……じゃ、手足は? あれは田楽で言うところの串に当たるの?」
『貪欲なりし者よ、串にあらず。あれは手の如きものであり、足の如きものである。故に可食』
つまり見た目は人間っぽく見えるし、動いても脆く崩れる事のない手も足もおからを固めた物ではなく『白き堕天の滴』と『真の結合』……あれ? 『真なる結合』だったかしら……をしているという訳ですか。
本体も含めて動いているのがますます謎です。
このように意味不明な事ばかり続いておりますが、取り敢えず、一つだけはっきりとした事があります。
暗黒物質と同じく『白き堕天の滴』も、特に細かい指定がなければ四角くて長細い物になりたがると言う事です。
……それも結局、意味不明ですね。
と言うか、結局『真の結合』って何だったのでしょう? 無駄に合体合成する事を『真の結合』なんて中二病的にかっこ良く言い換えただけ?
『それで、いくら寒い神殿内だからって言っても豆腐を水なしで常温は傷むんじゃないの?』
聖女様のご指摘通りですね。
坊ちゃん神官達は『真の結合』で一番取り扱いが面倒な食品になってしまいました。
今は夏場ではないのでまだましですが、彼らの豆腐ボディは水につけた所で何日保つやら。
『いっそ凍らせる?』
「それはどうでしょう? 次は凍り豆腐になってしまいます」
『凍り豆腐にした所で、貴女が暗黒物質とか呼んでいるのの煮汁を流し込めば相殺しそうじゃない?』
……まさか、そんな発想があるなんて。
流石聖女様です。
豆腐を長持ちさせる事に気を取られていましたが、そこから発想を飛ばして元に戻る方法を考えるなんて、凡人の私には考えつくものではありません。
「煮付けにするんですね。凍り豆腐の加工に時間がかかるので、その間にでかい鍋も準備出来ると思います」
『料理しちゃうんだ……』
『料理初心者よ。汝の力量、凍り豆腐を扱うに値せず。精進あるのみ』
何ですか。
初対面?の筈なのに、聖女様と暗黒物質の気が合ってませんか?
「凍り豆腐になったら保存が利くから料理の腕が上がるまで保管しておけばいいだけですよ。大丈夫、坊ちゃん神官達も自分が元通りになりたければ待てますから」
『所謂乾物だけど、凍り豆腐の保存可能期間て意外に短いんだよ? それも乾燥剤入れて密閉容器に入れないといけないから、年単位の保存は無理だし!』
「暗黒物質、乾燥剤くらいにはなれるわね?」
『容易き事なり。汝の望みならば、我、乾燥剤とならん』
よし、いける。
「あの大きさの密閉容器はありませんし、誰が彼らを凍り豆腐にすると?」
シルヴィス、貴方、転生者でも転移者でもないのに、よく凍り豆腐なんて知っていたわね。
さっきまで他の方と話していたシルヴィスですが、必要以上に重装備の同僚達が帰られたので私の方に来たようです。
とは言え、芋羊羹が普通に売っていた世界ですから、凍り豆腐があったとしても今更なんでしょうけど。
「じゃあ、貴方はこの喋る豆腐をどうすると言うの?」
「凍らせるか、廃棄だな」
「聖騎士はもらい物は残せないって言ってたでしょ。これも女神からの頂き物の範疇にあるかも知れないし、食べないといけないんじゃない?」
視界に入っていた神官達が震え上がりました。
聖騎士達よりも厳格なルールに縛られる神官達にとって、食べ物を粗末にする事は戒律に違反したとして放逐もあり得ましたね。
「こんな物言う豆腐を食べよと言うんですか、アステリア伯爵令嬢!」
「喋るカレーを平らげておいて、今更と言う気がいたします」
暗黒物質や『白き堕天の滴』を散々食べたでしょうに。
まあ、でも、言っておいて何ですが、私もこの豆腐は食べる気がしません。
「元は人間だった豆腐ですよ!? とてもじゃないですが、人間から生まれた豆腐を血や肉にしたくないです!」
「その意見は尤もですね。原材料への忌避感は仕方ありません。ですが、あれは女神の意図不明な奇跡により『真の結合』をした結果の豆腐です。それでも女神に仕える神官である貴方は無理ですか?」
「無理です。その豆腐、カレー以上に腹に入れたら横暴な正体を現しそうじゃないですか! それに私は何だかよく分からない言葉遣いになりたくない!」
無駄に出来ないとは言え、人間が原材料?である事は周知の事実であり、忌避感はどうする事も出来ないようです。
まあ、私も食べろと言われても無理ですが。
「神殿長、流石に今回のこの豆腐での戒律違反は免除頂けませんか。このままちょっと乾燥し始めた豆腐達は廃棄という形で」
「アステリア伯爵令嬢、せめて数日は冷凍保存をして解除方法を探りませんか?」
あの大きさの冷凍保存だけは可能なんですね。
取り敢えず、運の良い坊ちゃん神官達は今回も延命となりました。
非常に短いスパンで命の危機と延命を繰り返しているなんて、身も心も豆腐となっている方々には大丈夫なのか知りませんけど。
神殿長の指示で、魔法を使える神官達があっという間に集められました。
ただ、巨大豆腐に氷魔法をかけ始めた魔力持ちの神官の方々は、誰もが一様に顔色悪く、今にも倒れそうな様子の方もちらほら見受けられました。。
もしや、これから自分達が凍り豆腐を作る長い長い作業をしなくてはいけないと思っておられるのでしょうか。
魔法を使っている神官達の後ろに立っていた神殿長が、
「彼らは試練の最中だ。その姿も仕方ない」
「! 試練ですか。試練……ならこんな悍ましい姿になっても……あり得なくはないような」
素直に納得した方が楽でしたのに、頭のいい人はより余計な事を考えてしまったようで、声が震えていました。
凍り始めて崩れる心配のなくなった豆腐達に、私はつい興味本位で近付きました。
近くで見ても、立派な大きさの絹ごしっぽい豆腐です。貴族だから絹? もしかして平民だったら木綿? 私は木綿派なんですよね。
「「今再び、『真の結合』の刻、来たれり」」
凍り付いた豆腐が突然カタカタ動き出し、動くとは信じていなかった神官達は後退った瞬間、飛びかかってきた凍った豆腐ブロックを私は殴りつけました。
女性の力では砕くには至らず、弾き飛ばした豆腐ブロックは床を滑って仲間の元に戻っていきました。
「フロスティア!」
「私は大丈夫だけど……」
シルヴィスに抱えられて私が後ろに下がると、私達の目の前で豆腐ブロックが歪に積み重なり、そして、合体しました。
あー、ここで『真なる結合』による合体ロボ?ですか。
手と足がそれぞれのブロックから飛び出したままというのが何ともシュールです。
「「我ら……天より堕ちし滴にして闇なり。そして、我ら集いし刻、白き腐敗の黄昏をもたらそうぞ!」」
尊大な合体豆腐が現れました。
これが『真の結合』の真骨頂……!? 凍ったのが溶けたら強度が切なそうで、私はドキドキしました。
「白き腐敗の黄昏って何だ……?」
「経典にはそんな言葉はないぞ……」
転生した私には、豆腐だから白き腐敗の黄昏なんだって分かりますけど、他の神官の方達は困惑を隠しきれない様子です。経典に詳しい人に聞きに行ったり、取り敢えず女神に祈ったりと、場は混沌としてきました。
賞味期限の短い豆腐ロボを生み出した女神の意図は全く分からず、私は唯一何かを知ってそうな暗黒物質を振り返りました。
「それで、この後どうするの?」
『『白き堕天の滴』の宿しし深き業、しかと受け止めよ。されど白き腐敗の塊、大きく欠けるならば、『真の結合』を果たしし者の命、なきものと思うべし』
そう言われても、あんな大きさの豆腐を受け止めるには、先程の重装備の聖騎士達に助力を請わないと無理ですよ?
まあ、その場合は間違いなく討伐となりますし、どの道命はないものと言いますか……。
「聖女様! 何かお力添えを!」
『うーん、フロスティアの頼みだけど……神罰(もう自分で言う)と違って私の力を発揮するには見えてないと難しいかな……』
話している間に「うわっ!」と聞こえたので振り返ると、豆腐ロボから流れ落ちる水で滑った方がいらっしゃいました。
あの豆腐ロボ、機械もないくせに動くと熱が発生するのでしょうか。一旦凍った豆腐は湯豆腐にはなれないのに!
自分の強度が落ちつつある事を自覚していない豆腐ロボが結界を腕力で破った、もとい、豆腐ロボの欠損を心配して結界を担当していた神官が結界を消しただけでした。
それに気付かず豆腐ロボは自らをアピールするように腕を天高く上げ、
「「我ら堕天の白き翼より生まれし暗黒の滴なり……我は『堕ちたりし白き腐敗の死に神』と呼ばれん」」
自称にも程があります。
「もうすぐ、聖騎士の部隊が来ますから!」
助けを呼びに行っていた神官が息を切らせて戻ってきました。
今日だけで装備を何度も着たり脱いだりする聖騎士達は大変ですね。そして、ここまで来ると豆腐ロボが延命出来る案は私の中にも残っていません。
大人しくしていればまだ凍らせる処置が出来たのに、ひび割れが見えてきた豆腐ロボには自覚もなく、それどころか私に突進してきたので、私とシルヴィスは最後の情としてとどめを刺すつもりで身構えると、
「愚か者共!」
突然天井に近い場所のガラスが割れたと同時に、この場にいない筈の人間の声が響き渡りました。
不思議と光り輝くガラスの破片をまき散らし、その人物は空中回転しながら私達の前に豪奢な衣装で華麗に降り立ちました。
うん?
「「何奴!?」」
「名乗る程の者ではない! だが、私を知らぬと言う者は不敬罪に問う!」
それ以上は問答無用とばかりに、何故か光輝いている拳で豆腐ロボ?を殴りつけたのは、まさかの元?現?王太子殿下でした。
技そのものはかなり荒っぽく力任せなもので……元王太子殿下の勢いよく入った拳は、凍り付いた豆腐ボディを粉々にしました。
あ、やっちゃった。




